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52.異界の門
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「コーデリア様。くれぐれもご無理はなさらないようにしてくださいね」
サラが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ええ、分かっています。ありがとう、サラさん」
私はサラを安心させるように微笑んだ。すると、彼女はほっとしたような表情を浮かべる。
私たちは、これからメルカ鉱山へと向かう予定だ。
目的は勿論、開いてしまった異界の門を閉じるためである。
フランツの話によると、門に近づくにつれて魔物との遭遇率が上がり危険度も増すそうだ。
今回、私に同行してくれることになったのはジェイド、オリバー、エマの三人。
そして、メルカ鉱山の入り口にはケイン、ウィル、ダグラスが待機してくれることになった。
万が一、私が任務に失敗した場合、門を通って一気に異界から魔物が流れ込んでくる可能性もある。それを食い止めるのが、彼らの役目だ。
さらに、一日経っても私たちが戻らなかったらユリアンが直ちに救援隊を編成してくれる手筈になっている。
(まあ、そうならないに越したことはないのだけれど……)
そう思いつつ、私は心配そうな顔でこちらを見ているアランとレオンの元まで歩いていく。
「どうしたんですか? 二人とも、顔が暗いですよ」
「コーデリア様……」
アランが私の名前を呼べば、彼の足元にいるレオンも「クゥン」と小さく鳴きながら心配そうに見上げてくる。
そんな二人を見て、私は安心させるように微笑んでみせた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。すぐに戻ってきますから」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせる。
「コーデリア様……どうかお気をつけて」
「……はい!」
アランの言葉に、私は力強く頷く。
『コーデリア! 帰ってきたら、一緒に雪で遊ぼうね!』
レオンは、まるで「離れたくない」とでも言うように自分の足に縋りつき、尻尾をパタパタと振っている。
私は、そんなレオンの頭を優しく撫でる。
「ふふ……勿論。楽しみにしているわ」
そして──私は改めて皆の顔を見回すと、声を張り上げた。
「それでは、出発しましょう!」
その言葉に、ジェイド、オリバー、エマの三人は頷いた。
私たちは馬車に乗り込むと、メルカ鉱山に向けて出発したのだった。
***
馬車の窓を半分だけ開けると、流れていく風景をぼんやりと眺める。
空は分厚い灰色の雲に覆われていた。少し前までの青々とした空とは大違いだ。
ふと、私は今後のことを考えて不安になる。
(大丈夫かな……)
メルカ鉱山での任務は、今までにないくらい危険を伴うものだ。
そして、私たちが失敗すれば、この国は未曽有の危機に晒されることになる。
(いや……そんな弱音を吐いている場合じゃないわよね)
そうだ。ここで弱腰になるわけにはいかない。
私は自身を鼓舞するようにぎゅっと拳を握りしめた。
「雪、また降りそうですね」
エマが窓の外を見ながらぽつりと呟く。
「そうだな……メルカ鉱山に着く頃にはちらほらと降り始めるかもしれないな」
続けて、オリバーが相槌を打つ。
「まあ……天候なんてものは仕方がないさ」
ジェイドはそう言って肩をすくめる。
ウルス領は、毎年決まって冬の季節になると大雪が降る。この時期は、メルカ鉱山の麓は辺り一面が雪景色に染まるそうだ。
その光景は目を見張るほど美しく、領民たちにとっての冬の風物詩となっているのだとか。
「ジェイド様は、やっぱり雪がお好きなんですか?」
「うん?」
尋ねると、ジェイドは頭の上に疑問符でも浮かべていそうな顔になった。
「なぜ、そう思うんだ……?」
「え? えーと……なんとなく、冬が好きそうなイメージがあったので。雪の上でころころ転がったりするの、似合いそうですよね」
そう言いながら、私は雪と戯れているジェイドを想像して笑みを零す。
けれど、そんな風にほっこりと和んでいる私とは対照的に彼は唇を尖らせていた。
