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膨大な量の記憶と感情が、奔流のように流れ込んでくる。
頭が焼けそうなぐらい熱い。
頭骨が割れて脳味噌が弾けそうだ。
ぐるぐる回る視界のなか吐き気を堪え、イチから冷静に情報をまとめる。
俺の名前はアズラオ。
このクランドル王国の第二王子であり、王太子ザフィルの弟。
王子ではあるものの、自分が生まれてすぐ母親である王妃が死んだことから忌み子の王子と疎まれ、また王太子の兄と比べて非常に出来が悪いことから失望されていた。
そんな環境で育ったから当然、優秀で未来の国王という肩書きを持つ兄に嫉妬した。
事あるごとに兄に反発し、いかに兄が王として相応しくないか、自分が兄より秀でているかを喧伝し、ますます周囲から軽蔑されるという悪循環に陥っていることを、気付いていながらも止められなかった。
そんな中でアイツに出会った。
男爵令嬢のクコリだ。
クコリは元は市井で暮らす庶民だったところを、子どもに恵まれなかった男爵家から養子で出された身分だった。
そして貴族が通う学園に入学し、クラスメイトだった俺は自然とアイツと関わり合う機会が多くあった。
クコリとのこれまではどれも、俺の胸をときめかせるものばかりだった。
兄を越えるためにと無茶をしてその身を危険に晒した俺に、叱咤と平手打ちをかまして号泣してくれた。
これまで身内以外の他人と一緒に遊んだ経験が無いことを打ち明けたら、ふたりであちこちに遊びに連れていってくれた。
過去を吐露して泣く俺を、優しく抱きしめてあやしてくれた。
………俺はクコリを心から愛していた。
だが学校外で偶然見かけたクコリの後を、悪ふざけで尾行したあのとき、俺は知った。
アイツが態々俺なんかに構ってくれたのは、すべて王太子である兄に頼まれてやった事だと。
アイツは兄と愛し合う関係を築いていて、いずれ義弟になる俺を哀れに思って付き合ってくれていただけなのだと。
その瞬間に、俺の収まりつつあった劣等感と憎悪が爆発した。
クコリを拒絶し、兄だけでなく周囲の人間たちにまで当たり散らすようになった。
それでとうとう数少ない友人まで失って完全な孤独に陥り、兄への怨みとクコリへの執着だけで動いていた。
(ザフィルの野郎……絶対に王の座から引きずり降ろして、クコリを奪い返してやる!)
そう息巻いていたのが、つい先程。
しかし今しがた夜食として、露店で売っていた『スシ』なる珍しい飯を食べた瞬間、前世の記憶が蘇った。
俺の前世は『スシ』が大好物な、何の変哲もない女子大生だった。
母国の文化のひとつだった漫画・アニメ・ゲームが大好きでたくさんやり込んでおり、その中にとある一つの乙女ゲームがあった。
『乙女の庭に恋の華咲く』。
そのゲームの世界が…似ているなんて程度じゃない。
地形も、国名も、登場人物の名前・容姿・性格・プロフィールも、すべて同じなんだ。
この世界と。
そして俺は、それに登場する悪役令息というキャラクターと同じ。
(いや!それよりも……思い出せ……今のクコリが俺かザフィル、どちらを攻略してるのか。どのエンディングに向かおうとしてるのか。)
これまでのアイツの言動を、前世でやったシナリオに鑑みて、ある一つの答えに辿り着く。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
(嘘だろ……このルートは……俺とザフィルの同時攻略ルートじゃねえか!!)
そのルートでは俺を支持する官僚たちが、戴冠式の最中に兄が先代王の血をひいてない『偽の王子』である証拠を掲げ、奴を断罪する。
牢屋に収容された兄はクコリの手を借りて脱獄し、疑いを晴らす証拠を探す。
そして奴が『真の王子』であり、俺が『偽の王子』である確証を手に入れ、今度は俺が断罪される立場へと逆転する。
しかしふたりがそれを止め、兄である王太子の補佐ということで処罰を免れた俺は、今までにした仕打ちを謝罪して心を改め、ふたりと和解する。
そして新たなる国王と王妃の誕生を、唯一の特等席で祝福する。
そんなエンディングだ。
「…………………………」
絶望でぷっつり切れそうな意識のなか、妙に冷め切った頭で分析する。
あのゲームにおいて自分と兄の同時攻略エンドは、両者それぞれの単独でのトゥルーエンドを攻略しないと解禁されない。
それを一発で引き当てたあの女は、自分と同じ前世の記憶を引き継いだ転生者の可能性が極めて高い。
要するにアイツは、シナリオ通りに恋をして、裏切られて、憤怒と悲嘆に駆られている今の俺を知っていて、それを内心でほくそ笑んでいる。
アイツもアイツだ。
王太子ザフィル。
絶対に略奪されない自信があるからと、自分が愛している女性を弟の俺に差し向けるなんて、舐め腐ってるとしか思えない。
(……ふざけるな……ふざけるなっ!!どいつもこいつも、俺のことを何だと思ってやがる!!!)
怒りで震える手を壁に打ちつけ、痛みで頭を冷やす。
落ち着け。
荒くれればまた立場が悪くなるだけだ。
このままではザフィルとクコリは永遠のパートナーで、俺はふたりから庇護されることでのみ生きられる存在。
そんなおぞましい関係が、現実に作られてしまう。
そんなことになるぐらいなら、いっそのこと破滅した方が何万倍もマシだ。
(どうしたらいい?どうすれば……そうだ、たしか戴冠式は……)
俺はカレンダーを確認して、愕然とする。
戴冠式は明日じゃねえか!
