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 今、私の手の中にあるのは一枚の招待状。そうこれはローゼリア様が私に送って来たお茶会の招待状だった。彼女の部屋はこちらに来た時は王宮の客室だったのが、少し離れた場所にある小さな離宮に移動している。リディア妃の離宮とは違いこちらはこじんまりとした造りになっているが、彼女は満足しているそうなのでよいのだろう。

「この忙しい時期によくこんな物を送ってこれますわね」

 神事についての打ち合わせを終えて友人達とお茶を飲みながら休憩していた時の事だった。侍女が困惑しながらこの招待状を持ってきたので目を通してみれば、ローゼリア様からのお茶会のお誘いなのだが彼女は以前言った事を結局は理解できていないようだった。

「急にお誘いされても無理だと申し上げましたのに……招待状の事だけは覚えていらしたのか送ってきましたが、内容もどうかと思いますわ」
「えぇ、クレス殿下に私達を誘って連れてくるように書いていますわね。それも本日開催とは何を考えているのかしら?」
「何も考えていないに決まっておりますわ。どうして昨年まできちんとできていらした事が急にできなくなるのかしらね」

 婚約破棄事件からローゼリア様は別人になってしまったかのような振舞ばかりをしている。その前からおかしくなっていたみたいだが、はっきりとわかるのはあの事件からなのでだいたいその時期に変わってしまわれたのだろう。兄とクリストバル殿下が聞いた内容を思えば彼女は何か物語の世界と現実を混同している。

「お断りの手紙でも書きましょうか」
「あら、私は参加してもよくってよ。この後は特に予定も入れていませんわ」
「私もかまいませんわよ。彼女がどんなお茶会をひらくのか見てみたいですもの」

 彼女達ならそう言うのではないかと思っていたが、私の予想は当たっていた。皆が自分の侍女に予定を確認して空いているとニッコリ笑っている。

「しかたがありませんわね。私も時間が空いていますので参加する事を書いておきますわ」

 さらっと書いた返事の手紙を侍女に渡してローゼリア様に届けて来てもらう。どんなお茶会なのかは私も気になるが、彼女には監視役を兼ねた侍女や護衛達もついているので大丈夫だとは思う。それでもこの事は報告しておこうと別の侍女に頼んでおく事にした。



 簡単に身だしなみを整えて皆で離宮へ向かえば配備されている侍女達に迎えられて部屋に案内される。その際に彼女達に止められなかった事で頭を下げられたが気にしないように伝えておく。侍女である彼女達ではローゼリア様を止める事は無理そうだ。できるのはダナ様くらいかもしれないが、今の彼女は別の仕事についているのでここにはいない。

「あんた達、やっと来たわね!」
「えぇ、お招きいただきありがとう御座います。こちらを持参しましたのでどうぞ」

 近くに立っている侍女に渡したのは手土産として急遽用意した茶葉とローゼリア様の気に入りそうなナッツの蜂蜜漬けだ。それを満足そうに見て頷いているので問題はないのだろう。案内された席にそれぞれが座って始まったお茶会だが、テーブルの上には見た事のないお菓子が並んでいる。他国の事にも詳しいベアトリス様に視線を送ったが小さく首を横に振っているので彼女も知らないお菓子なのだろう。

「見た事のないお菓子ですわね」
「ふふん! そうでしょうね。これとこれとあれはわたくしが作ったお菓子ですもの!」
「え、そうなのですか……ふふふっ、手先が器用なのですね。羨ましいですわ」

 ファビアナ様が口元を引きつらせて何とか返した言葉に褒められたと思ってますます自慢げな顔をしている。言葉の裏を読み取ればそうはならないはずだが、余計な事は言う必要はないので黙っておく。とりあえずローゼリア様が作ったものではないものをいただく事にして、クッキーを二枚ほど頼んだ。侍女が取り分けるのを見ていれば皆も同じように避けてクッキーを数枚頼んでいるようだ。ローゼリア様は見ただけでも甘そうな自作のお菓子を取り分けてもらっているが、侍女によって小さくカットされたそれに文句を言っている。

「ちょっと、もう少し大きく切ってよ。そっちのもよ」
「申し訳御座いませんが、甘味の量はこのくらいまでにするようにと言いつかっております」
「これくらい食べたって平気だって。この世界の人達ってわたくしから見たら細すぎなのよ。このくらいが平均だったんだから問題ないってのにさ」

 この世界とはまた物語と現実を混同した発言なのかしら?

 イネス様は太ったとはおっしゃっていたが、貴族の令嬢としてはという事だろう。元々ローゼリア様は令嬢達の中でも細い方だった。だから余計にそう見えただけで健康に問題がないのなら止めるつもりはない。それでもあの砂糖と蜂蜜を大量に使うのだけはやめた方がいいと思う。彼女は美味しそうに自作のお菓子を頬張って幸せそうな顔をしている。

「うーん最高! あ、ねぇあんた達はデルフィナって子の事は知ってる?」
「それはプラージャ公爵家のデルフィナ様の事でしょうか?」
「何かそんな名前だった気がする。で、どんな子なの?」
「どんなとは……私達のひとつ下ですので十五歳の令嬢ですわね。親しいわけではありませんのでローゼリア様が望むようなお答えが返せるかはわかりませんわ」

 急にプラージャ公爵令嬢の名前を出してきたが、彼女の事をどこで知ったのだろうか。

「ふーん。じゃぁ、その子って水の精霊達に愛されていてアルフレド様と仲が良いの?」
「精霊達とは特にはないですし、兄とも接点はありませんので気にされるような仲ではないと思いますわ」

 なるほどと頷いているが何を聞き出そうとしているのかわからない。否定するように答えたが兄はデルフィナ様の事はよく思っていないようなので、この答えも間違いではない。今もまわりにいる水の精霊達は首を振っているし、ローゼリア様にも近づかないようにしている。

「なら大丈夫よね。やっぱりヒロインはその子では無いのよ」
「ヒロイン?」
「そうよ。この世界は悪役令嬢であるわたくしが主役の世界なのよ!」

 どう返事をするのが正解なのだろう。もうローゼリア様は彼女の妄想の物語か何かの役に成りきっているという事なのかもしれない。
ならば勝手にやっていて欲しい。私達の邪魔にならない場所で好きなだけその役になって演じていてください。ただし、誰にも迷惑をかけないようにおひとりでお願いしますね。



 ローゼリア様のお茶会はよくわからないまま終わったが、こちらに突っかかってこないだけでストレスが大幅に減るという事だけが収穫のお茶会だった。

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