上 下
285 / 780
22章 獣人たちの騒がしい大祭

274

しおりを挟む
 シェリーはカイルの背を見ながら、本当に短時間でここまで来たことに内心驚いていた。
 シェリーが道案内をしているとは言え、殆ど走りながら、大剣一本でこの裏ダンジョンの魔物を屠っていた。魔術を使わず、大剣だけでだ。

 シェリーが同じ事が出来るかといえば、無理だと答える。流石に、いくらスキルがあるとは言え体力的に限界を迎えるのが先だ。
 魔眼を使って全力で走り切るからこそ、1日で50階層を攻略できたというもの。

 そして、4刻8時間程で32階層まで来たのだ。少し息が上がっているが、まだまだ余裕が感じられる。流石、竜人。侮れない。

「カイルさん。もう少し先に分岐点がありますのでそこを斜め右上に、その先の行き止まりが目的地です」

「わかった」

 斜め右上……そう、裏ダンジョンを複雑にしている要因の一つだ。蟻の巣のように縦横無尽に広がる洞窟。
 ただ、下に向かえばいいと言うわけではなく。階層の概念を覆すかのように、広がるダンジョン。32階層とは言ってはいるが、33階層からしか行けない32階層なのだ。

 そんな複雑怪奇な裏ダンジョンでなぜアルテリカの火という物があるのを発見できたかというと、それは勿論、ここのダンジョンマスターを神の一歩手前までに至らしめる事を画策した黒髪のエルフ、アリスの導きがあってのことだ。

 アリスが未来へ残した同族であるエルフに対する対抗策だった。そのアルテリカの火はこのギラン共和国で英雄と呼ばれた者たちが対エルフ戦で大いに用いられた物だったのだ。

 シェリーとカイルは一面が真っ赤に染まった岩壁の前に立っている。行き止まりになっている壁の一面が赤い鉱石でできていた。
 そうアルテリカの火と呼ばれるものだ。採掘するならツルハシでもあればいいのだろうが、急遽依頼されたことであり、時間も限られていた事から、用意はしていない。だから、シェリーは風の刃を放って削り取る。

「うーん。効率的じゃない」

 思ったより鉱石が硬かった。爪ほどの鉱石の破片が5つほど落ちたぐらいだった。

 そのシェリーの横でカイルが大剣を一振りし、斬撃を飛ばすと岩壁に大きなキズが一直線に付いた。それを数度繰り返して、抱えられる程の大きさの鉱石が10個ほどが目の前に転がっていた。
 流石にここまで大剣一本でたどり着いただけはある。

「まだ、いる?」

 カイルがシェリーに尋ねる。必要分は足りそうかと聞いているのだろうが、使用時はこの鉱石を粉にして、円状にして使わないと効力を発揮しない代物だ。だから、足りるかと問われればどうだろう。
 シェリーは首を横に傾ける。

「どうでしょう?帝都を囲むならまだいるのでしょうか?」

『十分だ』

 洞窟のような空間に低い声が響き渡った。シェリーは後ろを振り返ると、そこには緑の髪の裾の長い衣服を纏った男性が立っていた。ここのダンジョンマスターであるユールクスだ。

『全部取ると次からダンジョンに入れないからな』

 どうやら、根こそぎ取って行かないように釘を刺しに来たようだ。

「流石に全部は取っていきませんよ」

 シェリーは呆れるように言う。

「それで、そんな事を言いにわざわざ出てきたのですか?」

『いや、伝言を聞かなかったのかと思ったのだ。ここではなく西のダンジョンに行けばよかったのではないのか?』

 フィーディスの者が言っていたことかとシェリーは思ったが、ここに来たのは互いの譲歩をすり合わせた結果の行動なのだが、やはり長命だと時間間隔が違うらしい。
 西の港町エルトは転移の登録をしていないので、自力でたどり着かなければならない。その場合、騎獣でも半日はかかってしまうので、フェクトス総統の思惑を考慮すると時間という問題が出てくるのだ。

 いや、それぐらいユールクスなら分かっていそうなものなのだが、急いでそこに行かなければならないことでもあるのだろうか。

 シェリーは真意を探るようにユールクスを見る。しかし、シェリー如きが、神に至ろうとしているユールクスの真意など分かるはずもない。

「はぁ。急ぐ必要があるのですか?」

 シェリーは素直に聞いてみることにした。

『さて、我には黒のエルフが何を記しているかは知らぬが、事は徐々に動き出している。ラースがこの国を去って2日後に20年ぶりに闇を纏いしモノが顕れた。お前達が悪魔と呼んでいる存在だ』

 シェリーが考えてもいなかった事をユールクスから聞かされてしまった。この国に悪魔が出現したと。

「ギラン共和国に悪魔が?流石それは……」

 シェリーは言葉を止めて考え込んでしまう。流石にそれはおかしいと。
しおりを挟む
感想 41

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

二度目の人生は異世界で溺愛されています

ノッポ
恋愛
私はブラック企業で働く彼氏ナシのおひとりさまアラフォー会社員だった。 ある日 信号で轢かれそうな男の子を助けたことがキッカケで異世界に行くことに。 加護とチート有りな上に超絶美少女にまでしてもらったけど……中身は今まで喪女の地味女だったので周りの環境変化にタジタジ。 おまけに女性が少ない世界のため 夫をたくさん持つことになりー…… 周りに流されて愛されてつつ たまに前世の知識で少しだけ生活を改善しながら異世界で生きていくお話。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。 そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。 

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

処理中です...