頭が焼けそうなぐらい熱い。
頭骨が割れて脳味噌が弾けそうだ。
ぐるぐる回る視界のなか吐き気を堪え、イチから冷静に情報をまとめる。
俺の名前はアズラオ。
このクランドル王国の第二王子であり、王太子ザフィルの弟。
王子ではあるものの、自分が生まれてすぐ母親である王妃が死んだことから忌み子の王子と疎まれ、また王太子の兄と比べて非常に出来が悪いことから失望されていた。
そんな環境で育ったから当然、優秀で未来の国王という肩書きを持つ兄に嫉妬した。
事あるごとに兄に反発し、いかに兄が王として相応しくないか、自分が兄より秀でているかを喧伝し、ますます周囲から軽蔑されるという悪循環に陥っていることを、気付いていながらも止められなかった。
そんな中でアイツに出会った。
男爵令嬢のクコリだ。
クコリは元は市井で暮らす庶民だったところを、子どもに恵まれなかった男爵家から養子で出された身分だった。
そして貴族が通う学園に入学し、クラスメイトだった俺は自然とアイツと関わり合う機会が多くあった。
クコリとのこれまではどれも、俺の胸をときめかせるものばかりだった。
兄を越えるためにと無茶をしてその身を危険に晒した俺に、叱咤と平手打ちをかまして号泣してくれた。
これまで身内以外の他人と一緒に遊んだ経験が無いことを打ち明けたら、ふたりであちこちに遊びに連れていってくれた。
過去を吐露して泣く俺を、優しく抱きしめてあやしてくれた。
………俺はクコリを心から愛していた。
だが学校外で偶然見かけたクコリの後を、悪ふざけで尾行したあのとき、俺は知った。
アイツが態々俺なんかに構ってくれたのは、すべて王太子である兄に頼まれてやった事だと。
アイツは兄と愛し合う関係を築いていて、いずれ義弟になる俺を哀れに思って付き合ってくれていただけなのだと。
その瞬間に、俺の収まりつつあった劣等感と憎悪が爆発した。
クコリを拒絶し、兄だけでなく周囲の人間たちにまで当たり散らすようになった。
それでとうとう数少ない友人まで失って完全な孤独に陥り、兄への怨みとクコリへの執着だけで動いていた。
(ザフィルの野郎……絶対に王の座から引きずり降ろして、クコリを奪い返してやる!)
そう息巻いていたのが、つい先程。
しかし今しがた夜食として、露店で売っていた『スシ』なる珍しい飯を食べた瞬間、前世の記憶が蘇った。
俺の前世は『スシ』が大好物な、何の変哲もない女子大生だった。
母国の文化のひとつだった漫画・アニメ・ゲームが大好きでたくさんやり込んでおり、その中にとある一つの乙女ゲームがあった。
『乙女の庭に恋の華咲く』。
そのゲームの世界が…似ているなんて程度じゃない。
地形も、国名も、登場人物の名前・容姿・性格・プロフィールも、すべて同じなんだ。
この世界と。
そして俺は、それに登場する悪役令息というキャラクターと同じ。
(いや!それよりも……思い出せ……今のクコリが俺かザフィル、どちらを攻略してるのか。どのエンディングに向かおうとしてるのか。)
これまでのアイツの言動を、前世でやったシナリオに鑑みて、ある一つの答えに辿り着く。
その瞬間、目の前が真っ暗になった。
(嘘だろ……このルートは……俺とザフィルの同時攻略ルートじゃねえか!!)
そのルートでは俺を支持する官僚たちが、戴冠式の最中に兄が先代王の血をひいてない『偽の王子』である証拠を掲げ、奴を断罪する。
牢屋に収容された兄はクコリの手を借りて脱獄し、疑いを晴らす証拠を探す。
そして奴が『真の王子』であり、俺が『偽の王子』である確証を手に入れ、今度は俺が断罪される立場へと逆転する。
しかしふたりがそれを止め、兄である王太子の補佐ということで処罰を免れた俺は、今までにした仕打ちを謝罪して心を改め、ふたりと和解する。
そして新たなる国王と王妃の誕生を、唯一の特等席で祝福する。
そんなエンディングだ。
「…………………………」
絶望でぷっつり切れそうな意識のなか、妙に冷め切った頭で分析する。
あのゲームにおいて自分と兄の同時攻略エンドは、両者それぞれの単独でのトゥルーエンドを攻略しないと解禁されない。
それを一発で引き当てたあの女は、自分と同じ前世の記憶を引き継いだ転生者の可能性が極めて高い。
要するにアイツは、シナリオ通りに恋をして、裏切られて、憤怒と悲嘆に駆られている今の俺を知っていて、それを内心でほくそ笑んでいる。
アイツもアイツだ。
王太子ザフィル。
絶対に略奪されない自信があるからと、自分が愛している女性を弟の俺に差し向けるなんて、舐め腐ってるとしか思えない。
(……ふざけるな……ふざけるなっ!!どいつもこいつも、俺のことを何だと思ってやがる!!!)
怒りで震える手を壁に打ちつけ、痛みで頭を冷やす。
落ち着け。
荒くれればまた立場が悪くなるだけだ。
このままではザフィルとクコリは永遠のパートナーで、俺はふたりから庇護されることでのみ生きられる存在。
そんなおぞましい関係が、現実に作られてしまう。
そんなことになるぐらいなら、いっそのこと破滅した方が何万倍もマシだ。
(どうしたらいい?どうすれば……そうだ、たしか戴冠式は……)
俺はカレンダーを確認して、愕然とする。
戴冠式は明日じゃねえか!
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