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31.愛犬の捜索
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「おい、ビクトリア。いい加減、諦めたらどうだ?」
先頭を切って歩く妹に向かって、クリフは声をかける。
彼女は振り向きもせず「嫌よ!」と答えただけで、ずんずんと歩き続けた。この分では、何を言ったところで無駄なことは経験則で分かっている。
クリフは肩をすくめてから、自分の後ろを歩いているイザベルに視線を移した。
そう、彼女もまた、ビクトリアの暴走に巻き込まれた被害者の一人なのだ。
結局、クリフたちはビクトリアに押し切られる形でこの奇妙な旅に同行することになったのである。
「……まったく。なぜ俺まで迷子犬の捜索を手伝わなければならないんだ。そもそも、こんな広い町で迷子になった犬をどうやって探すつもりだ」
(大体、父上も父上だ。『可愛い妹のために一肌脱いでやれ』だなんて……)
そんなことを考えていると、不意にビクトリアが振り返った。
「ねえ、お兄様! お兄様はいなくなったペットを捜すのが得意でしょう!? また、昔みたいに見つけてほしいの!」
ビクトリアにそう言われ、クリフは昔を――自分がまだ幼かった頃を思い出した。
当時、ビクトリアは鳥を飼っていた。ある日、その鳥が鳥籠から逃げ出してしまい、ビクトリアは大泣きしてクリフに助けを求めてきたのだ。「ねえ、お兄様! 早く見つけて!」と急かされ、クリフは渋々鳥を捜し始めたのだが……結局、その鳥は近所で見つかったのだった。
(あの時は、本当に大変だったな……。というか、そもそもあの時鳥が見つかったのは偶然だったわけだしな。別に、捜すのが得意ってわけじゃ……)
期待に満ちた視線を投げかけてくるビクトリアを見て、クリフは小さく嘆息した。
ここで断ったところで彼女は納得しないだろう。それならば、素直に捜してしまった方が時間の短縮になる。
クリフは少し考える仕草を見せてから、「わかったよ」と短く言った。途端、ビクトリアの顔が綻ぶ。
「ありがとう、お兄様!」
やれやれと首を振るクリフに、イザベルはビクトリアに聞こえないような声音で謝罪してきた。
「クリフ様。この度は、私の不注意でクリフ様にまでご足労おかけしてしまい大変申し訳ありません……」
「別に。人間、誰しもミスはするものだ。だから、気にするな」
クリフは再び嘆息しつつ、前を歩く妹の後ろ姿を見つめる。
(大体、なぜあいつは昔からああなんだ……! 昔からそうだ! 俺が断れないのをいいことに……)
そう、クリフはビクトリアに頭が上がらないのである。
なぜなら、父が彼女を溺愛しているからだ。彼女の機嫌を損ねたら、クリフは父に何をされるかわからない。
だから、クリフはビクトリアの頼みを断れないのである。
クリフは伯爵家の長男であるが故に、幼い頃から英才教育を受けてきた。だから、それなりに厳しく躾けられていたのだ。
コーデリアのように虐待を受けていたわけではないのだが、クリフもまた自身とビクトリアとの扱いの差に不満を募らせて育った。
そのせいか、日頃から妹に対する劣等感が拭えなかったのだ。
だからこそ、その劣等感を埋めるようにもう一人の妹──コーデリアに辛く当たっていた。
クリフにとって、コーデリアはまさにストレスの捌け口だったのだ。
事あるごとにコーデリアを罵倒したし、時には暴力を振るうことさえあった。
そんな扱いを受けながらも抵抗しない彼女に、苛立ちすら覚えていた。
「闇雲に捜していても切りがない。まずは、情報を集めよう」
クリフがそう言うと、イザベルが「そうですね」と同意する。
それから、三人で手分けして情報収集をしたのだが──結果は芳しくなかった。
「……やはり、そう簡単には見つからないか」
