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青丹の少年 Ⅱ
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ビルネンベルクとベッセルが村長の家へと出た直後、リュディガーは表に留めたサリックスの様子を見てくる、と言い表へと出ていった。
表でベッセルらとリュディガーがやりとりする声と、直後に馬と場所が家の外を移動する音が聞こえ、そうしてしばらくしてから戻ってきた彼は、ビルネンベルクの御者とともに現れた。
車を移動し終えたビルネンベルクの御者は、どうやら先程出ていったビルネンベルクとベッセルに促されて入ったようだった。
御者は恐縮した様子で、縮こまるように外套を脱いだ。その外套を受け取ったのは、いつの間にかそばに駆け寄っていたマリウスであった。
そしてベッセル夫人イザベラが、暖炉の近くの席を勧めるもこれを御者は固辞する。リュディガーもまた勧めたのだが、御者はやはり苦笑して首を振り、部屋の片隅にあった椅子に腰を据えた。
そうしている間に、マリウスがお茶を運んできてくれた。
キルシェとリュディガーへと配り終わると、御者にもお茶を配する。
そして、一度下がった彼は、干した果物などのお茶請けを出すのも忘れない。考え、率先して動いているのが、なんとも甲斐甲斐しい。
「あ、あの!」
少しばかり足早にリュディガーへ駆け寄ったマリウスに、リュディガーはお茶に伸ばしかけた手を止めて体を向ける。
幾分か深刻そうな顔をしていて、リュディガーもキルシェも内心構えた。
「どうした?」
「僕、着替えてくるので……」
「ああ、さっき言われていたな」
「その……ちょっと席を外しますが……ま、待っていてもらえますか?」
「ああ、もちろん」
行っておいで、と笑って言えば、マリウスは深刻そうな顔が途端に喜びが溢れんばかりに破顔して、一礼すると駆け足で扉へ向かう。
その忙しなさに母親が苦言を言う暇があらばこそ扉の向こうへ消え、さらに、たたた、と軽妙な音が駆け上がっていく音がする。
これにはイザベラも困り果て、キルシェとリュディガー、そして御者へと申し訳無さそうに頭を下げた。
イザベラに対し、気にしていないことをふたりで仕草で示し、キルシェはお茶を手に取る。
「初めてマリウスに出会った夏至祭のとき……品物の数が少ない理由を言っていたが覚えているか?」
一口飲んだところで、同様にお茶を飲んだリュディガーが問いかけてきた。
「えぇっと……確か……何かを届けるって……大きな物__あぁ、シャンデリアだったかしら? それを運んだから売り物が運べなくて少ないって……」
「そう。そのシャンデリアが__」
「まさか、帝都のビルネンベルクのお屋敷の?」
「らしい」
そうだったの、とキルシェが答えていれば、またも二階を駆ける軽妙な足音がして、そしてその足が1階へ降りたかと思えば、扉からマリウスが現れた。
すかさず注意するイザベラに対して、マリウスは謝りこそすれ、すでに体はキルシェら__リュディガーの元へ、数歩のところであった。
「元気そうだな、マリウス。背も伸びた」
マリウスははにかんで、鼻を擦った。
「あれから、このぐらいは伸びてますから」
言いながら親指と人差し指で作る長さは、キルシェの人差し指と粗変わらない長さを示していた。
「2年前の夏至祭以来じゃ、当然か……」
