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第二章 綾姫
第二十話 これから
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竜は一旦雲の上まで突き出て、しばらく暗く冷たい天を翔た。空には無数の星々が普段の何倍も煌めき輝いている。
水を含む冷たい雲海をほんの刹那翔ると、今度は一気に地上へと降りて行った。雲と雨を肌で感じる。あまりの早さに勝隆は、この間殆ど目を開けてはいられなかった。
竜は奇跡のようにふわりと地上に降り立った。降りた先は、森に囲まれた大きな滝壺である。辺りの景色から考えて、ここはなかなかの山間部だろう。近くに人の気配全くなく、夜の静寂の中、水の音だけが辺りに響いていた。そこには巨大な竜の姿はもうすでになく、かわりにあの偉大な竜に化けていた者が姿を戻し、今、勝隆に念仏のように同じ事を繰り返し言っていた。
「あー、疲れた。あー疲れた」
「うるさいよ」
勝隆はうんざりと言った。
「だって本当に疲れたんだもの。あー、肩がこっちゃった。ふぅ、あんたねぇ、狐の私が竜に変化するというのがどれほど疲れるのか知ってる?もの凄く疲れるんだから」
「だろうな」
分かるはずがないのだが、勝隆は一応合わせた。
「とにかく助かったよ」
白はどういたしまして、と満足そうに言った。
「しかし竜とは」
「まったく、手間をかけさせてくれて。でもあの状況であの場を絶対に黙らせて、あんた乗せて空が飛べる生き物っていったら竜しか思いつかなかったんだもん。それに、私も今自分がどれくらいの力が戻っているのか確かめたかったし。火だって消しとかなきゃならないじゃない。竜だったら雨が降っても自然だなーと思って」
白の言い分はもっともだったが、それでも表情よりもずっと勝隆は驚いていた。鱗虫の長、竜。本当にいるのかどうかも分からない伝説の生物を、思いもかけない状況で目の当たりにしたのだ。今思いだしても息を呑んでしまう。途轍もない巨体の竜の正体が、この比較的大きな狐だというのだから、まさに化かされているような気分だった。
「白の声が聞こえるまで、俺は食べられるんじゃないかと思って冷や冷やした」
「ふん、あんたなんか食べたらお腹壊しちゃうわよ」
白は拗ねて顔を顰める。いつもなら少しは威厳のある紅い眼が、あの竜を見た後ではどうしても可愛らしく見えた。
滝の水しぶきが、先ほどから袖に少しかかっている。それほど大きな滝ではない。
ここは何処かの森の奥だろう。あたりに明かりはなく、ただ星の光だけが天にある。雲はとっくに無くなっていた。
月もない。今夜は新月なのだと勝隆は思いだした。
白が落ち着き、毛繕いを始めたところで勝隆は口にした。
「あの夜、岡豊城で何かが起こったんだ」
あれから勝隆は繰り返しそう思っていた。
貞親は覇道に入る、その為の行動だと言っていたが、それはあまりに謎に満ちた答えだ。勝隆が知りたいのは、もっとはっきりとした根本の解答だった。あの一夜の内に岡豊城に、長宗我部一族に何が起こったのか。
あの物々しさ。昼間穏やかに接していた貞親が、何故豹変したのか。勝隆にはまるで分からなかった。
弥吉がいうには、彼は長宗我部を継ぐには血筋に問題があるらしいがそれでも、彼ははっきりと父から全てを託されたと言っていた。もし、彼の話が本当だとしたらどうだろう。家中に反対派がいる中で跡目を継ぐならば、反対派を粛清し、地盤を固めなくてはいけない。その為に異母兄弟たちを捕らえ、反対派を捕らえるというのは筋が通っている。
しかし、そうだとしても突然すぎる。
「そう、あの夜岡豊城では何かが起きた」
白が呟くように言った。
「何か大きく、城の、そう長宗我部の方針が突然変わったのよ。あたしも詳しい事は分からないけど。方針が変わったことによって、国親は自分の跡目を貞親に任せた」
