上 下
196 / 775
16章 英雄の国

186

しおりを挟む
「そうですが、なにか?彼女と私の利害関係は一致しています。」

 そう、陽子はダンジョンポイントが定期的に入ってくるメリットがあり、シェリーは自分がそばにいなくても屋敷に居る限りルークを守ってもらえた。シェリーが聖女としての仕事をしている限り、どうしても一定期間ルークの側にいられない時間ができてしまう。それは、年月が経つほどに屋敷を空ける時間が増えていったのだ。オリバーが屋敷にはいるのだが昼夜逆転して生活している彼は当てにはできない。そんなとき、陽子の守りがあると言うだけでシェリーは安心して仕事ができたのだ。

「ふふふ、佐々木さんのところの陽子さんね。一度遠くから見たことがあったけど、彼女を見ていると胸がいっぱいになってしまったのよ。懐かしい感じがしてしまったの。」

 アマツは遠くを見ながら、悲しいような苦しいような表情をする。きっと彼女は陽子を見ながら他の誰かを思い重ねたのだろう。だから、シェリーは尋ねる。

「会いたいですか?」

「いいのよ。所詮私は死人だから。」

 所詮死人。その言葉にシェリーの中にある佐々木の心が慟哭を上げる。ダメだと思い直ぐに蓋をし、落ち着くように息を吐き出す。

「シェリー。お茶を飲む?」

 シェリーの心情の変化を感じ取ったのかカイルがシェリーにお茶を差し出してきた。


 アマツとユールクスが楽しげに話をしているなか、オルクスがこちらに向かって来た。どうやら用事というのが終わったらしい。その後ろからは死んだ目をしているリルラファールが付いてきていた。何があったかは触れないでおこう。

 そして、間を置かずにグレイとスーウェンが戻ってきた。アマツに何か言いかけたノインも付いて来るかと思われたが、支店を任されている者としては早々に店を空けることができないのだろう。

「では、行きましょうか。」

 そう言ってシェリーはカイルの膝の上から降りて、冒険者ギルドまで戻ろうすれば、引き止められてしまった。

「待て!いや。少しだけ時間をください。」

 そう言ったのは死んだ目をしていたリルラファールだった。

「あ、あの。アマツ様。」

「なにかな?」

「俺、強くなりたいのです。英雄ソルラファール様のように、どうしたらなれますか?」

「え?ソルのように?・・・。」

 強くなるにはどうしたらいいかと尋ねられたアマツは固まってしまった。そして、腕を組んで考え始める。

「うーん。いっぱいあっちこっち行って鍛えたから?あの時は戦う必要があったからねぇ。ユールクスから聞く限り今は昔程の驚異は無いみたいだし、強くなる必要があるのかな?」

 強くなる必要があるのかと問われれば、どうだろう。

「・・・強くなりたいのです。」

 同じ言葉をリルラファールは繰り返す。

「そっかー。強くある必要はないんだね。でもね。強さって心から来ると私は思うんだよね。いくら、力が強くても心が弱ければ先に心が壊れてしまうでしょ?心が強ければ、力が弱くてもどうすれば大切なものを守れるか考えて努力するでしょ?君は大切なものはあるのかな?」

「あります。」

「なら大丈夫。その大切なものを守れるように努力すればいいのよ。」

 その言葉を聞いたリルラファールは満足した顔で『ありがとうございます。』と言ってアマツに頭を下げて走って建物の中に戻って行った。
 その後ろ姿を見ながらアマツはポツリと『大切な人達を守ることしか私にはできなかったけどね。』と呟いた。彼女の死の原因を知っているシェリーには掛ける言葉が見つからなかった。

 アマツの姿は目立ってしまうので、外套にフードをかぶってもらい、冒険者ギルドまで歩いて行った。
 その間アマツは、はしゃぎながら、あのお店は何?とかあの服可愛い!凄く人がいっぱいだね。とか言っていた。その言動はまさに田舎から出てきた者の言葉だったので、周りの人の目はとても温かかった。

 冒険者ギルドに着いたのだが、何か様子がおかしい。ギルドの中がお祭りのように騒ぎになっている。シェリーは斜め上に目線を向け目を見開き、そしてアマツにふり向いて言う。

「少し、ぶん殴ってきますので、ここで待っていてくれませんか?」

「え?さっきギルドまでって言っていたから、ここでもういいわ。佐々木さんの大分負担になっているでしょ?」

 アマツはもう十分堪能したから、ここまででいいと言う。アマツを召喚し続けているシェリーのMPは時間に応じて減っていっているのだ。しかし、シェリーは

「ユールクスさんがダンジョンを見てほしいって言っていましたよね。そこまではいてください。」

 そう言ってシェリーは騒がしい人混みの中に消えて行った。
 シェリーは人混みの中をすり抜けて騒ぎの中心にやってきた。今日の朝に出ていった転移の間の扉の前だった。そこには見知った顔がある。シェリーは拳を握り気配を消して、勢いよく相手の顔面に向かって拳を殴り付けた。しかし、シェリーの拳は相手の手で阻まれてしまった。

