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7.人形店
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三十分ほど列車に揺られて駅に到着すると、俺たちは目的の店へと急ぐ。
暫く歩いていると、やがてそれらしき店が見えてきた。
現在の時刻は二十時半。閉店間際だ。
年季の入っていそうな木製のドアをゆっくりと押すと、ギィッと音を立てて開いた。
同時に、カランコロン、という軽やかなベルの音が鳴る。
客が入ってきたことに気づいたのか、店主らしき人物はこちらに向き直った。
「あ、いらっしゃいませ」
怜悧な相貌をした、二十代前半くらいの金髪の男性だ。
身なりは質素だが、随分と品が良く整った顔立ちをしている。
店内をぐるりと見渡してみる。棚やテーブルの上には、彼が作ったであろう繊細かつ美麗なビスクドールが数多く並んでいた。
この腕前なら、きっと弟子も沢山いるに違いない。それほど、見事な人形たちだった。
でも、一番気になったのは店内にいくつもある古時計だ。
店主の趣味なのか知らないが、色んなデザインのアンティーク調の壁掛け時計があちこちに確認できるのだ。
恐らく、これもインテリアの一環なんだろうが、それにしても多い。
一瞬、時計店なのかと勘違いしてしまうほどだ。
「こんばんは。その節は、どうもありがとうございました」
言って、アルノーは一礼する。
すると、店主はハッと思い出したように両手を叩いた。
「ああ、あなたは確かあの時の……」
店主にそう言われると、アルノーは頭をかいて微苦笑した。
「ええ、まあ……」
「今日は、何の用でこの店に? それに、そちらのお方は……?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はギルフォード・セントクレア。セントクレア侯爵家の当主です」
「あのセントクレア家の……? なるほど。ということは、あなたは侯爵家の執事だったのですね」
店主は一瞬目を見開くと、アルノーを一瞥する。
彼はすぐに俺の方に向き直ると、
「確か、腕が立つ名探偵でもあるのだとか。お噂はかねがね伺っております」
と、恭しく頭を下げた。
「例の事件は、まだ解決していないんですか?」
「ええ、実はそうなんですよ。それで、今日はご主人に改めてお話を伺おうと思いまして」
「改めて話を……? 私が力になれそうなことなんて、何もないと思いますが……一体、どんなことをお聞きになりたいのでしょうか?」
「人形を使った呪いの手順についてですよ。もう少し、詳しく教えていただきたいのですが」
「手順ですか……? まあ、あれはあくまでも噂ですからね。それに、私もお客さんから話を又聞きしただけなので、詳しいことはわからないんですよ」
言って、店主は困ったように肩をすくめる。
「以前、お話を伺った時、ご主人は確かあの呪いには最後の儀式があると教えてくださりましたよね?」
「ええ」
「犯人がその最後の儀式を実行する大体の日にちを予測しておきたいんです。ご主人が噂を耳にされた時、そのお客さんは何か言っていませんでしたか? 実は今、うちの使用人を使って呪いの対象になった邸の周辺の見張りをさせているのですが、犯人がいつ戻ってくるかわからないため途方に暮れているというのが現状でして……」
「なるほど。つまり、犯人確保のために正確な日にちを知りたいと──そういうわけですね? 確かに、今後ずっと使用人に見張りをさせておくわけにもいきませんよね」
「ええ……」
「ちょっと、待ってくださいね。今、お客さんとのやり取りを思い出しますから」
こちらの意図を察した店主は、顎に手を当てて暫く考え込むような動作をすると。
やがて、何かを思い出した様子で俺の方に向き直る。
「満月……」
「え?」
「思い出しましたよ! そのお客さん、確か『最後の儀式は満月の夜に行う』って言ってました!」
「満月の夜だって……? ということは、犯人は今から約三週間後に邸に戻ってくるかもしれないということか……」
「ええ、恐らくは。以前、執事さんが訪ねて来られた際に言えば良かったですね。すみません……すっかり、頭から抜けていたもので」
店主は申し訳無さそうに眉尻を下げると、深々と頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないです。どうか、頭を上げてください。こちらこそ、お時間を取らせてしまってすみませんでした。ご主人が思い出してくださったお陰で、事件解決の糸口が見つかりそうです」
「そう言っていただけると嬉しいです。少しでもお役に立てたなら、こちらとしても何よりですよ」
そう返すと、店主は安堵した様子でにこっと微笑んだ。
「それにしても、すごい量の古時計ですね。全部、ご主人が集められたんですか?」
用件だけ済ませて帰るのも何なので、それとなく気になっていたことを尋ねてみる。
「ええ。実は、昔から古いものに目がなくて。人形師にならなかったら、きっと骨董品店でも開いていたでしょうね。……なんだか、趣味丸出しな店ですみません」
「ああ、いえ。とても素敵だと思いますよ。でも、ちょっと気になったんですが……」
言いながら、再び店内をぐるりと見渡し、壁にかかっている時計を一つ一つ確認していく。
「どうして、ほとんどの時計が十一時五十分と十二時で止まっているんですか?」
そう、店内にある時計は決まってその時間で止まっていたのだ。
……ただ一つ、店主の背後にある動いている壁掛け時計を覗いて。
風変わりな店主のようなので、何か強いこだわりでもあるのだろうか。
「ああ、それのことですか。単なる、私のこだわりですよ」
「ほう……? やはり、そうでしたか。ご主人、いい意味でこだわりが強そうですもんね」
「あはは……いえね、人形界隈で実しやかに囁かれている噂があるんですけれど。どうやら、夜になると動くらしいんですよ。……人形たちが」
「に、人形が動く……?」
「ええ。人形たちが活動する時間が、午後十一時五十分から零時の十分間だと言われているんです。だから、私はあえて時計をその時間に合わせて止めているんですよ。勘違いして動いてくれないかなぁ、なんて思いまして」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ。ご主人……」
「おや? 侯爵様はこういったお話はお嫌いですか? 残念だなぁ。他にも、人形にまつわる逸話は沢山あるんですが……」
「いえ、もう結構です……というか、やめてください」
そう返すと、俺はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら怪談を語ろうとしてくる店主を制止した。
見た目に反して、随分と茶目っ気のある店主である。
そんな風に、俺たちはそのまま暫く店主と世間話を続けた。
そして、気づけばいつの間にか閉店時間はとっくに過ぎていた。
「……っと、もうこんな時間か。お仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。もう夜も遅いので、私達はそろそろ邸に戻りますね」
「いえ、お気になさらず。どうせ、閉店ギリギリの時間なんていつもお客さんがほとんど来ませんからね。ああ、この辺りは街灯も少なくて暗いですから、お気をつけてお帰りください」
「今度は、ちゃんと客としてこの店を訪れますよ。ここの人形は、とても出来が良いですからね」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。それでは、またお会いできる日を楽しみにしていますね」
店主とそんなやり取りを終えると、俺とアルノーは人形店を後にした。
「協力的な方で助かりましたね」
「ああ。でも……あの店主、どこかで会ったことがあるような気がするんだよな」
夜道を歩きながら、俺はアルノーに先ほどから感じていた既視感を打ち明ける。
というのも、俺は店主の顔に見覚えがあったのだ。
もし彼が貴族なら、夜会などで一度顔を合わせているという可能性もある。
けれど、彼はどこからどう見ても平民。貴族の集まりになど参加するはずがないのだ。
「うーん……街中ですれ違ったんじゃないですか? ギルフォード様は、依頼の関係で普段から色んな街に出向いていらっしゃいますし」
「まあ、そうかもしれないが……」
そんな会話をしながら、俺とアルノーは帰路についたのだった。
暫く歩いていると、やがてそれらしき店が見えてきた。
現在の時刻は二十時半。閉店間際だ。
年季の入っていそうな木製のドアをゆっくりと押すと、ギィッと音を立てて開いた。
同時に、カランコロン、という軽やかなベルの音が鳴る。
客が入ってきたことに気づいたのか、店主らしき人物はこちらに向き直った。
「あ、いらっしゃいませ」
怜悧な相貌をした、二十代前半くらいの金髪の男性だ。
身なりは質素だが、随分と品が良く整った顔立ちをしている。
店内をぐるりと見渡してみる。棚やテーブルの上には、彼が作ったであろう繊細かつ美麗なビスクドールが数多く並んでいた。
この腕前なら、きっと弟子も沢山いるに違いない。それほど、見事な人形たちだった。
でも、一番気になったのは店内にいくつもある古時計だ。
店主の趣味なのか知らないが、色んなデザインのアンティーク調の壁掛け時計があちこちに確認できるのだ。
恐らく、これもインテリアの一環なんだろうが、それにしても多い。
一瞬、時計店なのかと勘違いしてしまうほどだ。
「こんばんは。その節は、どうもありがとうございました」
言って、アルノーは一礼する。
すると、店主はハッと思い出したように両手を叩いた。
「ああ、あなたは確かあの時の……」
店主にそう言われると、アルノーは頭をかいて微苦笑した。
「ええ、まあ……」
「今日は、何の用でこの店に? それに、そちらのお方は……?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はギルフォード・セントクレア。セントクレア侯爵家の当主です」
「あのセントクレア家の……? なるほど。ということは、あなたは侯爵家の執事だったのですね」
店主は一瞬目を見開くと、アルノーを一瞥する。
彼はすぐに俺の方に向き直ると、
「確か、腕が立つ名探偵でもあるのだとか。お噂はかねがね伺っております」
と、恭しく頭を下げた。
「例の事件は、まだ解決していないんですか?」
「ええ、実はそうなんですよ。それで、今日はご主人に改めてお話を伺おうと思いまして」
「改めて話を……? 私が力になれそうなことなんて、何もないと思いますが……一体、どんなことをお聞きになりたいのでしょうか?」
「人形を使った呪いの手順についてですよ。もう少し、詳しく教えていただきたいのですが」
「手順ですか……? まあ、あれはあくまでも噂ですからね。それに、私もお客さんから話を又聞きしただけなので、詳しいことはわからないんですよ」
言って、店主は困ったように肩をすくめる。
「以前、お話を伺った時、ご主人は確かあの呪いには最後の儀式があると教えてくださりましたよね?」
「ええ」
「犯人がその最後の儀式を実行する大体の日にちを予測しておきたいんです。ご主人が噂を耳にされた時、そのお客さんは何か言っていませんでしたか? 実は今、うちの使用人を使って呪いの対象になった邸の周辺の見張りをさせているのですが、犯人がいつ戻ってくるかわからないため途方に暮れているというのが現状でして……」
「なるほど。つまり、犯人確保のために正確な日にちを知りたいと──そういうわけですね? 確かに、今後ずっと使用人に見張りをさせておくわけにもいきませんよね」
「ええ……」
「ちょっと、待ってくださいね。今、お客さんとのやり取りを思い出しますから」
こちらの意図を察した店主は、顎に手を当てて暫く考え込むような動作をすると。
やがて、何かを思い出した様子で俺の方に向き直る。
「満月……」
「え?」
「思い出しましたよ! そのお客さん、確か『最後の儀式は満月の夜に行う』って言ってました!」
「満月の夜だって……? ということは、犯人は今から約三週間後に邸に戻ってくるかもしれないということか……」
「ええ、恐らくは。以前、執事さんが訪ねて来られた際に言えば良かったですね。すみません……すっかり、頭から抜けていたもので」
店主は申し訳無さそうに眉尻を下げると、深々と頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないです。どうか、頭を上げてください。こちらこそ、お時間を取らせてしまってすみませんでした。ご主人が思い出してくださったお陰で、事件解決の糸口が見つかりそうです」
「そう言っていただけると嬉しいです。少しでもお役に立てたなら、こちらとしても何よりですよ」
そう返すと、店主は安堵した様子でにこっと微笑んだ。
「それにしても、すごい量の古時計ですね。全部、ご主人が集められたんですか?」
用件だけ済ませて帰るのも何なので、それとなく気になっていたことを尋ねてみる。
「ええ。実は、昔から古いものに目がなくて。人形師にならなかったら、きっと骨董品店でも開いていたでしょうね。……なんだか、趣味丸出しな店ですみません」
「ああ、いえ。とても素敵だと思いますよ。でも、ちょっと気になったんですが……」
言いながら、再び店内をぐるりと見渡し、壁にかかっている時計を一つ一つ確認していく。
「どうして、ほとんどの時計が十一時五十分と十二時で止まっているんですか?」
そう、店内にある時計は決まってその時間で止まっていたのだ。
……ただ一つ、店主の背後にある動いている壁掛け時計を覗いて。
風変わりな店主のようなので、何か強いこだわりでもあるのだろうか。
「ああ、それのことですか。単なる、私のこだわりですよ」
「ほう……? やはり、そうでしたか。ご主人、いい意味でこだわりが強そうですもんね」
「あはは……いえね、人形界隈で実しやかに囁かれている噂があるんですけれど。どうやら、夜になると動くらしいんですよ。……人形たちが」
「に、人形が動く……?」
「ええ。人形たちが活動する時間が、午後十一時五十分から零時の十分間だと言われているんです。だから、私はあえて時計をその時間に合わせて止めているんですよ。勘違いして動いてくれないかなぁ、なんて思いまして」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ。ご主人……」
「おや? 侯爵様はこういったお話はお嫌いですか? 残念だなぁ。他にも、人形にまつわる逸話は沢山あるんですが……」
「いえ、もう結構です……というか、やめてください」
そう返すと、俺はニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら怪談を語ろうとしてくる店主を制止した。
見た目に反して、随分と茶目っ気のある店主である。
そんな風に、俺たちはそのまま暫く店主と世間話を続けた。
そして、気づけばいつの間にか閉店時間はとっくに過ぎていた。
「……っと、もうこんな時間か。お仕事の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。もう夜も遅いので、私達はそろそろ邸に戻りますね」
「いえ、お気になさらず。どうせ、閉店ギリギリの時間なんていつもお客さんがほとんど来ませんからね。ああ、この辺りは街灯も少なくて暗いですから、お気をつけてお帰りください」
「今度は、ちゃんと客としてこの店を訪れますよ。ここの人形は、とても出来が良いですからね」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。それでは、またお会いできる日を楽しみにしていますね」
店主とそんなやり取りを終えると、俺とアルノーは人形店を後にした。
「協力的な方で助かりましたね」
「ああ。でも……あの店主、どこかで会ったことがあるような気がするんだよな」
夜道を歩きながら、俺はアルノーに先ほどから感じていた既視感を打ち明ける。
というのも、俺は店主の顔に見覚えがあったのだ。
もし彼が貴族なら、夜会などで一度顔を合わせているという可能性もある。
けれど、彼はどこからどう見ても平民。貴族の集まりになど参加するはずがないのだ。
「うーん……街中ですれ違ったんじゃないですか? ギルフォード様は、依頼の関係で普段から色んな街に出向いていらっしゃいますし」
「まあ、そうかもしれないが……」
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