「コーディ……人のことを白熊みたいに言うのはやめてくれ。いや、確かに見た目は白熊なんだけどな……」
ジェイドは不服そうに言った。
「あ、すみません……。でも、その……雪と戯れているジェイド様、きっとすごく可愛いですよ!」
「全然、フォローになってないんだが……?」
ジェイドは肩をすくめると、溜息をつく。
それを見たエマとオリバーは、思わずと言った様子でくつくつと笑った。
「そういえば、コーデリア様。そのブレスレットは……?」
エマは、ふと気づいたように私がはめているブレスレットをじっと見つめた。
「ああ、これですか? 自分で作ったオリジナルのアクセサリーなんですよ」
このブレスレットは、以前クレイグの店で買ったタリスマンから魔力を抽出して作ったものである。
元々、ブレスレットに付与されていた「魔力の消費を抑える効果」はそのまま残し、さらにタリスマンが持つ「瘴気から身を守る効果」を付与したのだ。
つまり、このブレスレットを身に付けている限り、私の体への負担が少なくなるというわけである。
フランツが言うには、異界の門を塞ぐためには非常に多くの魔力を要するらしい。
恐らく、その門がある周辺は瘴気が濃いだろうし、長時間瘴気に当たり続ければ体調不良を起こす可能性も高い。
大事な任務の途中で体調を崩して続行できなくなることだけは、どうにか避けたいところだ。
試行錯誤の末、何とかそれを補助する役割を担ってくれそうなものに仕上がってくれたのは正直安心した。
「なるほど……魔力が込められたアクセサリーって、あまりたくさん身につけていると体に悪影響が出ますものね。その心配がないのは助かりますよね」
私が簡単に説明をすると、エマは興味深そうにブレスレットを眺め回していた。
「ええ。私も、それが心配だったので……」
そう返しつつも、私は苦笑する。
その懸念事項さえなければ、アクセサリーをたくさん付けた状態で今回の任務に赴いたのだが……。
しばらくの間、エマとそんな会話をしていると、やがて馬車がゆっくりと停車した。どうやら、鉱山の麓に到着したようだ。
外へ出ると、しんと静まりかえった広大な平地が広がっていた。綺麗に整備されているのは麓だけで、少し奥の方へ歩けば草花や低木が生い茂っている。
メルカ鉱山の入口まで歩いていくと──そこは以前来た時よりも禍々しい雰囲気を醸し出しており、私は思わず息を呑んだ。
それは他の三人も同様だったようで、皆一様に険しい表情を浮かべている。
鉱山に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
「寒いな……」
ジェイドがぼそりと呟く。確かに、先ほどから雪がぱらぱらと降り始めたせいか、かなり冷え込んでいるようだ。
幸いにも、今日は坑道内の照明が消えてしまうほど瘴気が濃くはない。
だから視界は良好だけれど、魔物の出没も予想されるので警戒を怠るわけにはいかない。
「皆さん、これを」
私は懐からある鉱石を取り出すと、それを三人にそれぞれ手渡した。
「これは?」
オリバーが不思議そうに首を傾げながらも尋ねてくる。
「火属性の魔力が籠もった鉱石を加工したものです。元々この石は発熱する性質を持っているのですが、体を温める道具として使うには少々力不足でして……。そこで、この鉱石に特別な加工を施すことで、より効果的に魔力を増幅する性質を付け加えてみたんです」
「なるほど……」
オリバーは興味深そうに鉱石を見つめると、それをぎゅっと握り締めた。
「確かに……これは温かいですね」
「実はこの発明品、クレイグさんから聞いた東洋の話をヒントに作ったんです。なんでも、東洋ではこうやって特殊な加工を施した火属性の魔力を持つ石のことを『懐炉』と呼んでいるそうですよ」
「カイロ、ですか……」
私の話に興味を持ったのか、エマが聞き馴染みのない単語を反芻するように呟く。
彼女は自分の懐に収まった鉱石の温かさを確かめながら、「確かに……これは便利ですね」と感心していた。
「確かに、暖を取るためにいちいち火属性の魔法を使うのは魔力の消費も激しいし、効率的とは言えないからな」
ジェイドも感心したように頷いている。
「コーデリア様。この発明品も、商品化したらきっと人気が出ますよ! 魔力を持たない人々にとっては、冬の救世主のような存在になるはずです」
エマはそう言って、目を輝かせた。
