8 / 22
8
しおりを挟む
「アズラオ!」
王都に隣接する都市フェビューのある場所で待ち合わせる俺に、クコリが手を振りながら駆け寄ってくる。
「遅くなってごめんね。待った?」
「いいや、今来たところだ。」
余計な会話を挟みたくないので流そうとしたが、クコリがポカンと俺の顔を見つめる。
「何だよ。」
「いや…前だったら一分遅刻しただけでも『遅い』って怒り散らかしてたじゃない。」
「そうだな。でももうそのくらいのことで腹を立てたりしねえよ。なんたって俺はもう、王弟なんだからな。」
クコリは大袈裟に驚くと、ヨヨヨと泣き真似をしだす。
「まさかアズラオの口からそんな言葉が出るなんて……私、感動したよ。」
「バカなこと言ってねえで、ホラ。」
俺が手を差し伸べると、クコリは戸惑い、恥ずかしそうに手を取った。
その白々しい演技に、俺は内心で唾棄する。
だが我慢だ。
やがてくる『あの断罪』のときまで、一切勘付かれずに、この女と以前と同様に接して好感度を維持しなければならない。
(残念だったな。ザフィルの手じゃなくて。)
さて、なぜ俺がこのフェビューでクコリと落ち合ったのかというと、端的に言えばデートだ。
この兄弟丼ルートではクライマックスの戴冠式イベントから先は、バッドエンドを除いたトゥルーエンドまでの一本道しかなく、デートイベントはすべて消化済み。
しかし本ルートは俺とザフィルふたりの攻略というだけあって、その数は少ない。
俺単体での攻略ルートでは、此処フェビューにまで足を伸ばしていた。
(この場所を指定すれば、デートに誘っても怪しまれない。完全にシナリオから外れた行動ではないからな。)
俺は自分単体のルートを思い出しながら、行き先を思案する。
あのルートでの俺は女性どころか男友達と遊びに行ったことすらない身だったから、クコリにほぼ全部任せていた。
しかし今の自分は兄弟丼ルートである程度のデートをこなし、知恵をつけた身だ。
単独ルート通りのふるまいは不自然に思われるだろう。
ゲーム世界の常識と現実世界の常識のダブルスタンダード。
これへの対応力もまた、この『攻略』に求められる要素だ。
「そうだな…クコリは何処に行きたい?」
試しに要望を聞いてみると…
「何処でも良いよ。あなたの好きなところに連れて行って。」
ウインクとともにそれだけ言われた。
ウッッッッッッッザ!!!
明らかに何処でも良くない『何処でも良い』宣言をされ、内心で辟易する。
仕方ない。
「それじゃあ、映画館に行かないか?」
あのルートで始めて俺から提示したデート先を志願してみた。
「へえ。アズラオって映画館に興味あったんだ。」
「ああ。前々から行ってみたいと思ってたんだよ。」
俺はあのときと同じ、格闘映画のポスターを見る。
「ねえ、ちょっといい?」
するとクコリが話しかけてきた。
「どうした?」
「せっかく女の子と来てるんだから、こういう激しいのじゃなくて、ラブロマンスにしない?」
おう、ビックリだ。
まさかコイツがルートの横槍を入れてくるとは。
ちょっとしたスパイスのつもりか?
まあいい、やりたいってんならやらせてやる。
「そうだな。ラブロマンスにするか。」
俺はラブロマンスのポスターをザッと見た。
ストーリーは周囲から見下されていた出来損ないの男が、あるひとりの少女と出会い、愛を知り成長していくというものだ。
(……………)
俺はチケットを2枚購入し、シアターに入って席に着いた。
『おお愛してるよ…モナ・ムール。』
『私もよ…ジュ・テーム。』
何だこりゃ。
これならアクション映画の方が遥かにマシだっただろう。
そう思ってクコリに目を向けたが、アイツはスクリーンに釘付けだ。
乙女ゲームなんてするくらいだから、こういうのが大好きなんだろうな。
まあ前世の俺が見たとしても、感想は『何だこりゃ』しか出ないだろうが。
(……………)
俺は振り返る。
物心つく前に母が他界し、信じていたクコリに裏切られ、学校にも王城にも親しい女性はいない。
今の俺にとっての女性の隣人と言ったら、前世の彼女しかいない。
兄を蹴落とすこととクコリへの愛で盲目になっていた俺に、この世界の真理を教えてくれた彼女。
逃れられない運命の輪から逃れさせたり、セディオムに惹かれたりと、今も俺を翻弄する彼女。
(前世での自分に思いを馳せるのは、ナルシズムのうちに入るのか?)
