38 / 59
最後のトナラー
しおりを挟む
「済まんねわざわざ。どこに落としたんだか…… お巡りさんも気をつけな」
恥ずかしそうに頭を掻く主人。気をつけるように注意すると返されてしまう。
これで役目は果たした。後はゆっくりするとしよう。
年季の入ったタイルにお馴染の富士山。
昔ながらの銭湯で一息つく。
ふう気持ちいいな。嫌なこともすっかり忘れそうだ。
「あれお巡りさんじゃないか。休職中? 」
一人で貸し切り状態だったのに余計なのが入って来た。
「あなたは? 」
「何だよ忘れちまったのかよ。俺だよ俺」
うん誰だ…… ハンバーグ? 面識はないはずだが。
当然あっちは見てるから親近感が湧くのだろうな。
だが今は風呂に入ってるんだから構わないで欲しい。
お巡りさんにだってプライベートはあるんだよ。
「前田です。どうぞよろしく」
自己紹介は大人しく控え目。拍子が抜けるなもう。
「前田さんって言うとまさか…… 」
最後のトナラ―。
「何だやっぱり知ってたんじゃないですか。水臭いなもう」
そう言うと寄って来る。
男の証言通り。人との距離感を測り切れてない。
まあいいか。聞きたいこともあるしな。
「あの…… 実は」
「何だよ聞こえないよ? 」
湯船でバシャバシャするからうるさくて聞こえないんじゃないか。よく言う。
「あのその…… 」
どう話していいものかもう終わった失踪事件。
それを忘れるために銭湯に来たのに。これでは逆効果。
「あれお巡りさんもあのちゃんのファンなの? いや奇遇ですな。
実は俺も親子でファンでして。ははは…… これは参ったな」
聞いてもいないどうでもいいことをベラベラと。不愉快になる。
「そうではなくて…… 」
「そう言えばもう一人俺よりも筋金入りのファンの男がいるよ。
いつも銭湯で会うと口癖のようにあのと言うからこれは間違いない」
やはり例の男について述べてるらしい。
「その人何か変じゃありませんでしたか? 」
「おいあのちゃんファンに悪い奴なんかいるかよ! 」
だから本人も否定してただろうが。
まったく何なんだこの人は? いきなり興奮して。
「いいや。彼は真面目な男だよ。俺のつまらない話に付き合ってくれるんだから」
それはあなたが無理矢理今みたいに迫るからでしょう。
そう言えたらすっきりするんだけどな。
「おかしな点は? 」
「何だ。お巡りさんはあの男を疑ってるのか? 何か事件の捜査かい? 」
意外な返しが来る。
「そうではなく気になるんです」
「確かにな。俺も彼の行動が気になるさ。いつも脱衣所で誰かに話し掛けてる。
最初は小さな声で時には叫びだすことも。大丈夫か心配するだろ普通?
でも駆けつけると当然だが誰も居ないし何もない。叫ぶ対象も怒る対象もない。
変だろ? 俺だけじゃない。他の奴も目撃してるんだ」
男の異常な行動を目の当たりにしていながら注意もせず黙っていたらしい。
「かなり怪しいですねそれは。不審者とか? 」
「不審か? それはそうだがそんな奴いくらだって。俺だって人のこと言えないさ。
だから放っておいたんだ」
「ありがとうございます」
まあいい。男についてはこれくらいで。
「ちなみに前田さんはブブンカさんを知ってますか? 」
「知ってるよ。疑ってるのか? 」
「付き合いがあるそうですが」
「ああ親しくしてる。近所だからな。一緒に風呂に行こうぜってな」
「彼は近所? 」
「そうだよ。俺たち引っ越して来たばかりの新入りさ。だから親近感があってさ」
「でもここの常連だって…… 」
「誰から聞いたか知らないがそうなんだ。俺は隣の市から引っ越して来た。
だから銭湯の常連なんだ。まあいろいろあるのさ。詮索はなしにしてもらいたいな」
それはプライベートなことなのでもちろんこれ以上追及しない。
嫌だと言うなら聞くものではない。でもこの人言いたがってる気もする。
「その…… あのちゃんファンの方から聞いてましたのでつい」
言い訳する。まずいな勝手にファンにしてしまった。
「やっぱりあいつか。それで俺に何を聞きたい? 」
そうそうようやく本題に入れる。もう充分聞いた気もするが。
この際ブブンカはいい。別件で動いてるとの話も聞くしな。
「確認です。彼はあなたの近所の方? 」
「いや違うよ。それくらい調べがついてるんだろ? 」
うわ…… 痛いところを突いてくる。
「だから確認だと。ではどこに住まわれてるかは? 」
「はあ? 知るはずないだろ! 銭湯で仲良くなっただけだぜ。
それこそ警察の仕事じゃないのかいお巡りさん? 」
あのちゃん大好きおじさんは仲間を売る気はないらしい。
ついに最後のトナラ―が姿を見せた。
事件は一気にクライマックスへ。
続く
恥ずかしそうに頭を掻く主人。気をつけるように注意すると返されてしまう。
これで役目は果たした。後はゆっくりするとしよう。
年季の入ったタイルにお馴染の富士山。
昔ながらの銭湯で一息つく。