感慨深げに腕を組み、目を細めるリュディガー。
「まさか家に来てもらうなんてことになるなんて、思ってもみませんでした」
「ああ、本当に」
「それどころか、もうお目にかかれないんじゃないかなぁって思っていたりもしていたので……軍人さんなら、州軍でも国軍でも任地は広いからって父さ__父が……」
「……そう、だな。確かに広いな。__急に異動になってな」
__急な異動……。
思わず内心で反芻してしまうのは、当人は軽く言っているが、そもそも異動ではない過酷な任務に着いたというのが事実だと知っているから。
キルシェは、思わず膝に手を置いて、きゅっ、と手を握りしめた。
「じゃあ、やっぱりもうあまりお目にかかれませんね」
「__で、また異動になった」
明らかに、しゅん、としたマリウスだったが、リュディガーの言葉に、弾かれるように顔を上げる。
「……え?」
「で、卒業したはずなのに大学に戻らざるを得ない状況になって……ほら、以前、大学に在籍しているって話しただろう?」
「はい」
「で、今回は、このあたりの土地勘があるから、ビルネンベルク先生のご指名で……あぁぁ、えぇっと……そう、この人の警護も兼ねて同行しているというわけなんだ」
警護、という言葉に、一瞬なんの事か理解できなかったキルシェだが、リュディガーの意味深に視線を送ってくる仕草で、話を合わせろ、と言っているのを察して、こくり、と頷く。
今回の所領への旅程は、キルシェはまるで詳細は知らされていない。
この村までは馬車で、その後は龍で行く、とだけしか聞かされていないのだ。どこで乗るのかも知らされていない。
どういう間柄であるかということも、場面場面で都合よく方便を使い分けるのだろうということを予想しているだけだ。
__それで、警護……。
学生なのに警護__そこそこにリュディガーの素性を知っているマリウスであれば、それで押し通せなくはないのだろう。
__婚約関係であることは、伏せた方がいいわよね。
夫婦でもない婚約関係にある男女だけでの旅は、とりわけキルシェやビルネンベルクの属する階級では醜聞と言えるからだ。
駆け落ちだとか、そう尾鰭がつくもの。それを上の階級では好物にしている者は少なくない。
叩き上げの男爵位ナハトリンデンの早速の評価になってしまうだろう。
言わせておけ、と彼自身は気にしない質だろう。
キルシェもまたそうだが、自分だけでなく後見人であるビルネンベルクの評価にかかわるから配慮すべきである。
「は、はぁ……」
歯切れ悪く答えるマリウス。リュディガーは腕を組んだまま項垂れる。
「まぁ……一応、卒業は認めてもらえることになったがな……」
やれやれ、とため息をこぼしながらひとりごちて言うリュディガーに、キルシェは苦笑を禁じ得ない。
「えぇっと……じゃあ、今日は、ナハトリンデンさんもこの村に泊まるってことですよね?」
ああ、とリュディガーが顔を上げて答えると、マリウスの青丹の双眸が輝いて見え、心なしか高揚した風だった。
彼とリュディガーとは、年に一度会った程度のはずだ。しかも特殊な任務に着いてしまったから、ここ2年は会っていないはず。
たったその程度の面識で、しかも親戚でもなんでもない間柄だというのに、それでもかなりマリウスがリュディガーを慕っているという事実。キルシェは彼の為人を垣間みたようだった。無論それも、キルシェの中では想像の範囲__かつての彼らのやり取りを間近で見た身としては、当然のことと思える慕われようだ。
