上 下
385 / 775
25章-1 冬期休暇-辺境から忍び寄る影

374

しおりを挟む
「シェリーさん。それは流石にクストの許可がいるわ。客人となると私だけの問題じゃないですもの。それに、縁もゆかりもない人を」

 魔道具のことならば、ユーフィアの采配でどのようにもできるが、このナヴァル公爵家で預かって欲しいということは、当主であるクストの許可が必要となるのは当たり前だ。

「ユーフィアさん。この女性は決戦の火蓋です。わかりますか?エルフ族の女性がハルナ・アキオの居場所を知っているのです」

 シェリーは子供に言い聞かすようにゆっくりと言葉を選びながらユーフィアに言う。魔道具の事以外さっぱり興味を持てないユーフィアが理解できるように。

「魔術師であるこの女性がマルス帝国の要人の居場所に転移をして、内側からぶっ壊すいい人材だと思いませんか?」

 何れマルス帝国を壊すために、このエルフの女性を使おうとシェリーは言っているのだ。
 その言葉にユーフィアは戸惑いを見せる。マルス帝国の奴隷であった女性を家へ帰さずに、いいように使おうというシェリーの言葉はユーフィアにとって心が痛む行いだ。

「シェリーさん。流石にそれは人の行いとしてはどうかと思うわ」

 シェリーは鞄から小瓶をユーフィアに差し出した。中身は灰色の液体が入っていた。ただの普通の液体に見えるが、その液体を見たユーフィアはシェリーから奪い取るように小瓶を手にした。

「こ、これはなんて言うモノを!」

 ユーフィアはわなわな震えながら、その小瓶を見る。その姿にエルフ族の女性が胸を張って自慢をした。

「アキオ様の素晴らしさがお分かりのようですわね。そう、アキオ様は「パンッ」····」

 エルフ族の女性は言葉の続きを紡げなかった。なぜなら、ユーフィアに頬を叩かれたからだ。エルフ族の女性は突然の事に呆然とする。

「これは!これは!人の意思すら奪うモノではないですか!こんなモノを創ってしまったのですか!」

 ユーフィアには珍しく怒っていた。己と同じ過ちを、いやそれ以上のモノを召喚者に創られているマルス帝国に。

「こんなモノ?アキオ様の作るの物は素晴らしい物ばかりですわ!普通の魔術師では到達できない領域の物をお作りになられます!魔導師ではないあなた方ではわからないかもしれませんが、私にはわかりますわ!」

 エルフの女性は叩かれた頬を押さえながら、ユーフィアに突っかかる。
 確かに普通では到達できない領域のモノを創り出したかもしれない。だか、それをユーフィアの前で言うのはどうかと思う。
シェリーはここに来る前にユーフィアの名を出したはずだ。

 ユーフィア・ウォルスと。

 ここに来てからもシェリーは幾度かエルフの女性の前でユーフィアの名を呼んでいるというのに、その事に気が付かないなんて、やはりエルフ族というは馬鹿なのだろうかとシェリーはため息を吐く。

「そこのエルフ族!黙って聞いておけば、一番素晴らしいのはユーフィア様に決まっております!」

 忠犬ならぬ忠狼の金狼マリアがユーフィアを庇いながら、エルフ族の女性に威嚇をしだした。ここでマリアに出しゃばられると、話が進まなくなるので、シェリーはユーフィアに向かって、ここにエルフ族の女性を連れてきたもう一つの目的を言う。

「ユーフィアさん。この恐ろしさが理解できましたか?召喚者は言われたモノを作り出しても、魔具師としても未熟。
 だから、このようなモノを作ってしまうのです。ですから、この女性にユーフィアさんの作り方を教えてあげてください」

シェリーの言葉にユーフィアは目を見開く。

「どのような形であろうと、彼はこの世界で生きて行かねばならないでしょう。その時に好き勝手なモノを作り出されても、周りに被害が広がるだけです。しかし、このエルフの女性は奴隷から解放されたというのに召喚者の元に行こうとしました。なら、魔導師であるこの女性に基礎を叩き込めばいいのではないのでしょうか?」

 ハルナ・アキオはこの世界で生きていかねばならない。帰るすべがあるのであれば、ナオフミはビアンカを連れてきっと帰っただろう。この理不尽な世界を捨て去って。しかし、そうしなかったということは帰ることはできなかったと言うことだ。
 もし、帰れる可能性があるとすれば、正に神頼みしかない。

 シェリーの言葉に、アキオという者が素晴らしいと語っていたエルフ族の女性も、威嚇をしていたマリアも、シェリーに視線を向けた。いったい何を言い出すのだろうかと。
 そして、シェリーの言葉を聞いたユーフィアは首を傾げる。

「シェリーさん。そんなまどろっこしい事をしなくても、私が直接そのアキオさん?でしたか。その方に教えればいいのではないのでしょうか?」

 ユーフィアの言っていることは最もだ。人から又聞きよりも本人同士で物事を教えた方がいいに決まっている。
 しかし、シェリーはため息を吐く。

「それを師団長さんが許すとでも?」

 ハルナ アキオ。その名からすれば性別は男性だろう。己の番に異性が近づくことを許すと思っているのだろうか。
 シェリーは左頬を押さえる。自分の子でさえ近づく事を許さなかったのだ。

 と、突然。外側の壁が破壊された。シェリーはカイルに抱えられ、入り口の方に移動させられ、ユーフィアはマリアに庇われ、何が起こったのかと目を白黒させている。

「俺が何を許さないって?」

しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱
恋愛
同級生に生活をめちゃくちゃにされた聖川心白(ひじりかわこはく)は、よりによってその張本人と一緒に異世界召喚されてしまう。 「聖女はどちらだ」と尋ねてきた偉そうな人に、我先にと名乗り出した同級生は心白に偽物の烙印を押した。そればかりか同級生は異世界に身一つで心白を追放し、暗殺まで仕掛けてくる。 命からがら逃げた心白は宮廷魔導士と名乗る男に助けられるが、彼は心白こそが本物の聖女だと言う。へえ、じゃあ私は同級生のためにあんな目に遭わされたの? そうして復讐を誓った心白は少しずつ力をつけていき…………なぜか隣国の王宮に居た。どうして。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

逆ハーレムエンド? 現実を見て下さいませ

朝霞 花純@電子書籍化決定
恋愛
エリザベート・ラガルド公爵令嬢は溜息を吐く。 理由はとある男爵令嬢による逆ハーレム。 逆ハーレムのメンバーは彼女の婚約者のアレックス王太子殿下とその側近一同だ。 エリザベートは男爵令嬢に注意する為に逆ハーレムの元へ向かう。

処理中です...