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2.リーズデイル家
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小一時間ほど馬車に揺られ、ようやくリーズデイル邸に到着すると、すぐに使用人が出迎えてくれた。
そして、俺たちはすぐに応接間へと通された。
部屋の中央には、綺羅びやかで、それでいて奇抜なデザインのソファとローテーブル。
床に敷かれているのは、異国のものを彷彿とさせるオリエンタルな柄の絨毯。
流石、名門公爵家だけあって家具を一つ設置するにしても随分とこだわりがあるようだ。
室内をぐるりと見渡した俺は、出された紅茶を啜りながらレナードを待つ。
暫く待っていると、レナードが慌ただしい様子で部屋に入ってきた。
実物を目にしたのは初めてだが……噂に聞いていた通り、美しい銀髪と吸い込まれそうなサファイア色の瞳が印象的な美丈夫だ。
彼と俺は、「若くして爵位を継ぐことになった者同士」という共通点がある。そのせいか、ほんの少し親近感が湧く。
「ようこそおいでくださいました、ギルフォード様。あなたのご活躍ぶりは、妻を通してかねてより伺っております。なんでも、数々の難事件を見事解決に導いたとか……」
突然の訪問にもかかわらず、レナードはにこやかに出迎えてくれる。
いや、まあ……一応、出発する前に電話で面会のアポは取ったのだが。
レナードは、今日も執務に追われていたようだったが……彼自身も一刻も早くエルシーを見つけ出したいのか、忙しい合間を縫ってこうして俺たちとの面会を優先してくれた。
「堅苦しい挨拶はやめてくださいよ、リーズデイル公。あと、俺のことは気軽に名前で呼んでくださって構わないので……」
「ん? ああ。そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうことにするよ。ギルフォード君も、僕のことは名前で呼んでくれて構わないからね」
「ありがとうございます。では、そうさせていただきますね。レナードさん。ところで……もしかして、手を怪我されているんですか?」
包帯で何重にも巻かれたレナードの右手を見て、ふと疑問に思い尋ねてみる。
「ああ、これかい? 実は先日、気分転換に庭園を散歩していたら転倒してしまってね。どうやら、その時に捻ってしまったみたいなんだ」
「そうだったんですか……大丈夫なんですか?」
「ああ、心配には及ばないよ。ただの捻挫だからね。さて……挨拶も済んだことだし、とりあえず本題に入ろうと思うんだが。いいかな?」
「ええ、もちろん。そのために俺はここに来たんですから」
一呼吸置いてそう尋ねてきたレナードに向かって、俺は快く返事をする。
すると、レナードは躊躇いがちに話を切り出した。
「実は、エルシーが失踪してすぐに邸の周辺で複数の奇妙な人形が見つかってね。それが、エルシーの失踪と何か関係があるのかはわからないけれど……まずは、その人形を調査してくれないか? とにかく、気味が悪いんだよ」
「人形、ですか?」
「ああ。見た目は、至って普通のビスクドールなんだ。でも、その……臭うんだよ」
「……?」
「うちで雇っている庭師から報告を受けて、僕も慌てて確認しにいったんだが……それはもう酷い悪臭でね」
「ああ、何かと思えば、そっちの『臭い』ですか」
てっきり、「怪しい」とか「気になる」とかそういった意味合いの比喩かと思っていたが。
どうやら、言葉通りその人形自体が強烈な悪臭を放っているらしい。
「最初は、『悪趣味な悪戯か?』とも考えたよ。でも、やっぱり僕はあの人形がエルシーの失踪に絡んでいる気がしてならないんだ。そう、例えば……彼女を誘拐した犯人が何らかのメッセージを残すために意図して置いていったとか」
「なるほど。レナードさんは、誘拐の線を疑っているんですね」
「ああ。だって、あのエルシーが家出なんてするわけがないからね」
「つまり、家出の可能性は低いということですか?」
「僕自身は、そう思っているよ。夫婦関係も至って良好。息子も特に問題なくすくすく育っているし、使用人たちとの関係だって別に悪くないし……」
「お二人には、お子さんがいらっしゃるんでしたっけ?」
子供の話をされた瞬間、はたと思い出す。
そう言えば、エルシーには息子がいるんだったな。
十六歳でリーズデイル家に嫁いだエルシーは、レナードと結婚してすぐに男児をもうけた。
彼女自身、超がつくほどの親馬鹿で、息子の成長記録を毎日欠かさずつけているほどの溺愛ぶりだというのは本人からよく聞かされていた。
「ああ。テオという名前の四歳の男の子だよ。今も、こっそりドアの隙間から覗いているけれど……」
言って、レナードは「ほら」とドアの方を指差す。
反射的に視線を向けると、不安そうに眉尻を下げた銀髪の男児がドアの隙間からじっとこちらを見つめていた。
なるほど、彼が息子のテオか。公爵家の嫡男だけあって、幼いながらも未来の当主としての風格がしっかりと感じられる。
──しかし、エルシーにはあまり似ていないな。どちらかと言えば、父親似なのか?