「明日は、ここからまた移動だが」
「移動って……帝都に戻られるのではない?」
きょとん、としたマリウスに、リュディガーは苦笑して顎をさすった。
「……ここから、ちょっと遠出するんだ。ビルネンベルク先生は、お戻りになられるが」
__ちょっと……?
果たしてここから数日かかる場所が、ちょっと、という言葉で片付けていいものかどうか、キルシェは内心乾いた笑みを浮かべる。
__だからこそ、龍に乗るというのに。
明日はそれが待っている。
帝国民であれば憧れる龍帝従騎士団の、彼らが駆る龍。世界に誇る精鋭である所以に。
__本当に、恐れ多いことだわ……。
忘れかけていたそのことを改めて意識してしまい、妙に喉が乾いた心地がする。
キルシェはお茶の残りを二口で飲み切ってしまった。すると、すかさずマリウスがお茶を注ぎ入れてくれた。
「あ、ありがとうございます」
いえ、とこだわりなく笑う少年に、キルシェはつい数秒前の自身の飲み方を振り返って気恥ずかしさを覚えた。
表でベッセルらとリュディガーがやりとりする声と、直後に馬と場所が家の外を移動する音が聞こえ、そうしてしばらくしてから戻ってきた彼は、ビルネンベルクの御者とともに現れた。
車を移動し終えたビルネンベルクの御者は、どうやら先程出ていったビルネンベルクとベッセルに促されて入ったようだった。
御者は恐縮した様子で、縮こまるように外套を脱いだ。その外套を受け取ったのは、いつの間にかそばに駆け寄っていたマリウスであった。
そしてベッセル夫人イザベラが、暖炉の近くの席を勧めるもこれを御者は固辞する。リュディガーもまた勧めたのだが、御者はやはり苦笑して首を振り、部屋の片隅にあった椅子に腰を据えた。
そうしている間に、マリウスがお茶を運んできてくれた。
キルシェとリュディガーへと配り終わると、御者にもお茶を配する。
そして、一度下がった彼は、干した果物などのお茶請けを出すのも忘れない。考え、率先して動いているのが、なんとも甲斐甲斐しい。
「あ、あの!」
少しばかり足早にリュディガーへ駆け寄ったマリウスに、リュディガーはお茶に伸ばしかけた手を止めて体を向ける。
幾分か深刻そうな顔をしていて、リュディガーもキルシェも内心構えた。
「どうした?」
「僕、着替えてくるので……」
「ああ、さっき言われていたな」
「その……ちょっと席を外しますが……ま、待っていてもらえますか?」
「ああ、もちろん」
行っておいで、と笑って言えば、マリウスは深刻そうな顔が途端に喜びが溢れんばかりに破顔して、一礼すると駆け足で扉へ向かう。
その忙しなさに母親が苦言を言う暇があらばこそ扉の向こうへ消え、さらに、たたた、と軽妙な音が駆け上がっていく音がする。
これにはイザベラも困り果て、キルシェとリュディガー、そして御者へと申し訳無さそうに頭を下げた。
イザベラに対し、気にしていないことをふたりで仕草で示し、キルシェはお茶を手に取る。
「初めてマリウスに出会った夏至祭のとき……品物の数が少ない理由を言っていたが覚えているか?」
一口飲んだところで、同様にお茶を飲んだリュディガーが問いかけてきた。
「えぇっと……確か……何かを届けるって……大きな物__あぁ、シャンデリアだったかしら? それを運んだから売り物が運べなくて少ないって……」
「そう。そのシャンデリアが__」
「まさか、帝都のビルネンベルクのお屋敷の?」
「らしい」
そうだったの、とキルシェが答えていれば、またも二階を駆ける軽妙な足音がして、そしてその足が1階へ降りたかと思えば、扉からマリウスが現れた。
すかさず注意するイザベラに対して、マリウスは謝りこそすれ、すでに体はキルシェら__リュディガーの元へ、数歩のところであった。
「元気そうだな、マリウス。背も伸びた」
マリウスははにかんで、鼻を擦った。
「あれから、このぐらいは伸びてますから」
言いながら親指と人差し指で作る長さは、キルシェの人差し指と粗変わらない長さを示していた。
「2年前の夏至祭以来じゃ、当然か……」
感慨深げに腕を組み、目を細めるリュディガー。
「まさか家に来てもらうなんてことになるなんて、思ってもみませんでした」
「ああ、本当に」
