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第3話 スラム街のボスとの交渉
しおりを挟む「さて、どうするかなぁ?」
私は皇都の街のスラム街に転移してきた。そう、私が数年間暮らしていた荒くれ者たちが住む場所だ。
5年程は足を運んでくることはなかったけど、相変わらず臭いし、雰囲気最悪だし、人相が悪いやつらのたまり場になっているし、何も変わってはいない。
「おやぁ? 坊ちゃん迷子になったのか?」
人相の悪いオッサンが、にやにやと笑いながら近づいてきた。私のことをいい獲物だと思っているのだろう。確かに私はいいところの坊ちゃんの格好はしているけど、残念ながら身分なんて君たちと変わらないスラム街出身者だよ。
そう言えば、突然だったから着の身着のまま皇城から出て来てしまったなぁ。いい獲物がそっちから近づいてきたんだ。身ぐるみ剥いでも文句は言われないだろう。
「家出してきたんだよ」
私はニコリと笑みを浮かべて答える。するとオッサンは少し考えるそぶりをして、何かを思いついたのか、気味が悪いほどの嫌な笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。
「じゃぁ、俺が面白いところに連れて行ってあげようか?」
「本当! 行ってみたい!」
私はその言葉に乗ったふりをする。きっと面白いところに連れて行ってくれるのだろう。例えば人買いのところだったり、オッサンのボスのところだったり、楽しみだなぁ。
「坊ちゃんの名はなんて言うんだ?」
「……リカルドって呼ばれているよ」
誰が本名を言うものか! この5年で痛い目をみたからね。
リカルドはよくある名前だ。別におかしな名前ではない。オッサンも普通に信じたようだ。
「リカルド。こっちに来い、面白いところに連れて行ってやる」
私は頷いてオッサンの後についていく。周りを見ながら歩いていくけど、何も変わってはいない。家とも言えない場所に布を張って寝ている者、生きているのか死んでいるのか壁に寄りかかっている者、今日の獲物を何にしようかと相談している者たち、相変わらずクソ共のたまり場だ。
そして、私は形を保っている建物に連れてこられた。ああ、知っているよ。この辺りを仕切っているボスの住処だ。思わず口角が上がる。
オッサン、いいところに連れて来てくれたじゃないか。
建物の中は昼間だというのに薄暗く、明かりがないと先がどうなっているのかわからない。
当たり前だ。建物は張りぼてで、主要な部屋は地下にある。入口から直ぐに地下に連れて行かれ、普通の貴族の令息ならこの時点で、ヤバいところに足を踏み込んでしまったとすくんでしまったことだろう。しかし、私はスキップをしたいほど、浮かれている。
「ボス。良いカモを連れてきやした」
いや、オッサンが良いカモだ。中から入れという声が聞こえてきた。おや、この声は……側近も一緒だったか。これもまた都合がいい。
室内に中に入るとそこは黒に統一されたシックな部屋と言っていい。だけどなぜ黒に室内が統一されているか理由を知れば、引いてしまうだろう。あれだ。赤色が目立たない。
ということは、目の前の偉そうな椅子に座っている、ガタイのいい金髪のイケオジと言っていい人物の人となりが分かるというものだ。
「なんだ? どこのガキを連れてきた?」
私を一瞥して手元の書類に視線を戻したイケオジは声も相変わらずいい。
「このガキを使って身代金で一儲けしましょうや。ボス」
するとイケオジはどこから隠し持っていたナイフをオッサンに向かって投げた。
「ギャッ! ボス……」
油断していたオッサンは、もろに太ももにナイフを受けてしまって、黒い床に膝をつく。そして、金髪のイケオジはゆらりと偉そうな椅子から立ち上がった。
「何しに来たんだ? クソガキ」
そして、私を見下ろすように威圧してきた。別に来ようと思ってきたわけじゃない。
「契約が終わったからね。逃げてきたってところかな? でさぁ、情報の取引しない? 今、お金が無くて困っているんだよね」
「逃げてきただぁ?」
「そうそう、太上皇帝陛下の犬をぶち殺してきた」
「相変わらず、おめぇは悪魔みてぇなガキだな。おい! 100万用意しろ」
お! 100万も私にくれるっていうの? 太っ腹だね。
「ボス。そのガキにそこまで金を渡す理由はないと思います」
側近の茶髪は頭が固いね。ボスが出せっていうんだから、用意しなよ。
「あ? 何を言っているんだ? これからこの国が荒れるって言っているんだ。それぐらい簡単に取り戻せるってわからないのか?」
そのとき、地響きが響き渡った。おお! これはカルアがうまくしたようだね。カルア自身が無事かどうかはわからないけど。
「なんだ? この地鳴りは?」
「一つの時代の終わりと新たな時代を示す、のろしかな? 追いつかれると困るから、早くお金をちょうだい」
私は金髪のイケオジに向かって手を差し出す。それなのに、イケオジはヤバいやつを見るような視線を私に向けてきた。
「新たな皇帝は魔王か何かか?」
魔王? どちらかというと、迷子の子供かな? でも皇帝になるかならないかはレオン次第だ。
「皇帝に誰がつくかは、これからだね。でも、怒らせてしまったと思うから、早く帝都から出ていきたいなぁ」
「てめぇ! 太上皇帝みたいなヤバいやつを怒らすってどういう神経しているんだ!
