上 下
32 / 59

31話 モフモフ王子

しおりを挟む
パチッ…パチパチ…

(…何の音だ?……あれ?…声が…出せない…)

 カイルはそう感じて目をそっと開けた。

(ああ、夜か。狼になってるんだな……え⁉︎焚き火⁉︎どこだここは⁉︎)

 驚いたカイルは体を起こそうとしたが、体に何かもたれ掛かられている重みを感じて、お腹の辺りを見る。

(…ア、アイリス⁉︎…えっ⁉︎しかも、しっ下着姿⁉︎あっ…だ、だめだ…見てない、見てないぞ…アイリスは僕が人間になったら狼の記憶を全部忘れると思ってるんだから!)

 そう思って、カイルは自分から見えないように、体と尻尾でアイリスをしっかり包み込んだ。
 そして、少し落ち着いて考える。

(そうか…あのバッヂを見て頭が割れるように痛くなって…)

 少しずつさっきまでの状況を思い出すと、カイルは周りを見て確かめた。

 焚き火や干された服、それに積まれた焚き木が目に入って驚く。

 自分の毛の中ですやすや眠るこの可愛いらしい少女が、こんなにも逞しく強い存在であったのだと知ると、それが逆に何故か居ても立ってもいられず、自分が守ってやりたいと思わされてしまう。
 カイルはそんな不思議な衝動に駆られていた。

(…夢を見ていたように思うが……たぶんあれは僕の記憶だ。間違いない。

あの王家の紋章が彫られたバッヂ…あれは、僕が落とした僕のものだ。あれが引き金になって思い出せたのかもしれない。

……どうする?アイリスに言うか?
でも…言ったら…どう思うだろう…

結婚の約束どころか、僕のことまできれいさっぱり忘れられているからな…
まったく…笑い話にもならない…
婚約を嫌がる筈だ…)

 そう思いながらカイルは尻尾を少し上げて、アイリスの左腕を見ると、またフワリと尻尾を巻きつけた。

(あの時の傷…まだ少し残ってるな…
僕がもう少しちゃんと見てやっていれば…)

 カイルはあの10歳の頃の、アイリスが木から落ちてしまった日のことを思い出しながら、幼いが故に考えが足りなかった自分の至らなさを後悔した。

(はぁ…全部話したいけど、アイリスに嫌われたく…ないな
アクアとは仲良くしてくれてるが、本当の僕は、……嫌われてるんだよな…?

夜にいなくなっていたのは遊んでたわけじゃないことは分かってもらえるだろうけど、戦争でたくさん人を殺してしまったのは…事実だ…

本当の事を言えば恐がらせるだけだな…

それに、今は追われる身。
これを解決しないことには全部話したところで婚約さえできない。

あの女の正体を暴いてマクロスに教えないと…

マリーサ…覚えてろよ…絶対にこのままでは終わらせない!)

 カイルは怒りを抑えられず、喉をグルルと鳴らしてしまった。

「ぅ…ん」

 焚き火の前で狼姿のカイルに包まれ眠っていたアイリスが、その声を聞いて、もぞもぞと寝返りを打ち、目を覚ましかけた。

(あっ、まずい…起こしてしまったか?)

「ふわふわの…お布団…気持ちいい…むにゃ」

 寝言を言いながら、また寝ようとしている。

(ふふっ、可愛いな…でも夜の森は危ないから、そろそろ起こして帰らないとな)

 カイルは優しく尻尾でアイリスの頭を撫でた。

「…ぅ…ん?……あっ、…やだ、寝ちゃってたのね、私」

 慌てて体を起こしたアイリスは、眠気まなこを擦った。その目とじっと見つめていた狼の目とが合う。

「アクア‼︎よかった‼︎目が覚めたのね⁇急に倒れたからびっくりしたのよ⁇」

 アイリスはそう言って狼姿のカイルのふわふわの毛の中に顔を埋めると、ぐりぐりと嬉しそうに頬を擦り付けた。

(や、やめてっ、アイリス、くっくすぐったいよ、ふっはっ、はっはは)

「ワフワフっ」

「何なに?アクアも気持ちいい?ほんとにあなたの毛ってふわふわよね!」

 アイリスはアクアをギュッと抱きしめた。どうも狼姿を見ると、もともと人間だという認識を忘れてしまうらしい。

(うわっ、アイリス!そっ、それはまずい…それに、早く服を着てくれ!)

 頭の中がしっかり人間のカイルは、鼻先で干してある服を示して、ワフっ、と小さく吠えた。

「あっ、服?そろそろ乾いたかしらね?…?ねぇ、アクア?狼の時も頭の中は人間なの…?」

「……」

 カイルは知らんぷりしてその場に丸まって尻尾で顔を隠すと寝たふりをする。

「ふふっ、まぁいいか」

 アイリスは笑ってそう言いながら服を着て、焚き木を火にくべようとした時、カイルが後ろから服の裾を咥えて軽く引っ張った。

「えっ?何なに?」

 振り返ると、カイルが鼻先で自分の背を指し示しアイリスに乗るように促した。自分の背に乗せて小屋まで帰ろうと思ったカイルは、なんとか身振りで訴えた。

「えっ?もしかして乗れってこと?えっ?乗せてくれるの?」

 アイリスの目が輝く。

「ワフっ」

 とカイルは返事をした。

「きゃぁ、嬉しい‼︎こんなふわふわの狼さんに乗せて貰えるなんてっ」

 そう言って、アイリスはカイルに飛びついて喜んだ。

(ははっ、変わってないな、アイリスは)

 カイルは6歳の頃のアイリスを思い出し、微笑ましくアイリスを見つめて、尻尾をパタパタと振った。

「あっ、ちょっと待ってね?」

 アイリスは干してあったカイルの服も取り込んで、持っていたカバンに仕舞うと、肩からかけ、焚き火の火を消して帰り支度をした。

「お待たせ。じゃあ乗ってもいい?」

 アイリスがそう言うと、カイルは伏せて乗りやすく背を低くした。

「ふふっ、ありがとう、それじゃあ…お邪魔します」

 そう言って、アイリスはわくわくしながらそっと上に跨った。

「うわぁ…ふわふわで気持ちいーい」

 ふかふかの暖かい毛の中に埋もれて、気持ち良さそうに背中にしがみつく。

(ふふっ、じゃあ行くよ?しっかり掴まっててね?)

 と言いたいところだが、口から出たのは、ワフっ、だけで、カイルは諦めるとそのままゆっくり小屋に向かって歩いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

大切なあのひとを失ったこと絶対許しません

にいるず
恋愛
公爵令嬢キャスリン・ダイモックは、王太子の思い人の命を脅かした罪状で、毒杯を飲んで死んだ。 はずだった。 目を開けると、いつものベッド。ここは天国?違う? あれっ、私生きかえったの?しかも若返ってる? でもどうしてこの世界にあの人はいないの?どうしてみんなあの人の事を覚えていないの? 私だけは、自分を犠牲にして助けてくれたあの人の事を忘れない。絶対に許すものか。こんな原因を作った人たちを。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

処理中です...