24 / 58
24.言えない過去
しおりを挟む
コーデリアがクレイグの店と委託販売の契約をしてから、数週間が経過した。
毎日忙しなく働いているコーデリアを見て、ジェイドは嬉しく思う反面、少しだけ心配していた。
というのも、最近のコーデリアは以前にも増して熱心にランプ作りに勤しむようになったからだ。
(無理をしていないといいのだが……)
やり甲斐のある仕事を見つけたのは良いことだが、そのせいで体調を崩してしまっては元も子もない。
「うーん……」
寝返りを打ったコーデリアが、小さく唸る。
「何か悪い夢でも見ているのか……?」
ジェイドはそう呟きながら、ずれ落ちてしまったブランケットをそっとかけ直した。
すると、彼女は再び穏やかな寝息を立て始める。
(……まあ、今は見守るしかないか)
ジェイドは小さくため息をつくと、コーデリアの濡羽色の髪を優しく撫でた。
そして、そのまま手を下に滑らせると今度は彼女の頬に軽く触れる。
「んん……」
くすぐったかったのか、彼女は小さく声を漏らしたが、起きる気配はない。
(相変わらず、無防備だな)
そんな姿を見ていると、自然と笑みが零れた。
同時に、愛おしさが込み上げてくる。だが、ジェイドはその感情をぐっと抑える。
(まったく……本当に困ったものだな)
それは、自分自身に対しての言葉だった。
自分たちは、あくまでも契約結婚をした関係。それ以上でも、それ以下でもない。
それなのに、ジェイドはどうしようもないほどにコーデリアに惹かれてしまっている。
(この気持ちを伝えるつもりはないが……)
それでも、こうしてコーデリアの傍にいられるだけで幸せを感じているのは確かだった。
これからもずっと、彼女と共にありたいと思う。ジェイドは、そう強く願わずにはいられなかった。
──コーデリアのことを、もっと知りたい。
そう思うようになったのは、いつからだろうか。
というのも、以前彼女は自分の過去について語ってくれたのだが、どうも腑に落ちないことが多すぎてジェイドは未だにその真相を知らずにいたのである。
勿論、無理に聞き出すつもりはない。しかし、知りたいという気持ちは日に日に膨れ上がる一方だった。
(もしかしたら、コーディは俺が思っている以上に壮絶な過去を持っているのかもしれないな……)
そう思うと、居ても立っても居られなくなるのだが、やはり本人に直接尋ねることは躊躇われるわけで。
ジェイドとしても、どう対処すればいいのか分からない状態だった。そこで、ジェイドは一つの決断をする。
(……申し訳ないけれど、真実を確かめさせてもらおう)
そう考えたジェイドは、おもむろにコーデリアの頭に手を当てた。そして、彼女の頭の中に直接魔力を注ぎ込む。
これは、ウルス家の人間にしか使えない記憶干渉魔法だ。相手の脳内に干渉し、記憶を盗み見ることができるのである。
「……すまない、コーディ」
そう呟き、ジェイドは慎重に魔法を展開させる。しばらくすると、ぼんやりとした情景が脳裏に浮かんできた。
そこにはコーデリアの幼少期の姿がある。どうやら、使用人らしき者と一緒に歩いているようだ。
やがて、物置きのような場所に到着すると使用人が扉を開けた。
次の瞬間──その使用人は、あろうことかコーデリアの背中を押しドンッと突き飛ばしたのだ。
(なっ……!?)
そして、扉は勢いよく閉まる。
扉の向こうから聞こえるのは、ガチャンという施錠したであろう重々しい音のみ。
(どういうことだ……?)