ふう気持ちいいな。嫌なこともすっかり忘れそうだ。
「あれお巡りさんじゃないか。休職中? 」
一人で貸し切り状態だったのに余計なのが入って来た。
「あなたは? 」
「何だよ忘れちまったのかよ。俺だよ俺」
うん誰だ…… ハンバーグ? 面識はないはずだが。
当然あっちは見てるから親近感が湧くのだろうな。
だが今は風呂に入ってるんだから構わないで欲しい。
お巡りさんにだってプライベートはあるんだよ。
「前田です。どうぞよろしく」
自己紹介は大人しく控え目。拍子が抜けるなもう。
「前田さんって言うとまさか…… 」
最後のトナラ―。
「何だやっぱり知ってたんじゃないですか。水臭いなもう」
そう言うと寄って来る。
男の証言通り。人との距離感を測り切れてない。
まあいいか。聞きたいこともあるしな。
「あの…… 実は」
「何だよ聞こえないよ? 」
湯船でバシャバシャするからうるさくて聞こえないんじゃないか。よく言う。
「あのその…… 」
どう話していいものかもう終わった失踪事件。
それを忘れるために銭湯に来たのに。これでは逆効果。
「あれお巡りさんもあのちゃんのファンなの? いや奇遇ですな。
実は俺も親子でファンでして。ははは…… これは参ったな」
聞いてもいないどうでもいいことをベラベラと。不愉快になる。
「そうではなくて…… 」
「そう言えばもう一人俺よりも筋金入りのファンの男がいるよ。
いつも銭湯で会うと口癖のようにあのと言うからこれは間違いない」
やはり例の男について述べてるらしい。
「その人何か変じゃありませんでしたか? 」
「おいあのちゃんファンに悪い奴なんかいるかよ! 」
だから本人も否定してただろうが。
まったく何なんだこの人は? いきなり興奮して。
「いいや。彼は真面目な男だよ。俺のつまらない話に付き合ってくれるんだから」
それはあなたが無理矢理今みたいに迫るからでしょう。
そう言えたらすっきりするんだけどな。
「おかしな点は? 」
「何だ。お巡りさんはあの男を疑ってるのか? 何か事件の捜査かい? 」
意外な返しが来る。
「そうではなく気になるんです」
「確かにな。俺も彼の行動が気になるさ。いつも脱衣所で誰かに話し掛けてる。
最初は小さな声で時には叫びだすことも。大丈夫か心配するだろ普通?
でも駆けつけると当然だが誰も居ないし何もない。叫ぶ対象も怒る対象もない。
変だろ? 俺だけじゃない。他の奴も目撃してるんだ」
男の異常な行動を目の当たりにしていながら注意もせず黙っていたらしい。
「かなり怪しいですねそれは。不審者とか? 」
「不審か? それはそうだがそんな奴いくらだって。俺だって人のこと言えないさ。
だから放っておいたんだ」
「ありがとうございます」
まあいい。男についてはこれくらいで。
「ちなみに前田さんはブブンカさんを知ってますか? 」
「知ってるよ。疑ってるのか? 」
「付き合いがあるそうですが」
「ああ親しくしてる。近所だからな。一緒に風呂に行こうぜってな」
「彼は近所? 」
「そうだよ。俺たち引っ越して来たばかりの新入りさ。だから親近感があってさ」
「でもここの常連だって…… 」
「誰から聞いたか知らないがそうなんだ。俺は隣の市から引っ越して来た。
だから銭湯の常連なんだ。まあいろいろあるのさ。詮索はなしにしてもらいたいな」
それはプライベートなことなのでもちろんこれ以上追及しない。
嫌だと言うなら聞くものではない。でもこの人言いたがってる気もする。
「その…… あのちゃんファンの方から聞いてましたのでつい」
言い訳する。まずいな勝手にファンにしてしまった。
「やっぱりあいつか。それで俺に何を聞きたい? 」
そうそうようやく本題に入れる。もう充分聞いた気もするが。
この際ブブンカはいい。別件で動いてるとの話も聞くしな。
「確認です。彼はあなたの近所の方? 」
「いや違うよ。それくらい調べがついてるんだろ? 」
うわ…… 痛いところを突いてくる。
「だから確認だと。ではどこに住まわれてるかは? 」
「はあ? 知るはずないだろ! 銭湯で仲良くなっただけだぜ。
それこそ警察の仕事じゃないのかいお巡りさん? 」
あのちゃん大好きおじさんは仲間を売る気はないらしい。
ついに最後のトナラ―が姿を見せた。
事件は一気にクライマックスへ。
続く
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
妻のち愛人。
ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。
「ねーねー、ロナぁー」
甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。
そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる