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帝都の大学

記念品

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 ふと、半歩先を行くリュディガーを見上げる。

 穏やかな笑みを称えた口元。そしてその目元は、どこか遠くを見ていた。

 まるでそれは、別れた少年の未来の多幸を想っているようで、キルシェはいいものを見られた、と遠のく露天を肩越しに振り返る。

 しかしもうその時には、人の流れの向こうに隠れて見えなかった。

「__そういえば、リュディガーは重石はないの?」

「野暮なことを訊く」

 見上げるリュディガーは、くつり、と笑う。

「貴方は……」

 その表情だけで、彼の意図することがわかったキルシェは微笑み、小さい店番のことを思い描きながら、手にしたペンと重石を胸に押し抱く。

 __……さりげなくそういう事が出来る人なのよね。

「あってもいいな、と思ったのは事実だ。__好みであったのも」

「そう。私も……素敵なものが買えました」

「気に入ったものだったか?」

「ええ。だから、これにしたの」

 手にある少しばかり歪な、それでいて限りなく真心を込めて包まれたそれ。

「__こうした物を近くで見る機会は中々なかったので……今日の記念にもいいな、と」

 初めての帝都の夏至祭であり、最後の帝都の夏至祭__キルシェは小さく自嘲した。

「そうか。なら、贈り甲斐があるな」

「え__?」

 思わず足を止めるキルシェに、リュディガーも遅れて足を止めた。

 喧騒から遠のき、まるで切り離されたような錯覚に陥る。この通りに入ってから人の流れはあまりなく、突然足を止めても往来の邪魔にはならなかった。

 祭りの日でこれなのだから、普段からきっと利用する人は少ないのだろう。

「言っただろう。今日一日連れ回したお詫びとお礼だ、と」

「でも、それはあの場での……あの子の前だから、その場をまとめるためでしょう?」

「無論それもあったが、譲る気はない」

 ややはっきりと強めて言う彼だが、その表情は笑っている。

「こう考えてくれ。今日譲ると、今後、頼み事がしづらくなる、と。矢馳せ馬のことも、これでも実はかなり気にしているんだ」

 キルシェはきょとん、とした。

「……そうなの?」

「ああ。さっき見て、これはやらかしたかもしれない、と思ったのは認める」

 彼の言う通り、現状の自分の腕前であんな高度なことをやれる境地に達するとは中々想像できない。

 __しかも、より儀式めいているのだとしたら、一矢一矢が重みを増すはず。

 以前リュディガーが療養した折、願掛けじみたことをして弓射をしてみたが、気負ってしまったせいで日頃の成果には到底及ばなかった。そんな自分が、できるのだろうか。

「ま、まあ……候補のひとり、というだけですから」

「今は、な。他の面々がどうなのかわからないだろう」

 それはたしかに、とキルシェは内心ひやり、とした。

 __どうなるのかしら……。

 候補とはいえ、鍛錬はかなり厳しいものだろう。

 __候補だからこそ、厳しいと言えるものね。

 あれだけの芸当を、どのように仕上げるのか__と、忘れかけていた憂いを思い出していれば、リュディガーが咳払いをするので、我に返った。

「__で、それは受け取ってもらえるのか?」

 視線でキルシェが持つ箱を示す彼。

「……ありがとう。受け取ります」

 よろしい、と少しばかり偉そうに言う彼が憎らしく、キルシェは軽く二の腕あたりを押す。

 そして仕切り直すように先を促すリュディガーは、どこか下手したてに出るように妙に丁寧で、笑うしかない。

「__失敗したな」

 そうして数歩歩いたところで、リュディガーがぼやく。

「何?」

「最後に買えばよかった」

 これを、と言って示すのは、竹筒に入れてもらった水餃子だった。

「やはり、煮崩れるものなの?」

「試したことはないが……ぐずぐずかもしれない」

「それは……もったいないわね……でも、ほらスープみたいには__」

「君も食べるんだぞ」

「え?」

「だから、これだけのものを多めに買ったんだ。確かに土産もあるが……」

 気づかなかったのか、と言われ、キルシェは首を振る。

「__父のことだ。この時間に戻ったら、ご一緒に、って言うに決まっている」

「……それは、そうかもしれないですね……」

 かつて、彼の療養中のこと。父ローベルトの元を訪れれば、必ずご相伴に預かる流れが出来上がっていた。

 独りで食事というのは味気ないだろう__それもあって、キルシェは望まれれば一緒に食事をしていた。

 望まれれば、とはいうが、それはもはや必ず。義務感もあったが、それ以上に彼の父との食事はとても楽しくて、だから、自分も好きで食卓を囲んでいた。

 別段それをリュディガーに話したことはないが、きっと彼は察していただろうし、退院後は父との会話でそれは話題にも出て知っていることに違いない。

 団欒というものは、こういうものなのか__それを確かめたくて、噛み締めたくて。遠い記憶の彼方にあるはずの、それ。

 __昔の家族団欒に触れられているような心地になれるから……。

 家では、養父と団欒を過ごしたことは、引き取られた最初の頃だけだ。その後は、独りきり。養父よりも使用人との会話のほうが多かった。

 修道院の寄宿学校では大勢との共同生活だったが、必要最低限の会話しか許されていない。四六時中それを求められ、静寂を尊んでいた生活。

 無論、同じ生活を送る同年代の間では、監視の目を盗んで会話はしていることもあったが、本当に息を潜めるようにしなければならなかった。

 だから、大学へ入学して、最初はにぎやかすぎて戸惑った。同じ様な環境だと思っていたからだ。

 __そして、ビルネンベルク先生のお付きをしたり、リュディガーのお父様のお家にお邪魔させていただいたり……。

 これほど生活が変わるとは思いもしなかった。

「すまないが、もう少しだけ時間をくれ」

 罰が悪そうな顔に、キルシェは首を振る。

「謝っていただくようなことでは……私こそ、気づかない間に、気を使わせてしまったようで。__では、お言葉に甘えさせてもらいます」

「そう言ってもらえると、救われる」

「__では、急ぎましょうか。私もお腹、減っていますから」

 ああ、と頷くリュディガーに、キルシェは少しばかり足さばきを早めてみせる。すると、リュディガーもいたずらに笑んで、自慢の長い足で余裕な大股を披露するのだった。

 それがどうにもこそばゆい。

 __浮かれているのだわ……私。

 ぐっ、と胸に押し抱く記念品を、少しばかり力を込めて寄せた。
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