おい! 帝都から撤収だ! ここは荒れるぞ!」
「いや、それは様子を見た方がいい。荒れるとしたら、属国の方だね。お家騒動はそこまで大きく荒れない」
「魔王が抑えつけるからか?」
私はニヤリという笑みを浮かべる。
「側近はそれなりの者で固めておいた。だけど、さっきも言ったとおり、誰が皇帝になるかは知らないよ」
イケオジはため息を大きく吐いて、先ほどいた偉そうな椅子に腰を下ろした。
「常識はずれにも程がある。俺たちよりよっぽど悪人じゃねぇか」
「失礼だね」
「だが、今まで通りいい関係ではいたいものだ。敵にすると、首がいくらあっても足りやしねぇ」
「母さんの警護をしてもらっていた借りがあるからね。いい情報があれば、今までどおり送ってあげるよ」
ボスには母親の身の安全を保障してもらっていた。若い女性がスラムなんかで過ごしていれば色々ある。ここのボスであるイケオジの鶴の一声で、母親に手を出すなというお達しを出してもらった。
そこに行き着くまで幼女というより赤子であった私は、適当な魔法でスラムのやつらをボコっていた。それはボスの耳にも入るだろう。
こいつはやべぇと認識してもらって、スラムで母親の身の安全を保障してもらったのだ。まぁ、結局母親は男と、どこかに行ってしまったが。
それから、皇城にいた私はスラムに手が入るという情報を得れば、ボスに連絡していた。それはじぃにも許可はもらっていた。じぃもスラムをまとめる者の存在の重要性はわかっていた。流石元皇帝だけあって、国の闇というものをわかっていた。
結局光があれば闇はできるもの。闇が無くなることはないのだ。だったら、そこをまとめる存在が必要だと。
100万という大金をもらった私は、帝都で旅の一式を揃えた。その間も皇城から爆音は鳴りやまない。これはレオンを止めるカルアがやられてしまったってことだね。じぃと一緒に成仏することを願っておくよ。
10歳には幼く見える私は、男の子の恰好をして冒険者見習いのような服装にして、ナイチンゲール化するのに必要なものを揃えて帝都を出たのだった。あまりお金を持っていそうな恰好をしていると、馬鹿に絡まれるのが目に見えているからだ。
カルアに言ったナイチンゲールは嘘じゃない。私は治療師として各地を巡るつもりだ。
最初は医者や治療師がいない村々を回って、食事かお金で治療をすると言って仕事をもらった。私は前世の記憶では看護師であったけれど、今の私はレオンの治療しかしていなかった。
とても特殊な状況だ。毒殺未遂、刺客からの急襲、レオンの身の回りのやつからの暗殺。
一般的な治療という経験がなかった。その経験を積むために、指先を怪我してしまったという些細なことから、荷崩れの下敷きになってしまったという重傷者まで治療していった。
大きな街に寄れは、いろいろ観光した。それもまた必要なことだった。
こんなことを一年ほど続けていた。冒険者見習いみたいな子供だから、信用されないこともあったけど、これがのちのち必要になることは、私にはわかっていたから、何を言われようが頑張っていた。
それから、徐々に帝国の歪が浮き彫りになってきた。小規模だけれども戦いが始まったのだ。
「今回は食料問題だっけ?」
私は遠くの高台から血なまぐさい戦いを見下ろしていた。戦いのきっかけなんて些細なことでも起こってしまう。それまで溜まりに溜まったものが爆発してしまうのだ。
「ああ、ソムリウム国が関税をかけたことで、食料が入って来なくなったからな」
ここは帝国とソムリウム国との国境。今まで帝国への輸出する商品に関税はかかっていなかった。しかし、ソムリウム国は輸出する物に対して税金をかけるようになった。
となると、帝国に出していた小麦の輸出量が減っていったのだ。その一番の被害を受けたのがソムリウム国と隣接しているアスタル辺境領だ。ソムリウム国の輸入の小麦に頼っていた。
まぁ、勝手に関税をかけるんじゃないっていう小競り合いだ。
「それにしても、ボスは暇?」
私の横には腕を組んで仁王立ちしている金髪のイケオジがいる。何をしに辺境まできたんだという感じだ。
「暇じゃない。てめぇに文句を言いに来たんだ」
「それはわざわざご苦労様。で、何を言われるわけ?」
イケオジは帝国中をふらふらしている私をわざわざ探し当てて、人任せにせずに本人が文句を言いに来たらしい。それはご苦労様だね。
「魔王が王族をみなごろしにしたぞ」
「知っている」
レオンは私がダメだと言った道に進むことを決めたようだ。せめて、第三皇子を表に立てて、レオンが後ろに陣取るぐらいが一番いい選択肢だったのだけどなぁ。そのことでレオンは虐殺王だなんて呼ばれている。
「帝都は荒れに荒れたじゃないか!」
「そうだろうね。でも言ったはずだよ。誰が皇帝になるかはわからないって」