「ちっ。何をしてくれるのですか?炎王。」

「はぁ。なんで佐々木さんがギランにいるんだ?タイミングが悪すぎる。」

 そう、転移の間から出てきて騒ぎになっている人物は先日会ったばかりの炎王だった。

「シェリーさん。直ぐに用意するので帰る時に一緒に連れ帰ってくださいませと言いましたよね。」

「ギランでシェリーに会えるなんてやっぱり運命だよな。」

 そして、炎王は鬼族のオリビアとリオンを連れて来ていたのだ。

「ちっ!ギルドマスター!」

 シェリーはこの騒ぎを知りながら全然姿を現さないギルドマスターを呼びつける。

「なんだ?ラースの。」

 二階の吹き抜けから白豹獣人の男性が顔をだす。

「二階に上がっても良いですよね。良いですよね!」

 高位ランク者しか上がれない二階に行く許可をもらおうとしているが、嫌と言わせないように二度同じ言葉を口にする。

「お、おう。」

 許可が出たようなので、シェリーは群がる群衆に向かった言葉を放つ。

「道を開けなさい。」

 しかし、この国の冒険者たちとって憧れといっていい炎王に拳を振るったシェリーの心象は良くない。そんなシェリーの言葉を聞く者は誰もいない。

「はぁ。『道を開けろ。』」

 シェリーはほんの少し魔眼を使い命令をする。ラースの魅了眼だ。そのシェリーの魔眼の効力により誰も動こうとしなかった群衆が一斉に壁の端に寄った。入り口から転移の間までの道ができたのだ。

「やっぱラースのは怖ぇーなぁ。」

 ギルドマスターがポツリとつぶやき。

「はぁ。ここで佐々木さんに会ってしまうなんて計画が狂ってしまった。」

 ため息を付きながら炎王は二階に上がって行き。

「シェリー。一緒に行こうか。」

 とリオンが手を伸ばすもその手が弾かれ、シェリーはカイルに引き寄せられた。しかし、シェリーは入り口で立ち止まってしまっているアマツのところに行き

「天津さん。行きましょう。」

「待って佐々木さん。私・・・。」

「私が側にいますから。」

 そう言ってシェリーは天津の手を引き二階に上がっていく。その後ろからはカイルとリオンが睨み合いながら付いてきていた。


しおりを挟む
感想 40

あなたにおすすめの小説

婚約者が最凶すぎて困っています

白雲八鈴
恋愛
今日は婚約者のところに連行されていました。そう、二か月は不在だと言っていましたのに、一ヶ月しか無かった私の平穏。 そして現在進行系で私は誘拐されています。嫌な予感しかしませんわ。 最凶すぎる第一皇子の婚約者と、その婚約者に振り回される子爵令嬢の私の話。 *幼少期の主人公の言葉はキツイところがあります。 *不快におもわれましたら、そのまま閉じてください。 *作者の目は節穴ですので、誤字脱字があります。 *カクヨム。小説家になろうにも投稿。

悪役令嬢に転生したので、やりたい放題やって派手に散るつもりでしたが、なぜか溺愛されています

平山和人
恋愛
伯爵令嬢であるオフィーリアは、ある日、前世の記憶を思い出す、前世の自分は平凡なOLでトラックに轢かれて死んだことを。 自分が転生したのは散財が趣味の悪役令嬢で、王太子と婚約破棄の上、断罪される運命にある。オフィーリアは運命を受け入れ、どうせ断罪されるなら好きに生きようとするが、なぜか周囲から溺愛されてしまう。

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

聖女だけど、偽物にされたので隣国を栄えさせて見返します

陽炎氷柱
恋愛
同級生に生活をめちゃくちゃにされた聖川心白(ひじりかわこはく)は、よりによってその張本人と一緒に異世界召喚されてしまう。 「聖女はどちらだ」と尋ねてきた偉そうな人に、我先にと名乗り出した同級生は心白に偽物の烙印を押した。そればかりか同級生は異世界に身一つで心白を追放し、暗殺まで仕掛けてくる。 命からがら逃げた心白は宮廷魔導士と名乗る男に助けられるが、彼は心白こそが本物の聖女だと言う。へえ、じゃあ私は同級生のためにあんな目に遭わされたの? そうして復讐を誓った心白は少しずつ力をつけていき…………なぜか隣国の王宮に居た。どうして。

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!

鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……! 前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。 正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。 そして、気づけば違う世界に転生! けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ! 私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……? 前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー! ※第15回恋愛大賞にエントリーしてます! 開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです! よろしくお願いします!!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

rita
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラや攻略不可キャラからも、モテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

処理中です...