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22話 変わった令嬢
しおりを挟む数日後…
エリーゼは正式に妃となるまではすることもなく、毎日庭や宮殿を見て回って、時間を持て余していた。
フィリップはさすが大国の皇帝ともあって、毎日目まぐるしいほどの仕事量と、日々欠かさない鍛錬とで、一緒に過ごせる時間もあまりなく、エリーゼとの時間は食事と1時間ほどの散歩時間をとるのがやっとのようだった。
忙しいのに自分のために時間を作って貰うのは申し訳ないし、ルシファーを突然失ったエリーゼはしばらく一人になりたかったので、フィリップに無理しなくていいと言ったが、それでもフィリップは毎日必ず2人で話す時間を作ってくれていた。
今日は天気が良いので、日課になったフィリップとの散歩のあと、エリーゼはそのまま庭に残り、一人でもう少し散歩を続けているところだった。
奥の方まで歩いて行くと、薔薇の蔓で覆われたアーチの門があり、その向こうに綺麗な噴水が見えた。
「…綺麗ね…こんなところがあったなんて。本当に広くて素敵な庭園だわ」
エリーゼは、ほうっと感嘆の溜息を漏らすと、そのアーチをくぐって、噴水のへりに腰掛けると、少し水を手ですくった。
「冷たくて…気持ちいい…」
沈んだ気持ちが爽やかな風と冷たい水にほぐされて、その心地良い水音を聞きながら目を閉じると、エリーゼは一人物思いに耽った。
(ルシファー…そろそろバリスタに着いたかしら。どうして何も言ってくれなかったのよ…
私が帰るように言ったからなのは分かってるけど、だからって何も言わずに帰ることないじゃない…
もう…会えないのよね…
あの言い合いが最後だなんて…
はぁ…私たちらしいといえばそうなのかもしれないけど…せめて笑顔で別れたかったな…)
エリーゼは最後の2人の時間を思い出すと、涙がこぼれてしまった。
(ルシファーってば、私が泣いたらいつも笑わせてくれるのよね…
でももういないんだから、…しっかりしなくちゃ!)
しかし、そう思えば思うほど涙が止まらなくなってしまった。
「大丈夫?」
急に声をかけられ、エリーゼはびっくりして声のした方を見る。
噴水の向こうから、ひょこっと可愛らしい令嬢が顔を出し、ハンカチをエリーゼに渡すと、人懐っこく隣に座ってきた。
「あなた初めて見るわね?新入りさん?」
「え?ええ、エリーゼと申します。宜しくお願い致します」
エリーゼは突然のことに驚いて、涙も引っ込んでしまった。
新入りというのはたしかにそうだし、誰だかわからないがここに長くいるような口振りなので、エリーゼはひとまず丁寧に挨拶をした。
「エリーゼかぁ。可愛い名前ね?私はアーネスよ。パレット国出身なの。あなたは?」
「私はバリスタ国ですわ」
エリーゼは頭の中で地図を思い浮かべた。
(たしかパレット国は地続きだけどバリスタ国との間に小国が5カ国あったはずよね)
「あなたバリスタからなの?そう、じゃあここから近いし、あそこはいい国よね。昔一度視察に連れて行ってもらったんだけど、大きくて綺麗な湖があって素敵な国だったわ!」
アーネスはその時のことを思い出して興奮気味に話した。
「ありがとうございます。あの湖は観光名所なんですよ。私はパレット国へはまだ行ったことはありませんが、いつも美味しい果物を輸入させて頂いていて、どうやってこんなに美味しい物ができるのかぜひ教えて頂きたいと思っておりました」
「あら!そうなの?そうでしょ、うちの国の果物は本当に天下一品なのよね。ここの食事のデザートにもよく使われてるわよ?あなたは…今日からこちらに?」
「いえ、数日前からです」
「でも、お披露目もなかったし、見かけなかったわよね?部屋はどちら?」
「えっと…あちらですね」
エリーゼは自分が歩いてきた宮殿の方を指差した。
バッとアーネスは立ち上がり、口を手で覆って青ざめる。
「エリーゼ…あなた…まさか正妃なの⁉︎」
「えっと…3か月後の式を済ませたら、そうなる予定です」
それを聞いたアーネスは少しずつ後退り、くるりと踵を返すと全速力で駆け出してどこかへ行ってしまった。
「…なんだったのかしら。仲良くなれそうだったのに…嫌われたの?…はぁ…前途多難ね」
エリーゼは溜息を吐くと、立ち上がり部屋に戻ることにした。
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