584 / 780
26章 建国祭
571
しおりを挟む「またせた」
と言ってツヴェークは恐らく誰かに淹れてもらったのだろう紅茶が入ったティーカップをシェリーたちに差し出したが、なぜ三人がそのまま立ったままなのだろうと、疑問に思ったもののそれを口にすることなく、先程座っていた席について、紅茶を一口飲んだ。
「続きを聞かせてもらえるか?」
ツヴェークはシェリーに続きを話をするように促した。
「本当であれば、とある人物の周辺を探って欲しかったのですが、今の帝国はかなり危険だと判断しました」
「どういうことだ?」
ツヴェークの疑問にどう説明すべきか、一瞬シェリーは戸惑った。先程の感じであれば、師団同士の横の繋がりはないのかもしれない。
第5師団と第6師団は最近まで第6師団として統合されていたため、師団長同士のクストとヒューレクレトが直接話し合って、情報の共有を行っているようだが、他の師団はそのようなことはあり得ないのだろう。
となると、上層部からどの程度情報が降りてきているかによる。
だから、シェリーは説明をする前にどこまでの情報を得ているのか確認した。
「説明を続ける前に他の師団が得た情報はどこまで共有されているのでしょうか?」
「どこまでとは?」
ツヴェークは眉間にシワを寄せながら、その範囲を尋ねる。共有される情報とは軍議に挙げられた情報であるため、多いと言えば多いが、細かい部分は共有されることはない。
「先程の感じでは私が聖女として立つという情報を知らなかったようですので。確かにあれはイーリスクロム国王陛下から言われたことですので、軍は関係ないと言えば関係ありません。しかし、騎士団広報は知ることです。この分だと恐らく第7師団の真相もご存知ないのかと思いまして。となれば、どのように説明することが一番かと思案しています」
「第7師団というのは、集団行方不明の事件か。あれは魔道具の暴走と報告を受けた。だから、ナヴァル公爵夫人にその原因を調べてもらっていると」
ツヴェークは軍議で報告された事件の顛末をシェリーに告げた。その言葉にシェリーの目がピクリと反応する。軍で報告されたことと、シェリーが調べた真実とはかなりかけ離れていた。これはどういうことなのだろうか。
「クソ狐をもう一度シメた方がいいですね」
シェリーはわざわざイーリスクロムの元に赴いて帝国が新たな制御石の実験を行っていたと報告したにも関わらず、なぜ軍には魔道具の暴走と有り得ないことを報告したのだろうか。これは同じ過ちを繰り返しても仕方がないと。
「それはもしかして、国王陛下の事を言ってはいないよな」
「勿論、イーリスクロム国王陛下のことです。私は直接、第7師団の事件の真相を報告しましたが、こう歪めて軍議に報告されると憤りしか感じません」
シェリーは無表情で淡々と話してはいるが、内心イライラとしていた。
「因みにその真相とは?」
「マルス帝国が辺境の地で新たな制御石で人々の意志を抑え込み、肉体を操ろうとした実験です。しかし、帝国的にはその実験は思っていた結果を得られてはいなかったようですが」
シェリーから説明された事件の真相にツヴェークは腕を組んで考える。確かに報告された情報とシェリーからもたらされた情報は違っていた。
「それは第4師団が受け持つ案件だからだろう。この国に奴隷が全く存在しないかといえば、そうではない。その奴隷が自分の意志に反して動くものという情報はある意味疑心暗鬼を生み出す。ならば、その情報は第4師団のみが持っていればいいという上層部の判断だろう」
突拍子もないシェリーの話もツヴェークは時間をかけることにより、冷静に処理することができたのだろう。伊達に第3師団長を名乗っているわけではないということだ。
「その意見も一理ありますが、同じ様な状況が起こり得る可能性がある段階では、正しい情報の共有は大切だと思います」
「一つ言っておこう。シェリー・カークス」
軍のやり方に不満感を表すシェリーにツヴェークが真面目な顔をして言葉を紡ぐ。
「内部の事を口にすることは、憚れるのだろうが、軍と言っても一枚岩ではない。それに最近国王陛下が何かと口出しをしてくることに対して、よく思わない者たちもいる。これは恐らくフォルスミス・フラゴル閣下が軍を去ったことが起因していると言われているが、人族である私では獣人共の考えはよくわからないのが本音だ」
軍に所属しながらも、獣人と人族の間には深い溝があるようだ。あのニールが悪態をつくほどに。
しかし、イーリスクロムが軍に口出すことも、赤猿フラゴルのこともシェリーが関わっていることだった。
「なぜ、トーセイのギルドマスターが軍を去ったことが問題に?破壊することだけなら、確かに重宝するでしょうが、人々をまとめ上げられるかと言えば、別でしょう」
「さぁ、私にはわからないが、獣化できるという者は神聖視されるようだ。フォルスミス・フラゴル閣下が統括師団長を支えることで、軍はまとまっていた……らしい。私は軍に所属したばかりの頃だったので、話しか聞いたことがない」
ツヴェークの話を聞いたシェリーはわかってしまった。これは統括師団長を誰かと重ねていたのではないのだろうかと。赤猿フラゴルが支える黒狼クロードという二人の獣化できる存在が軍の頂点であった時代の残像を見ていたのだと。
そして、瓦解した残像の軍部に若造である国王が口出しをしてくることに反感をおぼえる者がいるのだろう。栄光の時代を知らない者が口出しをするなと。
10
お気に入りに追加
1,014
あなたにおすすめの小説
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています
平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。
自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
たとえ番でないとしても
豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」
「違います!」
私は叫ばずにはいられませんでした。
「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」
──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。
※1/4、短編→長編に変更しました。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
放蕩公爵と、いたいけ令嬢
たつみ
恋愛
公爵令嬢のシェルニティは、両親からも夫からも、ほとんど「いない者」扱い。
彼女は、右頬に大きな痣があり、外見重視の貴族には受け入れてもらえずにいた。
夫が側室を迎えた日、自分が「不要な存在」だと気づき、彼女は滝に身を投げる。
が、気づけば、見知らぬ男性に抱きかかえられ、死にきれないまま彼の家に。
その後、屋敷に戻るも、彼と会う日が続く中、突然、夫に婚姻解消を申し立てられる。
審議の場で「不義」の汚名を着せられかけた時、現れたのは、彼だった!
「いけないねえ。当事者を、1人、忘れて審議を開いてしまうなんて」
◇◇◇◇◇
設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
それを踏まえて、お読み頂ければと思います、なにとぞ。
R-Kingdom_8
他サイトでも掲載しています。
二度目の人生は異世界で溺愛されています
ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。
ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。
加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。
おまけに女性が少ない世界のため
夫をたくさん持つことになりー……
周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる