元悪役令嬢・リズベルは今日こそ“理想の騎士”と離縁したい

3.彼女は毒花の悪女

「許しません」


　もう幾度目になるか分からない申し出は、即時切り捨てられる。どうしてか、この夫はリズベルを離さない。
　王太子との間で何か特別な取引でもあったのだろうか、とリズベルは常々疑っている。


「命じられてした結婚でしょう。私も貴方に寄せる心は持っていないわ。無理矢理でしたもの」
「私に離婚歴を付けるおつもりですか、酷いな」
「こんな評判の悪い女とは早く離縁するに限ります。それで貴方の経歴に傷が付くことはない。むしろ皆さん分かってくださいます。貴方に同情してくださいます。貴方の隣に相応しい令嬢だって、いくらでも湧いてくることでしょう」
「そんなに周りの評価が気になりますか」
「なるに決まっているわ！」


　余裕を湛えた夫の態度が気に食わない。自分の目論見が今回もまた失敗しかけていることにイライラする。
　リズベルは自棄になって口を開く。


「分かりました、正直に申し上げましょう。社交界の噂の的になるのは御免です。娯楽として消費されたくありません。自業自得と言えばその通りで、甘んじてそれを受け入れるべきなのでしょうが、嫌なものは嫌なの。どうして私がそんな標的にならねばならないのです。悪評は十分浴びました。もういいでしょう。静かに余生を過ごしたいですし、根本から合わない夫との暮らしは正直辛いのです。貴方のやること為すこと私の癇に障るのだもの」
　嫌みっぽく、心底うんざりした調子で、冷めた溜め息を吐きながら。
　そういうのは、とても得意だから。
「貴女は嘘吐きな人だな」
　なのに。
　リズベルの長ったらしいセリフを、エヴァンはたった一言でいなしてしまう。
　そうして一歩こちらに踏み出してきた。
「来ないでと言って……！」
　窓枠を掴む。裾の長いドレスでは足が上手く上がらない。けれど上半身を乗り出すことはできる。どこまで本気だったか、それは分からない。
　けれど。


「偽りを心に秘めたまま神の庇護を得ようなど、貴女も不届きなことを考えますね」


　外へ向けて傾いた背には逞しい腕が回されていた。
　捕まってしまった。また失敗した。今度こそ離縁できると思っていたのに。


「さすが悪女と名高いだけある、と言った方が良いですか？」
「っ……」


　見目麗しく、十分な家柄と職位、人望を持った、優しく誠実で穏やかな夫。
　数多の令嬢が彼に惹かれ、恋焦がれ、理想の男性と口を揃えて言う。
　リズベルは彼の何もかもが眩しくて重苦しい。
　なりたくて妻になったのではない。望む人がいるならばいつでも代わる。
　正反対すぎて一緒にいるとしんどいのだ。
リズベルはこの理想の権化とも言うべき男と、もうずっと離縁したくて仕方がない。