ジェイドは動揺しつつも、コーデリアの記憶に干渉し続ける。
「怖い……怖いよ……」
彼女は震えながら、その場にうずくまっていた。ジェイドは信じられない思いでその光景に見入る。
「どうして、こんなことをするの……?」
「お嬢様が悪いんですよ。旦那様を困らせてばかりいるから……」
扉の向こうから、嘲笑うような使用人の声が聞こえてくる。
「ねえ、イザベル! お願い、ここから出して! 私、いい子になるから……!」
イザベル、というのは使用人の名前だろうか。必死に叫ぶコーデリアだったが、その声に返答はない。
ジェイドは「きっとこれは何かの間違いだ」と、そう思いたかった。しかし、彼女の悲痛な表情と、使用人が見せた醜悪な笑顔からその希望は打ち砕かれてしまう。
これが紛れもない事実だというのは明らかだった。コーデリアが受けた絶望の片鱗を垣間見た瞬間である。
──そんな記憶を見たジェイドの心は、ひどく掻き乱されていた。
邸に来た当初、コーデリアは明らかに平均より痩せていた。「随分と細い娘だな」と思ったものの、当時はそこまで気に留めてはいなかった。
だが、今思えば幼少期から家族や使用人に虐げられ、満足な食事も与えられていなかったのだろう。
以前、彼女が自身の過去について語った時。あの時は暴力や暴言があったことには触れず、ただ「家族から疎まれていたせいで冷遇されていた。いないものとして扱われていた」と、そう話していた。
そう、彼女は嘘をついていたのだ。恐らく、心配をかけまいとしたのだろう。
──しかし、その嘘はジェイドの心を深く抉った。
コーデリアは、家族からの愛情を知らずに育ってきたのだ。彼女の過去や心情から察するに、それは決して幸福なものではなかったのだろう。
そして彼女は、そんな過去をひた隠しにして生きてきたのだ。それを知ってしまったジェイドは、どうしようもない罪悪感に苛まれたのだった。
(……俺は、今まで何を見ていたんだ)
そんな思いが頭の中を埋め尽くす中、ジェイドは静かに拳を握りしめた。
そして、コーデリアが受けた仕打ちに対して激しい怒りを覚えると同時に、ある決意を固めたのだった。
(もうこれ以上、彼女を傷付けさせはしない。……絶対に)
毎日忙しなく働いているコーデリアを見て、ジェイドは嬉しく思う反面、少しだけ心配していた。
というのも、最近のコーデリアは以前にも増して熱心にランプ作りに勤しむようになったからだ。
(無理をしていないといいのだが……)
やり甲斐のある仕事を見つけたのは良いことだが、そのせいで体調を崩してしまっては元も子もない。
「うーん……」
寝返りを打ったコーデリアが、小さく唸る。
「何か悪い夢でも見ているのか……?」
ジェイドはそう呟きながら、ずれ落ちてしまったブランケットをそっとかけ直した。
すると、彼女は再び穏やかな寝息を立て始める。
(……まあ、今は見守るしかないか)
ジェイドは小さくため息をつくと、コーデリアの濡羽色の髪を優しく撫でた。
そして、そのまま手を下に滑らせると今度は彼女の頬に軽く触れる。
「んん……」
くすぐったかったのか、彼女は小さく声を漏らしたが、起きる気配はない。
(相変わらず、無防備だな)
そんな姿を見ていると、自然と笑みが零れた。
同時に、愛おしさが込み上げてくる。だが、ジェイドはその感情をぐっと抑える。
(まったく……本当に困ったものだな)
それは、自分自身に対しての言葉だった。
自分たちは、あくまでも契約結婚をした関係。それ以上でも、それ以下でもない。
それなのに、ジェイドはどうしようもないほどにコーデリアに惹かれてしまっている。
(この気持ちを伝えるつもりはないが……)
それでも、こうしてコーデリアの傍にいられるだけで幸せを感じているのは確かだった。
これからもずっと、彼女と共にありたいと思う。ジェイドは、そう強く願わずにはいられなかった。
──コーデリアのことを、もっと知りたい。
そう思うようになったのは、いつからだろうか。