「ふふ、そうですね。上手くいけば良いのですが……」
私は苦笑しながらも、内心では商品化の可能性も視野に入れていた。
「──でも、それは無事異界の門を閉じてから、の話ですよね」
エマは表情を引き締めると、坑道の奥を見据える。
「そうですね……まずは、目の前の任務に集中しましょう」
そう言うと、三人は力強く頷いてくれた。
私たちは、周囲を警戒しつつも奥へと進んで行く。
今のところ、魔物らしき姿は確認できない。
地図を頼りに坑道を進んでいけば、やがて開けた空間に出た。
不思議なことに、ここに来るまでに一度も魔物に遭遇していない。なんだか、嫌な予感がする。
「フランツの話によると、この辺りに異界の門が出現しているはずなんだがな」
不意に、隣にいるジェイドが辺りを見回しながら言った。
「そうですね……でも、何もありませんね」
そう言って、首を傾げた瞬間──突如として、目の前に異空間へと続く禍々しい裂け目が出現する。
それは、まるで私達の声に呼応するように姿を現したのだった。
「……! 一体、どこから現れたんだ!?」
ジェイドが唖然とした様子で裂け目を見つめる。
「いや……多分、見えなかっただけでずっとここにあったんですよ。フランツさんが言っていたじゃないですか。『その門は、人知の及ぶ領域のものでは無い』って……」
エマが緊張した面持ちで言った。
「これが、異界の門……」
私は呆然と呟くと、目の前の裂け目をじっと見つめた。
この裂け目の向こうには、未知の世界が広がっているのだろう。
(……怖い)
足が竦むのが分かる。思わず後ずさりしたくなる気持ちを必死に抑えながら、私は静かに深呼吸をした。
その刹那──裂け目はまるで生き物のように蠢き始めた。そして、あたかも門であることを示すようにゆっくりとその口を開けたのだ。
空間の底知れぬ深みに呑み込まれるような錯覚を覚えて、私は思わず息を呑んだ。
やはりと言うべきか、門からは瘴気が漏れ出している。
「それでは……早速、門を閉じますね」
私は三人に向かってそう言うと、門に向かって手を翳した。
サラが心配そうに私の顔を覗き込む。
「ええ、分かっています。ありがとう、サラさん」
私はサラを安心させるように微笑んだ。すると、彼女はほっとしたような表情を浮かべる。
私たちは、これからメルカ鉱山へと向かう予定だ。
目的は勿論、開いてしまった異界の門を閉じるためである。
フランツの話によると、門に近づくにつれて魔物との遭遇率が上がり危険度も増すそうだ。
今回、私に同行してくれることになったのはジェイド、オリバー、エマの三人。
そして、メルカ鉱山の入り口にはケイン、ウィル、ダグラスが待機してくれることになった。
万が一、私が任務に失敗した場合、門を通って一気に異界から魔物が流れ込んでくる可能性もある。それを食い止めるのが、彼らの役目だ。
さらに、一日経っても私たちが戻らなかったらユリアンが直ちに救援隊を編成してくれる手筈になっている。
(まあ、そうならないに越したことはないのだけれど……)
そう思いつつ、私は心配そうな顔でこちらを見ているアランとレオンの元まで歩いていく。
「どうしたんですか? 二人とも、顔が暗いですよ」
「コーデリア様……」
アランが私の名前を呼べば、彼の足元にいるレオンも「クゥン」と小さく鳴きながら心配そうに見上げてくる。
そんな二人を見て、私は安心させるように微笑んでみせた。
「心配しなくても大丈夫ですよ。すぐに戻ってきますから」
私がそう言うと、二人は顔を見合わせる。
「コーデリア様……どうかお気をつけて」
「……はい!」
アランの言葉に、私は力強く頷く。
『コーデリア! 帰ってきたら、一緒に雪で遊ぼうね!』
レオンは、まるで「離れたくない」とでも言うように自分の足に縋りつき、尻尾をパタパタと振っている。
私は、そんなレオンの頭を優しく撫でる。
「ふふ……勿論。楽しみにしているわ」
そして──私は改めて皆の顔を見回すと、声を張り上げた。
「それでは、出発しましょう!」
その言葉に、ジェイド、オリバー、エマの三人は頷いた。
私たちは馬車に乗り込むと、メルカ鉱山に向けて出発したのだった。
***
馬車の窓を半分だけ開けると、流れていく風景をぼんやりと眺める。
空は分厚い灰色の雲に覆われていた。少し前までの青々とした空とは大違いだ。
ふと、私は今後のことを考えて不安になる。
(大丈夫かな……)
メルカ鉱山での任務は、今までにないくらい危険を伴うものだ。
そして、私たちが失敗すれば、この国は未曽有の危機に晒されることになる。
(いや……そんな弱音を吐いている場合じゃないわよね)
そうだ。ここで弱腰になるわけにはいかない。
私は自身を鼓舞するようにぎゅっと拳を握りしめた。
「雪、また降りそうですね」
エマが窓の外を見ながらぽつりと呟く。
「そうだな……メルカ鉱山に着く頃にはちらほらと降り始めるかもしれないな」
続けて、オリバーが相槌を打つ。
「まあ……天候なんてものは仕方がないさ」
ジェイドはそう言って肩をすくめる。
ウルス領は、毎年決まって冬の季節になると大雪が降る。この時期は、メルカ鉱山の麓は辺り一面が雪景色に染まるそうだ。
その光景は目を見張るほど美しく、領民たちにとっての冬の風物詩となっているのだとか。
「ジェイド様は、やっぱり雪がお好きなんですか?」
「うん?」
尋ねると、ジェイドは頭の上に疑問符でも浮かべていそうな顔になった。
「なぜ、そう思うんだ……?」
「え? えーと……なんとなく、冬が好きそうなイメージがあったので。雪の上でころころ転がったりするの、似合いそうですよね」
そう言いながら、私は雪と戯れているジェイドを想像して笑みを零す。
けれど、そんな風にほっこりと和んでいる私とは対照的に彼は唇を尖らせていた。
「コーディ……人のことを白熊みたいに言うのはやめてくれ。いや、確かに見た目は白熊なんだけどな……」
ジェイドは不服そうに言った。
「あ、すみません……。でも、その……雪と戯れているジェイド様、きっとすごく可愛いですよ!」
「全然、フォローになってないんだが……?」
ジェイドは肩をすくめると、溜息をつく。
それを見たエマとオリバーは、思わずと言った様子でくつくつと笑った。
「そういえば、コーデリア様。そのブレスレットは……?」
エマは、ふと気づいたように私がはめているブレスレットをじっと見つめた。
「ああ、これですか? 自分で作ったオリジナルのアクセサリーなんですよ」
このブレスレットは、以前クレイグの店で買ったタリスマンから魔力を抽出して作ったものである。
元々、ブレスレットに付与されていた「魔力の消費を抑える効果」はそのまま残し、さらにタリスマンが持つ「瘴気から身を守る効果」を付与したのだ。
つまり、このブレスレットを身に付けている限り、私の体への負担が少なくなるというわけである。
フランツが言うには、異界の門を塞ぐためには非常に多くの魔力を要するらしい。
恐らく、その門がある周辺は瘴気が濃いだろうし、長時間瘴気に当たり続ければ体調不良を起こす可能性も高い。
大事な任務の途中で体調を崩して続行できなくなることだけは、どうにか避けたいところだ。
試行錯誤の末、何とかそれを補助する役割を担ってくれそうなものに仕上がってくれたのは正直安心した。
「なるほど……魔力が込められたアクセサリーって、あまりたくさん身につけていると体に悪影響が出ますものね。その心配がないのは助かりますよね」
私が簡単に説明をすると、エマは興味深そうにブレスレットを眺め回していた。
「ええ。私も、それが心配だったので……」
そう返しつつも、私は苦笑する。
その懸念事項さえなければ、アクセサリーをたくさん付けた状態で今回の任務に赴いたのだが……。
しばらくの間、エマとそんな会話をしていると、やがて馬車がゆっくりと停車した。どうやら、鉱山の麓に到着したようだ。
外へ出ると、しんと静まりかえった広大な平地が広がっていた。綺麗に整備されているのは麓だけで、少し奥の方へ歩けば草花や低木が生い茂っている。
メルカ鉱山の入口まで歩いていくと──そこは以前来た時よりも禍々しい雰囲気を醸し出しており、私は思わず息を呑んだ。
それは他の三人も同様だったようで、皆一様に険しい表情を浮かべている。
鉱山に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
「寒いな……」
ジェイドがぼそりと呟く。確かに、先ほどから雪がぱらぱらと降り始めたせいか、かなり冷え込んでいるようだ。
幸いにも、今日は坑道内の照明が消えてしまうほど瘴気が濃くはない。
だから視界は良好だけれど、魔物の出没も予想されるので警戒を怠るわけにはいかない。