クリフがそう呟くと、ビクトリアが癇癪を起こしたように叫んだ。
「もう! どうして見つからないのよ!」
「もしかしたら、既に誰かに拾われてしまったのかもしれませんね……」
イザベルの言葉に、ビクトリアは頬を膨らませた。
「そんなの、嫌! レオンは私のペットなのよ! 絶対に誰にも渡さないわ!」
そう言って再び歩き出そうとした時だった。突然、女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
クリフたちは顔を見合わせると、急いで悲鳴の元へと向かった。
すると、そこには地面に横たわる女性とその周りに集まる野次馬の姿があった。
「一体、何があったんだ?」
クリフが野次馬の一人にそう尋ねると、彼は興奮した様子で答えた。
「突然、野良犬があの女性を襲ったんだ!」
「野良犬だって?」
クリフは眉をひそめる。そして、すぐに倒れている女性の元へと駆け寄った。女性は血塗れの状態で意識を失っていた。
「これは酷いな……。この中に、治癒魔法を使える者はいるか?」
そう尋ねたものの、その場にいる誰もが首を横に振った。
クリフは当惑する。ラザフォード家は治癒魔法が使える家系ではないため、どうにもならない状況である。
「生憎、今日は瘴気が濃いもので……魔法を使おうとしても、上手く発動しないのです。それ以前に、我々のような平民の中には元々魔法を使える者が少ないですし……」
野次馬の一人が、眉尻を下げつつもそう答えた。
「そういえば……今、この地域では瘴気が蔓延しているんだったな」
ふと、クリフの頭に幼い頃に見たある光景がよぎる。
その日、クリフは邸の庭園を一人で探索していたのだが、その時に弱っている小鳥を介抱しているコーデリアを見かけたのだ。
きっと、怪我をして飛べなくなってしまったのだろう。コーデリアは、その小鳥を助けようと四苦八苦している様子だった。
しばらく木陰に隠れながら様子を窺っていると、信じられないことが起こった。
コーデリアが小鳥に手をかざすと、先程まで瀕死だった小鳥が突然元気になったのだ。
そして、小鳥は飛び立つとコーデリアの頭上を旋回し、まるで彼女に感謝しているかのように鳴いていた。
にわかには信じ難い光景だったが、今思えばあれは治癒魔法に似ていた。
(いや……そんなことは有り得ない)
クリフは首を横に振る。コーデリアは魔法が使えないはずだ。
それも、治癒魔法を難なく使うなんて、そんな夢物語みたいなことは起こりえるはずがない。
そんなことを考えていると、不意に背後からビクトリアの怒声が聞こえた。
「ねえ、あなた! 犬に襲われたのよね!? その犬の特徴を教えなさい! どんな犬だったの!?」
ビクトリアは、クリフを押しのけて女性に話しかける。
当然、女性は話せるような状態ではなかったのだが、ビクトリアは構わず続けた。
その鬼気迫る様子に、クリフは気圧されるように身を引いた。
すると、ビクトリアは血を流している女性を揺さぶって再び尋ねたのである。
「ねえ、早く教えて! その犬の特徴を!」
「お、おい……相手は怪我をしているんだぞ。そんな乱暴に……」
「うるさいわね! お兄様は黙ってて!」
ビクトリアはクリフの言葉を一蹴すると、女性に向けて叫んだ。
「さあ! 早く教えなさい!!」
ビクトリアは尚も女性を揺さぶり続ける。
すると、それを見かねたのか近くにいた男性が代わりに口を開いた。
「あ、あの……俺、見ました。金と青のオッドアイを持つ、綺麗な犬でした。見た目はとても賢そうだったので、人を襲うようには見えなかったんですけど……。というか、そもそも本物の犬かどうかもわかりません。獣化の病に罹った患者という可能性もありますし……」
「……! もしかして……」
ビクトリアはハッとした表情を浮かべると、不意に立ち上がった。
「その犬が逃げた方向を教えて!」
「ええと……あっちです」
