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2.真実
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「ねえ! そんなことよりも聞いて頂戴よ!」
突然、ビクトリアは大きな声で叫ぶようにそう言った。
気圧されて呆然としている私を見て、彼女はくすりと笑う。
「実は私、王太子殿下の婚約者になったの!」
「え……?」
「この間、夜会でユリアン王太子殿下からダンスのお誘いを受けてね。その場で、プロポーズされたのよ。まさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ!」
「そ、そうなのね……。おめでとう。でも、どうしてそれを私に教えたの?」
そう尋ねると、ビクトリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そして、得意げに語り出す。
「決まっているでしょう? 可哀想な妹に、幸せのおすそ分けをしたかったからよ」
その言葉に、私は顔を引きつらせた。
つまり、優越感に浸るためにわざわざそれを私に伝えたということだろうか。
「私は王太子殿下から求婚を受けたというのに、あなたは猛獣公爵と揶揄される殿方と結婚させられようとしている──人生って不公平よねぇ? でも、それも全部あなたが役立たずで無能だからいけないのよ? 私みたいに才能に恵まれていたら、こんなことにはならなかったのにね! あははははは!」
ビクトリアは、そう言ってけたたましく笑った。
そんな姉の姿を見ていると、吐き気がしてくる。
「ああ、本当に愉快だわ! まあ、精々、猛獣公爵に怯えながら夜な夜な一人で枕でも濡らし続けることね!」
そう言い残し、彼女は満足げな表情を浮かべて去っていく。
一人取り残された私は、地面に崩れ落ちるようにして座り込む。
そんな私を、何故かレオンは何度も振り返りながら気にしていた。
(犬にすら心配されてしまうなんて……)
己の不甲斐なさと無力さに苛立ち、奥歯を噛み締める。だが同時に、もう何もかも諦めたいという気持ちもあった。
私はただひたすら、自分の境遇を受け入れようとしていた。
それからしばらくすると、辺りが薄暗くなってきた。
「……帰らないと」
私はよろめきながらも立ち上がり、邸へと戻ることにした。
邸に入ると、使用人たちの好奇に満ちた視線が突き刺さる。
皆、今後私がどんな目に遭うのか想像して楽しんでいるのだろう。
「あら、コーデリアお嬢様。お散歩に行かれていたのですか?」
廊下を歩いていると、前方から歩いてきたイザベルがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「……え、ええ」
「それでは、夕食の準備ができましたらお呼び致しますので」
彼女はそれだけ言い残すと、再びどこかへ歩いて行った。
***
縁談を申し込まれてから、数日が経った。
その日──いつにも増して憂鬱だった私は、気分転換をするために王都の図書館に足を運んでいた。しかし、思うように読書が捗らず溜息をつく。
窓の外を見ると、どんよりとした曇り空が広がっていた。そのせいか、外は昼間だというのにも関わらず少し薄暗い。
ふと、ビクトリアの顔が頭をよぎる。同時に憂鬱な気分になり、私は慌てて首を横に振った。
「……別の本を探そう」
そう呟いて席を立つ。
館内を歩いていると、ふとある本が目に止まった。
それは『動物図鑑』と書かれた本だった。何気なく手に取ってパラパラとページを捲ると、様々な種類の動物の絵が載っている。
狼や熊、虎などの猛獣類は勿論のこと、鹿や馬といった草食系の生き物も載っていた。
(そういえば、ジェイド様は猛獣の姿をしていると言っていたわね……一体、どんな姿なのかしら)
そう考えていると、不意にある動物の絵が目に入った。そこに描かれていたのは大きな体躯と鋭い牙を持った凶暴な生き物──真っ白な毛を持つ熊だった。
その姿に思わずハッとする。その熊を見た瞬間、なぜだか胸が高鳴るような感覚に陥ったのだ。
(なんだろう、この気持ち……なんだか、凄く落ち着く)
しばらくの間、私はじっとその熊の絵を見つめ続けていた。
「とりあえず、借りておこう。他にも、何冊か借りていこうかな」
私は次々と本を物色していく。そして、気づけば歴史関連の棚の前で足を止めていた。
ふと、ある本のタイトルが目に飛び込んでくる。
本の見出しには、『世界の風変わりな儀式』と書いてある。
「これは……」
私は吸い寄せられるように、その本に手を伸ばす。
手に取ると、意外と厚みのある本だった。表紙は革製で、金箔が施された美しいデザインをしている。
本を開いてみた。どうやら、世界各国で行われている奇妙な儀式を紹介しているらしい。中には眉唾物の儀式もあったが、とても興味深い内容も含まれていた。
「え……?」
夢中になって本を読み進めていた私は、あるページで指を止める。そして、そのまま硬直した。
そのページに書かれていた内容を要約すると──
今から数百年前、一部の地域では悪魔召喚が盛んに行われていたらしい。生贄を使って悪魔を呼び出した彼らは、様々な悪行を重ねたという。
中でも最も忌み嫌われていたのは、「人身御供の儀」と呼ばれるものだった。
その名の通り、生きた人間を生贄として捧げるという行為のことである。
当時の風習としてはごく普通のことだったようだが、当然現代においてこのような非人道的な儀式が行われることは許されない。
だがその一方で、現代でもなお、一部では秘密裏に行われているのだとか。
生贄となる人間には、予め『降霊の儀』であると嘘を教えておくのだという。さも安全かのような話をして、儀式を行わせるのだ。
そこまで読んで、ふと私はあることに気づく。
(あれ? これって、ラザフォード家に代々伝わる儀式に似ていない……?)
最初は、どこか遠い国で実際に行われていた儀式なのだと思っていた。
しかし……よく考えると、ラザフォード家で行われている儀式の内容と酷似していることに気がついたのである。
その瞬間、全身の血の気が引いた。
(ま、まさか……)
心臓が早鐘のように鳴り響き、呼吸が苦しくなる。私は恐ろしくなって本を閉じると、元の場所に戻す。
その後もしばらくは館内にいたのだが、全く読書に集中できなかった。
結局、私は何も借りることなく図書館を後にすることとなった。
そして、邸へと戻った私はベッドに横になった。
先ほど読んだ本の内容を頭の中で反覆させながら、大きく息を吐く。
(もしあの時、儀式が成功していたら──私は、死んでいたのかも……)
ゾッとしながら、思わず両腕で自分の体を抱きしめた。……が、同時に怒りや憎悪といった激しい感情が湧き上がってくる。
儀式さえうまくいけば、お父様やお母様から認めてもらえると思っていた。でも、それはとんだ見当違いだったようだ。
(家族からどう思われようが、もうどうでもいい)
不意に、自分の中で何かが吹っ切れた。なぜなら、自分は誰からも望まれていない存在だから。
そう思うと同時に、私は無意識のうちに笑っていた。
邸に戻ると、すぐにイザベルが呼びに来た。どうやら、夕食の時間らしい。
(どうして、私まで一緒に……?)
そう思い、私は首を傾げる。というのも、私はいつも家族とは別々に食事をとらされていたからだ。
それも、毎回残り物である。今朝、イザベルが持ってきた朝食だって使用人が食べるまかないだった。
これは何かあるに違いない。そう思いつつも、食堂へと向かうと──既にそこには両親、ビクトリア、そして兄であるクリフが席について待っていた。
「遅いぞ、コーデリア」
クリフが不機嫌そうな表情を浮かべながら言った。そんな彼を無視して、私は席につく。
長いダイニングテーブルに並んでいるのは、豪華な料理の数々だった。
怪訝に思いながらも席に着くと、上座にいる父が口を開いた。
「コーデリア。お前が嫁ぐ日についてだが……実は、先方から『できる限り早いほうがいい』という旨の連絡があってな。急遽、来週に決まった」
「え……?」
お父様の言葉を聞いて、私は唖然とする。
一般的に、貴族令嬢の結婚は十八を過ぎてから行うものだ。
いくらなんでも、急すぎるのではないかと思った。
(まだ、心の準備もできていないのに……)
そう思った瞬間、私の脳裏にあの噂がよぎった。
──心まで猛獣になってしまった公爵は、密かに人間を食べている。そして、その血肉を食すことで、己の力と寿命を保っているのだと。
もしそれが事実なら、私は──。
「そ、それはあまりにも早すぎます!」
思わず抗議の声を上げると、お母様が冷たく言い放った。
「お黙りなさい。これはもう決定事項なのです」
そう言われ、私は押し黙った。さしずめ、この豪華な夕食は最後の晩餐といったところだろうか。
私は密かに自嘲すると、ゆっくりと口を開く。
「……仰せのままに」
そう答えると、私は黙々と目の前の食事を口に運んだ。
急に聞き分けが良くなった私を見て、彼らは少し驚いていた。
突然、ビクトリアは大きな声で叫ぶようにそう言った。
気圧されて呆然としている私を見て、彼女はくすりと笑う。
「実は私、王太子殿下の婚約者になったの!」
「え……?」
「この間、夜会でユリアン王太子殿下からダンスのお誘いを受けてね。その場で、プロポーズされたのよ。まさか、こんなことになるなんて夢にも思わなかったわ!」
「そ、そうなのね……。おめでとう。でも、どうしてそれを私に教えたの?」
そう尋ねると、ビクトリアは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。そして、得意げに語り出す。
「決まっているでしょう? 可哀想な妹に、幸せのおすそ分けをしたかったからよ」
その言葉に、私は顔を引きつらせた。
つまり、優越感に浸るためにわざわざそれを私に伝えたということだろうか。
「私は王太子殿下から求婚を受けたというのに、あなたは猛獣公爵と揶揄される殿方と結婚させられようとしている──人生って不公平よねぇ? でも、それも全部あなたが役立たずで無能だからいけないのよ? 私みたいに才能に恵まれていたら、こんなことにはならなかったのにね! あははははは!」