そんなたわい無いことを考えている内に、上映が終わった。
「はぁ~~~すっごい良かったぁっ…♡」
熱い溜め息を吐くクコリに、俺は呆れる。
「楽しめたか?」
「うん!逆境に立たされて挫ける主人公を、ヒロインがキスで救うシーンが特に一番良かった!あのシーンはね…」
クコリは聞いてもいない感想を長々と喋り始める。
何を話せばいいのか悩んでいたが、ちょうど良い。
このまま喋らせておけば満足するだろう。
「っていうかアズラオはどうなの?あの映画を見て何とも思わなかったの?」
「ん?うーん……俺は男だし、お前以外の女子とは遊んだ経験すら無いからな。なんだか絵空事というか、自分と無関係な世界の話みたいな視点で見てしまうと、どうしてもな。」
「……ふぅん、そうなの。」
クコリは吟味するかのように、俺を見つめる。
恐らくさっきのラブロマンスに興味を示さないことから、俺に乙女ゲームプレイヤーとしての記憶が無いものと推察したのだろう………浅慮にも。
「それよりちょっと、ふたりきりになれるところに行かねえか?」
熱も冷めてきたであろうところで、俺は切り出す。
クコリはナニを想像したのか、顔を赤らめて取り乱した。
「え?な、何?ヘンなことは駄目よ。私たちまだ学生なんだから。」
「違えよ。周囲に誰もいないところで話がしたい。」
「?…まあいいけど。」
よしよし、警戒はされてないみたいだな。
俺は席から立ち上がり、下調べしたある場所へと踵を向けた。
王都に隣接する都市フェビューのある場所で待ち合わせる俺に、クコリが手を振りながら駆け寄ってくる。
「遅くなってごめんね。待った?」
「いいや、今来たところだ。」
余計な会話を挟みたくないので流そうとしたが、クコリがポカンと俺の顔を見つめる。
「何だよ。」
「いや…前だったら一分遅刻しただけでも『遅い』って怒り散らかしてたじゃない。」
「そうだな。でももうそのくらいのことで腹を立てたりしねえよ。なんたって俺はもう、王弟なんだからな。」
クコリは大袈裟に驚くと、ヨヨヨと泣き真似をしだす。
「まさかアズラオの口からそんな言葉が出るなんて……私、感動したよ。」
「バカなこと言ってねえで、ホラ。」
俺が手を差し伸べると、クコリは戸惑い、恥ずかしそうに手を取った。
その白々しい演技に、俺は内心で唾棄する。
だが我慢だ。
やがてくる『あの断罪』のときまで、一切勘付かれずに、この女と以前と同様に接して好感度を維持しなければならない。
(残念だったな。ザフィルの手じゃなくて。)
さて、なぜ俺がこのフェビューでクコリと落ち合ったのかというと、端的に言えばデートだ。
この兄弟丼ルートではクライマックスの戴冠式イベントから先は、バッドエンドを除いたトゥルーエンドまでの一本道しかなく、デートイベントはすべて消化済み。
しかし本ルートは俺とザフィルふたりの攻略というだけあって、その数は少ない。
俺単体での攻略ルートでは、此処フェビューにまで足を伸ばしていた。
(この場所を指定すれば、デートに誘っても怪しまれない。完全にシナリオから外れた行動ではないからな。)
俺は自分単体のルートを思い出しながら、行き先を思案する。
あのルートでの俺は女性どころか男友達と遊びに行ったことすらない身だったから、クコリにほぼ全部任せていた。
しかし今の自分は兄弟丼ルートである程度のデートをこなし、知恵をつけた身だ。
単独ルート通りのふるまいは不自然に思われるだろう。
ゲーム世界の常識と現実世界の常識のダブルスタンダード。
これへの対応力もまた、この『攻略』に求められる要素だ。
「そうだな…クコリは何処に行きたい?」
試しに要望を聞いてみると…
「何処でも良いよ。あなたの好きなところに連れて行って。」
ウインクとともにそれだけ言われた。
ウッッッッッッッザ!!!
