上 下
89 / 125

噂話

しおりを挟む
素直で可愛らしいヴィーナ。
お姉様に時折見せていたが私には決して……
いつも不機嫌でワガママなお嬢様だった。
でも今はどうでしょう? 素直で打たれ弱い女の子。
だから守ってあげたいと本気で思う。悩みを解決してやれたらと。でも……
ごめんなさい。ごめんなさいヴィーナ。
あなたの悩みを取り除いてあげられない。
もうセピユロスと幸せになると決めた。
遅すぎる。遅すぎるのよヴィーナ。
そんな顔をしないで。私の決意が揺らいでしまう。
もっといつものように不機嫌でワガママで生意気なヴィーナでいて。

「ほら顔を上げなさい。詳しく話して」
相談に乗る振りをする。
ああ裏切り続ける私をお許しください。
「メイドたちが噂してた。セピユロスが夜な夜な通っているのを見たと」
ヴィーナの告白。それは衝撃的なものだった。
何とか冷静さを装うもどうしても強引になってしまう。
「見間違いじゃないの。気にすることないわ」
「一人だけじゃない! 何人も見たって…… 」
「たぶん勘違いよ。いい加減なんだから」
「勘違い…… 本当に? 」
「ええ。誰が言ったんです? 」
「だから女の子たち…… 」
ヴィーナもその辺のことは心得ているよう。
名前を言えば処分されると分かっているから濁した。
事実がどうであれ根も葉もない噂を流すメイドをそばには置いておけない。
私は何と言ってもここの絶体権力者。ご主人様なのですから。
この屋敷を支配する者であり責任者でもあるご主人様。
やはり処分は免れない。速やかに遂行すべき。
トラブルの芽は早めに摘むのがいいですからね。

「まあ誰でもいいわ。どこに通ってると? 」
問い詰めずに話を聞く。
「それが…… 教えてくれない」
私たちの関係にヴィーナはまだ気づいてないらしい。
「分かりました。それとなく聞いてみますのでこれ以上悩むのはよしなさい」
「誰のところに通っているか聞きだすつもり? 」
ヴィーナはまだ拘っている。
セピユロスが夜な夜などこへ通おうとどうでもいい。
真実は闇に葬るべきだ。

「お母様? 」
まだ気にかけてるよう。
所詮は噂話に過ぎない。これ以上真面目に答えるのも馬鹿馬鹿しい。
「心配しないで。聞きだしてももちろん処分しません」
ただ噂の出所は突き止める必要がある。
「ほらぼうっとしてないで手伝うのです」
ヴィーナの頭の中から噂を取り除かねば。
急がなくては噂好きのメイドたちの格好の餌食となってしまう。
最悪なのはそれで真実を知ってしまうこと。
ごまかしようがない。
「ハイハイ」
横柄な態度のヴィーナ。
相談してすっきりしたのか元気を取り戻したよう。

相談相手は選びましょう。私にはこの手の話はさすがに荷が重い。
とにかく絶体絶命の危機は乗り切った。
ただヴィーナが近づき過ぎれば真実に辿り着く恐れもある。
それは彼女にとって大変つらいことになるでしょう。
当然私も巻き込まれることに。
噂とはどこまでも噂でしかない。決して真実などではない。
仮に噂が真実だったとしても必要以上に近づいてはいけない。

説得が功を奏したのか大人しく作業に戻るヴィーナ。
飾りつけを終え後は国王様を待つだけ。
「あのご主人様…… 」
ノートを片手にメイドが駆けて来た。
国王を招待するとあってびっちりと書き込まれたノート。
そつなく進行させるのには重要なもの。
「それで歓迎の意味も込めてやってはどうかと…… 」
元々国王主催のパーティーで披露するつもりだったがまあ余興するのも悪くない。
「私は良いのですが…… ボノが」
そう肝心のボノが居ない。
この余興は一人ではできない。二人が力を合わせてようやく完成する。
「いかかが致しましょうか? 」
「分かりました。そのように調整お願いします」
よく考えもせずについ勢いで。安請け合いしてしまったかしら?
後悔してももう遅い。
恥ずかしい格好に恥ずかしい思いをしなければならない。
我が家に伝わる伝統的なもの。
いつかはヴィーナにも継承してもらうことになる。
それがこの家に生まれた者の宿命。
子から孫へ。伝わっていくもの。

「ご主人様セピユロスさんが戻ってきました! 」
新人メイドの声。
セピユロスはボノと狩猟に出かけたはず。
今流行のスポーツハンティング。
決して褒められた趣味ではない。
ボノは色々と言い訳して正当化するが結局は残酷なゲーム。
野蛮で美しくない。紳士のお遊びには相応しくない。

セピユロスの帰還が意味するものとは?
崩壊の足音が近づいて来る。
もう誰にも止められない。


                   続く
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

もう彼女でいいじゃないですか

キムラましゅろう
恋愛
ある日わたしは婚約者に婚約解消を申し出た。 常にわたし以外の女を腕に絡ませている事に耐えられなくなったからだ。 幼い頃からわたしを溺愛する婚約者は婚約解消を絶対に認めないが、わたしの心は限界だった。 だからわたしは行動する。 わたしから婚約者を自由にするために。 わたしが自由を手にするために。 残酷な表現はありませんが、 性的なワードが幾つが出てきます。 苦手な方は回れ右をお願いします。 小説家になろうさんの方では ifストーリーを投稿しております。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

処理中です...