男性が指さすと、ビクトリアはその方角に向かって走り出した。
「ビクトリア!? おい! 待て!」
クリフが呼び止めたものの、ビクトリアは振り返らずに走り続ける。
仕方なく、クリフたちは彼女の後を追いかけたのだった。
先頭を切って歩く妹に向かって、クリフは声をかける。
彼女は振り向きもせず「嫌よ!」と答えただけで、ずんずんと歩き続けた。この分では、何を言ったところで無駄なことは経験則で分かっている。
クリフは肩をすくめてから、自分の後ろを歩いているイザベルに視線を移した。
そう、彼女もまた、ビクトリアの暴走に巻き込まれた被害者の一人なのだ。
結局、クリフたちはビクトリアに押し切られる形でこの奇妙な旅に同行することになったのである。
「……まったく。なぜ俺まで迷子犬の捜索を手伝わなければならないんだ。そもそも、こんな広い町で迷子になった犬をどうやって探すつもりだ」
(大体、父上も父上だ。『可愛い妹のために一肌脱いでやれ』だなんて……)
そんなことを考えていると、不意にビクトリアが振り返った。
「ねえ、お兄様! お兄様はいなくなったペットを捜すのが得意でしょう!? また、昔みたいに見つけてほしいの!」
ビクトリアにそう言われ、クリフは昔を――自分がまだ幼かった頃を思い出した。
当時、ビクトリアは鳥を飼っていた。ある日、その鳥が鳥籠から逃げ出してしまい、ビクトリアは大泣きしてクリフに助けを求めてきたのだ。「ねえ、お兄様! 早く見つけて!」と急かされ、クリフは渋々鳥を捜し始めたのだが……結局、その鳥は近所で見つかったのだった。
(あの時は、本当に大変だったな……。というか、そもそもあの時鳥が見つかったのは偶然だったわけだしな。別に、捜すのが得意ってわけじゃ……)
期待に満ちた視線を投げかけてくるビクトリアを見て、クリフは小さく嘆息した。
ここで断ったところで彼女は納得しないだろう。それならば、素直に捜してしまった方が時間の短縮になる。
クリフは少し考える仕草を見せてから、「わかったよ」と短く言った。途端、ビクトリアの顔が綻ぶ。
「ありがとう、お兄様!」
やれやれと首を振るクリフに、イザベルはビクトリアに聞こえないような声音で謝罪してきた。
「クリフ様。この度は、私の不注意でクリフ様にまでご足労おかけしてしまい大変申し訳ありません……」
「別に。人間、誰しもミスはするものだ。だから、気にするな」
クリフは再び嘆息しつつ、前を歩く妹の後ろ姿を見つめる。
(大体、なぜあいつは昔からああなんだ……! 昔からそうだ! 俺が断れないのをいいことに……)
そう、クリフはビクトリアに頭が上がらないのである。
なぜなら、父が彼女を溺愛しているからだ。彼女の機嫌を損ねたら、クリフは父に何をされるかわからない。
だから、クリフはビクトリアの頼みを断れないのである。
クリフは伯爵家の長男であるが故に、幼い頃から英才教育を受けてきた。だから、それなりに厳しく躾けられていたのだ。
コーデリアのように虐待を受けていたわけではないのだが、クリフもまた自身とビクトリアとの扱いの差に不満を募らせて育った。
そのせいか、日頃から妹に対する劣等感が拭えなかったのだ。
だからこそ、その劣等感を埋めるようにもう一人の妹──コーデリアに辛く当たっていた。
クリフにとって、コーデリアはまさにストレスの捌け口だったのだ。
事あるごとにコーデリアを罵倒したし、時には暴力を振るうことさえあった。
そんな扱いを受けながらも抵抗しない彼女に、苛立ちすら覚えていた。
「闇雲に捜していても切りがない。まずは、情報を集めよう」
クリフがそう言うと、イザベルが「そうですね」と同意する。
それから、三人で手分けして情報収集をしたのだが──結果は芳しくなかった。
「……やはり、そう簡単には見つからないか」
クリフがそう呟くと、ビクトリアが癇癪を起こしたように叫んだ。
「もう! どうして見つからないのよ!」
