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「彼女がこの世界に転移してきたのは、今から三年前。その頃には既に私のエクレール魔法学園への入学は決まっていましたから、一先ず入学が取り消されることはありませんでしたが……王太子殿下からは、婚約の解消とともに聖女としての解職を言い渡されました。そして、口止め料なのか知りませんが、その後すぐに『ナツミの力はこの国にとって必要なんだ。どうか、わかってくれ』と大金を積まれました。でも、謹んで受け取りを拒否させていただきました。……お金でどうにかなる問題ではありませんでしたから」
ベルタは抑揚のない声でそう言った。
「一時期は、真実を白日の下に晒すことも考えました。でも、結局できませんでした。私が勝手な真似をすれば、家族に被害が及びかねなかったからです。それに、豹変した王太子殿下から『牢屋にぶち込まれたくないなら、あの話は墓場まで持っていけ』と脅迫されていましたし……」
「脅迫……? あの温厚な王太子殿下が……?」
「はい」
にわかには信じ難かったが、ヒューゴはそのままベルタの話に耳を傾ける。
「入学式を目前に控えたある日。突然、頭の中に誰かの声が響きました。それが、神の声だと気づくのにそう時間はかかりませんでした。直感でわかったので。神は私にこう告げました。『何故、聖女としての責務を全うしないのですか。私はあなたを見込んで力を授けたのですよ。神に背いた罰を受けなさい』と。次の瞬間、私は顔面に激痛を感じ──気づけば、この世のものとは思えないほど醜く、かつ恐ろしい顔へと変貌していたのです。それ以来、私は素顔を隠すために仮面を被るようになりました」
ヒューゴはごくりと固唾を呑んだ。
今の話が本当なら、この仮面の下には……。
「それからというものの、私は毎日泣いて過ごしました。何故、自分だけがこんな目に遭わなければいけないのか──運命をひたすら呪いました。でも、暫くして転機が訪れたんです」
「転機……?」
「はい。ある時、私は人里に迷い込んだコウモリ型の魔物に襲われました。その際、不意を突かれたため少し血を吸われてしまいましたが……無事倒してなんとか事なきを得ました。そして、戦闘を終えた後、ふと魔物の死体に視線を移すと──」
ベルタの声が徐々に明るくなっていく。
その様がなんだか狂気じみていて、ヒューゴは少し後ずさってしまった。
「顔が醜く変形していたんです。これ、どういうことかわかりますか? ヒューゴ様」
「え……?」
質問を受け、ヒューゴは思いあぐねる。
敵はコウモリ型の魔物で、吸血を得意とする。そして、その魔物は彼女の血を吸った。
ということは──
「君の血を吸ったから、魔物の顔が変形したのか……?」
「ご名答。流石、ヒューゴ様です。そう、あの魔物は私という罪人に流れる穢れた血を吸ったせいで顔が醜く変形してしまったんですよ」
「……!」
「でも、それだけじゃなかったんです。もしやと思った私は、すぐに持っていた手鏡で自分の顔を確認してみました。そしたら、ほんの少しだけ顔がマシになっていたんです」
「なっ……」
「どうやら、私の血を飲んだ者は、私と同じように醜く恐ろしい顔に変形してしまうようなんです。しかも、不思議なことに魔物に血を飲ませる度に私の顔はだんだん元の顔に戻っていくみたいで……」
ヒューゴは嬉々とした様子で語るベルタが恐ろしくなった。
けれど、何故か話に聞き入ってしまう。
「も、もしかして……人間に飲ませたりとかは……」
尋ねると、ベルタは小さく笑う。
「ふふっ、そんなことしていませんよ。……今はまだ、ね」
今はまだ──と、やっと聞こえるか聞こえないかほどの声でベルタがそう付け加えたのを聞いて、ヒューゴは戦慄した。
ふと、視界の端にシャルル王太子とナツミの姿が映る。
さっきまでダンスに夢中になっていた生徒たちは、いつの間にか踊るのを止めて二人に注目していた。
どうやら、王太子がこれから何か大事な話をするらしい。
「皆も知っての通り、私とナツミは三年前から婚約している。それで──予定より少し早いが、卒業後すぐに婚礼の儀を執り行うことにした。この場を借りて、そのことを報告させてもらう」
その発表と同時に、会場内に拍手が巻き起こる。
ベルタとしては、きっと複雑だろう。そう思い、彼女のほうに視線を戻すと。
「あら、結婚ですって。おめでたいですわね」
ベルタが感情のこもっていない声でそう言うので、ヒューゴはどう反応したらいいかわからなかった。
「皆のお陰で今日を迎えられたことを感謝する。──それでは、乾杯!」
グラス片手に王太子がそう言った。
その声と同時に、生徒たちは自身が持っているグラスを高く掲げる。
──乾杯!
二人を祝福すると、彼らは各々グラスに入っている飲み物を飲み始める。
だが、次の瞬間──突然、至る所から悲鳴が上がった。
ベルタは抑揚のない声でそう言った。
「一時期は、真実を白日の下に晒すことも考えました。でも、結局できませんでした。私が勝手な真似をすれば、家族に被害が及びかねなかったからです。それに、豹変した王太子殿下から『牢屋にぶち込まれたくないなら、あの話は墓場まで持っていけ』と脅迫されていましたし……」
「脅迫……? あの温厚な王太子殿下が……?」
「はい」
にわかには信じ難かったが、ヒューゴはそのままベルタの話に耳を傾ける。
「入学式を目前に控えたある日。突然、頭の中に誰かの声が響きました。それが、神の声だと気づくのにそう時間はかかりませんでした。直感でわかったので。神は私にこう告げました。『何故、聖女としての責務を全うしないのですか。私はあなたを見込んで力を授けたのですよ。神に背いた罰を受けなさい』と。次の瞬間、私は顔面に激痛を感じ──気づけば、この世のものとは思えないほど醜く、かつ恐ろしい顔へと変貌していたのです。それ以来、私は素顔を隠すために仮面を被るようになりました」
ヒューゴはごくりと固唾を呑んだ。
今の話が本当なら、この仮面の下には……。
「それからというものの、私は毎日泣いて過ごしました。何故、自分だけがこんな目に遭わなければいけないのか──運命をひたすら呪いました。でも、暫くして転機が訪れたんです」
「転機……?」
「はい。ある時、私は人里に迷い込んだコウモリ型の魔物に襲われました。その際、不意を突かれたため少し血を吸われてしまいましたが……無事倒してなんとか事なきを得ました。そして、戦闘を終えた後、ふと魔物の死体に視線を移すと──」
ベルタの声が徐々に明るくなっていく。
その様がなんだか狂気じみていて、ヒューゴは少し後ずさってしまった。
「顔が醜く変形していたんです。これ、どういうことかわかりますか? ヒューゴ様」
「え……?」
質問を受け、ヒューゴは思いあぐねる。
敵はコウモリ型の魔物で、吸血を得意とする。そして、その魔物は彼女の血を吸った。
ということは──
「君の血を吸ったから、魔物の顔が変形したのか……?」
「ご名答。流石、ヒューゴ様です。そう、あの魔物は私という罪人に流れる穢れた血を吸ったせいで顔が醜く変形してしまったんですよ」
「……!」
「でも、それだけじゃなかったんです。もしやと思った私は、すぐに持っていた手鏡で自分の顔を確認してみました。そしたら、ほんの少しだけ顔がマシになっていたんです」
「なっ……」
「どうやら、私の血を飲んだ者は、私と同じように醜く恐ろしい顔に変形してしまうようなんです。しかも、不思議なことに魔物に血を飲ませる度に私の顔はだんだん元の顔に戻っていくみたいで……」
ヒューゴは嬉々とした様子で語るベルタが恐ろしくなった。
けれど、何故か話に聞き入ってしまう。
「も、もしかして……人間に飲ませたりとかは……」
尋ねると、ベルタは小さく笑う。
「ふふっ、そんなことしていませんよ。……今はまだ、ね」
今はまだ──と、やっと聞こえるか聞こえないかほどの声でベルタがそう付け加えたのを聞いて、ヒューゴは戦慄した。
ふと、視界の端にシャルル王太子とナツミの姿が映る。
さっきまでダンスに夢中になっていた生徒たちは、いつの間にか踊るのを止めて二人に注目していた。
どうやら、王太子がこれから何か大事な話をするらしい。
「皆も知っての通り、私とナツミは三年前から婚約している。それで──予定より少し早いが、卒業後すぐに婚礼の儀を執り行うことにした。この場を借りて、そのことを報告させてもらう」
その発表と同時に、会場内に拍手が巻き起こる。
ベルタとしては、きっと複雑だろう。そう思い、彼女のほうに視線を戻すと。
「あら、結婚ですって。おめでたいですわね」
ベルタが感情のこもっていない声でそう言うので、ヒューゴはどう反応したらいいかわからなかった。
「皆のお陰で今日を迎えられたことを感謝する。──それでは、乾杯!」
グラス片手に王太子がそう言った。
その声と同時に、生徒たちは自身が持っているグラスを高く掲げる。
──乾杯!
二人を祝福すると、彼らは各々グラスに入っている飲み物を飲み始める。
だが、次の瞬間──突然、至る所から悲鳴が上がった。
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