執着心が強い皇帝に捕まってしまった私の話〜あのさぁ、平民が皇帝と結婚できるわけないって馬鹿でもわかるよね〜

白雲八鈴

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第19話 黄金の聖女

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 そのあと、レオンと何を着るのかで攻防があった。レオンはドレスを着ろといい。私はいつものパンツスタイルで、白衣を上から着たいと言う。

「どちらでもいいので、さっさと行ってください」

 というカルアの冷たい声と共に、白いワンピースが差し出された。使用人の服に近いシンプルな白いワンピース。

 色は違うが、昔スパイごっこをしていた時に着ていた服に近い感じだ。
 私の嗜好を理解しているカルアといえば、黒い軍服だった。そう言えば、将軍とか言われていたね。偉そうだな。

 そして、謁見の間の皇族が出入りする場所まで連行されてきた。いや、気分的に連行だ。

 周りは鎧共に囲まれ、その前には黒い軍服姿のカルアが歩き、私の横をレオンが私の手を握って歩いている。これが連行と言わずになんと言う。

 何の説明もなくそのまま、開け放たれた扉を進み、まばゆい光に目を細めれば、整列して立ったまま頭を下げている人、ひと、ヒト。
 やっぱり、私は場違いだ。

 壇上には重そうなゴテゴテした玉座が一つしか用意されていないことから、私は横に控えればいいというのだろう。

 が、手を引かれたまま中央までいき、私はレオンに抱えられてしまった。
 そう、玉座に座るレオンに座る謎の女。

 これは駄目なヤツだ。
 カルアに視線を向けるも、無視。カルア君。ここは注意すべきところだよ。

『面を上げろ』

 どこからか、声が聞こえたかと思うと、頭を下げていた者たちが、頭を上げ視線を前方に向けた瞬間、属国の王たちは様々な反応を見せた。
 戸惑う者。敵意を見せる者。恐怖の色をまとう者。様々だ。

 そして、なにやら口上が述べられている。まぁ、ただの集まってきた属国の王たちへのねぎらいの言葉だ。
 全然感情はこもってないけれどね。

「これにて皇帝レオンカヴァルド陛下の元に帝国が一つとなったのですが、何か意見はございますでしょうか?」

 進行役の人が質問するけど、この場で意見を言う強者つわものは居るのだろうか。

 すると前の方の人物が手を上げた。ん? この顔どっかで見たことがあるなぁ。

「皇帝陛下。その……抱えている女性を紹介していただけますでしょうか?」

 この声覚えがある。

「第三皇子じゃん」
「今はミルガレッドを治める者にすぎませんよ」

 苦笑いを浮かべながら、二十代中頃の青年が答えた。ミルガレッドか……あそこの戦いも酷かったね。結局属国ではなくて、帝国のミルガレッド領となってしまった。

「この者はリリィメリア・ヴァンジェーロだ」
「誰だよ。それ」

 思わず突っ込んでしまった。
 カルア。睨まないで欲しい。普通、自分でない名前で紹介されれば、突っ込むよね。

「見ての通りヴァンジェーロ公爵家の者だ。この者を皇妃として迎える」

 すると、謁見の間の中がざわめきで満たされる。そうだよね。今年で二十五歳の皇帝が突然現れた女を妃に迎えるといえば、困惑するよね。

「異義は認めん。それから、この者以外の妃を娶るつもりはないことを述べておく」

 すると、顔が見えない奥の方から声が上る。

「ヴァンジェーロ公爵家に、そのような年頃の娘は居なかったはずです」

 うーん? カルアの兄が公爵家を継いでいるけど、その娘は二人いて一人は私と同じ年と聞いたことがあったのだけど? まぁ、二十歳じゃ既に結婚していると思うけどね。

「見た目はこのような感じですが、歳は二十歳ですよ」

 親族にされてしまったカルアが補足してくれるけど、見た目が何って?
 そのカルアの言葉を聞いた者たちから、どよめきが沸き起こった。それはどういう驚きなのかな? ちょっと説明してくれない?

 ……何? 詐欺だって。十五歳ぐらいだと思った? ……それは私の胸がないって言っている?

「陛下。その教養がなさそうな娘よりも、私の娘……うぐっ……」

 は? 今発言した人、血を吹き出して倒れたけど?
 私は魔法で攻撃したレオンを睨みつける。

「そうやって、誰も彼もを敵に回すのは駄目だって言っていたよね」

 私はレオンの腕を振り切って、レオンから降りる。そして、壇上になったところから飛ぶ。言葉どおり飛んだのだ。まぁ、浮遊の魔法だ。これは古代魔法なので、私とレオンぐらいしか使えない。

 そして、倒れた人の側に降り立つ。
 なんだ、てっきり首をやられたのかと思えば、肩口を深く切られただけだ。これなら、直ぐに治せる。

「はぁ。これはレオンにしてやられたかな?」

 そんな独り言と共に、治癒の魔法陣を展開する。そして大きくざわめく人々。

「教養が無くて悪かったね。だったら、戦争なんて起こさないで欲しかったのだけど」

 治癒を完了させた人は意識を失っているものの、呼吸は安定している。失った血は元には戻らないので、ゆっくりと休めば大丈夫だ。
 再び私は体を浮遊させて、レオンの元に戻る。

「謀ったな」

 私が文句を言うと、レオンはニヤリと口元を歪め、私の手をとり抱きかかえた。
 いや、私がレオンの膝の上に座る理由がないのだけど?

「これでわかったと思うが、リリィメリアは戦場の聖女だ。この中にも助けられた者がいるだろう。リリィメリア以上に皇妃にふさわしい者はいない」

 はぁ、レオンの思う通りに事が運んだのだろう。私の力を見せつけ、長きに渡った戦いの一番の影の功労者は私だと。

 すると、誰も指示をしていないにも関わらず、次々と頭を下げていく目の前の統治者たち。

 誰もが認める皇妃だと決められてしまった瞬間だった。

「皇帝陛下。万歳。聖女リリィメリア妃殿下。万歳」
「「「「皇帝陛下。万歳。聖女リリィメリア妃殿下。万歳」」」」

 ……ちょっと待とうか君たち。私はまだ妃じゃない。ん? いや……ちょっと待て、レオンが何か契約をしたと言っていたな。書類でも夫婦になるって……。

 もしかして、私は既に皇妃になっていたってこと?
 私は思わず頭を抱えてしまった。




「いつの間に妃に……」

 誰の部屋かわからないところに連れてこられて、長椅子に座って項垂れているのが私だ。

「言ったはずだが?」

 気楽な格好に着替えてきたレオンが入ってきた。
 そして、項垂れている私を抱え上げて、膝の上に乗せた。

 毎回抱きかかえる意味がわからない。昔も散々文句を言ったのに、止めてくれなかったな。

「まぁ。いいよ。私が皇妃になっても、出来ることは限られているっとことを、言っておく」
「それは誰もが理解していますよ。怪我人をバシバシ容赦なく叩く治療師だと、巷では有名ですから」

 え? それはカルアの所為だって言ったじゃない。黒い軍服のカルアはレオンの斜め後ろに立って、私の噂話を教えてくれる。

「それはカルア君の所為で、精神的にやられた人たちに眠ってもらうため。暴れたら治療なんてできないからね」
「人の所為にするなんて、相変わらず酷い人ですね。私が死にかけた恨みは死ぬまで続きますから」
「しつこい男は嫌われるよ。カルア君。それにレオンの剣の師なら、軽く受け流せばよかったのに」

 私に文句を言い続けるカルアに、弟子に負けるとはどういうことだという意味も込めて皮肉ってみた。

「陛下の実力は既に私を超えています。貴女が居なくなったと知った陛下は、貴女に害になりそうな者を次々始末していきましたからね。阿鼻叫喚とはこの事を言うのかと、薄れゆく意識の中で思いましたよ」

 これはカルアが私に害を及ぼす存在と思われたということか。まぁ、所詮私達の繋がりはじぃの命令だったからね。じぃの命令次第で敵にも味方にもなる存在。
 しかし、次の主をレオンとしたことで、命が助かったということなのだろう。

 しかし、弟子のしつけがなっていないな。

「カルア君。因みにそこの忠犬は何故私に敵意を向けているのかな?」
「ああ、そうですね。紹介しておきましょう。フェリオス。顔を見せなさい」

 すると、忠犬くんはフルフェイスを取って、その容姿を顕にした。

「ぐはっ! カルアくん二号!」
「なんです? その呼び名は。彼は貴女の弟ですよ」

 ……理解不能なことを言われた。何? 弟って。私の母親は男と何処かに行って行方不明ですけど?

「私には私を捨てた母親しか居ませんので、弟なんて存在しません」

 すると、金髪金目の十五歳ぐらいの少年が、私を睨みつけてきた。なんで、私に敵意を向けるのかさっぱりわからない。

「姉は聖女を身ごもると神託を受けましてね」
「は?」
「色々あって子供を身ごもったまま攫われて、長い間行方不明だったのですよ」

 今、とんでも無いことをカルアの口から聞いたような気がする。神託って何? 聖女? ……せいじょ。それって私の事じゃないよね。

「数年後に下街で、ヴァンジェーロの特徴を持った男の子がうろついていると噂になっていましてね。私が見つけて後を追うと貧民街に、姉が隠れ住んでいるではないですか」

 下街でうろついていた事は認めよう。それをカルアに見つけられて、後を付けられていたのか。全然気が付かなかった。

「姉の夫に迎えに行って貰えば、居るはずの子供は居ないし、姉は精神を病んでまともな返答ができない状態で、それから子供を探し出すのに一年も掛かってしまいましたね。寝床を転々とするのを止めて欲しかったものです」

 ああ、アレが母親の夫だったということか。すっげー態度が悪かったけどな。どこの馬の骨ともわからない男と出来たガキはどっか行けと、言われたね。
 あれは母親も変な男に捕まったものだと思ったが、夫か……最低な夫だな。
 で、あの忠犬くんが生まれたということか。夫婦間が冷めてそうだな。

「はぁ。同じ場所で寝ていると、人さらいが来るからね。私は可愛い幼女だったから、自分の身は自分で守らないといけなかったんだよ。母親と隠れ住んでいたところは、何故か壊されたし」

