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 アルフレドはあの日の事を思い出していた。エザフォスの学園に視察に行く前日に王城にてエザフォスの国王陛下に謁見をした後に、庭園をクリストバル殿下に案内していただいていた時の事だった。まわりを気にしながら庭園の生垣に隠れて誰かと話をしているローゼリア・エレティコス侯爵令嬢を見つけ、隣に並んでいるクリストバル殿下に視線を送れば困惑した表情を浮かべていた。

「彼女は君の婚約者殿ではなかったかな?」
「そうですね。しかしあんな所で何を……相手はボルケ子爵令嬢のようですが、ここは誰でも入れる場所ではありますが何故あのように隠れるように話す必要が」

 彼は疑問を浮かべながらもどうすべきか悩んでいるようだ。そんなに気になるのならもう少し近づいて聞き耳を立てればいいのに、彼もまたどこぞの護衛騎士と同様に真面目な人だ。

「私が聞いていたのとは違い、彼女はずいぶんとはしゃいでいるね」
「えぇ、そうですね。あんなふうに笑うのは幼い頃に見て以来です」

 懐かしそうにそして寂しさも含んでいるような彼の言葉に、そう言えば最近は上手くいっていないから婚約の解消を進めていたのだったかと思い出す。無意識にだろうか少しずつ近づいていく彼の後ろから同じように自分も近づけば、彼女達の会話が少しずつ鮮明に聞こえてくる。王子二人が盗み聞きなど誰かに見られたら何と言われるだろうか。現にレジェスは何か言いたそうにしているし、殿下の護衛も止めるべきか悩んでいる。

「……だから、駄目ですって! このまま大人しくしていれば小説どおりに解消されるのですよ。わざわざリスクを負ってまでこちらから破棄を願い出る必要はないのです」
「でも、ぜんぜん解消する気配もないわよ! このままじゃあ、わたくしはあの方と……」
「それでもです! せめて解消を願い出るくらいにしてください」

 何だか不穏な会話が聞こえてきた。破棄やら解消というのは彼との婚約の事だろう。聞いていれば話はどんどん進んでいき、明日にも彼の有責で破棄を求めると意気込んでいる。

「ずいぶんと見当違いな方向へ突き進んでいるみたいだけどいいのかい? どう見たって彼女が望むような結果にはならないと思うのだけどね」
「はぁ……最近の彼女はどこかおかしいと思っていましたが、それに小説どおりとはどういう意味なのでしょう?」

 そこは私も気になっているがわからない。わかるのは彼女が王家に嫁ぐには相応しくない頭がお花畑な女性だという事くらいかな。相手のボルケ子爵令嬢だかの方がまだ常識を持っていそうだ。

「ようやく3のとおりにわたくしはあの方と、そうアルフレド様と婚約して溺愛される王妃になれるの! ヒロインも悪役王女もお呼びじゃないのよ! わたくしを邪魔するあいつらは絶対に断罪してみせる!」
「ちょっと、何を言っているんですか!? そもそも悪役王女ではなくてライバル王女ですよ。ヒロインも王女も切磋琢磨してお互いを認め合うそんな関係なんです。勝手に捏造しないでください!!」
「フンッ! あんなの悪役王女で充分でしょ。わたくしを見るあいつの目を見ていればわかるわよ。あの生意気そうで高慢な女が悪役以外の何だって言うのよ」
「やめてください! 私の好きなクレス様をそんな風に!!」
「あぁ、あいつがあんたの推しだっけ? 趣味悪いわねぇ」

 今すぐにあの女の首を刎ねてもいいかな。え、駄目だって?

 殿下やレジェス達が首を横に振っているが彼らだって思う事はあるはずだ。殿下も眉間にしわを寄せて険しい表情をしているし、レジェスなんて表に出していないだけでその目に怒りが宿っているのは一目でわかる。かく言う自分だって怒りが一周まわって逆に冷静になってしまった。
 彼女達に見つかるわけにはいかないので盗み聞きはここまでにして城内に戻る事にしたが、殿下も言葉を発する事もなく無言で歩いている。最後に庭園を見た時は嬉しさを隠しきれないあの女と、それを後ろから睨んでいるボルケ子爵令嬢の姿が確認できた。

 なるほど、あの二人はどうやら仲良しというわけではないみたいだね。それならば利用させてもらってもいいだろうか。いや、させてもらおう。

「殿下、ひとつ提案があるのだが……」



 それから殿下からエザフォスの陛下に話が伝わり、至急と呼び出されたエレティコス侯爵や主だった者達で話し合った結果が今の状況に繋がっている。
 もしあの女が言うとおりに殿下に破棄を言い出したならただでは済まないだろう。何らかの沙汰が言い渡されるだろうが、侯爵は元々解消された後は領地の屋敷にて病気の静養と言う名目で閉じ込めておくつもりだったそうだ。以前の彼女なら円満に解消して時期をみて再び誰かと婚約はできたかもしれないが、最近のあの女の行動は家の中でもおかしいそうだ。修道院行きも視野にいれているようだが、それには待ったをかけて私の提案を告げる。

「彼女が破棄を言い出したらその後に彼女を私の妻にと望んでもいいでしょうか?」
「アルフレド殿下!? いったい何を……」
「彼女は私の今後のために必要になりそうなのです。条件は色々と出してしまうかもしれないが、彼女次第では彼女が望むように私の隣に立てますよ。王妃は無理かもしれませんけどね」

 証拠もないのに自国の王太子を糾弾などしてみればどうなるかなど考えればすぐにわかる事にさえあの女は気づいていないのだろう。だからこそ都合のいい相手でもある。

「バルタサル陛下もいいですよね?」
<はぁ……おまえはまたとんでもない事を>

 古代の遺物によって王国間では緊急用の通信ができる。今はそれで参加されているのだが頭を抱えてため息をついている姿が見えた。自分が悩みの種になっている事はわかっているがこれもすべてはマナンティアールの未来に繋がるのだから許して欲しい。

「我がエレティコス侯爵家はすでにあの子を切り捨てる覚悟はできていました。今回の事が無くとも同じような道を辿ったのかもしれません」
「何故あのように変わってしまったのか……王家に嫁ぐ者としての重圧によってかそれとも。いや、考えてもわからんか。彼女の気持ちは彼女しか知りえないのだからな」

 こうして長い話し合いの結果、あの女が行動に移さなければ円満に解消を進め、もし破棄を望めば私が望む提案を飲んでくれる事になった。あの女はまわりの気も知らずに私の期待を裏切らなかった。
 所々は省いてクレスには簡単に伝えれば複雑な表情で私を見ている。この大事な妹のためならばあの女を妻に迎えるくらいなんともない。すでにあの女はエレティコス侯爵家からもエザフォス王国からも切り捨てられている。
 毎日脳内にあるお花畑を拡大しているあの女の望む未来など、きっと来ないだろう。

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