これが辺境で小競り合いが起きている原因でもある。中央の貴族が皇帝となったレオンに抵抗しているのだ。すると、属国はそれを機に帝国の圧力から逃れようと動きだす。
「はぁ、だから最悪になるからやめるように言ったのになぁ」
「全部わかっていたってことか?」
「全部はわかってはいないよ。でも、これから戦乱の時代が始まるだろうね。結局帝国は力で抑えつけるしかない」
こんな辺境の小競り合いが可愛らしいものだと思えるほどの戦いが始まるだろう。手を打つなら今なのだけど、レオンは貴族どもを相手にしているので、そんな余裕は今はないだろうね。
「帝都は金儲けする余裕がなくなっているからな、ミルガレッド国に拠点を移すことに決めたと言いに来たんだ」
「そっ。わざわざご苦労様。ミルガレッド国ねぇ」
「なんだ?」
「今はいいけど、どこの国も結局同じになると思ってね。私なら拠点は移さないなぁ」
「理由はなんだ?」
「クソガキの意見を聞くの? 文句を言いに来たんだよね?」
「俺はてめぇを悪魔だと思っている」
「失敬だね。だけど悪魔との契約には対価が高くつくって知らない?」
すると、私の前にじゃらりと音がする袋が掲げられた。
「小悪魔は金が好きだろう?」
「よくわかっているね」
私は両手で包むほどの大きさの袋を受け取り、再び眼下に視線を向ける。
「皇帝が皇帝である所以だね。私は太上皇帝陛下に敵わないと直ぐに理解した」
「悪魔のくせにか?」
「そう、いいように契約させられたからね。因みに今、貴族どもともめている皇帝は私の一番弟子だよ」
「っ―――! 一番重要なこと言ってねぇじゃないか! てめぇの頭がぶっ飛んでいるのはわかっている」
「失敬だね。さて、私は私の仕事をするかな?」
そろそろ戦場が移動しそうだ。あ、そうだ。
「拠点の話。私はどちらでも構わないと思うよ。ボスが思うとおりに動けばいいと思う。いっその事、各地に拠点を作っても面白いかもね」
私はそう言って、切り立った崖から飛び降りた。上からボスが叫んでいるけど、知ったことではない。しかし、ボスがわざわざ来たっていうことは、帝都も相当ヤバい状態なのだろう。
レオン、自分で決めた道なのだから、早めに手を打った方がいいよ。戦禍の渦はあっという間に帝国中を呑み込んでいくだろうからね。
血なまぐさい戦場に降りたった私は、生きている人たちを治療していく。救護所というものがあればいいのだけど、そんなものは贅沢なもので、地面に杭を立てて日よけの布を張った下で寝かすしかない。
私は帝国の者もソムリウム国の者も区別なく治療していく。この場で置いて行かれている時点でほとんどが重傷者なのだ。しかし、仲間を助けようとこの場にいる者もいるのだ。
「なぜ、帝国のやつらなんかを助けるんだ!」
帝国のやつらっていうことはソムリウム国の者なのだろう。だから、堂々と言ってやる。
「帝国もソムリウム国も私には関係ない! 私は治療師! 怪我人がいれば助ける。それに、あんたにも待っている家族がいるように、帝国の人にも待っている家族がいるの! 生きて帰る。それが今のこの人たちの一番の使命だよね」
「か……えり……たい」
意識がある重傷者の人から心からの言葉が聞こえてきた。
そう、生きて家族の元に帰る。死が振り撒かれている戦場には、希望が必要なのだ。
「おい、死にかけを運んで来たぞ」
「ボス。暇なの?」
なぜかイケオジが血だらけの重傷者を肩に担いで目の前に立っていた。
「話の途中でどこかに行ったのは、てめぇの方だ」
厳ついイケオジが現れたことで、文句を言っていたソムリウム国の人は委縮して身を縮めてしまっている。
「で、何を言い忘れたわけ?」
「手が余っている奴らがいるから、護衛にでも使うかと聞きに来たんだ」
「は? 何の裏があるわけ?」
「人の親切心を素直に受け取ろうと思わねぇのか」
「ボスの手を? 怪しすぎるよね」
「こっちにも利はある。戦場で一儲けするには、一番鼻が利くやつが必要だろう?」
ああ、兵士相手に一儲けするってことか。それで、ここ最近小競り合いに顔を突っ込んでいる私に誰かをつけていれば、どこかの誰かに先越されずに一番乗りできると。それで、思っていた以上のお金が入った袋を渡してきたってことか。
「期限は一年ってことでいいかな?」
「一年後には終結するということか?」
「それより先は戦禍が帝国中に広がると私は見ている」
「はっ! これは武器商人に転身したほうがいいな」
ボスは吐き捨てるように言った。部下を送り込むと言葉を残して、戦地から去っていった。やっぱり、ボスは暇だったのだろう。やることが見つかったら、獰猛な笑みを浮かべて帰っていったのだから。
何が起ころうとも私のやることは変わらない。
レオン。君が皇帝の道を選んだのなら、私は治療師の道を選ぼう。
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