というのも、以前彼女は自分の過去について語ってくれたのだが、どうも腑に落ちないことが多すぎてジェイドは未だにその真相を知らずにいたのである。
勿論、無理に聞き出すつもりはない。しかし、知りたいという気持ちは日に日に膨れ上がる一方だった。
(もしかしたら、コーディは俺が思っている以上に壮絶な過去を持っているのかもしれないな……)
そう思うと、居ても立っても居られなくなるのだが、やはり本人に直接尋ねることは躊躇われるわけで。
ジェイドとしても、どう対処すればいいのか分からない状態だった。そこで、ジェイドは一つの決断をする。
(……申し訳ないけれど、真実を確かめさせてもらおう)
そう考えたジェイドは、おもむろにコーデリアの頭に手を当てた。そして、彼女の頭の中に直接魔力を注ぎ込む。
これは、ウルス家の人間にしか使えない記憶干渉魔法だ。相手の脳内に干渉し、記憶を盗み見ることができるのである。
「……すまない、コーディ」
そう呟き、ジェイドは慎重に魔法を展開させる。しばらくすると、ぼんやりとした情景が脳裏に浮かんできた。
そこにはコーデリアの幼少期の姿がある。どうやら、使用人らしき者と一緒に歩いているようだ。
やがて、物置きのような場所に到着すると使用人が扉を開けた。
次の瞬間──その使用人は、あろうことかコーデリアの背中を押しドンッと突き飛ばしたのだ。
(なっ……!?)
そして、扉は勢いよく閉まる。
扉の向こうから聞こえるのは、ガチャンという施錠したであろう重々しい音のみ。
(どういうことだ……?)
ジェイドは動揺しつつも、コーデリアの記憶に干渉し続ける。
「怖い……怖いよ……」
彼女は震えながら、その場にうずくまっていた。ジェイドは信じられない思いでその光景に見入る。
「どうして、こんなことをするの……?」
「お嬢様が悪いんですよ。旦那様を困らせてばかりいるから……」
扉の向こうから、嘲笑うような使用人の声が聞こえてくる。
「ねえ、イザベル! お願い、ここから出して! 私、いい子になるから……!」
イザベル、というのは使用人の名前だろうか。必死に叫ぶコーデリアだったが、その声に返答はない。
ジェイドは「きっとこれは何かの間違いだ」と、そう思いたかった。しかし、彼女の悲痛な表情と、使用人が見せた醜悪な笑顔からその希望は打ち砕かれてしまう。
これが紛れもない事実だというのは明らかだった。コーデリアが受けた絶望の片鱗を垣間見た瞬間である。
──そんな記憶を見たジェイドの心は、ひどく掻き乱されていた。
邸に来た当初、コーデリアは明らかに平均より痩せていた。「随分と細い娘だな」と思ったものの、当時はそこまで気に留めてはいなかった。
だが、今思えば幼少期から家族や使用人に虐げられ、満足な食事も与えられていなかったのだろう。
以前、彼女が自身の過去について語った時。あの時は暴力や暴言があったことには触れず、ただ「家族から疎まれていたせいで冷遇されていた。いないものとして扱われていた」と、そう話していた。
そう、彼女は嘘をついていたのだ。恐らく、心配をかけまいとしたのだろう。
──しかし、その嘘はジェイドの心を深く抉った。
コーデリアは、家族からの愛情を知らずに育ってきたのだ。彼女の過去や心情から察するに、それは決して幸福なものではなかったのだろう。
そして彼女は、そんな過去をひた隠しにして生きてきたのだ。それを知ってしまったジェイドは、どうしようもない罪悪感に苛まれたのだった。
(……俺は、今まで何を見ていたんだ)
そんな思いが頭の中を埋め尽くす中、ジェイドは静かに拳を握りしめた。
そして、コーデリアが受けた仕打ちに対して激しい怒りを覚えると同時に、ある決意を固めたのだった。
(もうこれ以上、彼女を傷付けさせはしない。……絶対に)
53
お気に入りに追加
2,543
あなたにおすすめの小説
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
