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第二章
ヴァルコフ国王の怒り
しおりを挟むカラスティア王国に王子が誕生してお祭り騒ぎなのは街だけではない。
王宮も幸せな雰囲気に包まれながら王子誕生の祝賀パーティーの準備で大忙しだ。
おまけにヴァルコフ国王が来ているとあって、もう使用人たちはてんやわんやなのだが、嬉しい忙しさでもあるため皆の顔は一様に明るく、一度失われた国が再び繁栄していくことに胸躍らせている。
「アナスタシア、よくやった! 私にこんな立派な孫ができるとは」
ヴァルコフ国王は黒髪に赤い瞳のベルナルド王子の誕生に殊のほか喜び、目に入れても痛くないほどに可愛がっている。
変顔をしたりガラガラであやしたりと普段の厳格な国王の顔は微塵も無い。
平和な光景に侍女たちの微笑みも絶えない。
だがアナスタシアだけは違う。
父の喜ぶ姿は嬉しいが、王子が生まれてからロータスは一度しか顔を見せておらず、子どもの顔を見ても笑顔一つ見せずに忌々しそうな顔をして部屋を出て行ったのだ。
本当にこの子を王太子にしないつもりなのかと不安と怒りでいっぱいの彼女の表情が晴れることはない。
「将来この子が魔鉱石を継ぐ国王になるんだな」
「魔鉱石。そういえばそんなのがこの国にはあるのですよね。私はよく知りませんが」
「夫にちゃんと聞きなさい。お前はこの国の王妃なんだから知っておく必要があるだろう」
呑気な事を言う父にアナスタシアはつっけんどんに返した。
「多少は知っています。でもお父様が気にするなんてとても意外です。だって、お父様は戦争が嫌いでしょう?」
「詳しいことはお前の夫から聞けばいい」
「さあ。教えてくれるかしら」
「どうしたんだ。こんなかわいい息子を産んでそんなに機嫌が悪いんじゃ嫌われるぞ」
「……」
「……?」
ヴァルコフ国王はアナスタシアが黙りこくったため、ロータス国王とうまくいっていないのだろうかと訝しんだ。うまくいっていたら今こんなに機嫌が悪いはずはない。
クリビアを襲わせた男の死体が見つかって暗殺に失敗したことがわかったヴァルコフ国王は彼女の行方を捜したが、その後すぐにアナスタシアが妊娠したため夫婦仲は良好なのかと安心して捜索を中断していた。
(油断したか。誰かが刺客からあの女を助けたとなるとロータス関係の人間である可能性が高いが……)
ヴァルコフ国王が部屋の中にいる侍女に下がるように言うと侍女たちはベルナルド王子を連れて出て行った。
そして扉が閉まるのを確認して、アナスタシアに言った。
「お前はロータス国王が自分に振り向いてくれるまで待つことが出来ると言った。それなのにそうできないような何かがあったのか? 心優しいお前を悲しませるような何かが」
そう言われたアナスタシアの瞳の周りが赤くなり涙が出るのを必死に抑えているのを見てヴァルコフ国王の顔に深いしわが寄った。
「離婚した王妃がここにいるのか?」
どすの利いた低い声に一瞬びくっとしてアナスタシアが首を横に振ると、ヴァルコフ国王は大きく安堵した。
「じゃあ」
「……お父様はクリビア様に刺客を放ったんですか?」
「何?」
(なるほど。やはりロータスの仕業だったか。それなのにあの女がここにいないということはどういうことだ?)
「そんなことするわけないだろう。離婚したんだからもう関係ない」
「ですよね。よかった」
「まさかそんな全くの濡れ衣で関係のないお前がロータス国王に何か言われたのか?」
ベルナルドを王太子にする気は無いと言われたと言ったら国を巻き込んで大変なことになりそうなためアナスタシアはそれは言えなかった。
だがこの悲しみのストレスは発散しなければどうにかなりそうだった。
「違います。そうじゃなくて、クリビア様が、サントリナにいるのです」
「!」
「陛下は先日サントリナに行ってクリビア様に会ってきました」
「な……」
「それでクリビア様がこの王宮に来ないのは私のせいだと仰って……」
「なんだって!!!」
ヴァルコフ国王は大声を上げて立ち上がった。わなわなと震えて拳を握っている。
(あの小僧……どうしてくれよう……)
ヴァルコフ国王はどれだけアナスタシアが殊勝な気持ちで嫁いだのか知っているため娘の気持ちを踏みにじり悲しませたロータスを許すことができない。
そのうえ例え今はまだアナスタシアを愛していないとしても、王妃として、妻として尊重されるべきなのにクリビアよりも下に見られて雑に扱われていることが我慢ならない。
ロータスにどのように復讐してやろうかと考えた時に一番効果的なこと。
それはやはりクリビアだ。
(今度こそ絶対に失敗しないように、あんなただの殺人狂ではなく……。あいつの嘆き悲しむ顔を拝んでやろうじゃないか)
「お父様、落ち着いて、お座りになってください」
「アナスタシア。お前は王子を産んだのだ。何も心配せずにどんと構えていなさい」
「……。はい」
そうしていられないから不安で悲しいのだが、父親からそう言われると不安が少しだけ消えていくのがわかり、アナスタシアは微笑みを返した。
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