明らかに何処でも良くない『何処でも良い』宣言をされ、内心で辟易する。
仕方ない。
「それじゃあ、映画館に行かないか?」
あのルートで始めて俺から提示したデート先を志願してみた。
「へえ。アズラオって映画館に興味あったんだ。」
「ああ。前々から行ってみたいと思ってたんだよ。」
俺はあのときと同じ、格闘映画のポスターを見る。
「ねえ、ちょっといい?」
するとクコリが話しかけてきた。
「どうした?」
「せっかく女の子と来てるんだから、こういう激しいのじゃなくて、ラブロマンスにしない?」
おう、ビックリだ。
まさかコイツがルートの横槍を入れてくるとは。
ちょっとしたスパイスのつもりか?
まあいい、やりたいってんならやらせてやる。
「そうだな。ラブロマンスにするか。」
俺はラブロマンスのポスターをザッと見た。
ストーリーは周囲から見下されていた出来損ないの男が、あるひとりの少女と出会い、愛を知り成長していくというものだ。
(……………)
俺はチケットを2枚購入し、シアターに入って席に着いた。
『おお愛してるよ…モナ・ムール。』
『私もよ…ジュ・テーム。』
何だこりゃ。
これならアクション映画の方が遥かにマシだっただろう。
そう思ってクコリに目を向けたが、アイツはスクリーンに釘付けだ。
乙女ゲームなんてするくらいだから、こういうのが大好きなんだろうな。
まあ前世の俺が見たとしても、感想は『何だこりゃ』しか出ないだろうが。
(……………)
俺は振り返る。
物心つく前に母が他界し、信じていたクコリに裏切られ、学校にも王城にも親しい女性はいない。
今の俺にとっての女性の隣人と言ったら、前世の彼女しかいない。
兄を蹴落とすこととクコリへの愛で盲目になっていた俺に、この世界の真理を教えてくれた彼女。
逃れられない運命の輪から逃れさせたり、セディオムに惹かれたりと、今も俺を翻弄する彼女。
(前世での自分に思いを馳せるのは、ナルシズムのうちに入るのか?)
そんなたわい無いことを考えている内に、上映が終わった。
「はぁ~~~すっごい良かったぁっ…♡」
熱い溜め息を吐くクコリに、俺は呆れる。
「楽しめたか?」
「うん!逆境に立たされて挫ける主人公を、ヒロインがキスで救うシーンが特に一番良かった!あのシーンはね…」
クコリは聞いてもいない感想を長々と喋り始める。
何を話せばいいのか悩んでいたが、ちょうど良い。
このまま喋らせておけば満足するだろう。
「っていうかアズラオはどうなの?あの映画を見て何とも思わなかったの?」
「ん?うーん……俺は男だし、お前以外の女子とは遊んだ経験すら無いからな。なんだか絵空事というか、自分と無関係な世界の話みたいな視点で見てしまうと、どうしてもな。」
「……ふぅん、そうなの。」
クコリは吟味するかのように、俺を見つめる。
恐らくさっきのラブロマンスに興味を示さないことから、俺に乙女ゲームプレイヤーとしての記憶が無いものと推察したのだろう………浅慮にも。
「それよりちょっと、ふたりきりになれるところに行かねえか?」
熱も冷めてきたであろうところで、俺は切り出す。
クコリはナニを想像したのか、顔を赤らめて取り乱した。
「え?な、何?ヘンなことは駄目よ。私たちまだ学生なんだから。」
「違えよ。周囲に誰もいないところで話がしたい。」
「?…まあいいけど。」
よしよし、警戒はされてないみたいだな。
俺は席から立ち上がり、下調べしたある場所へと踵を向けた。
28
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
彼の至宝
まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。
悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!
晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。
今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。
従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。
不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。
物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話)
(1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。)
ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座
性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。
好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。
転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】
リトルグラス
BL
人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。
転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。
しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。
ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す──
***
第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20)
**
闇を照らす愛
モカ
BL
いつも満たされていなかった。僕の中身は空っぽだ。
与えられていないから、与えることもできなくて。結局いつまで経っても満たされないまま。
どれほど渇望しても手に入らないから、手に入れることを諦めた。
抜け殻のままでも生きていけてしまう。…こんな意味のない人生は、早く終わらないかなぁ。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
神獣の僕、ついに人化できることがバレました。
猫いちご
BL
神獣フェンリルのハクです!
片思いの皇子に人化できるとバレました!
突然思いついた作品なので軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
好評だった場合、番外編やエロエロを書こうかなと考えています!
本編二話完結。以降番外編。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる