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煌めきの都
顕現スルもの Ⅶ
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触穢にあたるということは、残穢__穢れがあるということ。
穢れによって、この世の理から外れ、ヒトはヒトではいられなくなる。魔性のもの、異形へと変容させてしまう。それは、精神のみならず、肉体までも。
__そう。だから、そのままで良いはずがない。
安堵し、高揚しかけていた心が、瞬時に冷えて凪いでいく。
そうしていると、再び数体の異形が生じて一同へ迫るのが、視界の端で見えた。
フルゴルはマイャリスの手を離して先程と同様に輝く壁を作って防衛をはかり、アンブラが襲いかかる異形を祓っていく。
直後、翼の異形がロンフォールの瘴気に押される形で、一同の方へと転がりこんできた。
マイャリスは、アンブラによって腕を引かれ、身を引きずるようにして前へ出たリュディガーの背後へと引き込まれる。
瘴気の腕によって地面に押さえつけられる翼の異形。呻きながら抵抗するそれ。その視線がまっすぐリュディガーを見つめていた。
もの言いたげな目。切実に訴えている目。
「__まさか、キルシウム、か……?」
怪訝な声に、翼の異形が応じるようにリュディガーへ吠え、尾で地面を叩いた。
__どこかで聞いたことがある……。あぁ、そうだわ。たしか、リュディガーの……。
「リュディガーーー!」
怒声とともに駆け寄るロンフォールに、思案するのを中断された刹那、リュディガーが応じるように躍り出た。
一撃目は辛うじて受け流したものの、どう見ても鈍い動きが彼。体勢を大きく崩されながらも踏ん張る。
傍らではアンブラ、そして拘束から逃れた翼の異形が、リュディガーへ迫り来る瘴気の相手を請け負って、リュディガーをロンフォールへと集中させた。
ただただ傍観し続けるしかない。フルゴルの影で。
火花を散らすほどの激しい打ち合い。肉体の最盛期を過ぎて力負けしていたはずのロンフォールが明らかに優位だった。
しかしそれは、リュディガーが残穢を抱えた満身創痍で防戦になりがちであるだけではなく、どういうわけか吹っ切れたように軽やかな動きになっていることも要因だろう。
「……ヒトを捨てては、かくもなろうか」
フルゴルが、冷たくぽつり、と言い放つ。
捨てる、とマイャリスは反芻しロンフォールを改めてみた。
白目であるはずのところは、黒く染まっている不気味な相貌のロンフォール。ほかは特に変異はないものの、ぞっとするような悦に浸った歪んだ顔が印象的である。
「あれが、穢れに魅入られ、自らそれを利用しようと受け入れた者の姿ですよ。もはや、異形と言ってもよいもの。あの場合、好んでそうなった。__あの眼は、別のものも捉えていることの現れ」
冷静でありながらも、どこか吐き捨てるように言うフルゴル。
それが口からこぼれた直後、ロンフォールが繰り出した一撃が、受け止めたリュディガーの姿勢を崩した。
あ、と思わずマイャリスが悲鳴を漏らしている隙きがあらばこそ、体勢を崩したところへ白刃が袈裟懸けに振り下ろされ、その先を見ていられなくてとっさに思い切り目を瞑り、身体をこわばらせた。
しかし、不思議なことに耳に届いたのは、強く甲高い金属を喰む音だった。
__え……?
それは明らかに、これまであった刃を刃が受ける音とは違ったのだ。
「馬鹿な!」
マイャリスはロンフォールの驚愕した言葉に弾かれるようにして、視線を戻す。
白刃は振り下ろされていた__リュディガーが持つ、一抱えほどの大きさの鈍色の鏡に。
いつの間にかリュディガーの手に渡っていた鏡。それを、彼は躊躇なく盾に使っていたのだ。
戸惑うマイャリス。
あの鏡は、とても大切なもののはず。
彼の密命に、鏡の回収が含まれていた。それをよりにもよって、盾代わりに使うとは。
分別がある帝国の規範、龍帝の手足にして意思の体現者と言われる龍帝従騎士の者が。
万が一破損でもしたら__そこで、はた、と気づく。
鏡を壊すには、獬豸の血胤である自分のすべての血が必要。それ以外の方法がないのであれば、裏を返せば、どんな衝撃でも壊れることはないということなのだろう。
それこそ、曰く付きの、ロンフォールの得物であっても。
理論上はそうなるだろう。だが、だからといって、こんな状況下でそんな目論見を思いつき実行へ移すなど。
__失うことができない影身のはずなのだから。
失わないという保証はない。
失わないまでも、破損でもした余波はどうなるのか。
良く言えば豪胆、悪く言えば向こう見ず。
幸いにして、見る限り、鏡には傷一つないようである。
「……とんでもないことを。敬いや畏れとは程遠い……」
呆れにも似た声でいうフルゴル。
これについて、マイャリスは同意だった。
「__しかし、本命は相手の瘴気を削ぐことが目的だったのでしょうが」
鏡面はロンフォールを真っ向から、至近距離で捉えている。
しかし、とりたてて何かが起きているわけではない。
意表を突いた、といえばそうであるその行為に、動きを止めてしまったロンフォール。対して、リュディガーが鏡で得物を押しやって、大きく踏み出し、直刀で突きにかかる。
「小賢しい!」
直刀を叩き落とすロンフォールの得物は、返す刀でリュディガーへ斬りかかるも、鏡で受け流される。しかしながら、より力を込められた一撃だったようで、片手で掴んで腕に添える形で盾にしていた鏡は剥がされるように弾き飛ばされて、少し離れた蓮の池へと落下した。
衝撃で体勢を崩され、そこへ新たな横一閃__刃で受け止めるも無理な体勢であったため勢いを殺しきれず、リュディガーもまた大きく飛ばされた。
マイャリスらがいる場所にほど近い、大きな菩提樹の幹へと叩きつけられて地面へと落ちる。
強かに背中を打った彼。衝撃で肺が膨らないのだろう。苦しそうに目を見開き、口も大きく開いて、酸素を求めていた。
「リュディガー!」
ロンフォールが迫る姿が見え、マイャリスが叫ぶ。
ロンフォールはまず瘴気の腕を新たに伸ばして迫った。それを見て取って、フルゴルの輝きが一際増した。
周囲を容赦なく照らす光りに、夜陰は焦がされ、その瘴気の腕はリュディガーに辿り着く前に霧散する。
入れ替わるようにして黒い影が空から二体__とくに近い場所を飛んでいたらしい異形が、急降下するように飛来するのを見、フルゴルは胸元からこぶし大ほどの玉を取り出た。
「フルベ」
一言、息を吹きかけるようにして玉に言って、それをリュディガーの方__菩提樹へと投げた。リュディガーの背後__樹に当たって根本に落ちた玉は、途端にフルゴルの輝きに似た光を膨らむように放ち、迫る瘴気を押しやっていく。
そうしている間にリュディガーは、どうにか酸素を取り込むことができたようで、幹を頼りに、ふらつきながら立とうと試みていた。しかし、膝に力がはいらないのか、再び崩れ落ちてしまい、マイャリスは思わず短い悲鳴を上げる。
そこへ駆けより、白刃を振り上げるロンフォール。辛うじて直刀で受けて流すものの、衝撃で不自然にぶれ、弾むリュディガーの体。直刀が大きく腕の限り体から離れ、無防備な状態になる。
マイャリスは心臓が大きく打った。
フルゴルの輝きと、フルゴルが放り投げた玉が放つ光によって周囲が照らされているから、より鮮明にその姿が見える。
直刀を引き戻そうとするリュディガー。それよりも先に、ロンフォールの手元が動く。
懐へと、さらに踏み込む勢いを乗せた、一撃。
__あぁ……駄目……!
リュディガーの背中に、白刃が生えた。
穢れによって、この世の理から外れ、ヒトはヒトではいられなくなる。魔性のもの、異形へと変容させてしまう。それは、精神のみならず、肉体までも。
__そう。だから、そのままで良いはずがない。
安堵し、高揚しかけていた心が、瞬時に冷えて凪いでいく。
そうしていると、再び数体の異形が生じて一同へ迫るのが、視界の端で見えた。
フルゴルはマイャリスの手を離して先程と同様に輝く壁を作って防衛をはかり、アンブラが襲いかかる異形を祓っていく。
直後、翼の異形がロンフォールの瘴気に押される形で、一同の方へと転がりこんできた。
マイャリスは、アンブラによって腕を引かれ、身を引きずるようにして前へ出たリュディガーの背後へと引き込まれる。
瘴気の腕によって地面に押さえつけられる翼の異形。呻きながら抵抗するそれ。その視線がまっすぐリュディガーを見つめていた。
もの言いたげな目。切実に訴えている目。
「__まさか、キルシウム、か……?」
怪訝な声に、翼の異形が応じるようにリュディガーへ吠え、尾で地面を叩いた。
__どこかで聞いたことがある……。あぁ、そうだわ。たしか、リュディガーの……。
「リュディガーーー!」
怒声とともに駆け寄るロンフォールに、思案するのを中断された刹那、リュディガーが応じるように躍り出た。
一撃目は辛うじて受け流したものの、どう見ても鈍い動きが彼。体勢を大きく崩されながらも踏ん張る。
傍らではアンブラ、そして拘束から逃れた翼の異形が、リュディガーへ迫り来る瘴気の相手を請け負って、リュディガーをロンフォールへと集中させた。
ただただ傍観し続けるしかない。フルゴルの影で。
火花を散らすほどの激しい打ち合い。肉体の最盛期を過ぎて力負けしていたはずのロンフォールが明らかに優位だった。
しかしそれは、リュディガーが残穢を抱えた満身創痍で防戦になりがちであるだけではなく、どういうわけか吹っ切れたように軽やかな動きになっていることも要因だろう。
「……ヒトを捨てては、かくもなろうか」
フルゴルが、冷たくぽつり、と言い放つ。
捨てる、とマイャリスは反芻しロンフォールを改めてみた。
白目であるはずのところは、黒く染まっている不気味な相貌のロンフォール。ほかは特に変異はないものの、ぞっとするような悦に浸った歪んだ顔が印象的である。
「あれが、穢れに魅入られ、自らそれを利用しようと受け入れた者の姿ですよ。もはや、異形と言ってもよいもの。あの場合、好んでそうなった。__あの眼は、別のものも捉えていることの現れ」
冷静でありながらも、どこか吐き捨てるように言うフルゴル。
それが口からこぼれた直後、ロンフォールが繰り出した一撃が、受け止めたリュディガーの姿勢を崩した。
あ、と思わずマイャリスが悲鳴を漏らしている隙きがあらばこそ、体勢を崩したところへ白刃が袈裟懸けに振り下ろされ、その先を見ていられなくてとっさに思い切り目を瞑り、身体をこわばらせた。
しかし、不思議なことに耳に届いたのは、強く甲高い金属を喰む音だった。
__え……?
それは明らかに、これまであった刃を刃が受ける音とは違ったのだ。
「馬鹿な!」
マイャリスはロンフォールの驚愕した言葉に弾かれるようにして、視線を戻す。
白刃は振り下ろされていた__リュディガーが持つ、一抱えほどの大きさの鈍色の鏡に。
いつの間にかリュディガーの手に渡っていた鏡。それを、彼は躊躇なく盾に使っていたのだ。
戸惑うマイャリス。
あの鏡は、とても大切なもののはず。
彼の密命に、鏡の回収が含まれていた。それをよりにもよって、盾代わりに使うとは。
分別がある帝国の規範、龍帝の手足にして意思の体現者と言われる龍帝従騎士の者が。
万が一破損でもしたら__そこで、はた、と気づく。
鏡を壊すには、獬豸の血胤である自分のすべての血が必要。それ以外の方法がないのであれば、裏を返せば、どんな衝撃でも壊れることはないということなのだろう。
それこそ、曰く付きの、ロンフォールの得物であっても。
理論上はそうなるだろう。だが、だからといって、こんな状況下でそんな目論見を思いつき実行へ移すなど。
__失うことができない影身のはずなのだから。
失わないという保証はない。
失わないまでも、破損でもした余波はどうなるのか。
良く言えば豪胆、悪く言えば向こう見ず。
幸いにして、見る限り、鏡には傷一つないようである。
「……とんでもないことを。敬いや畏れとは程遠い……」
呆れにも似た声でいうフルゴル。
これについて、マイャリスは同意だった。
「__しかし、本命は相手の瘴気を削ぐことが目的だったのでしょうが」
鏡面はロンフォールを真っ向から、至近距離で捉えている。
しかし、とりたてて何かが起きているわけではない。
意表を突いた、といえばそうであるその行為に、動きを止めてしまったロンフォール。対して、リュディガーが鏡で得物を押しやって、大きく踏み出し、直刀で突きにかかる。
「小賢しい!」
直刀を叩き落とすロンフォールの得物は、返す刀でリュディガーへ斬りかかるも、鏡で受け流される。しかしながら、より力を込められた一撃だったようで、片手で掴んで腕に添える形で盾にしていた鏡は剥がされるように弾き飛ばされて、少し離れた蓮の池へと落下した。
衝撃で体勢を崩され、そこへ新たな横一閃__刃で受け止めるも無理な体勢であったため勢いを殺しきれず、リュディガーもまた大きく飛ばされた。
マイャリスらがいる場所にほど近い、大きな菩提樹の幹へと叩きつけられて地面へと落ちる。
強かに背中を打った彼。衝撃で肺が膨らないのだろう。苦しそうに目を見開き、口も大きく開いて、酸素を求めていた。
「リュディガー!」
ロンフォールが迫る姿が見え、マイャリスが叫ぶ。
ロンフォールはまず瘴気の腕を新たに伸ばして迫った。それを見て取って、フルゴルの輝きが一際増した。
周囲を容赦なく照らす光りに、夜陰は焦がされ、その瘴気の腕はリュディガーに辿り着く前に霧散する。
入れ替わるようにして黒い影が空から二体__とくに近い場所を飛んでいたらしい異形が、急降下するように飛来するのを見、フルゴルは胸元からこぶし大ほどの玉を取り出た。
「フルベ」
一言、息を吹きかけるようにして玉に言って、それをリュディガーの方__菩提樹へと投げた。リュディガーの背後__樹に当たって根本に落ちた玉は、途端にフルゴルの輝きに似た光を膨らむように放ち、迫る瘴気を押しやっていく。
そうしている間にリュディガーは、どうにか酸素を取り込むことができたようで、幹を頼りに、ふらつきながら立とうと試みていた。しかし、膝に力がはいらないのか、再び崩れ落ちてしまい、マイャリスは思わず短い悲鳴を上げる。
そこへ駆けより、白刃を振り上げるロンフォール。辛うじて直刀で受けて流すものの、衝撃で不自然にぶれ、弾むリュディガーの体。直刀が大きく腕の限り体から離れ、無防備な状態になる。
マイャリスは心臓が大きく打った。
フルゴルの輝きと、フルゴルが放り投げた玉が放つ光によって周囲が照らされているから、より鮮明にその姿が見える。
直刀を引き戻そうとするリュディガー。それよりも先に、ロンフォールの手元が動く。
懐へと、さらに踏み込む勢いを乗せた、一撃。
__あぁ……駄目……!
リュディガーの背中に、白刃が生えた。
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*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
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