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26話 陛下の思いやり

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 翌朝、エリーゼとフィリップは朝食後に庭園を軽く散歩していた。

「陛下、朝からお時間をとってくださってありがとうございます」

「いや、いいんだ。今朝は机の上に置かれた書類が割と少なめだったからな」

 フィリップは嘘をついた。書類はいつも通り山積みにされてある。しかし少しでも多く時間をとって、エリーゼと話をしたかった。

 お互いまだまだ知らないことだらけで、エリーゼの家族の話や幼い頃の話、バリスタ国の話、そのどれもが新鮮でいくらでも聞いていられた。

 話を聞いていると、エリーゼがどれだけ真面目で清廉なのかもわかり、自分のような嫌われ者には勿体ないとも思ったが、もう手離すのは難しかった。

「エリーゼ…ここには慣れたか?」

「ええ、この数日で宮殿も色々案内して貰えましたので、一人でも迷うことはなくなりましたし、陛下もみなさんも、こんな小国出の私などにとてもお優しくしてくださって、毎日穏やかに過ごさせて頂いております。本当に感謝しかありません」

「そうか、それならよかった。しかし、申し訳ないことをしたと思っていてな」

「…?何にです?」

「ああ…どうせ後宮妃になってしまうだろうと思って、最小限の付き人しか連れて来させなかったことだ。故郷の馴染みが一人もいないのは寂しいだろうと思ってな」

「…大丈夫です。他国へ嫁ぐことは幼い頃より教えられてきましたから、そのようなことはとうに覚悟はできておりましたので、ご心配なさらないでください」

 エリーゼは真っ直ぐにフィリップを見てそう答えたが、教えに従順に従おうとするエリーゼの真面目さがフィリップには心配だった。

「エリーゼ…頭と心は別物だ…無理はしなくていい。特に私の前ではな。これからは夫婦になるのだから、弱いところも見せ合っていければいいと思っている」

「陛下…」

「エリーゼが呼び寄せたい者がいるなら、名前を控えて私に渡して欲しい。バリスタ国王にその旨を伝えて、こちらから迎えを出そう。何人来ても構わない。エリーゼが寂しくないように馴染みの者をいくらでも呼べばいい」

「陛下、温かいお心遣い本当にありがとうございます。ですが、私だけそのような勝手なことはできませんわ。

後宮妃のみなさんも国からのお付きが一人でいらっしゃるなら、私もそのように致します。

私だけ特別扱いとあっては、本当にトラブルになりかねませんもの。陛下のお優しいそのお気持ちだけで充分でございます」

「エリーゼ…君は本当に真面目だな。わかった。ならば寂しかったり困ったことがあったらすぐ私に言うように。

馴染みがいない分、私にその代わりを務めさせてくれ。私も遠慮なく頼ってもらった方が…その…嬉しい」

 フィリップは照れたように少し目線を外した。しかし、そのフィリップの恋心にエリーゼは気づかなかったが、優しい心遣いはとても嬉しくて、自然に顔はほころび、ニッコリと微笑んで礼を伝えた。

「陛下、本当に、ありがとうございます」

「いや、夫婦になるなら当然のことだ。…あ、それから先日帰ってしまったエリーゼの従者だが、あの者は今呼び戻しているから安心してほしい」

 フィリップは優しく微笑んでエリーゼの喜ぶ顔を待った。
 しかし、エリーゼは目を丸くし、少し青ざめる。

「えっっ⁉︎」

「はは、驚いたか?せめてよく知る忠実な従者くらいそばにいれば君も寂しくないだろうし、私も安心だ。

彼はなかなかの使い手に見えたしね。私が四六時中そばにいられればいいんだが、なかなかそうもいかない。

彼がいれば間違いなく君を守ってくれるだろう?」

「い、いけません!彼を呼び戻さないでください!お願いします!私から戻るように頼んだんですから‼︎」

 エリーゼは必死になって頼んだ。
 頑張って忘れようとしていたのに、戻って来てしまっては元の木阿弥だ。
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