「それどころか、もうお目にかかれないんじゃないかなぁって思っていたりもしていたので……軍人さんなら、州軍でも国軍でも任地は広いからって父さ__父が……」
「……そう、だな。確かに広いな。__急に異動になってな」
__急な異動……。
思わず内心で反芻してしまうのは、当人は軽く言っているが、そもそも異動ではない過酷な任務に着いたというのが事実だと知っているから。
キルシェは、思わず膝に手を置いて、きゅっ、と手を握りしめた。
「じゃあ、やっぱりもうあまりお目にかかれませんね」
「__で、また異動になった」
明らかに、しゅん、としたマリウスだったが、リュディガーの言葉に、弾かれるように顔を上げる。
「……え?」
「で、卒業したはずなのに大学に戻らざるを得ない状況になって……ほら、以前、大学に在籍しているって話しただろう?」
「はい」
「で、今回は、このあたりの土地勘があるから、ビルネンベルク先生のご指名で……あぁぁ、えぇっと……そう、この人の警護も兼ねて同行しているというわけなんだ」
警護、という言葉に、一瞬なんの事か理解できなかったキルシェだが、リュディガーの意味深に視線を送ってくる仕草で、話を合わせろ、と言っているのを察して、こくり、と頷く。
今回の所領への旅程は、キルシェはまるで詳細は知らされていない。
この村までは馬車で、その後は龍で行く、とだけしか聞かされていないのだ。どこで乗るのかも知らされていない。
どういう間柄であるかということも、場面場面で都合よく方便を使い分けるのだろうということを予想しているだけだ。
__それで、警護……。
学生なのに警護__そこそこにリュディガーの素性を知っているマリウスであれば、それで押し通せなくはないのだろう。
__婚約関係であることは、伏せた方がいいわよね。
夫婦でもない婚約関係にある男女だけでの旅は、とりわけキルシェやビルネンベルクの属する階級では醜聞と言えるからだ。
駆け落ちだとか、そう尾鰭がつくもの。それを上の階級では好物にしている者は少なくない。
叩き上げの男爵位ナハトリンデンの早速の評価になってしまうだろう。
言わせておけ、と彼自身は気にしない質だろう。
キルシェもまたそうだが、自分だけでなく後見人であるビルネンベルクの評価にかかわるから配慮すべきである。
「は、はぁ……」
歯切れ悪く答えるマリウス。リュディガーは腕を組んだまま項垂れる。
「まぁ……一応、卒業は認めてもらえることになったがな……」
やれやれ、とため息をこぼしながらひとりごちて言うリュディガーに、キルシェは苦笑を禁じ得ない。
「えぇっと……じゃあ、今日は、ナハトリンデンさんもこの村に泊まるってことですよね?」
ああ、とリュディガーが顔を上げて答えると、マリウスの青丹の双眸が輝いて見え、心なしか高揚した風だった。
彼とリュディガーとは、年に一度会った程度のはずだ。しかも特殊な任務に着いてしまったから、ここ2年は会っていないはず。
たったその程度の面識で、しかも親戚でもなんでもない間柄だというのに、それでもかなりマリウスがリュディガーを慕っているという事実。キルシェは彼の為人を垣間みたようだった。無論それも、キルシェの中では想像の範囲__かつての彼らのやり取りを間近で見た身としては、当然のことと思える慕われようだ。
「明日は、ここからまた移動だが」
「移動って……帝都に戻られるのではない?」
きょとん、としたマリウスに、リュディガーは苦笑して顎をさすった。
「……ここから、ちょっと遠出するんだ。ビルネンベルク先生は、お戻りになられるが」
__ちょっと……?
果たしてここから数日かかる場所が、ちょっと、という言葉で片付けていいものかどうか、キルシェは内心乾いた笑みを浮かべる。
__だからこそ、龍に乗るというのに。
明日はそれが待っている。
帝国民であれば憧れる龍帝従騎士団の、彼らが駆る龍。世界に誇る精鋭である所以に。
__本当に、恐れ多いことだわ……。
忘れかけていたそのことを改めて意識してしまい、妙に喉が乾いた心地がする。
キルシェはお茶の残りを二口で飲み切ってしまった。すると、すかさずマリウスがお茶を注ぎ入れてくれた。
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