上 下
243 / 247
天つ通い路

龍の褒章 Ⅲ

しおりを挟む

 __そういえば、叙勲されるという話があったわ。

 それはまだだったのか。

 勲三等の一頭龍大綬章は、リュディガーから聞いたところによれば、特殊な任務についた者に下賜されるものだという。

 ビルネンベルクを見れば、彼は肩を竦めるばかり。その表情からは、初耳だということが伺い知れた。どうやら、いつものことではないらしい。

 __異例、ということ……。

 元帥が漆黒の箱を大賢者へ譲り渡し、受け取った大賢者がその箱を恭しく開ける。そこから教皇が取り出したのは、頸飾。

 __一頭龍大綬章には、頸飾がつく。

 それを恭しく手に持って、教皇は階を一段降り、リュディガーと御簾の前の間に立った。

「近う、ナハトリンデン卿」

 当代教皇は女だ。

 雰囲気はどこかレナーテル学長のそれに近いものがある。

 はっ、と声を発したリュディガーは立ち上がり、教皇の前まで進み出た。その前で一度礼を取れば、教皇が頸飾を掲げて示すので、彼はやや頭を下げて待つ。

 その首に頸飾が掛けられ、リュディガーは今一度礼を取る。

 教皇と入れ替わるようにして元帥が立ち、元帥によって胸に勲章がつけられるのだが、その時、彼らの目が交わったらしいのをキルシェは見た。

 彼ら__キルシェから見えるのはこちらを向いている状態の元帥だけだが、元帥はリュディガーへ笑みを向けていた。

 教皇、元帥、大賢者が下がるに合わせ、リュディガーはその場に跪礼をとり頭を垂れた。

 その頭に向けて、今度は地麟が口を開く。

「加えて、ナハトリンデン卿には、男爵位を授ける」

 ぴくり、と大柄な体が反応したように見えたが、リュディガーは顔をあげそうになるのを押し留めたらしい。

「__以後、リュディガー・フォン・ナハトリンデン男爵と号すように」

「……ありがとう存じます」

 わずかに戸惑いが滲んでいて、少しばかり硬い口調。

 気心が知れたキルシェだからこそわかるそれ。ふと、横のビルネンベルクを見れば、彼もやはりそれを察したらしく、くつくつ、と喉の奥で笑っている。

「ナハトリンデン卿、面を」

 地麟に従い、リュディガーは顔を上げる。

「他にも、いくつか報奨を用意しました。陛下は、よく龍勅に従い果たした、と。そなたの忠義を決して忘れない、と仰せです。今後も、国民くにみたからのために研鑽を積むことを望みます」

「御意」

 龍帝は御簾の向こうから、ただの一度も顔を出さない。声すらも掛けない。常に階の下の臣下に言の葉伝える君なのだ。

 __それを目の当たりにしてる、私。

 この場にいる誰しもが、こんな場面に出くわすことは夢にも思わなかったことだろう。

 光栄の極み。感涙する者もいる。

 天麒と地麟が、ふいに背後を肩越しに見、次いで体を向き直して一礼を取った。そして、彼らは今一度広間の方へと体を向ける。

「__では諸君、このままどうぞごゆるりと」

「刻限になりましたら、晩餐の席へ案内いたします故」

 天麒と地麟がそれぞれ言った直後、御簾が静かに上がった。

 そこには先程までなかった豪奢な彫刻が施された石の椅子が一脚、鎮座していた。そこに龍帝がいたのだろうか__そんなことを考えていると、柱の陰__どうやらそこに出入り口があるらしい__へ天麒と地麟が下がっていく。

 それに続く教皇、大賢者、元帥と、そして九州侯。

 広間には残された面々は、しばらく固まっていたが、それを打破したのは跪礼したままのリュディガーだった。

 その立ち上がった彼を見て、皆拍手を贈りはじめる。

 彼はその拍手の中、視線が合った者とは会釈を返し、キルシェとビルネンベルクがいる場所へと足を進めていた。そんな彼に称賛の言葉を掛けてくる者ももちろんいて、いくつか言葉を交わす。

「__一躍、この場の主人公じゃないか」

 くつり、と笑うビルネンベルク。

「耐えられるかな」

 ビルネンベルクの揶揄に、キルシェは苦笑を禁じえない。

 彼は担ぎ出される、ということが苦手だった。それはどうやら今でもそうらしいことが、彼の様子から伺い知れる。

「__またまたご苦労様だね、ナハトリンデン男爵」

 やがてたどり着いたリュディガーに対して、ビルネンベルクは人の悪い笑みを浮かべて言った。

「まあ、おめでとう」

「……ありがとう存じます」

 いくらか渋い顔で応じる彼に、キルシェは笑う。

「よかったですね。叙勲に、爵位まで。__それ以上の功労だったのは、間違いないですから」

「ありがたいことには違いないが……なんでまた、こんな騙し討ちのようなやり方になったんだか……」

 おや、とビルネンベルクは驚いた顔をする。

「__わからないのかい? これだけの面々が揃った場はそうそうないから、叙勲を遅らせていたんだよ。__君のためだ」

「私の……?」

「君、恨みを買っている立場だということも、自覚しているだろう?」

 __恨み……。

 キルシェは、息を呑んだ。

「君は前イェソド州侯に阿って、『氷の騎士』なんて異名をもった懐刀になった。その裏にある事情を知る者なんて、一般人には皆無だ。同胞にだって、だろう?」

「ええ……まぁ……」

「叙勲は後に続く者たちへの示しなのはもちろんのこと、爵位まで授けたのは、それ相応の働きへの報いであることは間違いないが、陛下の密命を受けてのことだった、との証左になる」

「……」

 ビルネンベルクの言葉に、リュディガーは口を引き結んで難しい顔になり、やや視線を落とす。

 その肩を、ビルネンベルクは軽く叩いた。

「君は見返りを求めてのことではなかっただろうが、それぐらいの働きをみせたのは違いないさ。寧ろ、もっと与えられてもいいぐらいだと思うね。__だって、帝国がなくなっていたかもしれないのだから」

 それはたしかにそうだ、とキルシェは力強くうなずいた。

 彼が身も心も削って働いたからこそ、養父の姦計は阻止され、帝国は存在する。

 それに、とビルネンベルクはそこで人の悪い笑みを浮かべた。そして、意味深な視線をキルシェへと向けるから、リュディガーと一緒に顔を見合わせて怪訝な視線をビルネンベルクへと向けた。

「__爵位を得られた、ということは、コンバラリア家のご令嬢を迎え入れても申し分はないんじゃないのか? その許可を暗に示した……と私はそうも捉えられたね」

「は?」

「え……」

 リュディガーとキルシェは、面食らう。

 自覚がないが、自分は帝国にとってそれなりに大事な位置づけの家系であるらしい。特殊な役割を担っていて、今でこそその役目を返上したから、ごくごく普通の一般人に等しいのだが、それは自分がそう思っているだけで、相変わらず帝国にとっては貴賓の括りにある。

 そして、後見人にビルネンベルクが据えられているのは、そのためだという。

「__まあ、釣り合いがとれている爵位かは置いといて、無いよりはましだろう。よかったじゃないか」

 知らない、実感がないうちに、そうした事柄にまで配慮がされているということは、にわかには信じがたいが、ビルネンベルクの見立ては行き過ぎで、間違いであるという証明もできない。

 名家であるからこそ見えてくるものがあるのかもしれない。

 くつくつ、と喉の奥で笑うビルネンベルクは、側近くに挨拶へきた御仁へ、リュディガーを紹介するために動いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

処理中です...