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十三、ユリアナとアンノ
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王都滞在五日目、午前は領地でのスケジュールと同じように過ごし、午後からは母と姉とで刺繍をする。母は父へ贈るための物で、姉もそれを聞き婚約者に贈ると言った。私はまだまだ練習あるのみ。それでも領地に戻る前には、何かグロリアへ贈れるように完成させたい。
「グロリアに贈りたいのですが、どんなモチーフがいいのでしょうか?」
「アマリアにはまだ複雑な刺繍は難しいわね」
母にそう言われたので簡単なモチーフの見本を見せてもらう。ぱらぱらと捲って何がいいだろうかと悩んでいれば、とある植物がモチーフになっている物が目に入った。この植物は『英雄』を象徴するもので『勝利・勇気』などの花言葉がある。私達が大好きな『勇者さまと聖女さま』の絵本にもよく出てきた。かわいらしい花よりもグロリアにはこちらがいいのかもしれない。ほかにもいい物はないかと探すが、これが一番よさそうだ。その際に、青紫色の花も見えた。これは『北の温室』でも見たあの花だろうか。
綺麗な花だった。それと同時に思い出すのは、同じ色の瞳。鋭いのに私を見てくれた時は緩ませて笑ってくれて……。
「アマリア? 気に入った物がなかったの?」
「え?あ、いえ……これにします!」
「あら、英雄の葉ね。グロリアにはぴったりだと思うわ」
母に声をかけられ、意識はあの温室からこちらに戻ってくる。また、ドキドキしてきた。ふうっと息を吐き、気を取り直して刺繍を始める。今はグロリアに贈るためのハンカチに刺繍をするのが先決だ。母に指導され、ひと針ひと針ていねいに刺繍していく。
領地へ戻る日の前夜、グロリアは刺繍をしたハンカチを喜んで受け取ってくれた。不格好な刺繍をそっと撫でて喜びをかみしめるように笑った顔に、こちらも嬉しくなる。
また、当分会う事ができない。別れを惜しみながら挨拶を交わした。
アマリアが領地へ戻った王都の離宮では、ユリアナが庭のガゼボで優雅にお茶を楽しんでいた。妹達がいないここは何だか物足りない。勇者ごっこをして遊んでいた可愛らしい妹達の姿を思い出して、笑みを浮かべる。その顔はいつもの貼り付けた笑顔などではなく、愛しい妹達に見せる優しい姉の顔。この庭で三姉妹そろってのお茶会が開けるのはいつになるのか。そんな事を考えながらカップを口に近づける。
「ユリアナお嬢様……」
耳元で静かに報告された事に顔を顰めるが、それはすぐに淑女の微笑みへ変わる。可愛い妹の身体に巣食うあの不届き者が、この大切な思い出の庭に現れた。私に気づいたのか大げさにビクッと驚き、まわりを見渡してから怯えるように俯く。
「ごきげんよう。私に何か用事でもあったのかしら?」
「…………」
無言で怯えているフリをする、アンノ・キッカ。こちらに来る際に私がいるのに気づいていたが、わざと近づいて来たようだ。たしかあの女の中では家族に蔑ろにされ、姉の私に見下されていたのだったかしら?現にそういう状態になっているし、私も少し高圧的に接している。でもそれはあの女自身が望んだ事で、私はそれを再現しているだけだ。本物のグロリアは可愛がっているし愛している。勝手に私達家族の中に入り込んで来たのもそちらなのだ。
アマリアは接触しないように気をつけていたので、あの女は妹が未だ領地で療養をしているのだと思っている。グロリアとの意思疎通ができていれば、アマリアがつい先日までこちらにいた事も気づけたはずだ。
あら、俯いた顔の口元が歪に笑っていますわよ。計画通りになった事が嬉しいのかしら?
「用事は無いみたいですわね」
ふうっとため息をもらせばまたビクッと怯えて、小さな声で「ごめんなさい」と言って走り去った。お辞儀をしてからその後を追うマリタの姿を見届け、冷めてしまったお茶に目を落とす。あの女の言う『悪役令嬢』とはこんな感じでいいのかしら?新しく淹れられたお茶を口に含み、参考になりそうな小説は無かったか考える。あとでミルヤとミーナにも聞いてみよう。
ガゼボから走って逃げたアンノ・キッカは、すぐに追いついたマリタによりゆっくり歩くように言われる。はしたないから歩けって?淑女ってめんどうね。
マリタは走った際に見えたグロリアの足を晒さないようにしただけだ。今は表にアンノが出ているが、身体はグロリアのものである。よって、丁寧に丁重に扱っていた。
自室に戻ったアンノは、窓際にある机に向かう。そして、いつものあの鍵付き日記帳を出して、先程の事を書き連ねていく。
ユリアナお姉様ったら、本当に意地悪な姉よね。前から行ってみたかった庭の奥にいるのが見えたから近づいてみたら、ここは自分の庭だから入ってくるなって。そばにいた侍女達もにらんできたし。あ、でも護衛騎士にイケメンがいたわね。ワタクシの事を申し訳なさそうに見つめていたわ。きっと無理矢理、お姉様に侍らされているのよ。本当はワタクシの専属護衛騎士になりたかったのに、それができずに悔しい思いをしているんだわ。
スラスラと書いていくそれは勝手な妄想の物語。アンノ・キッカにとってだけは真実の物語。夢見心地で書き連ねていくそれを読み返し、満足したら鍵をして大切にしまう。
あぁ、今日もワタクシは『ドアマットヒロイン』だったわ。
