上 下
400 / 775
25章-1 冬期休暇-辺境から忍び寄る影

389

しおりを挟む
「にゃ!いらっしゃいませにゃ!」

 オレンジショートボブの髪を弾ませながら、猫獣人のミーニャがシェリーを出迎えてくれた。

「シェリーちゃん、にゃににするにゃ?」

 相変わらず“な”が“にゃ”になっているミーニャに注文を聞かれ、シェリーは厨房の奥で暇そうにしている食堂のオヤジに視線をむけてから注文を口にする。

「アラビアータパスタのランチセットで」

「····そんなメニューにゃいにゃ」

「暇そうにしているジェフさんなら作れますので、お願いします」

 そう言ってシェリーは一つのテーブルに向かって行く。そこは遅めのランチを取っているギルドの職員が数人集まっているところだった。

「エリサさん。食事が終わってからでいいので、写真を取らせてもらえませんか?」

「あら、シェリーちゃん。室内なのにそんなに深くフードを被ってどうしたの?写真なら今からでいいわよ。食べ終わって、おしゃべりしているだけだから」

 シェリーにエリサと呼ばれた女性はさらりとした銀髪の青目。見た目は儚げで庇護欲をそそるギルドの受付嬢の中でも人気No.1の人族だ。

「フードは色々問題があるだけなので、気にしないでください」

 そう言いながら、シェリーはカバンの中をゴソゴソしだす。

「ねぇねぇ。シェリーちゃん最近一緒にいる彼達ってどう言う関係?おねえさん興味津々!」

 青白い皮膚にうっすら鱗が浮いており、マリンブルーの髪が美しい女性がシェリーに詰め寄ってきた。

「そうそう、カイル様だけでもドキドキなのに、あの有名なギランのオルクス様。遠くでみているだけで胸がいっぱいになるわ」

 胸の前で手を組んでため息を吐いているのは、金髪碧眼の狐獣人·····どうみても王族の血が入っている女性だ。

「関係?ただの居候『ははははは』····」

 ニールの笑い声が聞こえてきた。一瞬そちらの方に視線を向けるが、カイルと何かを話しているだけなので、シェリーは無視をして、カメラをカバンから取り出した。

 これはユーフィアに頼んで作ってもらったポラロイドカメラである。勿論、ルークの成長を記録していくために頼んだものだ。

「ニールさんが笑っているわ。明日は雨かしら?」

 そのような事を言って立ち上がろうとしているエリサをシェリーは止める。

「エリサさん。そのまま座っていてください。上目遣いをこちらに向けてください」

 シェリーはエリサを座らせたまま高めにカメラを構える。そして、シャッターを押す。

「髪を横にかきあげる感じで」

 美しい銀髪をなびかせるようにポーズを取るエリサ。慣れたものだ。

「ありがとうございます」

「もういいの?じゃ、アレをいただける?」

 エリサはシェリーに向かって右手を差し出す。エリサが何も文句を言わずに写真を取られることに同意をしたのは、どうやらエリサには下心があったようだ。

 シェリーは出された右手に青い石を数個置く。

「ああ、これよこれ!いいわ!美しいわ!美しい私を飾るのにふさわしいわ」

 そう言ってエリサは青い石を恍惚に眺めている。

 その表情もシャッターをきることをシェリーは忘れてはいない。

「エリサの私大好きが始まってしまったわ」

「こうなると長いのよね。夕方までに復活してくれるかしら?」

 自分の瞳と同じ色の青い宝石が大好きで、その青い宝石で着飾った自分を想像するエリサに、同僚の二人はいつもの事が始まってしまったと、二人でおしゃべりを始めてしまった。

「シェリーちゃん。ランチできたにゃー!」

 ミーニャの声が聞こえたのでシェリーは遅めのお昼を取るために、3人に背を向けた。そして、今後の交渉材料が手に入った事を内心、ほくそ笑んでいた。



 ミーニャに呼ばれ、厨房前のカウンターに腰を降ろすと、隣にカイルが座ってきた。ニールとの話は終わったのだろう。

「シェリーは何にしたの?見たことのないパスタだね」

 シェリーの前に置かれているアラビアータを指してカイルが言った。ミーニャがメニューにはないと言っていたので、ここでは取り扱わないメニューがシェリーの前にはあるのだ。

「今日はこれが食べたかったので、頼んだのです」

 そう言ってシェリーは食事を始めてしまった。

「食べたいというだけで、注文するなといつも言っているだろうが」

 厨房からシーフードパスタをカイルの前に置いて文句を言っているのは、厨房のオヤジであるジェフだ。
 しかし、シェリーの注文も難なく作り出して、シェリーの前に出してくるというのは料理人としての矜持きょうじなのだろうか。

「いいじゃないですか。作れるのですから」

 シェリーはパスタを食べながら言う。作れるのなら作ればいいと。
 隣でカイルも食事に手をつけ始めるが、一瞬固まったようになり、再び食べ始める。



「なぁ。今思ったんだが、これはシェリーの料理じゃないのか?」

 食べ終わったカイルが何故か怒っているかのような低い声でジェフに問いかけた。

しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱
恋愛
同級生に生活をめちゃくちゃにされた聖川心白(ひじりかわこはく)は、よりによってその張本人と一緒に異世界召喚されてしまう。 「聖女はどちらだ」と尋ねてきた偉そうな人に、我先にと名乗り出した同級生は心白に偽物の烙印を押した。そればかりか同級生は異世界に身一つで心白を追放し、暗殺まで仕掛けてくる。 命からがら逃げた心白は宮廷魔導士と名乗る男に助けられるが、彼は心白こそが本物の聖女だと言う。へえ、じゃあ私は同級生のためにあんな目に遭わされたの? そうして復讐を誓った心白は少しずつ力をつけていき…………なぜか隣国の王宮に居た。どうして。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

処理中です...