「貞親が父親を捕らえて、無理矢理そうさせたということは・・・。国親を監禁して、自分は父の命で動いていると言って、城内を武力でまとめることも出来る。あの酢漿草衆とかいう奴らの手際は、あれが急な命令だと思うには手際が良すぎる」
白は肯いた。
「その可能性だってあるわね。でもね、ちょっと急すぎやしない?昼間、貞親と話したけれどそんな様子はなかったわ。彼にしてみれば、今夜の事は一世一代の大勝負。それを前に、平然と客を案内するかしら」
「けど、そんな事があるんだろうか。一夜にして一族の方針が変わるなんて。あまりにも急過ぎやしないか」
その集団が大きければ大きいほど、方針は急には変えられない。変えれば不和が発生する。それは勝隆が良く知っていることである。
「それだけ重大な目的の変更だったんでしょう。それだけ達成された時の見返りの大きい、何かがあった。そして恐らくその『何か』を長宗我部に持ち込んだのは・・・明智十兵衛光秀」
「十兵衛殿が」
「時期が合致し過ぎているわ。彼があの城に入って半日もしない内に城中が動いた。これが偶然であるはずがない。これは、十兵衛が長宗我部の長、国親になにか話を持ちかけたのね。さすがに内容までは分からないけど、公家の使いという事を考えるなら十中八九、『取り引き』」
そしてその取り引きの見返りは、国親にとってとても魅力的なものなのだろうと白は付け足した。そもそもこの時世、公家と豪族との取り引きなど、全く珍しい事ではないのだ。公家、すなわち朝廷は権威を失墜し、もはやかつてのような莫大な財がなく、時の流れと共にその財は、武力を持った大名たちに流れていっている。
しかし一方で、地位や領地を授けるのは未だ朝廷である。ここに両者の駆け引き生まれないはずがない。
「俺は、あまり権力者同士の取り引きというのが分からない。白の考えを教えてくれ。その取り引きというのはなんだと思う?地方の有力豪族の長が望むもの。それは天下か」
白はしばらく考えた。国親という人物の人となりを、自分は知らない。もし実力と野心の勇者であるなら、確かに天下を望むかも知れない。それは道理である。
しかしそうでなければ。つまり国親が野心を持った並の地方豪族だとすれば、天下はあまりに重すぎる。地方の実力者が望むもの。そこに、この群雄割拠という条件が加われば。
「安定と保証かもしれない」
白はそう推理した。
「つまりこの地の平和を望んだのかも知れないわ。勝隆、この土佐の情勢くらいは知ってるわよね?」
「ああ」
都で大乱が起こって以来、それまで大権を振るっていた守護大名細川氏の権威は失墜し、かつての支配力は衰退していった。そこに台頭してきたのがこの地の豪族。土佐では今、長宗我部の他に大平、本山、吉良、津野、安芸、香宗我部の六氏がしのぎを削り合っている。そしてこの内、一度滅亡するも家を再興し、現在猛烈な勢いで勢力を拡大しているのが長宗我部一族である。
土佐ではこの七つの一族を土佐七雄と呼んでいた。しかし長宗我部の勢力が突出しているかといえば、そうでもない。長宗我部が注目されるのは、あくまでその猛烈な追い上げであって、勢力自体は他の六氏と鬩ぎ合っている。やはり土佐は、七氏のにらみ合いが続いているのだ。
「この状況ではどんな手段を使っても天下には遠すぎる。そして、あまりに不安定よ。いい?七氏の均衡が崩れれば、あっという間に土佐、四国の情勢が一変する。
そんな不安定な状況、一族の当主なら自分たちがいつ滅ぼされやしないかと不安で仕方がない。長宗我部の当主なら、一族の繁栄もさることながら『生き残る』というのが最も重要な事だものね。だから私は、彼が天下ではなく安定を求めたのだと考えるわ」
「公家と何か、長宗我部の安泰を約束をする取り引きをしたという事か?だがそれなら問題は貞親の『覇道』という言葉だ。白の推理とは矛盾してくるぞ」
覇道。すなわち武力、権謀をもって国を治めるということである。それは安定、安泰というものからは遠い言葉のように感じられた。自分の一族と領地の安堵を求めるものが、その言葉を口にするだろうか。