「もしかしたら、既に誰かに拾われてしまったのかもしれませんね……」
イザベルの言葉に、ビクトリアは頬を膨らませた。
「そんなの、嫌! レオンは私のペットなのよ! 絶対に誰にも渡さないわ!」
そう言って再び歩き出そうとした時だった。突然、女性の悲鳴が聞こえてきたのだ。
クリフたちは顔を見合わせると、急いで悲鳴の元へと向かった。
すると、そこには地面に横たわる女性とその周りに集まる野次馬の姿があった。
「一体、何があったんだ?」
クリフが野次馬の一人にそう尋ねると、彼は興奮した様子で答えた。
「突然、野良犬があの女性を襲ったんだ!」
「野良犬だって?」
クリフは眉をひそめる。そして、すぐに倒れている女性の元へと駆け寄った。女性は血塗れの状態で意識を失っていた。
「これは酷いな……。この中に、治癒魔法を使える者はいるか?」
そう尋ねたものの、その場にいる誰もが首を横に振った。
クリフは当惑する。ラザフォード家は治癒魔法が使える家系ではないため、どうにもならない状況である。
「生憎、今日は瘴気が濃いもので……魔法を使おうとしても、上手く発動しないのです。それ以前に、我々のような平民の中には元々魔法を使える者が少ないですし……」
野次馬の一人が、眉尻を下げつつもそう答えた。
「そういえば……今、この地域では瘴気が蔓延しているんだったな」
ふと、クリフの頭に幼い頃に見たある光景がよぎる。
その日、クリフは邸の庭園を一人で探索していたのだが、その時に弱っている小鳥を介抱しているコーデリアを見かけたのだ。
きっと、怪我をして飛べなくなってしまったのだろう。コーデリアは、その小鳥を助けようと四苦八苦している様子だった。
しばらく木陰に隠れながら様子を窺っていると、信じられないことが起こった。
コーデリアが小鳥に手をかざすと、先程まで瀕死だった小鳥が突然元気になったのだ。
そして、小鳥は飛び立つとコーデリアの頭上を旋回し、まるで彼女に感謝しているかのように鳴いていた。
にわかには信じ難い光景だったが、今思えばあれは治癒魔法に似ていた。
(いや……そんなことは有り得ない)
クリフは首を横に振る。コーデリアは魔法が使えないはずだ。
それも、治癒魔法を難なく使うなんて、そんな夢物語みたいなことは起こりえるはずがない。
そんなことを考えていると、不意に背後からビクトリアの怒声が聞こえた。
「ねえ、あなた! 犬に襲われたのよね!? その犬の特徴を教えなさい! どんな犬だったの!?」
ビクトリアは、クリフを押しのけて女性に話しかける。
当然、女性は話せるような状態ではなかったのだが、ビクトリアは構わず続けた。
その鬼気迫る様子に、クリフは気圧されるように身を引いた。
すると、ビクトリアは血を流している女性を揺さぶって再び尋ねたのである。
「ねえ、早く教えて! その犬の特徴を!」
「お、おい……相手は怪我をしているんだぞ。そんな乱暴に……」
「うるさいわね! お兄様は黙ってて!」
ビクトリアはクリフの言葉を一蹴すると、女性に向けて叫んだ。
「さあ! 早く教えなさい!!」
ビクトリアは尚も女性を揺さぶり続ける。
すると、それを見かねたのか近くにいた男性が代わりに口を開いた。
「あ、あの……俺、見ました。金と青のオッドアイを持つ、綺麗な犬でした。見た目はとても賢そうだったので、人を襲うようには見えなかったんですけど……。というか、そもそも本物の犬かどうかもわかりません。獣化の病に罹った患者という可能性もありますし……」
「……! もしかして……」
ビクトリアはハッとした表情を浮かべると、不意に立ち上がった。
「その犬が逃げた方向を教えて!」
「ええと……あっちです」
男性が指さすと、ビクトリアはその方角に向かって走り出した。
「ビクトリア!? おい! 待て!」
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