そうやって一日を振り返りながら眠りにつくアンノに、意識が浮上するグロリアはため息を吐く。そして、グロリアに与えられた僅かな自由な時間を有意義に過ごすため、そっとベッドから抜け出した。
「グロリアに贈りたいのですが、どんなモチーフがいいのでしょうか?」
「アマリアにはまだ複雑な刺繍は難しいわね」
母にそう言われたので簡単なモチーフの見本を見せてもらう。ぱらぱらと捲って何がいいだろうかと悩んでいれば、とある植物がモチーフになっている物が目に入った。この植物は『英雄』を象徴するもので『勝利・勇気』などの花言葉がある。私達が大好きな『勇者さまと聖女さま』の絵本にもよく出てきた。かわいらしい花よりもグロリアにはこちらがいいのかもしれない。ほかにもいい物はないかと探すが、これが一番よさそうだ。その際に、青紫色の花も見えた。これは『北の温室』でも見たあの花だろうか。
綺麗な花だった。それと同時に思い出すのは、同じ色の瞳。鋭いのに私を見てくれた時は緩ませて笑ってくれて……。
「アマリア? 気に入った物がなかったの?」
「え?あ、いえ……これにします!」
「あら、英雄の葉ね。グロリアにはぴったりだと思うわ」
母に声をかけられ、意識はあの温室からこちらに戻ってくる。また、ドキドキしてきた。ふうっと息を吐き、気を取り直して刺繍を始める。今はグロリアに贈るためのハンカチに刺繍をするのが先決だ。母に指導され、ひと針ひと針ていねいに刺繍していく。
領地へ戻る日の前夜、グロリアは刺繍をしたハンカチを喜んで受け取ってくれた。不格好な刺繍をそっと撫でて喜びをかみしめるように笑った顔に、こちらも嬉しくなる。
また、当分会う事ができない。別れを惜しみながら挨拶を交わした。
アマリアが領地へ戻った王都の離宮では、ユリアナが庭のガゼボで優雅にお茶を楽しんでいた。妹達がいないここは何だか物足りない。勇者ごっこをして遊んでいた可愛らしい妹達の姿を思い出して、笑みを浮かべる。その顔はいつもの貼り付けた笑顔などではなく、愛しい妹達に見せる優しい姉の顔。この庭で三姉妹そろってのお茶会が開けるのはいつになるのか。そんな事を考えながらカップを口に近づける。
「ユリアナお嬢様……」
耳元で静かに報告された事に顔を顰めるが、それはすぐに淑女の微笑みへ変わる。可愛い妹の身体に巣食うあの不届き者が、この大切な思い出の庭に現れた。私に気づいたのか大げさにビクッと驚き、まわりを見渡してから怯えるように俯く。
「ごきげんよう。私に何か用事でもあったのかしら?」
「…………」
無言で怯えているフリをする、アンノ・キッカ。こちらに来る際に私がいるのに気づいていたが、わざと近づいて来たようだ。たしかあの女の中では家族に蔑ろにされ、姉の私に見下されていたのだったかしら?現にそういう状態になっているし、私も少し高圧的に接している。でもそれはあの女自身が望んだ事で、私はそれを再現しているだけだ。本物のグロリアは可愛がっているし愛している。勝手に私達家族の中に入り込んで来たのもそちらなのだ。
アマリアは接触しないように気をつけていたので、あの女は妹が未だ領地で療養をしているのだと思っている。グロリアとの意思疎通ができていれば、アマリアがつい先日までこちらにいた事も気づけたはずだ。
あら、俯いた顔の口元が歪に笑っていますわよ。計画通りになった事が嬉しいのかしら?
「用事は無いみたいですわね」
ふうっとため息をもらせばまたビクッと怯えて、小さな声で「ごめんなさい」と言って走り去った。お辞儀をしてからその後を追うマリタの姿を見届け、冷めてしまったお茶に目を落とす。あの女の言う『悪役令嬢』とはこんな感じでいいのかしら?新しく淹れられたお茶を口に含み、参考になりそうな小説は無かったか考える。あとでミルヤとミーナにも聞いてみよう。
ガゼボから走って逃げたアンノ・キッカは、すぐに追いついたマリタによりゆっくり歩くように言われる。はしたないから歩けって?淑女ってめんどうね。
マリタは走った際に見えたグロリアの足を晒さないようにしただけだ。今は表にアンノが出ているが、身体はグロリアのものである。よって、丁寧に丁重に扱っていた。
自室に戻ったアンノは、窓際にある机に向かう。そして、いつものあの鍵付き日記帳を出して、先程の事を書き連ねていく。
ユリアナお姉様ったら、本当に意地悪な姉よね。前から行ってみたかった庭の奥にいるのが見えたから近づいてみたら、ここは自分の庭だから入ってくるなって。そばにいた侍女達もにらんできたし。あ、でも護衛騎士にイケメンがいたわね。ワタクシの事を申し訳なさそうに見つめていたわ。きっと無理矢理、お姉様に侍らされているのよ。本当はワタクシの専属護衛騎士になりたかったのに、それができずに悔しい思いをしているんだわ。
スラスラと書いていくそれは勝手な妄想の物語。アンノ・キッカにとってだけは真実の物語。夢見心地で書き連ねていくそれを読み返し、満足したら鍵をして大切にしまう。
あぁ、今日もワタクシは『ドアマットヒロイン』だったわ。
そうやって一日を振り返りながら眠りにつくアンノに、意識が浮上するグロリアはため息を吐く。そして、グロリアに与えられた僅かな自由な時間を有意義に過ごすため、そっとベッドから抜け出した。
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