などと考えつつも、成り行きを見守っていると。
レナードは小さく手招きをして、テオを呼び寄せた。
「どうしたんだ? テオ。そんなところに立ってないで、こっちにおいで」
「お父様……」
今にも消え入りそうな声でそう言うと、テオは泣きそうな顔で自分の父親の胸に飛び込む。
「ねえ、お父様……お母様は、もうここには戻ってこないのですか?」
「テオ……?」
「僕が悪い子だから、お母様は出ていってしまったのでしょうか……?」
溢れんばかりの涙を目に溜めて、テオはそう尋ねる。
突然の我が子の質問に、レナードはおろおろと狼狽し始めた。
「何を言っている? そんなわけがないだろう? きっと、お母様は帰ってくるさ。なんたって、お父様には巷で有名な名探偵様がついているのだからね」
首をかしげるテオに向かって、レナードはさらに話を続ける。
「彼は──ギルフォード君は、お母様を探すためにここまで来てくれたんだ。お父様とテオの頼もしい味方だよ」
「名探偵……? 頼もしい味方……?」
「ああ、だから安心するんだ」
そう宥めながら、レナードは幼い息子の頭を優しく撫でる。
すると、今にもわんわん泣き出しそうだったテオの表情は、みるみるうちにぱぁっと明るくなり。
目をきらきらと輝かせたかと思えば、やがて何かを決心したかのように俺のそばまで歩いてきた。
「あの……探偵さん。どうか、僕の母を見つけ出してください。よろしくお願いします」
「ああ、もちろんだよ。必ず、君の母上を見つけ出してみせる」
とても四歳とは思えないようなしっかりとした口調で頭を下げられ、「おぉっ」と瞠目しつつ。
俺は、テオを安心させるために彼の頭を軽く撫でながら前向きな返事をする。
すると、彼は安堵したのか再び一礼し、レナードが呼び寄せた侍女と共に自室へと戻っていった。
「気を遣わせてしまって、申し訳ない。でも、お陰でテオも随分と安心できたみたいだ」
「いえ、当然のことをしたまでですよ。それに、俺もあんないい子に辛い思いはさせたくないですから」
そう返し、愛想良く笑ってみせる。
──一番、甘えたい盛りに大好きな母親がいなくなるなんて……。あの子の心細さは、きっと並大抵のものではないんだろうな。
そう考え、ひたむきでいじらしいテオに思わず同情した。
「さて……話を戻そうか」
「ええ、そうですね」
俺たちは頷き合うと、先ほどの話の続きをすることにした。
「まあ、そんなわけで。とにかく、家出の可能性は限りなく低いんだ。それに……エルシーのお腹には今、子供が──」
「子供!?」
俺は思わず身を乗り出すと、レナードの言葉を遮るように聞き返す。
すると、レナードは不思議そうに小首をかしげた。
「し、失礼。初耳だったもので、つい驚いてしまって。その……エルシーは妊娠しているんですか?」
「ああ。だから、尚のこと家出は考えづらいんだよ。それにしても、その話はエルシーから聞いていなかったんだな」
「ええ。最近は、お互いに忙しくて会う機会がめっきり減っていたもので。だから、向こうも報告するタイミングを逃してしまったのかもしれませんが……」
苦笑しつつも、そう返す。
……おかしい。何故、そんな重大なことを報告してこなかったんだ?
昔から、どんな些細なことでも必ず俺に相談してきたというのに。
──いや……もしかしたら、何か言えないような理由があったのか……? 駄目だ、現時点では手がかりが少なすぎる。
「まあ、ここであれこれ推測していても何も始まりませんし……とりあえず、その『人形』とやらを見に行きましょうか」
そう提案した俺は、廊下で待機していたアルノーに「行くぞ」と声をかけると、レナードと共に庭園に向かった。
そして、俺たちはすぐに応接間へと通された。
部屋の中央には、綺羅びやかで、それでいて奇抜なデザインのソファとローテーブル。
床に敷かれているのは、異国のものを彷彿とさせるオリエンタルな柄の絨毯。
流石、名門公爵家だけあって家具を一つ設置するにしても随分とこだわりがあるようだ。
室内をぐるりと見渡した俺は、出された紅茶を啜りながらレナードを待つ。
暫く待っていると、レナードが慌ただしい様子で部屋に入ってきた。
実物を目にしたのは初めてだが……噂に聞いていた通り、美しい銀髪と吸い込まれそうなサファイア色の瞳が印象的な美丈夫だ。
彼と俺は、「若くして爵位を継ぐことになった者同士」という共通点がある。そのせいか、ほんの少し親近感が湧く。
「ようこそおいでくださいました、ギルフォード様。あなたのご活躍ぶりは、妻を通してかねてより伺っております。なんでも、数々の難事件を見事解決に導いたとか……」
突然の訪問にもかかわらず、レナードはにこやかに出迎えてくれる。
いや、まあ……一応、出発する前に電話で面会のアポは取ったのだが。
レナードは、今日も執務に追われていたようだったが……彼自身も一刻も早くエルシーを見つけ出したいのか、忙しい合間を縫ってこうして俺たちとの面会を優先してくれた。
「堅苦しい挨拶はやめてくださいよ、リーズデイル公。あと、俺のことは気軽に名前で呼んでくださって構わないので……」
「ん? ああ。そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらうことにするよ。ギルフォード君も、僕のことは名前で呼んでくれて構わないからね」
「ありがとうございます。では、そうさせていただきますね。レナードさん。ところで……もしかして、手を怪我されているんですか?」
包帯で何重にも巻かれたレナードの右手を見て、ふと疑問に思い尋ねてみる。
「ああ、これかい? 実は先日、気分転換に庭園を散歩していたら転倒してしまってね。どうやら、その時に捻ってしまったみたいなんだ」
「そうだったんですか……大丈夫なんですか?」
「ああ、心配には及ばないよ。ただの捻挫だからね。さて……挨拶も済んだことだし、とりあえず本題に入ろうと思うんだが。いいかな?」
「ええ、もちろん。そのために俺はここに来たんですから」
一呼吸置いてそう尋ねてきたレナードに向かって、俺は快く返事をする。
すると、レナードは躊躇いがちに話を切り出した。
「実は、エルシーが失踪してすぐに邸の周辺で複数の奇妙な人形が見つかってね。それが、エルシーの失踪と何か関係があるのかはわからないけれど……まずは、その人形を調査してくれないか? とにかく、気味が悪いんだよ」
「人形、ですか?」
「ああ。見た目は、至って普通のビスクドールなんだ。でも、その……臭うんだよ」
「……?」
「うちで雇っている庭師から報告を受けて、僕も慌てて確認しにいったんだが……それはもう酷い悪臭でね」
「ああ、何かと思えば、そっちの『臭い』ですか」
てっきり、「怪しい」とか「気になる」とかそういった意味合いの比喩かと思っていたが。
どうやら、言葉通りその人形自体が強烈な悪臭を放っているらしい。
「最初は、『悪趣味な悪戯か?』とも考えたよ。でも、やっぱり僕はあの人形がエルシーの失踪に絡んでいる気がしてならないんだ。そう、例えば……彼女を誘拐した犯人が何らかのメッセージを残すために意図して置いていったとか」
「なるほど。レナードさんは、誘拐の線を疑っているんですね」
「ああ。だって、あのエルシーが家出なんてするわけがないからね」
「つまり、家出の可能性は低いということですか?」
「僕自身は、そう思っているよ。夫婦関係も至って良好。息子も特に問題なくすくすく育っているし、使用人たちとの関係だって別に悪くないし……」
「お二人には、お子さんがいらっしゃるんでしたっけ?」
子供の話をされた瞬間、はたと思い出す。
そう言えば、エルシーには息子がいるんだったな。
十六歳でリーズデイル家に嫁いだエルシーは、レナードと結婚してすぐに男児をもうけた。
彼女自身、超がつくほどの親馬鹿で、息子の成長記録を毎日欠かさずつけているほどの溺愛ぶりだというのは本人からよく聞かされていた。
「ああ。テオという名前の四歳の男の子だよ。今も、こっそりドアの隙間から覗いているけれど……」
言って、レナードは「ほら」とドアの方を指差す。
反射的に視線を向けると、不安そうに眉尻を下げた銀髪の男児がドアの隙間からじっとこちらを見つめていた。
なるほど、彼が息子のテオか。公爵家の嫡男だけあって、幼いながらも未来の当主としての風格がしっかりと感じられる。
──しかし、エルシーにはあまり似ていないな。どちらかと言えば、父親似なのか?
などと考えつつも、成り行きを見守っていると。
レナードは小さく手招きをして、テオを呼び寄せた。
「どうしたんだ? テオ。そんなところに立ってないで、こっちにおいで」
「お父様……」
今にも消え入りそうな声でそう言うと、テオは泣きそうな顔で自分の父親の胸に飛び込む。
「ねえ、お父様……お母様は、もうここには戻ってこないのですか?」
「テオ……?」
「僕が悪い子だから、お母様は出ていってしまったのでしょうか……?」
溢れんばかりの涙を目に溜めて、テオはそう尋ねる。
突然の我が子の質問に、レナードはおろおろと狼狽し始めた。
「何を言っている? そんなわけがないだろう? きっと、お母様は帰ってくるさ。なんたって、お父様には巷で有名な名探偵様がついているのだからね」
首をかしげるテオに向かって、レナードはさらに話を続ける。
「彼は──ギルフォード君は、お母様を探すためにここまで来てくれたんだ。お父様とテオの頼もしい味方だよ」
「名探偵……? 頼もしい味方……?」
「ああ、だから安心するんだ」
そう宥めながら、レナードは幼い息子の頭を優しく撫でる。
すると、今にもわんわん泣き出しそうだったテオの表情は、みるみるうちにぱぁっと明るくなり。
目をきらきらと輝かせたかと思えば、やがて何かを決心したかのように俺のそばまで歩いてきた。
「あの……探偵さん。どうか、僕の母を見つけ出してください。よろしくお願いします」
「ああ、もちろんだよ。必ず、君の母上を見つけ出してみせる」
とても四歳とは思えないようなしっかりとした口調で頭を下げられ、「おぉっ」と瞠目しつつ。
俺は、テオを安心させるために彼の頭を軽く撫でながら前向きな返事をする。
すると、彼は安堵したのか再び一礼し、レナードが呼び寄せた侍女と共に自室へと戻っていった。
「気を遣わせてしまって、申し訳ない。でも、お陰でテオも随分と安心できたみたいだ」
「いえ、当然のことをしたまでですよ。それに、俺もあんないい子に辛い思いはさせたくないですから」
そう返し、愛想良く笑ってみせる。
──一番、甘えたい盛りに大好きな母親がいなくなるなんて……。あの子の心細さは、きっと並大抵のものではないんだろうな。
そう考え、ひたむきでいじらしいテオに思わず同情した。
「さて……話を戻そうか」
「ええ、そうですね」
俺たちは頷き合うと、先ほどの話の続きをすることにした。
「まあ、そんなわけで。とにかく、家出の可能性は限りなく低いんだ。それに……エルシーのお腹には今、子供が──」
「子供!?」
俺は思わず身を乗り出すと、レナードの言葉を遮るように聞き返す。
すると、レナードは不思議そうに小首をかしげた。
「し、失礼。初耳だったもので、つい驚いてしまって。その……エルシーは妊娠しているんですか?」
「ああ。だから、尚のこと家出は考えづらいんだよ。それにしても、その話はエルシーから聞いていなかったんだな」
「ええ。最近は、お互いに忙しくて会う機会がめっきり減っていたもので。だから、向こうも報告するタイミングを逃してしまったのかもしれませんが……」
苦笑しつつも、そう返す。
……おかしい。何故、そんな重大なことを報告してこなかったんだ?
昔から、どんな些細なことでも必ず俺に相談してきたというのに。
──いや……もしかしたら、何か言えないような理由があったのか……? 駄目だ、現時点では手がかりが少なすぎる。
「まあ、ここであれこれ推測していても何も始まりませんし……とりあえず、その『人形』とやらを見に行きましょうか」
そう提案した俺は、廊下で待機していたアルノーに「行くぞ」と声をかけると、レナードと共に庭園に向かった。
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