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エピローグ後編 カナの意味

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「彼女の名は風見鶏渚。名家風見鶏一族の一人娘。

幼い頃に母が家政婦をしていた関係でよく遊んでいた。

母と二人暮らしだった俺は借家のボロからお屋敷に行き来する毎日だった。

そのうち母が住み込みで働くようになると俺も当然屋敷で。

母が亡くなると彼女の家に引き取られることに。

一人娘のサポートとして養子になったのは理解してるが恩人に変わりない。

彼女との仲も良好。

カナが年上なものだからよく弟みたいに接するが俺としては複雑。

隠さずに言えばカナへの想いは常にあった。

だが彼女がそれをよしとしなかった。

恋愛関係になればいい面も悪い面も見えてくる。

だからこのままでいいとカナが。いやお嬢様がそう言えば俺は従うしかない。


ある日カナが自分の母の故郷に興味を持ちなぜか里帰りがしたいと言い出した。

止めたが頑なだった。

一度も、少なくても物心ついてから行ったことのない場所。

しかも急に親しくなった男との二人旅。

いわゆる恋人とのバカンス。

当然旦那様は猛反対。それでも行きたいと譲らない。

彼女は俺を引き連れることを条件に何とか許しを得る。

こうして俺はカナお嬢様のお守り役を任された。

要するに監視役だ。監視役として二人に同行。

そこがグリーズ島さ。覚えてるだろドルチェ? 」

一年前の惨劇。

これが島に辿り着くまでの俺たちの動き。

翼がカナを唆したのは間違いない。

秘宝『聖女の涙』に取りつかれた哀れな男。

その男の野望を見破れなかった世間知らずのお嬢様。


「大河さん。あなたはやはり…… 」

「ああ俺はカナが好きだった。でもそれを彼女がよしとせず他の男へ。

よりによってあの翼を愛してしまった。と勝手にそう思っている。

ただ真実は俺には分からない。直接カナに聞けば分かる。

だがそれが俺にはできない。怖すぎる。怖すぎるんだ。

「それで大河さんとカナさんは結局どのような関係でしょうか? 」

ブリリアントが話を元に戻す。

「関係? 昔はどうか分からないが義理の姉弟で仲良くやっているよ」

「お姉さんですか? 」

「そうだな。恥ずかしい話カナはお姉ちゃん。

俺にとって彼女はただのお姉ちゃんなのかもしれないな」

なぜか皆の前で告白する。

これでは公開処刑ではないか。

恥ずかしくてやってられない。


「だからカナさんの為に? でも名前で呼んでいたし……

まるで恋人の様だってドルチェがそう言うから」

シンディーがドルチェに擦り付ける。

「私? すべて私が悪いの? 親密にしていた大河が悪いんでしょう」

結局俺が悪いことになるらしい。


「カナか…… 誤解させたみたいだな。あれは愛称と言うか……

彼女の母の故郷では名前にカナをつけるらしいんだ。

俺もそれに慣れてつい渚カナって。そのうちカナだけで呼ぶように。

カナもその方がいいって言うからそのまま直さずに現在まで。

実はカナにはもう一つ意味が…… 」

つい下を向く。


「恥ずかしいのは分かるけどさちゃんと話しなよ大河。

あーちゃんに笑われるよ」

そう一人だけ俺に気を許してない女エレン。

彼女さえ意のままに操れれば俺の計画が完遂する。

残念だがもはや彼女の頭の中はあーちゃんのことだけ。

俺が入る余地がない。

だがそれでは彼女は不幸になってしまう。

何として振り向かせる。いや無理にでも振り向いてもらう。


「ははは…… エレンもきついな」

時間を稼ぎ態勢を立て直す。

「カナには愛しき人よって意味もあるんだ。

だから俺もカナって呼ぶし彼女もそう呼ぶ。

二人の関係を確認する為に…… このことは少し余計だったかな」

まったくなぜこんな話をしなくてはならない。

どれだけ恥ずかしいと思ってるんだ。


「大河さん。あなたのフルネームは? 」

突然ブリリアントのカウンター。

「何だそれ? 」

「大河さん自己紹介では名前しか言ってませんでしたしいつも大河だったから」

ブリリアントの鋭い指摘。

このさえ聞いておけってか?

さすがは我が助手。恐れ入る。

「ああ、言ってなかったか」

「はい」

「知りたいか? 」

「ふざけないでしっかり答えて大河」

エレンは一貫して厳しい。


「俺の名は風見鶏大河だ」

「風見さん…… 」

いつの間にかハッピー先生の姿が。

隠れて俺たちの会話を盗み聞きしていたらしい。

お節介なミス・マーム。お節介が過ぎるよハッピー先生。

「ハッピー先生。どこにいたんですか? 姿を見せないで心配したんですよ。

それと俺の名前は風見鶏です。間違えないでくださいよ。風見鶏大河」

「分かりました大河さん。どうやら告白は始まったようですね。

私も見守るとしましょう。では続けてください」

そう言うと腰を下ろした。


「改めて皆。俺と結婚してくれ」

一番最初に反応したのはエレン。困った様子。

「私は自分の運命を受け入れたい。大河の気持ちは嬉しいけど決めたこと」

分かり切っていたことだがエレンは頑なに意見を曲げようとしない。

「しかし…… このまま行くとどうなるか分かってるのかエレン? 」

「分かってる。それにあーちゃんのこともあるし…… 」

エレンはすべて理解した上で選んだ。そこに後悔はないらしい。

エレンを動かせない。これでは失敗も同然。

「分かってないじゃないかエレン。俺をなぜ信じない? 」

強く訴えかけるも決して届きはしない。

こんなにも近いと言うのにまるで世界が違う。


「私から申しましょう」

ハッピー先生が立ち上がり少女たちの置かれている状況を説明する。

「ブリリアントさん、シンディーさん、ドルチェさん、エレンさん。

あなた方四人は今日祭りが終わるまでに婚約しなければなりません。

それを過ぎると規定通り島長である副村長と契りを結ばなければなりません。

そもそもマウントシーの館に来る者はその場で副村長と契りを結ぶ決まり。

それを副村長自らが猶予を与えるよう指示したのです。

意外かもしれませんが副村長はあなた方の意思を尊重したのです。

その期限が今日という訳です。大河さんは知らされてましたよね」

「ええ。初日に聞かされショックで…… 俺はどうしたらいいか迷いました。

祭りまでに彼女たちを振り向かせられたら撤回すると。そして俺に後を任せると。

冗談かとも思いましたが副村長の真剣なまなざしから本心だと悟りました。

そして何より俺を信用してくれたことが嬉しかった」

「そう『聖女の涙』捜索の条件としてあなた方を幸せに導くようにと。

副村長もその重責に耐えられなかったのでしょう」

ハッピー先生が補足する。


ついにすべてが明らかになった。

もう時間がない。それは大河ではなく彼女たちの方なのだ。



              最終回に続く
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