ビクトリアは、そう言ってけたたましく笑った。
そんな姉の姿を見ていると、吐き気がしてくる。
「ああ、本当に愉快だわ! まあ、精々、猛獣公爵に怯えながら夜な夜な一人で枕でも濡らし続けることね!」
そう言い残し、彼女は満足げな表情を浮かべて去っていく。
一人取り残された私は、地面に崩れ落ちるようにして座り込む。
そんな私を、何故かレオンは何度も振り返りながら気にしていた。
(犬にすら心配されてしまうなんて……)
己の不甲斐なさと無力さに苛立ち、奥歯を噛み締める。だが同時に、もう何もかも諦めたいという気持ちもあった。
私はただひたすら、自分の境遇を受け入れようとしていた。
それからしばらくすると、辺りが薄暗くなってきた。
「……帰らないと」
私はよろめきながらも立ち上がり、邸へと戻ることにした。
邸に入ると、使用人たちの好奇に満ちた視線が突き刺さる。
皆、今後私がどんな目に遭うのか想像して楽しんでいるのだろう。
「あら、コーデリアお嬢様。お散歩に行かれていたのですか?」
廊下を歩いていると、前方から歩いてきたイザベルがニヤニヤしながら話しかけてきた。
「……え、ええ」
「それでは、夕食の準備ができましたらお呼び致しますので」
彼女はそれだけ言い残すと、再びどこかへ歩いて行った。
***
縁談を申し込まれてから、数日が経った。
その日──いつにも増して憂鬱だった私は、気分転換をするために王都の図書館に足を運んでいた。しかし、思うように読書が捗らず溜息をつく。
窓の外を見ると、どんよりとした曇り空が広がっていた。そのせいか、外は昼間だというのにも関わらず少し薄暗い。
ふと、ビクトリアの顔が頭をよぎる。同時に憂鬱な気分になり、私は慌てて首を横に振った。
「……別の本を探そう」
そう呟いて席を立つ。
館内を歩いていると、ふとある本が目に止まった。
それは『動物図鑑』と書かれた本だった。何気なく手に取ってパラパラとページを捲ると、様々な種類の動物の絵が載っている。
狼や熊、虎などの猛獣類は勿論のこと、鹿や馬といった草食系の生き物も載っていた。
(そういえば、ジェイド様は猛獣の姿をしていると言っていたわね……一体、どんな姿なのかしら)
そう考えていると、不意にある動物の絵が目に入った。そこに描かれていたのは大きな体躯と鋭い牙を持った凶暴な生き物──真っ白な毛を持つ熊だった。
その姿に思わずハッとする。その熊を見た瞬間、なぜだか胸が高鳴るような感覚に陥ったのだ。
(なんだろう、この気持ち……なんだか、凄く落ち着く)
しばらくの間、私はじっとその熊の絵を見つめ続けていた。
「とりあえず、借りておこう。他にも、何冊か借りていこうかな」
私は次々と本を物色していく。そして、気づけば歴史関連の棚の前で足を止めていた。
ふと、ある本のタイトルが目に飛び込んでくる。
本の見出しには、『世界の風変わりな儀式』と書いてある。
「これは……」
私は吸い寄せられるように、その本に手を伸ばす。
手に取ると、意外と厚みのある本だった。表紙は革製で、金箔が施された美しいデザインをしている。
本を開いてみた。どうやら、世界各国で行われている奇妙な儀式を紹介しているらしい。中には眉唾物の儀式もあったが、とても興味深い内容も含まれていた。
「え……?」
夢中になって本を読み進めていた私は、あるページで指を止める。そして、そのまま硬直した。
そのページに書かれていた内容を要約すると──
今から数百年前、一部の地域では悪魔召喚が盛んに行われていたらしい。生贄を使って悪魔を呼び出した彼らは、様々な悪行を重ねたという。
中でも最も忌み嫌われていたのは、「人身御供の儀」と呼ばれるものだった。
その名の通り、生きた人間を生贄として捧げるという行為のことである。
当時の風習としてはごく普通のことだったようだが、当然現代においてこのような非人道的な儀式が行われることは許されない。
だがその一方で、現代でもなお、一部では秘密裏に行われているのだとか。
生贄となる人間には、予め『降霊の儀』であると嘘を教えておくのだという。さも安全かのような話をして、儀式を行わせるのだ。
そこまで読んで、ふと私はあることに気づく。
(あれ? これって、ラザフォード家に代々伝わる儀式に似ていない……?)
最初は、どこか遠い国で実際に行われていた儀式なのだと思っていた。
しかし……よく考えると、ラザフォード家で行われている儀式の内容と酷似していることに気がついたのである。
その瞬間、全身の血の気が引いた。
(ま、まさか……)
心臓が早鐘のように鳴り響き、呼吸が苦しくなる。私は恐ろしくなって本を閉じると、元の場所に戻す。
その後もしばらくは館内にいたのだが、全く読書に集中できなかった。
結局、私は何も借りることなく図書館を後にすることとなった。
そして、邸へと戻った私はベッドに横になった。
先ほど読んだ本の内容を頭の中で反覆させながら、大きく息を吐く。
(もしあの時、儀式が成功していたら──私は、死んでいたのかも……)
ゾッとしながら、思わず両腕で自分の体を抱きしめた。……が、同時に怒りや憎悪といった激しい感情が湧き上がってくる。
儀式さえうまくいけば、お父様やお母様から認めてもらえると思っていた。でも、それはとんだ見当違いだったようだ。
(家族からどう思われようが、もうどうでもいい)
不意に、自分の中で何かが吹っ切れた。なぜなら、自分は誰からも望まれていない存在だから。
そう思うと同時に、私は無意識のうちに笑っていた。
邸に戻ると、すぐにイザベルが呼びに来た。どうやら、夕食の時間らしい。
(どうして、私まで一緒に……?)
そう思い、私は首を傾げる。というのも、私はいつも家族とは別々に食事をとらされていたからだ。
それも、毎回残り物である。今朝、イザベルが持ってきた朝食だって使用人が食べるまかないだった。
これは何かあるに違いない。そう思いつつも、食堂へと向かうと──既にそこには両親、ビクトリア、そして兄であるクリフが席について待っていた。
「遅いぞ、コーデリア」
クリフが不機嫌そうな表情を浮かべながら言った。そんな彼を無視して、私は席につく。
長いダイニングテーブルに並んでいるのは、豪華な料理の数々だった。
怪訝に思いながらも席に着くと、上座にいる父が口を開いた。
「コーデリア。お前が嫁ぐ日についてだが……実は、先方から『できる限り早いほうがいい』という旨の連絡があってな。急遽、来週に決まった」
「え……?」
お父様の言葉を聞いて、私は唖然とする。
一般的に、貴族令嬢の結婚は十八を過ぎてから行うものだ。
いくらなんでも、急すぎるのではないかと思った。
(まだ、心の準備もできていないのに……)
そう思った瞬間、私の脳裏にあの噂がよぎった。
──心まで猛獣になってしまった公爵は、密かに人間を食べている。そして、その血肉を食すことで、己の力と寿命を保っているのだと。
もしそれが事実なら、私は──。
「そ、それはあまりにも早すぎます!」
思わず抗議の声を上げると、お母様が冷たく言い放った。
「お黙りなさい。これはもう決定事項なのです」
そう言われ、私は押し黙った。さしずめ、この豪華な夕食は最後の晩餐といったところだろうか。
私は密かに自嘲すると、ゆっくりと口を開く。
「……仰せのままに」
そう答えると、私は黙々と目の前の食事を口に運んだ。
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