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 海神大祭の準備は国をあげておこなわれる。神子が各地を巡礼する事から始まり、最後の夜に先祖の魂を送り出すあの瞬間までが大祭の期間になる。こういった祭事はカエルム王国とエザフォス王国にもあるが、おこなわれる時期は違っていた。舞踏会にはもちろん各国の代表者達が参加する。この舞踏会に兄はローゼリア様を連れては行かないと言っていたのでひとまず安心した。

 今日は神子が着る白い光沢のある布で出来たシンプルなドレスとベール、そして舞踏会に着るドレスの最終確認をしていた。侍女達に着せられたそれらにおかしな所はないかと細かく見ていき、どちらも大丈夫そうなので衣装部屋に閉まっておく。

「この後の予定は当日の護衛達の配備についての打ち合わせだったかしら」
「はい。少し時間に余裕がありますのでお茶の準備をいたします」
「ありがとう。お願いするわね」

 毎日何かしらの打ち合わせをして不備がないように詰めていくのだが、毎年の事とは言え忙しい。とくに今年は私に割り振られた仕事が増えているので余計にそう思ってしまう。いずれ父の後を継いでいかねばならないと意気込む私に、皆は気負いすぎなくても良いと言ってくれるがそうもいかないだろう。

「クレスセンシア殿下、アルフレド殿下が訪れられております」
「お通しして」

 打ち合わせ前に訪れるとは聞いていたがてっきり一緒に行くために約束をしたのかと思っていた。ずいぶんと早めに来たのだと思っていたが、兄はレジェス以外は外で待機させて私の部屋の応接室へと入室しソファーで座って待っていた。

「お待たせしましたわお兄様」
「いや、大丈夫だよ。もう少し早く来れたならクレスの神子姿が見られたのかな? 残念だと思わないかいレジェス」
「アルフレド殿下、それは本番に見てください」
「お兄様ったら、毎年同じなのだから変わり映えはしないわよ。サイズを手直ししたりとしなければいけないから確認をしていただけだもの」
「それでも私はいち早く見たいのだよ。毎年同じだと言うがあの神秘的な姿を見ればすべてが浄化されるのではないかと思う」
「自分もそう思います」

 この主従コンビは私を褒めたたえるのが上手いので恥ずかしくなる。兄が私を可愛がってくれているのは変わらないが、レジェスもまた幼い頃からもうひとりの兄のような存在だった。あの頃と同じままというわけにはいかないが、それでもこの流れる穏やかな時間はかけがえのないものである事は変わらない。ずっとそばにいて欲しいと考えるがそうもいかないだろう。兄はいずれ臣籍降下してしまうのでレジェスもきっと兄について行くだろうから、それを少し寂しく思ってしまう。

 いつか誰かと結婚してもっと遠くなってしまうのでしょうね。騎士として生きていく彼とはどこかで顔を合わせる事もあるかもしれない。でもその時には彼の隣にも私の隣にも知らない誰かがいるのよね。

 こんな事を考えてしまうなんて疲れているのかもしれないとため息がこぼれてしまう。ローゼリア様以外の事でこんなにも頭を悩ませる事が出てくるとは思わなかった。幼い頃から育っていた想いは一生出てこないようにと蓋をしていたのに、今になって表に出てこようとするなんて予想外だ。

「クレスセンシア殿下、お疲れでしょうか?」
「いえ、問題ありませんわよ」
「おや、こういう事には昔からレジェスの方が先に気づいていたね。兄としては悔しいが相手がおまえならしかたがないな」

 たしかに昔から兄よりもレジェスの方が気づくのがいつも早かった気がする。彼の方を見ていれば私の視線に気づいてどこか恥ずかしそうに目線を逸らしてから再びこちらを見て微笑んでくれた。そんな彼にドキリとしたが私も笑顔を返しておく。

「そうですね、昔からクレス姫は目が離せませんでしたから」

 どういう意味を込めてそんな事を言っているのかわからないが、久々に聞いたその呼び方に高鳴るこの心臓を今は落ち着かせるためにお茶に口をつける。リラックス効果のあるお茶を淹れてくれた侍女に感謝して、時間が来るまでは三人のこの時間を楽しむ事にした。





 目まぐるしく過ぎていく日々は毎日が忙しくて充実しているが、あの日よりひとりで過ごす時間になるとレジェスの事を考えるようになった。部屋の窓から見える海は月明かりに照らされて優しい光が反射してとても綺麗だ。昼間の鮮やかな海とは違い今は濃い色をしていてそれが彼の髪と瞳の色と同じだと気づいた。ミッドナイトブルーの髪にトパーズの瞳はまさに今見ている海と月のようだった。

「何にでも彼と結びつけるなんて駄目ね私は」

 彼が明確に私達に主従としての線引きをした時に私の気持ちは心の奥底に仕舞いこんだはずだった。幼い頃に三人で遊んでいたあの頃は何も考えずに彼のお嫁さんになると言って兄が拗ねていたのを思い出す。まわりの大人達も微笑ましく見守っていたが、そんな事が許されていたのは子供だったから。王位を継ぐ私が軽々しく彼を王配にして欲しいなどと言えないし、自分の気持ちだけを押し付けるわけにもいかない。

「それでもいつか訪れるその時まではひっそりと想うくらいは許していただけるのでしょうか?」

 心の中で海神様に問いかければすぐに私を優しく包み込んでくれた。大丈夫だと囁く男性のようでも女性のようでもある穏やかな声が耳元で聞こえ、お礼を告げると頭を何度も優しく撫でてくれた。
 しばらくはその状態で夜の海を眺め続けたがいつまでもそうしてはいられない。海神大祭はもう目の前で、準備は万端に整えてきたとはいえ心配事は尽きない。まだまだ悩みの種はすぐ近くに存在している。

「明日もまた多くの民達に穏やかな日常を……」

 寝る前の習慣である夜の祈りをささげて私は眠りについた。

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