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9章 ラースの魔眼

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 シェリーは国王が用意した馬車に揺られ、中央教会に連れて行かれている。シェリーは教会に行くことを否定したが、その要望は聞き入れられなかった。
 聖女候補を手放さなければならなくなった原因がどう見ても彼女以外考えられないから、教会への説明には彼女の存在が欠かせないと国王が判断したからだ。

 この馬車の中にはシェリーとシェリーのツガイしかいない。今まで、黙っていたスーウェンが口を開いた。

「ご主人様なぜ教えてくださらなかったのですか?」

「なんのことですか?」

「妹の病のことです。治ったわけではないと。」

「なぜ、わたしがそのようなことを態々言わなければならなのですか?」

 スーウェンはシェリーのその言葉に唇を噛みしめる。確かに、シェリーがスーウェンの妹の病に対して何かを言う事ではないのはわかっている。わかってはいるが、知っていながらそれをスーウェンに話してくれなかったことへの憤りを感じる。しかし、それをシェリーに向けることはできない。

「妹の呪いを解いてもらうことはできますか?」

「わたしにタダ働きをしろと?わたしは至善者ではありませんよ。」

「え?今回のアンディウムさんからの依頼も炎王からの依頼も報酬の話をしていませんでしたよね。」

「アンディウム師団長さんが二回目に来たときは居ませんでしたよね。アンディウム師団長さんの報酬は新年に行われる騎士養成学園の剣術大会の席の確保をお願いしました。炎王には普通では手に入らない物を要求します。スーウェンさんに支払うものはあるのですか?」

 確かに、スーウェンに支払う物はない。それなりの支払う物があるのであれば、借金奴隷になる必要などなかったのだ。

「ないです。」

「なら、わたしがすることはありません。」

 そのシェリーの言葉と同時に馬車が止まった。どうやら教会に着いたようだ。外から扉が開けられる。馬車から降り立った光景は西教会よりも大きな中央教会が目の前に広がり、石造りの教会の建物が荘厳な雰囲気を滲みだしている。いつもは遠くから見るしかない、時を報せる鐘楼も近くで見ると高くそびえ立っていた。

 教会の大きな扉の前には事前の連絡がいっていたのか、国王を出迎えるために教会の祭司のエルフが立っており、そのエルフたちがスーウェンが馬車から出てきたことに驚きの視線を向けてきた。
 一人の祭司が駆け寄ってきて

「スーウェンザイル・シュエーレン様。こちらの中央教会にいらっしゃるとは何かございましたか?」

 この国の国王であるイーリスクロム陛下よりも先にスーウェンに声を掛けるのであった。

「いいえ。今日は付き添いです。」

 彼らからすればいきなり自分たちの支配者が訪ねてきたのだ。それは、とても驚くことであろう。

「早く、中に案内しなさい。」

「畏まりました。」

 この国の王よりも優先してスーウェンを教会の中に案内をする祭司たち、その後に続くこの国の王。これは正しいのか?彼ら的には正しいのだろう。
 その姿を見たシェリーはわたしがいなくてもスーウェンがいればいいのではないのかと足を止めるが、シェリーの帰ろうかという雰囲気を感じとったカイルに手を握られ教会の中に誘導されてしまった。

 そして、石造りの部屋の一室に案内された。分厚い絨毯の上に重厚なテーブルが鎮座しており、それなりの地位の人物との話し合いのために用いられる部屋のようだ。
 部屋の奥側中央に国王が座り、その後方にアンディウムが立ち、シェリーたちは窓側を背に座り、その向かい側にエルフの祭司が三人座った。

「この度は緊急案件とお聞きしましたが?」

 中央の薄い紫色の髪の男性が質問をする。

「実はね。あの聖女候補の件なんだけどね。」

 とイーリスクロム陛下が言った瞬間、エルフたちの表情が死んだ。無表情・・・能面・・・容姿が整ったエルフが表情を失うと、とても恐ろしい感じがする。

「あ・・聖女候補から外そうかと思っているんだ。」

 その言葉を聞いたエルフたちは笑顔になった。心からの笑みだった。

「そうなのですか、それは残念ですね。」

 残念とは思っていない満面の笑みで言われても反応に困る。

「まぁ、あの少女にはこちらとしても聖女とするには色々と問題があると思っていたのですよ。聖女にするには俗物過ぎますよね。」

 目の前に俗物過ぎる聖女がいるのだが、そんなことを知らないエルフの祭司は話を続ける。

「あれは嫌だとか、これがいいだとかうるさく注文をつけてはやっぱりあっちがいいだとか、子供のわがままと言うには過ぎる事ばかり、本当に手を焼いていたのですよ。」

 色々あったようだ。

「それで、いきなり聖女候補から外そうと思われたのですか。イーリスクロム陛下。」

「聖女としての経験値を得るために魔物を討伐してもらおうってなっていたよね。その時に問題が発生して称号の変更があったらしく、番の変更もあってね。それが問題になって候補から外すことになったんだよね。」

「称号の変更?番の変更?なぜ、そのようなことがわかるのですか。」

「そうだよね。普通はわからないよね。でも、ここで疑っちゃうと君たちの称号も変更させられてしまうかもしれないよ。気をつけてね。で、そこの人族のシェリー君が視えるらしいんだよ。他人のステータスがね。」

 エルフの祭司の三人の目がシェリーに向く。基本的に人族や獣人族を見下す傾向にある種族だ。嫌悪感に満ちた視線を向けられたシェリーは久しぶりの悪意ある視線に不快感を示す。

「お前は何だ?歪んでいる。」

 右側の薄い水色の髪の女性がシェリーに向けて言う。

「何を偽っている?」

 左側の薄い緑色の髪の男性が言う。

「・・・その目は魔眼か」

 真ん中のエルフがシェリーの目を指して言う。そして、シェリーに向かって魔術を施行した。その瞬間、カイルはシェリーを抱え窓側に飛びのき、グレイが左右の二人の意識を刈り取り、オルクスが中央のエルフを机に押し付け、スーウェンが中央のエルフに問う。

「いきなり魔術を施行するとはどういうことですか。」

 この4人の連携プレーを見たイーリスクロム陛下は、これやばくないか、何でラースの魔眼持ちに手を出してしまったんだと頭を抱えてしまった。

 カイルに抱えられたシェリーはというと魔術に追尾性能が付随されており、強制的に全ての魔術を解除されてしまった。黒髪の容姿も魅了眼である魔眼も顕わになってしまった。

「ちっ。クソエルフが!人が封印している魔眼までも解除するなんて、だから傲慢なエルフなんて嫌いなのですよ。」

 その言葉を聞いたスーウェンが撃沈した。ツガイからの心からの拒否された言葉だった。


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