上 下
12 / 34

12

しおりを挟む
 兄の話を聞いてから私の状況は一気に変わっていく。結局兄は王位継承権を返上して臣下になる事は譲らなかった。そのために問題児なローゼリア様を妻にと望んで自分の評価を下げようとしたと言うではないか。よって私が継承権一位になってしまい来年には立太子の儀をおこなう事が決定した。この事は故意なのかどうなのかわからないがローゼリア様の耳にはまだ入っていない。私の姿が確認できればすぐにでも駆け寄って何かを仕掛けようとしているが、それも新たに増やされた護衛達によって阻まれて失敗している。そしてそのままダナ様にきつく叱られて部屋に連れ戻される日々を送っていた。



 初夏の季節になれば海は日差しを反射して一段と輝きだし、爽やかな海風を運んでくる。立太子に向けての準備も忙しいが、その前に我が国では海神大祭という夏におこなわれる祭りがある。この時期になると先祖の魂が帰って来るのだと伝えられており、その期間中に楽しんでもらおうと祭りをおこない最終日の夜には送り出す。二週間ほどおこなわれるこの祭りの期間中は私も神子として各地をまわらなくてはならないので、一年で一番忙しい時期でもあった。留学中も長期休暇を利用してこの時期だけは絶対に帰国できるようにしていた。

「ようやく息抜きができますわね」
「初夏のこの時期が一番大変ですからね。祭りだけではなく大きな舞踏会も控えていますので準備に追われてしまいますわ」

 予定を合わせる事ができた友人達と息抜きと称して私の専用庭園でお茶を楽しんでいた。皆はすでに私が立太子に向けての準備を進めているのも知っている。おそらくこのまま私の側近になるのだと思う。アナベル様は護衛なら任せて欲しいと言い、ベアトリス様は外交や交渉事は私がと、身の回りのお世話は自分がするとエステル様も名乗り上げ、ファビアナ様まで女官になるつもりだ。
 そんな彼女達に押され気味でおろおろとしているのが今回初めてこのお茶会に参加しているイネス・ベニート子爵令嬢なのだがそれなら私は巫女として、と参戦している。

「イネス様のご実家は多くの神官を輩出されていますものね」
「は、はい。今回の大祭でのサポートもしっかり務めるように母より言われておりますのでお任せください!」
「ありがとうイネス様。皆様もとても頼りにしておりますわ」

 今までは大祭の時はプラージャ公爵夫人がサポートとして務めてくれていて本来ならばその娘であるデルフィナ様が引き継ぐはずなのだが、彼女は水の精霊達から避けられているので別の方を推薦されたのだ。それがイネス様なのだがプラージャ公爵夫人と彼女の家は親戚関係でもある。夫人自身も水の精霊達に愛されていて結婚するまでは巫女として一生を終えるつもりだったそうだ。そんな彼女の娘でも精霊達に愛されるとは限らないので不思議なものだなと思う。

「そう言えば、最近のあの方はどうなのですか?」
「またクレス殿下の前でわざと転がって殿下のせいだと喚いていますの?」
「さすがにその前に護衛達によって妨害されていますわ」

 ファビアナ様が嫌そうに聞いてきたのはローゼリア様の事で、以前一緒に歩いていた時に私達の目の前に勢いよく駆け寄って転がっていたからだ。ドレスは捲れ上がりあられもない姿と言うのか淑女としてはあり得ない地べたに座り込んだ状態で私に足を引っかけられたと泣き喚いていた事件。あの時のファビアナ様の目は塵芥を見るような目をしていたのを覚えている。

「あの学園でのお茶会に乱入された方ですよね……」
「そうですわよ。イネス様も気をつけてくださいね。あの方は特に下位貴族には上から目線で馬鹿にしてきますわよ」
「何かされそうになったらすぐに私でも誰でもいいのでおっしゃってくださいね」
「はい、私自身でも気をつけて行動します」

 同年の令嬢達はあのお茶会事件ですでにローゼリア様の事は知れ渡っている。イネス様ももちろん目撃していたのでご存知だろう。とにかく大祭が終わるまではできる限り大人しくしていて欲しい。いや、その先もお願いしたい。
 そんな願いも空しく、お茶会の終わりに皆と歩いていた時に遭遇してしまった。私達の前で立ちふさがり腰に手を当てて何やら楽しそうに笑っているが、こちらはげんなりした雰囲気だ。

「待っていたわよあんた達! 今からわたくしのお茶会に参加しなさい!」
「ご遠慮しますわ」

 私が代表して即お断りをしたら地団駄を踏んで怒り出すその姿に、もう彼女には淑女の欠片さえ残っていないのかもしれない。

「あなた、そんな急に参加しろと言われて頷くと思いまして? それぞれ予定があるのですからまずは招待状を送るのが常識でしょう。それから参加を決めますが、まぁ参加するかはわかりませんわね」

 今度はファビアナ様がおかしなものを見るように笑って反論したので友人達もクスクスと笑っている。私も皆も彼女から招待状が来たとしても参加はしないとは思うが。

「用件はそれだけでしょうか? それならば失礼しますわね。あっ、今度はきちんと招待状を送ってくださいませ」

 最後にそう付け足して彼女を置いて私達はその場を去っていく。元々彼女は護衛達に妨害されていたのでこちらには近づけなかったが、日々その距離が大きく開いていっている。後ろから喚く声も遠ざかっていった頃に皆が一斉にため息をついた。

「あれと毎日最低一回は顔を合わせるのはかなりのストレスになりそうですわ」
「クレス殿下も大変ですわね」
「まぁ、言いたい事は言わせて放置しているだけですけどね。付き合っていれば疲れるだけですもの」

 もう彼女はこの王宮内では珍獣のような扱いになっている。訪れた人達が彼女を目撃すれば「あぁ、あれがあの」と言いたげに見ているのだ。

「それにしてもあの方、お茶会事件で見た時よりも太りましたか?」
「ちょっと、イネス様。誰もが気が付いても口にしなかった事をそんな簡単に出さないでくださいな」
「あら、申し訳御座いませんわ」

 悪びれも無くにっこりと笑っているイネス様も先程のあれでストレスを感じてしまったのかもしれない。そしてイネス様が指摘したようにローゼリア様はこちらに来られた時より少しふくよかになっている。

「お砂糖でも舐めていらっしゃるのでしょうか」

 イネス様からの追い打ちにこみ上げてくるものに耐える令嬢達の姿が王宮の廊下にあり、不思議そうな視線を送られるのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

ふざけんな!と最後まで読まずに投げ捨てた小説の世界に転生してしまった〜旦那様、あなたは私の夫ではありません

詩海猫
ファンタジー
こちらはリハビリ兼ねた思いつき短編の予定&完結まで書いてから投稿予定でしたがコ⚪︎ナで書ききれませんでした。 苦手なのですが出来るだけ端折って(?)早々に決着というか完結の予定です。 ヒロ回だけだと煮詰まってしまう事もあるので、気軽に突っ込みつつ楽しんでいただけたら嬉しいですm(_ _)m *・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・* 顔をあげると、目の前にラピスラズリの髪の色と瞳をした白人男性がいた。 周囲を見まわせばここは教会のようで、大勢の人間がこちらに注目している。 見たくなかったけど自分の手にはブーケがあるし、着ているものはウエディングドレスっぽい。 脳内??が多過ぎて固まって動かない私に美形が語りかける。 「マリーローズ?」 そう呼ばれた途端、一気に脳内に情報が拡散した。 目の前の男は王女の護衛騎士、基本既婚者でまとめられている護衛騎士に、なぜ彼が入っていたかと言うと以前王女が誘拐された時、救出したのが彼だったから。 だが、外国の王族との縁談の話が上がった時に独身のしかも若い騎士がついているのはまずいと言う話になり、王命で婚約者となったのが伯爵家のマリーローズである___思い出した。 日本で私は社畜だった。 暗黒な日々の中、私の唯一の楽しみだったのは、ロマンス小説。 あらかた読み尽くしたところで、友達から勧められたのがこの『ロゼの幸福』。 「ふざけんな___!!!」 と最後まで読むことなく投げ出した、私が前世の人生最後に読んだ小説の中に、私は転生してしまった。

王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」 公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。 血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。

婚約も結婚も計画的に。

cyaru
恋愛
長年の婚約者だったルカシュとの関係が学園に入学してからおかしくなった。 忙しい、時間がないと学園に入って5年間はゆっくりと時間を取ることも出来なくなっていた。 原因はスピカという一人の女学生。 少し早めに貰った誕生日のプレゼントの髪留めのお礼を言おうと思ったのだが…。 「あ、もういい。無理だわ」 ベルルカ伯爵家のエステル17歳は空から落ちてきた鳩の糞に気持ちが切り替わった。 ついでに運命も切り替わった‥‥はずなのだが…。 ルカシュは婚約破棄になると知るや「アレは言葉のあやだ」「心を入れ替える」「愛しているのはエステルだけだ」と言い出し、「会ってくれるまで通い続ける」と屋敷にやって来る。 「こんなに足繁く来られるのにこの5年はなんだったの?!」エステルはルカシュの行動に更にキレる。 もうルカシュには気持ちもなく、どちらかと居言えば気持ち悪いとすら思うようになったエステルは父親に新しい婚約者を選んでくれと急かすがなかなか話が進まない。 そんな中「うちの息子、どうでしょう?」と声がかかった。 ルカシュと早く離れたいエステルはその話に飛びついた。 しかし…学園を退学してまで婚約した男性は隣国でも問題視されている自己肯定感が地を這う引き籠り侯爵子息だった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★8月22日投稿開始、完結は8月25日です。初日2話、2日目以降2時間おき公開(10:10~) ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

Sランクの少年冒険者~最強闇使いが依頼を受けて学園へ~

村人Z
ファンタジー
書籍版「Sランクの少年冒険者」が販売中です!2/21~ 貴族の家に生まれ、莫大な魔力を保有していたヒスイだったが、魔力適性を受けて無能だと判断されて勘当されてしまう。その時代に認識されていなかった闇魔法を保有していたのだが……――そして、約十年後。闇魔法を世間に認識させる実力を持つSランク冒険者が現れた。その冒険者はヒスイと言い、とある依頼で魔法学園に在籍することになった。 ※書籍化に伴いタイトルを変更しました。 「Sランクの少年冒険者が依頼を受けて学園へ」→「Sランクの少年冒険者~最強闇使いが依頼を受けて学園へ~」 ※書籍化に伴い書籍化該当部分を一部非表示にしました。ご了承いただければと思います。 ※完結しました

婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます

もふきゅな
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。 エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。 悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。

道端で猫を拾った話

ぬん
ライト文芸
ボッチのフリーター、蓮。 朝起きて、コンビニにご飯を買いに行った。 帰り、普段通らない道を通ることにした。 ふと、下の方を見ると、倒れている子猫を発見した。 かなりボロボロで、大分心配になるような怪我。 優しく抱え上げ、蓮は考える。 あれ、俺のマンションってペット可だっけ…? ところで書きたいやつが選択のところになかったのでこうなりました

HP2のタンク ~最弱のハズレ職業【暗黒騎士】など不要と、追放された俺はタイムリープによって得た知識で無双する~

木嶋隆太
ファンタジー
親友の勇者を厄災で失ったレウニスは、そのことを何十年と後悔していた。そんなある日、気づけばレウニスはタイムリープしていた。そこは親友を失う前の時間。最悪の未来を回避するために、動き始める。最弱ステータスをもらったレウニスだったが、、未来で得た知識を活用し、最速で最強へと駆け上がる。自分を馬鹿にする家を見返し、虐げてきた冒険者を返り討ちにし、最強の道をひた進む。すべては、親友を救うために。

処理中です...