「そうね。話の流れなら王道という言葉の方が相応しいし」
難しいわね、と白は息を吐いた。
「そういえば、次男の元親という若君はどうなったんだろう。彼も今回の重要な関係者だ。白、元親殿はちゃんと助けたのか?」
「それが、私が館に入った時にはもうあの虎之助とか言う忍が連れ去った後だったの。たぶん城に火をつけたのも、彼だったのだと思う。つまり全ては元親を逃すためのものだったのね。うまく逃げていると思うけど。追いかけようとにも、その後すぐあんたの光を見つけて駆けつけたから」
行き詰まって二人は黙り込んだ。手がかりとなる元親の生死もすら分からない。そもそも二人はその元親という若君の顔さえ知らないのである。
勝隆はあの城に多くのものを忘れ残したような気がして、なんとも言えない後味の悪さを感じた。
「逃げた元親君を探すか・・・」
「けど、これは敢えて聞くけどさ、勝隆。あんたこの件とは実質無関係じゃない。別にこれから、長宗我部との関わりは捨てて生きていけるのよ。村に帰ったって誰もあんたを責めはしないわ。都に遊びに行ったって良い。この件に深入りするなら、間違いなく命の危険というやつだって付いてくる。ここらで手を引くっていうのも一つの手よ?」
その問いに、勝隆は即座に答えた。
「いや・・・出来れば元親君を保護して、事情を聞きたい。そして場合によっては手助けする」
勝隆は毅然として答えた。ここで手を引こうとは勝隆は全く考えていなかった。といっても元親本人にそれほど興味があったわけではない。
勝隆の興味の対象は貞親にこそあった。何故彼はあのような行動を取ったのか。あの豹変ぶり、昼間の仮面。その真実が知りたかった。自分は何より、人の心を知りたくて、自分を変えたくて旅に出たのだ。貞親という人物を知る事で、それが少し叶いそうな気がすると勝隆は考えていた。
そしてなにより、彼は勝隆が初めて興味を持った人間だったのだ。
「分かったわ。じゃあ、まず元親を全力で探し出しましょう。彼女を保護するのよ!」
勝隆は顔を引き締めて肯いた。その夜、二人は決意を固めて眠りについた。
そして目が覚めると、二人の前には一人の少女と忍が控え待っていた。
水を含む冷たい雲海をほんの刹那翔ると、今度は一気に地上へと降りて行った。雲と雨を肌で感じる。あまりの早さに勝隆は、この間殆ど目を開けてはいられなかった。
竜は奇跡のようにふわりと地上に降り立った。降りた先は、森に囲まれた大きな滝壺である。辺りの景色から考えて、ここはなかなかの山間部だろう。近くに人の気配全くなく、夜の静寂の中、水の音だけが辺りに響いていた。そこには巨大な竜の姿はもうすでになく、かわりにあの偉大な竜に化けていた者が姿を戻し、今、勝隆に念仏のように同じ事を繰り返し言っていた。
「あー、疲れた。あー疲れた」
「うるさいよ」
勝隆はうんざりと言った。
「だって本当に疲れたんだもの。あー、肩がこっちゃった。ふぅ、あんたねぇ、狐の私が竜に変化するというのがどれほど疲れるのか知ってる?もの凄く疲れるんだから」
「だろうな」
分かるはずがないのだが、勝隆は一応合わせた。
「とにかく助かったよ」
白はどういたしまして、と満足そうに言った。
「しかし竜とは」
「まったく、手間をかけさせてくれて。でもあの状況であの場を絶対に黙らせて、あんた乗せて空が飛べる生き物っていったら竜しか思いつかなかったんだもん。それに、私も今自分がどれくらいの力が戻っているのか確かめたかったし。火だって消しとかなきゃならないじゃない。竜だったら雨が降っても自然だなーと思って」
白の言い分はもっともだったが、それでも表情よりもずっと勝隆は驚いていた。鱗虫の長、竜。本当にいるのかどうかも分からない伝説の生物を、思いもかけない状況で目の当たりにしたのだ。今思いだしても息を呑んでしまう。途轍もない巨体の竜の正体が、この比較的大きな狐だというのだから、まさに化かされているような気分だった。
「白の声が聞こえるまで、俺は食べられるんじゃないかと思って冷や冷やした」
「ふん、あんたなんか食べたらお腹壊しちゃうわよ」
白は拗ねて顔を顰める。いつもなら少しは威厳のある紅い眼が、あの竜を見た後ではどうしても可愛らしく見えた。
滝の水しぶきが、先ほどから袖に少しかかっている。それほど大きな滝ではない。
ここは何処かの森の奥だろう。あたりに明かりはなく、ただ星の光だけが天にある。雲はとっくに無くなっていた。
月もない。今夜は新月なのだと勝隆は思いだした。
白が落ち着き、毛繕いを始めたところで勝隆は口にした。
「あの夜、岡豊城で何かが起こったんだ」
あれから勝隆は繰り返しそう思っていた。
貞親は覇道に入る、その為の行動だと言っていたが、それはあまりに謎に満ちた答えだ。勝隆が知りたいのは、もっとはっきりとした根本の解答だった。あの一夜の内に岡豊城に、長宗我部一族に何が起こったのか。
あの物々しさ。昼間穏やかに接していた貞親が、何故豹変したのか。勝隆にはまるで分からなかった。
弥吉がいうには、彼は長宗我部を継ぐには血筋に問題があるらしいがそれでも、彼ははっきりと父から全てを託されたと言っていた。もし、彼の話が本当だとしたらどうだろう。家中に反対派がいる中で跡目を継ぐならば、反対派を粛清し、地盤を固めなくてはいけない。その為に異母兄弟たちを捕らえ、反対派を捕らえるというのは筋が通っている。
しかし、そうだとしても突然すぎる。
「そう、あの夜岡豊城では何かが起きた」
白が呟くように言った。
「何か大きく、城の、そう長宗我部の方針が突然変わったのよ。あたしも詳しい事は分からないけど。方針が変わったことによって、国親は自分の跡目を貞親に任せた」
「貞親が父親を捕らえて、無理矢理そうさせたということは・・・。国親を監禁して、自分は父の命で動いていると言って、城内を武力でまとめることも出来る。あの酢漿草衆とかいう奴らの手際は、あれが急な命令だと思うには手際が良すぎる」
白は肯いた。
「その可能性だってあるわね。でもね、ちょっと急すぎやしない?昼間、貞親と話したけれどそんな様子はなかったわ。彼にしてみれば、今夜の事は一世一代の大勝負。それを前に、平然と客を案内するかしら」
「けど、そんな事があるんだろうか。一夜にして一族の方針が変わるなんて。あまりにも急過ぎやしないか」
その集団が大きければ大きいほど、方針は急には変えられない。変えれば不和が発生する。それは勝隆が良く知っていることである。
「それだけ重大な目的の変更だったんでしょう。それだけ達成された時の見返りの大きい、何かがあった。そして恐らくその『何か』を長宗我部に持ち込んだのは・・・明智十兵衛光秀」
「十兵衛殿が」
「時期が合致し過ぎているわ。彼があの城に入って半日もしない内に城中が動いた。これが偶然であるはずがない。これは、十兵衛が長宗我部の長、国親になにか話を持ちかけたのね。さすがに内容までは分からないけど、公家の使いという事を考えるなら十中八九、『取り引き』」
そしてその取り引きの見返りは、国親にとってとても魅力的なものなのだろうと白は付け足した。そもそもこの時世、公家と豪族との取り引きなど、全く珍しい事ではないのだ。公家、すなわち朝廷は権威を失墜し、もはやかつてのような莫大な財がなく、時の流れと共にその財は、武力を持った大名たちに流れていっている。
しかし一方で、地位や領地を授けるのは未だ朝廷である。ここに両者の駆け引き生まれないはずがない。
「俺は、あまり権力者同士の取り引きというのが分からない。白の考えを教えてくれ。その取り引きというのはなんだと思う?地方の有力豪族の長が望むもの。それは天下か」
白はしばらく考えた。国親という人物の人となりを、自分は知らない。もし実力と野心の勇者であるなら、確かに天下を望むかも知れない。それは道理である。
しかしそうでなければ。つまり国親が野心を持った並の地方豪族だとすれば、天下はあまりに重すぎる。地方の実力者が望むもの。そこに、この群雄割拠という条件が加われば。
「安定と保証かもしれない」
白はそう推理した。
「つまりこの地の平和を望んだのかも知れないわ。勝隆、この土佐の情勢くらいは知ってるわよね?」
「ああ」
都で大乱が起こって以来、それまで大権を振るっていた守護大名細川氏の権威は失墜し、かつての支配力は衰退していった。そこに台頭してきたのがこの地の豪族。土佐では今、長宗我部の他に大平、本山、吉良、津野、安芸、香宗我部の六氏がしのぎを削り合っている。そしてこの内、一度滅亡するも家を再興し、現在猛烈な勢いで勢力を拡大しているのが長宗我部一族である。
土佐ではこの七つの一族を土佐七雄と呼んでいた。しかし長宗我部の勢力が突出しているかといえば、そうでもない。長宗我部が注目されるのは、あくまでその猛烈な追い上げであって、勢力自体は他の六氏と鬩ぎ合っている。やはり土佐は、七氏のにらみ合いが続いているのだ。
「この状況ではどんな手段を使っても天下には遠すぎる。そして、あまりに不安定よ。いい?七氏の均衡が崩れれば、あっという間に土佐、四国の情勢が一変する。
そんな不安定な状況、一族の当主なら自分たちがいつ滅ぼされやしないかと不安で仕方がない。長宗我部の当主なら、一族の繁栄もさることながら『生き残る』というのが最も重要な事だものね。だから私は、彼が天下ではなく安定を求めたのだと考えるわ」
「公家と何か、長宗我部の安泰を約束をする取り引きをしたという事か?だがそれなら問題は貞親の『覇道』という言葉だ。白の推理とは矛盾してくるぞ」
覇道。すなわち武力、権謀をもって国を治めるということである。それは安定、安泰というものからは遠い言葉のように感じられた。自分の一族と領地の安堵を求めるものが、その言葉を口にするだろうか。
「そうね。話の流れなら王道という言葉の方が相応しいし」
難しいわね、と白は息を吐いた。
「そういえば、次男の元親という若君はどうなったんだろう。彼も今回の重要な関係者だ。白、元親殿はちゃんと助けたのか?」
「それが、私が館に入った時にはもうあの虎之助とか言う忍が連れ去った後だったの。たぶん城に火をつけたのも、彼だったのだと思う。つまり全ては元親を逃すためのものだったのね。うまく逃げていると思うけど。追いかけようとにも、その後すぐあんたの光を見つけて駆けつけたから」
行き詰まって二人は黙り込んだ。手がかりとなる元親の生死もすら分からない。そもそも二人はその元親という若君の顔さえ知らないのである。
勝隆はあの城に多くのものを忘れ残したような気がして、なんとも言えない後味の悪さを感じた。
「逃げた元親君を探すか・・・」
「けど、これは敢えて聞くけどさ、勝隆。あんたこの件とは実質無関係じゃない。別にこれから、長宗我部との関わりは捨てて生きていけるのよ。村に帰ったって誰もあんたを責めはしないわ。都に遊びに行ったって良い。この件に深入りするなら、間違いなく命の危険というやつだって付いてくる。ここらで手を引くっていうのも一つの手よ?」
その問いに、勝隆は即座に答えた。
「いや・・・出来れば元親君を保護して、事情を聞きたい。そして場合によっては手助けする」
勝隆は毅然として答えた。ここで手を引こうとは勝隆は全く考えていなかった。といっても元親本人にそれほど興味があったわけではない。
勝隆の興味の対象は貞親にこそあった。何故彼はあのような行動を取ったのか。あの豹変ぶり、昼間の仮面。その真実が知りたかった。自分は何より、人の心を知りたくて、自分を変えたくて旅に出たのだ。貞親という人物を知る事で、それが少し叶いそうな気がすると勝隆は考えていた。
そしてなにより、彼は勝隆が初めて興味を持った人間だったのだ。
「分かったわ。じゃあ、まず元親を全力で探し出しましょう。彼女を保護するのよ!」
勝隆は顔を引き締めて肯いた。その夜、二人は決意を固めて眠りについた。
そして目が覚めると、二人の前には一人の少女と忍が控え待っていた。
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