 まぁ、今更言っても仕方がないことだ。あの時は生きるのに必死だったのだから。
 寝床がないのなら、別のところに行けば良い。それだけだ。

「でさぁ。なんで私は睨み続けられているわけ?」
「母上は俺のことなんて見えていない。いつも俺をリリィと呼ぶんだ。それはお前のことだろう!」
「それで、君は母親に対してどう接しているわけ?」
「フェリオスだと言い続けている」

 はぁ。これはこじれるわ。

「それで母親は発狂するって感じかな?」
「そうだが……どうして分かる」

 ごめんよ。多分それは私が髪を切ってしまったからだと思う。髪を切って男の子の格好をしていたから、忠犬くんを大きくなっても男装をしている私だと思っているのだろう。
 はぁ、貧民街の暮らしは母親にはキツすぎて現実逃避をしているなとは思ったけど、まさかこんなところに弊害が出ていたとは。

「忠犬くん。女装をしてリリィだよっと言えば、母親は納得してくれるよ」
「あ?」
「そうですか。そういうことですか。フェリオス、姉の前でドレスを着て見ればいいです。きっと喜びますよ」

 カルアも私の意見に賛成らしい。それは子供の頃の私の姿を知っているからなのだろう。
 すると、微動だにしていなかった鎧共の肩が揺れている。きっと女装しても似合ってしまっている忠犬くんを想像してしまったのだろう。

「フェリオス、命令だ。今から戻って実行してこい。その内、義母上にも挨拶しなければならないと思っていたところだ。そんなことで改善するなら、ものは試しだ行ってこい」

 忠犬くんはレオンに命じられて、肩を落としながら部屋を出ていった。きっと忠犬くんからすれば、意味がわからないだろう。

「リィ。そろそろカルアばかりでなく、俺にも構ってくれないか」

 私を抱きかかえている奴から不貞腐れた声が聞こえた。カルアと私が言い合いをしているのは昔から変わらないと思うけど?

「カルア君とは意見が合わないからね。それは言い合いにもなるよ」
「それは仲がいいということだ」

 どこを見て仲がいいと?
 私が睨みつけると、レオンは私の肩に顔を埋めるように、抱きしめた。

「長かった。やっと。やっとリィを取り戻した」

 何か言葉がおかしい。私は攫われてはいない。

「リィ。これからはずっと一緒だ」

 言葉に不穏な気配を感じるのは、気の所為だろうか。

「勿論部屋も同じだからな。公務も共にすればいい。どこに行くのも一緒だからな」
「私のプライベートは?」
「必要か?」
「必要」

 ここは譲らん!
 何気に徐々に背中の圧迫感が増えている。ちょっと力を入れすぎていない?

「目を離すと、直ぐにどこかに行くよな」
「個人の時間は必要」
「他の男に色目を使って、お菓子を貰っていたことあったよな」
「レオン。その時の私の格好を思い出そうか。男の子の格好をしていたはずだ」
「お菓子を貰ったリィがキラキラした笑みを浮かべて、『このお菓子好き』って言われたやつの顔をみたことあるか? 俺のリィに向かって顔を赤くさせるなんて万死に値する。それに俺も言われてみたい」

 いや、お菓子しか見てなかったから、人の顔なんて見ていない。

「はいはい。そういうことは二人っきりの時に言ってくださいね。心の声がもれていますからね。陛下」

 レオンが私に異常な執着を見せると、さり気なくディスるカルアは健在だった。君のそういうところには助けられたよ。

「良し! 二人っきりならいいのだな」

 そう言ってレオンは私を抱えたまま立ち上がる。ちょっと落ち着こうか。

「俺たちが夫婦になっても、誰も咎めるものは居なくなったんだ。この十年間の空白をリィに埋めてもらわないとな」

 くそ恐ろしいことを言ってきた。十年間の空白って何?
 私を抱えたまま隣の部屋に行き、少し前まで私が寝ていたベッドに落とされた。

「ちょっと待とうか。レオン」
「十年も待ったんだ。十分だろう」

 獲物を目の前にした獣のような隻眼を私に向けないで欲しい。

「それとも、リィは俺のことを嫌いになったのか?」

 はぁ。嫌いだったらとっくに見捨てている。

「レオン。最初はじぃに言われたからだったけど、今までこれでもレオンの為に動いてきたと思っていたのだけど?」

 すると、意地悪そうな笑みをレオンはニヤリと浮かべた。

「リィは素直じゃないな。遠回しに言わずに、俺にもわかるように言って欲しいな」

 素直じゃなくて悪かったね。

「こんなにレオンを愛しているのは、私ぐらいだと自負できるね。今までの人生の殆どをレオンの為に使ったと言って良いと思う」
「全然伝わらないなぁ」

 くっ……

「愛しているよ。レオン」
「リィ、狂おしいほど愛している」

 そう言って、レオンは口づけをしてきた。
 ……狂おしいほど?


 その後どうなったかは、言わないでおこう。ただ、私が部屋を出られたのは三日後だったことは付け加えておく。



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