婚活したい魔王さま(コブつき)を、わたしが勝手にぷろでゅーす! ~不幸を望まれた人質幼女が、魔王国の宝になるまで~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
人間の国の王女の一人だったリコリス(7歳)は、王妃さまの策略により、病死した母(側妃)の葬儀の後すぐに、残忍な魔族たちの住まう敵国・魔王国に人質代わりに送られてしまった。
しかしリコリスは悲観しない。お母さまのようなカッコいい『大人のレディー』になるべく、まだ子どもで非力な自分がどうすれば敵国で生きて行けるかを一生懸命に考え――。
「わたしが王さまをモッテモテにします!!」
お母さま直伝の『愛され十か条』を使って、「結婚したい」と思っている魔王さまの願いを叶えるお手伝いをする。
人間の国からきた人質王女・リコリス、どうやら『怠け者だった国王を改心させた才女』だったらしい今は亡きお母さまの教えに従い、魔王様をモッテモテにするべく、少し不穏な魔王城内をあっちこっちと駆け回りながら『大人のレディ』を目指します!!
※カクヨムで先行配信中です。
フェンリルに育てられた転生幼女は『創作魔法』で異世界を満喫したい!
荒井竜馬
ファンタジー
旧題:フェンリルに育てられた転生幼女。その幼女はフェンリル譲りの魔力と力を片手に、『創作魔法』で料理をして異世界を満喫する。
赤ちゃんの頃にフェンリルに拾われたアン。ある日、彼女は冒険者のエルドと出会って自分が人間であることを知る。
アンは自分のことを本気でフェンリルだと思い込んでいたらしく、自分がフェンリルではなかったことに強い衝撃を受けて前世の記憶を思い出した。そして、自分が異世界からの転生者であることに気づく。
その記憶を思い出したと同時に、昔はなかったはずの転生特典のようなスキルを手に入れたアンは人間として生きていくために、エルドと共に人里に降りることを決める。
そして、そこには育ての父であるフェンリルのシキも同伴することになり、アンは育ての父であるフェンリルのシキと従魔契約をすることになる。
街に下りたアンは、そこで異世界の食事がシンプル過ぎることに着眼して、『創作魔法』を使って故郷の調味料を使った料理を作ることに。
しかし、その調味料は魔法を使って作ったこともあり、アンの作った調味料を使った料理は特別な効果をもたらす料理になってしまう。
魔法の調味料を使った料理で一儲け、温かい特別な料理で人助け。
フェンリルに育てられた転生幼女が、気ままに異世界を満喫するそんなお話。
※ツギクルなどにも掲載しております。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
神隠し令嬢は騎士様と幸せになりたいんです
珂里
ファンタジー
ある日、5歳の彩菜は突然神隠しに遭い異世界へ迷い込んでしまう。
そんな迷子の彩菜を助けてくれたのは王国の騎士団長だった。元の世界に帰れない彩菜を、子供のいない団長夫婦は自分の娘として育ててくれることに……。
日本のお父さんお母さん、会えなくて寂しいけれど、彩菜は優しい大人の人達に助けられて毎日元気に暮らしてます!
もふもふ精霊騎士団のトリマーになりました
深凪雪花
ファンタジー
トリマーとして働く貧乏伯爵令嬢レジーナは、ある日仕事をクビになる。意気消沈して帰宅すると、しかし精霊騎士である兄のクリフから精霊騎士団の専属トリマーにならないかという誘いの手紙が届いていて、引き受けることに。
レジーナが配属されたのは、八つある隊のうちの八虹隊という五人が所属する隊。しかし、八虹隊というのは実はまだ精霊と契約を結べずにいる、いわゆる落ちこぼれ精霊騎士が集められた隊で……?
個性豊かな仲間に囲まれながら送る日常のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる