上 下
574 / 780
26章 建国祭

561

しおりを挟む
「ルーちゃん。忘れ物ない?何かあれば、絶対に連絡をしてくるのよ」

 シェリーは玄関先でルークの手を握って、見送っているのか引き止めているのかわからない状況になっている。

 今日は年が明けてルークが騎士養成学園に戻る日だ。明日には新学期が始まるのだが、シェリーが引き止めに引き止め、ギリギリの前日になってしまった。

「ないよ。姉さん、行ってくるよ」

 シェリーの手をそっとのけ、ルークは踵を返して背を向けて行ってしまう。シェリーはその姿を涙目で見送っていた。まるで恋人に別れを切り出され、置いていかれているかのような雰囲気をシェリーはまとってはいるが、ただの見送りにすぎない。

 そして、ルークの姿が無くなるまで玄関先で見送ったシェリーは、1つため息を吐くとスッといつも通りの無表情に戻り、踵を返して屋敷の中に入っていく。
 玄関ホールにはシェリーが戻ってくるのを待ち構えていたように、5人の姿があった。

「シェリー、今日はどうするの?」

 カイルがニコニコと笑顔で聞いてきた。それに対し、シェリーは無表情のまま淡々と答える。

「ニールさんからいい加減にギルドに顔を出すように言われ続けているので、冒険者ギルドに寄ってから、第3師団に行きます」

「第3師団?何をしにいくんだ?」

 第3師団との取引を何も知らないオルクスが聞いてきた。

「第0師団の再編ですよ」

 そう言ってシェリーは足を進める。第0師団の再編。これは対マルス帝国の布石だ。時間はかかってしまったが、あれからユーフィアが永久駆動の魔力発生装置を完成させ、第3師団の人員を半分引き抜ける状態になったのだ。

「使える人員は最大限に使わないといけません」

 一国を相手にするのであれば、使える人員はどれほどあっても足りないぐらいだ。しかし、これはただのシーラン王国ができる対マルス帝国対策であって、元々は黒狼クロードが采配していたことの真似事にすぎない。
 それにこの根底にあるのが、ルークが平和に幸せに暮らせることのみが主幹におかれているため、国土防衛のことは何も触れていない。王都を守る。ただそれだけだ。

 そのルークと言えば、シェリーの想いも理解することもなく、拗ねらせたまま学園に戻っていったのだ。
 送り出すシェリーの態度と、そっけないルークの態度から、それは見て取れたと思うが、ルークがシェリーの真意に気がつくのには時間がかかりそうであった。



 そして、朝の時間帯には珍しく、がらんどうとした冒険者ギルドにシェリーは来ていた。

「なぜ、年明け早々に来るんだ?」

 眉間にシワを寄せ、紫煙を吐き出しながら、ニールはシェリーに文句を言う。冒険者ギルドに顔を出すように催促していたのはニールのはずだったのにだ。

「年明け早々に仕事をしているニールさんに言われたくありませんが?」

 文句を言われたシェリーはニールにいつも通り淡々言葉を返す。そもそもこの時期は年が明けたばかりで、人々は家で過ごすのが当たり前なのだ。だから、冒険者といえども、依頼を受けに来る者たちなど皆無に等しい。
 そして、年が明ければ、数日に渡って建国祭が催される。そのため、人々の心は浮足立ち、気もそぞろ。まだ建国祭ではないが、国民の心は祭り一色だ。

 クソ真面目に仕事などしているのは、この騒ぎに乗じて事件が起こるかもしれないと気を張っている、門兵の第5師団と警邏を担う第6師団だけだろう。あとは人々の生活の根底を担う第3師団だ。

 だから、ニールが職員が誰も居ない冒険者ギルドで働いている事自体がおかしい。はっきり言って、冒険者ギルドを年明けから祭りが終わるまで閉めていても問題がないと言っても過言ではないだろう。

 だが、敢えてシェリーはこの時期を選んて冒険者ギルドを尋ねた。ニールなら必ず仕事をしているだろうと。

「で、いったい何の用ですか?」

 何度も催促するように冒険者ギルドに来るように言っていたニールだ。それなりに用があるのだろう。

「一つは年末に起こった『愚者の常闇』ダンジョンで見慣れない魔物が大量発生の件だ。あれ、いったい何をしたんだ?」

 まるでシェリーが何かをしたと確信を持ってニールは言っている。それに対しシェリーは普通に答えた。

「何もしていませんが?」

 そう、シェリー・・・・は何もしていない。あれは面倒だとオリバーが黒い鎧を繰り出しただけで、シェリー的にはオリバーに動くように言ったにすぎない。

「そんなわけないだろう?見たことのない鎧を着た者が魔物を駆逐していたと報告をうけたが、あれは人としての動きではなかったと言われた。何をした?」

 人として有り得ない行動をとった鎧のモノ。人としては膨大な力を持ったシェリーならその鎧のモノと同一人物だとしてもありえるだろうというニールの考えだった。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

処理中です...