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 場所はいつの間にか花々が咲く場所へ移動しており、そこにある机と椅子に座って話は続いていく。付き人が茶器やら何やらを並べていき、自分が入れられた鳥籠は机の上に置かれていた。

「……というわけで、若様は妖の頂点にたったのでした。それを一番おそばで見届らけれたワシはもう感無量。これでいつでも黄泉の国に行けると思っておりました」

 いや、おまえそこからさらに百年以上は生きておったよな?

「それが毛玉様とバオジイの前世のお話ですのね。はう、やはり私の目に狂いはありませんでしたわ。さすが毛玉様!」

 うっとりとした目で見てくるが、それはもはや前世の話。今では最弱生物の自分のどこに、そんな風な目で見れる要素があるのだろうか。この幼女の感性がおかしいのは薄々気づいていたが、本当にどこがと聞きたい。

「そういえば毛玉様のお名前はなんとおっしゃるのかしら?」
「若様の今生の名前はワシも知りませんし……」
「キュェー」
「今の名前は無いそうですじゃ」

 気づいたらここにいてジジイのいう事が真実であるならば、おそらく今の名は無い。この変な生物になってしまったからには九尾とも名乗れない。かつてのあの名は告げるつもりも無いが、いつまでも毛玉と呼ばれるのも嫌だった。

「キェー」
「毛玉はいやだそうです。ふむ、いかがなさいましょうか」
「そうですわね。何かご希望はありますか?」

 首を振って特に無いという事を伝える。よほど変な名ではなければかまわない。

「でしたらあやかし様とお呼びしますわ。あなた様は最弱生物と呼ばれておりますが、私はそんな事は無いと思っております。あなた様の中に感じるこの不思議な力はきっと再びあなた様を大妖怪へと導きますわ!」
 俺の中にあるわずかな妖力を感じ取ったのか、それが大妖怪へと導くなどと言っている。何を根拠にそう思えるのか不思議だが、ニコニコと見つめてくる邪気のないこの笑顔に絆されたのか、頷いて了承した。

「名は体を表すとは言いますからな。それにしても若様の中に感じるこの懐かしさは、やはり妖力なのでしょう」
「私達の力とは違うものなのですの?」
「似ているような物でしょうが、これはワシにもわかりませぬ。ただ、この妖力は若様次第できっと大きくしていけるでしょう。そう、かつての若様のように……」

 自分とて最初から大妖怪であったわけではない。ただの子狐からあの位置に駆け上がっていったのだ。ジジイはそれを見ていたのだからそう言っているのだろう。
 しかし、この毛玉生物にそれができるのか……いや、しなくてはならない。どうやらここには恐ろしい生物がいるようだ。あの蛙に勝てるぐらいにはなっておかねば生きていけないかもしれない。

「ゲココ!」

 近くを飛んでいる自分と同じぐらいの大きさの虫を捕食しては食べてを繰り返している蛙を見る。あの舌に絡めとられたら虫の人生もそれで終了だ。そもそもあの虫にすら勝てそうにもない。

「うふふ、妖様ならきっと再び返り咲けますわ! もちろん私がお支えいたします。だってあなた様は……」

 また顔を赤らめてうっとりとしている。本当にこの幼女は大丈夫なのだろうか?付き人もジジイも特に何も言わないからこれが通常運転なのかどうなのかもわからない。ただ、支援をしてくれるのはありがたい。そこはお言葉に甘えておこう。

「キュイ!」
「よろしくお願いしたいと言っておられますじゃ」
「はい。もちろんですわ!」

 和やかな雰囲気になり幼女は茶を飲んだり見た事のない菓子をつまんでいる。ジジイも菓子を食べているが花の口が大きく開く瞬間がやはり怖い。以前の自分であるなら鼻で笑うぐらいの事も、この毛玉になってからはそうはいかない。本能でわかっているのか自分より強者には恐怖心がわいてくる。バリボリと音が聞こえてごくんと飲み込んでいるが、その棒みたいな身体のどこに消えているのだろうか。妖怪どもも不思議な奴はいたが、ここにもそういう奴がいるのだろうな。

「妖様もお菓子はいかがですか? あ、それとも果物かしら……ねぇバオジイ、妖様は何を好まれますの?」
「はて、かつての若様は特に嫌っている物はありませんでしたが、ケダマとなった若様には何がよいやら……」
「キュイ!」
「そこの丸くて赤いやつがよいと……ほうほう、お目が高いですな」
「さすがですわ妖様! これは私の大好物でもありますのよ。ささ、試しに少しだけでも食べてみてくださいな」

 小さな指につままれた赤いその実をぱくりと一口で口に入れれば、噛んだ瞬間に広がる芳醇な香りとくどくない甘さが口いっぱいに広がっていく。

 これはなかなか美味ではないか!こちらの食べ物はまだよくわからんが、これは気に入ったぞ!

 もぎゅもぎゅと大切にゆっくりと噛み飲み込む。もうひとつ貰おうかと幼女を見つめれば何やらひとりで照れている。

「ゆ、指に妖様のくちびるが!! はうぅ、私ったらはしたないですわ!」

 もう、何も言うまい。きっとこれがこの幼女の通常運転な姿なのだろう。震える指で再び差し出してきた実を、今度は指に触れないように気をつけて食べた。今度は残念そうに見ている。



 穏やかなこの時間に気が緩んだのか、ウトウトと微睡んで気づけば眠りの世界に旅立っていた。それを誰にも邪魔はさせないと見守るように微笑んでいるひとりの幼女。その金の瞳には熱が籠められて深く輝き続けている。そこに籠められているものにいまだ気づかず、毛玉は深く眠り続ける。

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