「皆さん、これを」
私は懐からある鉱石を取り出すと、それを三人にそれぞれ手渡した。
「これは?」
オリバーが不思議そうに首を傾げながらも尋ねてくる。
「火属性の魔力が籠もった鉱石を加工したものです。元々この石は発熱する性質を持っているのですが、体を温める道具として使うには少々力不足でして……。そこで、この鉱石に特別な加工を施すことで、より効果的に魔力を増幅する性質を付け加えてみたんです」
「なるほど……」
オリバーは興味深そうに鉱石を見つめると、それをぎゅっと握り締めた。
「確かに……これは温かいですね」
「実はこの発明品、クレイグさんから聞いた東洋の話をヒントに作ったんです。なんでも、東洋ではこうやって特殊な加工を施した火属性の魔力を持つ石のことを『懐炉』と呼んでいるそうですよ」
「カイロ、ですか……」
私の話に興味を持ったのか、エマが聞き馴染みのない単語を反芻するように呟く。
彼女は自分の懐に収まった鉱石の温かさを確かめながら、「確かに……これは便利ですね」と感心していた。
「確かに、暖を取るためにいちいち火属性の魔法を使うのは魔力の消費も激しいし、効率的とは言えないからな」
ジェイドも感心したように頷いている。
「コーデリア様。この発明品も、商品化したらきっと人気が出ますよ! 魔力を持たない人々にとっては、冬の救世主のような存在になるはずです」
エマはそう言って、目を輝かせた。
「ふふ、そうですね。上手くいけば良いのですが……」
私は苦笑しながらも、内心では商品化の可能性も視野に入れていた。
「──でも、それは無事異界の門を閉じてから、の話ですよね」
エマは表情を引き締めると、坑道の奥を見据える。
「そうですね……まずは、目の前の任務に集中しましょう」
そう言うと、三人は力強く頷いてくれた。
私たちは、周囲を警戒しつつも奥へと進んで行く。
今のところ、魔物らしき姿は確認できない。
地図を頼りに坑道を進んでいけば、やがて開けた空間に出た。
不思議なことに、ここに来るまでに一度も魔物に遭遇していない。なんだか、嫌な予感がする。
「フランツの話によると、この辺りに異界の門が出現しているはずなんだがな」
不意に、隣にいるジェイドが辺りを見回しながら言った。
「そうですね……でも、何もありませんね」
そう言って、首を傾げた瞬間──突如として、目の前に異空間へと続く禍々しい裂け目が出現する。
それは、まるで私達の声に呼応するように姿を現したのだった。
「……! 一体、どこから現れたんだ!?」
ジェイドが唖然とした様子で裂け目を見つめる。
「いや……多分、見えなかっただけでずっとここにあったんですよ。フランツさんが言っていたじゃないですか。『その門は、人知の及ぶ領域のものでは無い』って……」
エマが緊張した面持ちで言った。
「これが、異界の門……」
私は呆然と呟くと、目の前の裂け目をじっと見つめた。
この裂け目の向こうには、未知の世界が広がっているのだろう。
(……怖い)
足が竦むのが分かる。思わず後ずさりしたくなる気持ちを必死に抑えながら、私は静かに深呼吸をした。
その刹那──裂け目はまるで生き物のように蠢き始めた。そして、あたかも門であることを示すようにゆっくりとその口を開けたのだ。
空間の底知れぬ深みに呑み込まれるような錯覚を覚えて、私は思わず息を呑んだ。
やはりと言うべきか、門からは瘴気が漏れ出している。
「それでは……早速、門を閉じますね」
私は三人に向かってそう言うと、門に向かって手を翳した。
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普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。
だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。
カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。
些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。
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