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Dead End ユ キ・サクラ (9)

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目が合った影響なのか、湧き上がった不思議な感覚が何なのか、理解することが出来ず、しゃがんだまま直ぐに体が動くことが出来なかった
「姫様?…あぁ、姫様じゃないか、こんな夜更けにどうしたんだ?」
声に違和感がある?言葉遣いに違和感?ううん、違う、雰囲気が、違う?
目の前に居るのは、確かにユキさんだ、だけど、昼間と…雰囲気が違い過ぎる?目の前にいる人は誰?


『話を聞いて』


脳内にワードではなく願いが込み上げてくる…
その刹那、体験したことのない世界が一瞬だけ見えた…

ドラゴンに捕食されている始祖様?
いいえ、違う、あれはユキさん?
今のユキさんが戦士として成長した姿?
筋肉もしっかりとしていた…っということは、未来ではユキさんはドラゴンと闘って敗れた?鎧をきて…いなかった?どう、いう状況?

「…?反応が無いな?…ぁぁ、そうか、夜更けに俺が何をしているのかってのもあるよな、それは…そうだよな、夜中に男と女だ警戒するのが正しいな」
うんうんっと、頷いているユキさんが背筋をただし
「お初にお目にかかります、今宵、月が隠れるという不思議な夜にこんばんは、不思議な夜の世界にようこそ、我らが姫よ。私の名前は、ギナヤ家のユキ…偉大なりし戦士長、シヨウがただ一人の息子…ユキ・ギナヤと申します」
丁寧に頭を下げ、偉い人がほぼ同格の人物に挨拶をするような方法で挨拶をしてくれるのだけれど、何処か古めかしい挨拶の仕方だった…
ユキさんって意外と古文とかの教養があるのだろうか?

彼の出自を思い出し、否定する。
彼は平民の出、恐らく、王家の隠された血筋と、王家直轄の近衛騎士隊長である筆頭騎士の家系が交わった特殊な家系
だけど、平民育ち、平民故に教養は無いと思っていい筈…っであれば、目の前の人物は誰?

「こらこら?お嬢様?丁寧な名乗りを上げたのだから、そちらも名乗るのが格式高い存在の務めじゃないのか?」
あどけない仕草で貴族としての嗜みが出来ないのかと値踏みされるこの感じ…完全に相手は貴族社会を知っている。
『話を聞いて』っという言葉が意味するのが、もしかしたら、ここなのかもしれない…

なら、これでも一応、貴族出身の現時点では平民であるけれども、街の代表として認められている者として相応しい対応をしなければいけない。

「ぅ、うん」
寝起きで、突然の状況で乾いた喉を湿らせ喉を起こす為に軽く咳ばらいをして、しゃがんだ姿勢から立ち上がり
「今宵の夜、貴方という人物に巡り合えたことを幸福と表現し、此度の廻り合わせを導いていただいた、天空で見守り続ける聖なる月の導きに感謝を…」
スカートの端をつまんで、右足を左足の後ろに回し、右足はつま先を付け、左足一つで体重を支えながらゆっくりと膝を曲げながら頭を下げ、つまんだスカートを持ち上げて挨拶をした後は、ゆっくりと元の姿勢に戻り背筋を伸ばし
「名乗り上げ誠にありがとうございます。その心意気を受け取りました。その想いに応え私も名乗りましょう」

本当は、この街でもお母さん以外に正式に名乗ったことが無い名前。
出来れば、名乗りたくない名前、私の名前は…

特殊な名前だから、その名前の意味を知る人だと、直ぐに私がどういった出自なのかすぐにわかってしまうから…出来る限り名乗りたくなかった名前

「ル・サクラ・イラツゲ」

始まりは癒しの聖女であるイラツゲ
ルは、私が生まれた土地の風習で、特定の役職に就いたものが呼ばれる呼称

サクラは…始祖様が名付けてくれた名前

「どうぞ、良しなに…」
最後は張り付けたような笑顔で言葉を紡ぐと…目の前にいる男性が驚いた表情のまま固まっている
「…やっぱり、そう、なのか…驚いた、そうか、そうだったのか…」
彼の中で何か引っかかることがあり続けたのか、私の名前を聞いて何かに繋がったっと言う感じ?
…もしかして、ユキさんって熱心な教徒だったりする?聖女伝説に精通しているのかな?

「君がルに目覚めたモノであれば、俺の突拍子のない話を聞いたとしても納得してくれるだろう」
ユキさんは感慨深そうに何度も大きく首を縦に振り頷いたと思ったら、突拍子も無い事を語りだす

「君の誠実な想いに応え、我が盟友の名を冠する者には敬意を!我が名は柳!偉大なりし太陽と月から名を受けし、西方の王である!良きに計らえ!」
…何かの真似事だろうか?何かを演じているのだろうか?そんな事を考えてしまうくらい、突拍子もない口上…私は、今の状況が呑み込めない。

「…これまた、反応が無いか、それも、そうか、いきなり始まりの王の一人である柳の名前を出したところで信じられるわけでもあるまいて」
自称王様のユキさんがゆっくりと近づいてきて、そっと優しく、愛しい愛娘に接するみたいに私の頭をぽんぽんっと撫でるように叩く…その瞬間、私の胸は高鳴り涙が溢れ出てくる
「ぉ、おぉ?偉大なる王に相対し感涙するか?…んなわけないか、大丈夫か?レディ?何処か痛いのか?」
レディという言葉に呼応するかのように心臓が大きく跳ねる…彼が傍に来て、彼に触れられ、彼の吐息が感じられる…それだけで、体が熱を帯びていくような気がする…

「こんなところで立ち話も何だしな、おいで、座って話そう」
柔らかい笑顔で私の手を取り優しく広場にあるベンチ迄、エスコートされていく…
ベンチの前にくると、手を優しく離したかと思ったら、ユキさんは大きめハンカチを取り出してベンチに敷いてくれる
「さぁ、レディ、支度は整いましたよ。どうぞ、お掛けになってください」
再度、手を差し出してくれるので、手を取ると、優しくベンチに座らせてもらう…所作も完璧すぎる、理想を体現した騎士のような対応をされたからなのか、頬が熱くなってしまう。

どうして、こんなにも思考が定まらないのだろうか?どうして、体が熱を感じるのだろうか?
見た目が細い始祖様にしか見えないから?始祖様にお姫様扱いされているような錯覚を覚えてしまっているから、だろうか?

私の心は警戒心どころか、浮足立っていると断定出来るほどに、ふわふわとしているのがわかる…

これは、彼が魅了の魔眼を持っているから?始祖様にお姿が瓜二つだから?どうして?どうして、私は、胸が高鳴るの?ドキドキとしているの?かんがえが…かんがえがまとまらない…

「では、レディの隣に座るなんて、良くないことだが、レディの前に立ち尽くすって言うのもおかしな話だからな、となり、失礼するよ」
軽くお辞儀をした後、ユキさんが隣に座って此方をに振り向き視線を合わせてくる、それだけで、耳まで熱を持ったように感じる。ううん、実際、熱くなってると思う…

今日は、今日が、新月で良かった…
月明りが明るかったら、私の顔が真っ赤になっているのが相手に伝わっていた…私がこういった経験が無い幼子だと思われてしまうのを避けれたということに安堵している?
自分の感情なのに、自分が分からない、今の状況もわからない、私がどうなっているのかもわからない…こんな、感情を抱いたことが無いからわからない…

「色々と話をしたいのだが…今日は、よした方が良さそうだ」
じっと見つめられていたと思ったら視線を外され、見えない月を眺めるように空を見上げ始める…
視線が外されたことによって感じた感情は、寂しい?淋しい?悲しい?…残念という感情が湧き上がってくる?あの瞳で見詰められていたかったの?
でも、視線を外されたことによって、私も何とか冷静になれそう、視線を同じように空へと向け、気が付かれない様に何度も何度も深呼吸を繰り返し心を冷静に、冷淡に

…落ち着かせていく…

お互いが何も言わず、長い時間…本当に時が止まってしまったかのような錯覚を覚えてしまう…



─ ずっと ─ ずっと ─ このままで ──── 


湧き上がる感情を否定することも無くただただ、噛み締める…こんなにも胸が高鳴って、こんなにも安らぎを覚えるなんて…初めての感情…


出来るのなら、可能であれば、頭を優しく、前みたいに、頭をぽんぽんっと優しく撫でて欲しい…


月が、見えない月が、私の想いを、見えない感情を教えてくれる…嗚呼、そうだったんだね、未来の私は、この人に惹かれていたんだね…

「さて、折角の良き出会いだけれど、今夜の時間はここ迄っと相成ってしまったわけだ、済まないがレディ、月見はお終いだ、また、新月の夜に」
ぽんぽんっと頭を撫でられたと思ったら、ベンチから優雅に立ち上がり、優しく柔らかい微笑みで手を振りながら自室へと戻っていった…

ただただ、その動きを呆けた状態で見送ることしか出来なかった…

私は…私はその場から動くことが出来なかった…願っていたことをしてくれたから?惹かれている人に会えたから?
…わからない、未来の感情なのか、今の私の感情なのか、何もわからない、頭が働かない…

ベンチに背を預け、空を見上げる…



真っ暗な世界にただ一つ置かれているベンチに真っ白な長い髪をした見た目は少女、中身も…恋を知らなかった少女…
その少女が、一歩だけ大人になった…成長した少女の姿を隠れんぼしているお月様が優しく見守り続ける…
そんな見えない、見えないからこそ遠慮なくお月様に向けて、少女は幾度も、何度も、甘い吐息を自然と吹きかけていた…



翌朝、何とも言えない、今まで感じたことない体の重さを感じながらベッドで横になり続ける、もうそろそろ起きないといけない時間が近づいてきているので上半身を起こそうとするが…頭はわかっていても、心が起き上がるのを拒絶している…

体の重みが今まで感じたことのない重さで起き上れないなぁ、仕方がないなぁっと自分自身に言い訳をして、ベッドの上で左右に転がり続ける…
転がり続ける間も溜息が漏れるし、何を考えればいいのか、何をしないといけないのかも頭が正常に動くことを拒否しているのか、何も思い浮かばない…

らしくないのはわかってる、どんな状況でも即断即決即判断が大事だというのは取引の席で、死を分かつ状況で嫌という程、経験してきている。

今は、起き上がって仕事に取り掛かるべき、取引の為に移動しないといけない日…だから、もう少ししたらメイドちゃんが部屋に来る、だろう時間、だと、思う。
正確な時間が分からないのは仕方がないよね?だって…ベッドから起き上がらないで永遠と、ほんっと、あの夜、部屋に帰ってからも寝たような寝てないような状況でずっところころころころころころ、左右に体を転がし続けて、何も考えずに過ごしてきたんだもん…体感時間なんてわかんないもん…

悶々とし続けているとドアがノックされる音に驚き「ぅぴゅぅ!?」変な声が漏れてしまう程、今の私はダメダメだ…
「失礼しますー姫様ー?起きてますか?」
起こしに来た人物に顔が見られない様に声のした方向から直ぐに寝返り、寝たふりをすると
「あれ?珍しいですね、如何されました?」
寝たふりをし続けていると、首元にメイドちゃんの冷たい手が触れ、その冷たさに驚いて一瞬だけ体がビクっと跳ねてしまう
「…ぁ、お体の調子がよろしくない、のですね、普段の姫様だともう少しひんやりとしているのに、今日はお体が熱っぽいですね」
近くで独り言なのか、寝たふりをしている私に言い聞かせるように声を出している、この感じからして寝てはいるけれど、起き上がるのが辛いっという感じで受け止めているのかな?
「わかりました、後は敏腕メイドにお任せっです!ゆっくりと寝ていてくださいね」
静かにドアが開き、静かにドアが閉められ遠くへゆっくりと歩いていく足音を聞いていると、この後の予定がキャンセルされたことへの安堵感からか、自然と眠りへと、夢の中へと落ちてしまっていた



「…?」
目を開けるとおでこの上に冷たいタオルが置かれている?
視線を横に動かすと、ジラさんがすぐそばに椅子を置いて本を読んでいる…この状況から察するに看病してくれていたのだろう。
「…お母さん」
小声で呼びかけると、直ぐに反応して視線をちらりと向けてくれると、私の首元に手をやり、体温を測ってくれる。
「うん、少し熱が引いたわね、ちょっとまっていなさい」
言われたとおりに、じっとする、ほんの一瞬、ほんの少しでも傍から離れられてしまったことに少し、寂しさを感じてしまう…
私って、こんなにも心が弱かったっけ?っと、不安になる程、今の私はダメダメだ…

暫くベッドの天蓋を眺めていると
「上半身は起こせそう?遠慮しないで無理なら無理って言いなさい」
言葉はきつく感じるかもしれないけれど、声色はとても優しい
上半身に力を入れて起きようとするのだけれど、どうやら本当に体調が優れないみたいで、体に力が入らない
声を出そうと思ったけれど、声も出せそうにない?力の入れ方が良くわからない…
「うん、目線で訴えてくる、それに、先ほどの声も、枯れていたわね、まったく、大切な体なのだから、ちゃんと夜は寝るのよ?」
起きれないのが伝わったみたいで優しく上半身を起こしてもらう、流石は医療班の団長…長年医者として活動して来ただけがあって、手慣れている。
上半身を起こしてもらったのは良いのだけれど、自身で支えるのも正直、辛い、それがわかっているのか、そっと優しく寄り添って私の体を支えてくれるから、凄く楽…
「はい、お口開けて」
言われたままに口を開けるとざざざっと粉が口の中に入る…物凄く苦い!!!
「はい、お口閉じない」
苦みの余り口を閉じそうになったのを顎を掴まれて閉じないようにされ、苦さがどんどんと口内に広がっていくため、その苦みを紛らわせようと全身を震わせていると口の中に水が流し込まれるので、全力で喉を動かして苦い粉がまざった水を飲みこんでいく。
「はい、一旦、落ち着くまで待ってから次の薬も飲んでもらうからね」
はぁはぁっと呼吸を荒くしながらちらりとジラさんを見つめると
「あら、珍しく嫌そうな表情じゃない、貴女って苦いの耐えれる方じゃなかったかしら?それとも、この苦みは苦手な苦みかしら?」
…正直に言えば苦みは苦手だけど、普段、そういったモノを飲まないといけない時はこっそりと術式を使って苦みを感じない様にしていたり、液体であれば舌に触れない様に喉の奥に術式で放り込んで味を感じにくい状況にして、耐えれてるだけなんだよね。
その種明かしを誰にもしていない…だから、お母さんは私は苦みが得意な方だと認識している。
「体調が悪い時は味覚も変わるものよ、今は悪いモノと闘っている最中だもの頑張りなさい、次のお薬は丸薬だから…まぁ苦い事には変わりはないわね」
先ほどと同じように口を強引に開けられ、喉の奥に小さな何かが放り込まれたと思ったら物凄い匂いが鼻から抜けていく!?
「はい、お口閉じない」
直ぐに、水が口の中に流し込まれるので、先ほどと同じように全力で飲み干していく、少々、飲み方が荒い影響もあって口の端から水が零れてしまったけれど、飲み終わった後はお母さんが綺麗に拭き取ってくれた。
「はい、偉かったわね、ちゃんとお薬飲めたわよ」
ぽんぽんっと頭を撫でてくれる…お母さんが頭を撫でてくれたのに、違う人が頭に過ってしまう私は、どうやら、よっぽど酷い病魔に侵されてしまったのだろう
「辛いかもしれないけれど、胃がある程度、消化吸収する迄は、上半身を起こしておきなさい、大量の水を飲んでる状況で横向きになると逆流しかねないからね」
そう言いながら、しっかりと体を支えてくれるので何も辛くなかった、けれど・・・
「…そうね、寝起きだものね」
ゆっくりと抱き起してもらってトイレまで連れて行ってもらった、何も言っていないのに言いたいことが伝わるのは長年、傍で暮らし続けてきたからだろうか?…

トイレから出た後は、ベッドで寝かしてもらうと、直ぐに眠くなってしまう。
「薬の影響もあって眠くなるわよ、次起きて、お腹が空いたら言いなさい、食堂のお姉さまが病人食を作ってくれる約束をしてくれてるから遠慮しなくてもいいわよ」
優しく頭を撫でられたという感触を最後に、気が付くと意識は吸い込まれる様に眠りへと落ちてしまった。



誰かの優しさに包まれて寝るのが凄く久しぶりで、心から安らいで眠れることが出来た…




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