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お隣さん

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左横田さんの隣はそれは確かに存在する。
だがそれは右隣だ。左隣には家などない。
あるのは到底家とは呼べない代物。

「お巡りさんは男に言われたから捜査に当たってるんですよね?
その訴えた男は一体どこに住まれてるんです? それぐらいよろしいでしょう。
失踪したと言われる女性はどこに存在しうるんですか? 」
娘ではなく母に厳しく問い詰められる。逃げを許さない強烈な追及。
てっきり親子で被害妄想のヒステリーかと思いきや私がただの間抜けだったらしい。
「いえそれは…… 」
「答えられないでしょうね。でも存在するんでしょう? 」
こちらを気遣うお母様。だがそれは形だけでもう娘と一緒に軽蔑の目を向けている。
今まで積み上げてきた信頼が一気に崩れ落ちる。
このままでは私個人ではなく同僚にも警察全体にも迷惑が。
男を信じたばかりに事実確認を怠った。忙しい訳でも難しい訳でもないと言うのに。
失態だ。虚言癖に憑りつかれた男の妄想をそのまま信じて暴走してしまった。
気がついた今取り返しのつかない事態を招いている。
何て愚かで浅はかだったのだろう?
失踪された男に同情してつい居もしない幻影を追いかけ回してしまった。
許されることではないがまだ正式な捜査でなかったのがせめてもの救い。

「どうしましたお巡りさん? ご回答ください」
「いえ…… どこにも…… 」
ここに来てはもう認めるしかない。
私は間違っていた。そして親子はそれに気づかせてくれた。
どこかおかしいと考えていた。でもそれが何なのかいまいちピンとこなかった。
だからこそモヤモヤしながらも捜査を続けた。
初動に誤りがあったのだ。

そうだった…… 常に付きまとっていた違和感。
お爺さんも指摘していたではないか。
お爺さんの裏隣だと言い左横田さんが右隣に引っ越してきたと男は言っていた。
だがそれはあり得ない。家などないのだから。失踪も何もない。
では男は存在しないのか? それはあり得ない。
彼女は存在しないのか? それさえ不確か。
何一つ確かなものはない。真実とはそう言うものなのかもしれないな。

「呆れた…… 警察はそんな基本的なことも調べずに捜査を続けてきたの? 
確かに先月からしつこいストーカー男がまとわりついてましたけど。
その人がどこの誰かなんて知りませんでしたよ」
隣人トラブルとは無関係なストーカー男。
彼は一体何者でなぜ我々をおちょくるような酷いことをしたのか?
いくら考えても答えは出ない。
信じていたのに。失踪事件で苦しんでいる姿を見て助けてあげたいと思ったのに。
それなのに対象の失踪者が存在しないなど……
ダメだ。もう立ち直れそうにない。

娘は嬉々として自らの推理を披露する。
「ふふふ…… お巡りさんはからかわれていたんですよ。
在りもしない失踪事件をでっち上げ構ってもらおうとする最低人間がいるんです。
あの男の狙いはこうですよ。
私が隣人トラブルで弱ったところで優しく声を掛けものにする。
人間の皮を被ったケダモノ。一石二鳥を狙った浅はかなストーカー。
残念ですがお巡りさんはそのストーカーの口車に乗り結果犯罪に加担してしまった」

左横田さんによって導き出された答えはそれは衝撃的なものだった。
男は暇つぶしにからかった上で隣人トラブルを起こさせる。
そしてストーカー対象者を苦しめ弱らせあわよくば彼女をゲットできるって算段。
恐ろしいとしか言いようがない。

「最初に確認すればいいのに」
「そうよね? 」
呆然としてるところに追い打ちをかける。
「失礼しました。今日はこれで帰ります」
「はいはい。ご苦労様でした」
「それから…… この件はご内密にお願いします」
「はい。本当にご苦労様でした。お巡りさんも大変だったでしょう」
労わりの言葉を忘れないお母様。もう完全に信用を失ってしまった。
私が間抜けだったばかりにこんなことに。
娘さんは勝ち誇ったように笑い母の方は労わりの言葉を掛けてくれる。
いつもならどってことない一言。でも今の私には響く。救われる思いだ。

「あのちなみにこれはいつ頃から? 」
「はあふざけてるのあんた? 私たちは引っ越して来たばかり。
知るはずないでしょう? そんなこと自分で勝手に調べなさいよね! 」
「ちょっと言い過ぎよ。さあお家に戻りましょう」
「もうお母さん…… 」
仲のいい? 親子は姿を消す。

取り敢えず連絡先を控えて交番へ。
ああどう報告すればいいやら。足が重い。

                  続く
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