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Dead End ユ キ・サクラ (6)
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この世界では有名ではない格言…二度あることは三度ある!
「そろそろ、懲りてくれてもいいんじゃないかな?レディはそんなにも話を聞くという選択肢が選べない子供なのかな?」
ぽんぽんっと頭を撫でてくるのを遺憾の意を示していてもお構いなしに、何時もの様にふっと意識が抜けると、寝ぼけているユキさんに意識が変わり、何時もの様に寝ぼけているユキさんに現状を誤魔化しながら、手を引いて部屋に連れていく。
懸念点というか、気になる部分として、ユキさんはこの状況を覚えているのかという疑問があったのでそれとなく、昼間に話しかけてみると、夢で外を歩いている夢なら見てるけど?っという認識だった…どうやら、覚えていない様子なので、私と夜の間に行ったやり取りを気にする必要は無さそう。
話を詳しく聞いてみても知らない様子だったので、どうやら、彼の中では夜中に外に出ているという意識は完全に?ないみたい。
っということは、先ほどの出来事は、ユキさんにとって夢の中っという事になる。
前回に、先ほどと同じように寝ぼけている状態のユキサンに試しで話しかけてみたのだけれど、夢の中っというのはあながち間違いではなく要領を得ない受け答えだった。
なら、今回もどうなのだろうか?こういう好奇心を抑えるのは苦手、綱渡りをするような気分で会話を試みてみる
「ユキさんは、どうしてこの街にきたの?」
一発目は当然!軽いジャブのような有り触れた話題
手を引きながら少しだけ後ろを振り向き声を掛けるが一瞬だけ見えたユキさんは薄っすらと目を開いて俯きながらゆらゆらと左右に揺れていた。
「・・・ほし・・・から」
小さな声で聞き取りづらかったけれど、どうやら、欲しいモノがあるからっと聞こえた気がする。聴覚を向上させるために術式を組み上げ自身の耳に施し
「何が欲しいの?」
更に問いかけてみると、反応が返ってこない、ちらりとユキさんの状態がどうなっているのか見てみると目を閉じてゆらゆらとしている。
どうやら、夢の中に入ってしまったみたい…これ以上の会話は出来そうも無いと判断し、黙々と歩いて帰るために、ゆっくりと手を引いて歩いていく
「おとうさん・・・かた・・・おかあさん・・・」
少し歩くと、寝言のような声が聞こえてきた。
術式で強化している聴覚だからこそ聞き取れた…そうだよね、愛する家族が殺されたんだから復讐したいよね。恨みを晴らしたいよね…
その気持ちを抱いていない人間はこの大陸に居ないよ、大なり小なり、死の大地に恨みを持っている人は多い。
私だって、あいつ等への恨みを忘れたことなんて一度だってない。
ってことは、言葉の通りに受け取っていいんだったら、敵に復讐するための力が欲しいってことかな?
その想いを聞いてしまったがゆえに、先ほどの雑な扱いをしてきた敵の事を思い出してしまう。
…そんな純粋な願いを宿した魂に、敵の先兵が宿っているなんて、ゆるせねぇよな?
絶対に、どうにかしてあんの!私を下に見て馬鹿にする先兵をユキさんの体から引きずり出して駆逐してやるんだからぁ!!
幾度となく燃え上がる苛立ちの元凶をどうやって下してやろうかと考えていると声が聞こえた
ユキさんの部屋が、あと少しっというときに寝言なのだと思う、夢の中の突拍子もない展開による会話だと思いたい、今までとは違う内容につい立ち止まって聞き耳を立てて真剣に聞いてしまった
「・・・かわいい服・・・いいなぁ、わたしも・・・着たいな・・・なんで、こんなにからだ・・・ごつくなっちゃったのかなぁ・・・」
ゆっくりと後ろを振り返ると、涙を流しながら立ち止まっているユキさんの表情が…どう見ても、何かに愁いを感じ、心の衝動が抑えようとして抑えきれていない、切なげな女性にしか見えなかった。
余りにも悲しそうな声に表情、絵画として描き残したいほどに美しくもあった、つい、生唾を飲み込んでしまう程に…
呆けていないで、涙を流す女性に声を掛けようと思ったけれど…踏みとどまってしまう。
断片的に思い浮かんだ言葉はあるのだけれど、全てにおいて、それが正しいのか投げかけていい言葉なのか、自信が無い…
女装の趣味があるの?は、違うか…
寝ぼけているの?は、違う気がする…
体はトレーニングの成果じゃん!やったね!は、違う気がする…
目にゴミでもはいった?は、違うか…
夢の中で女性にでもなっていたの?は、言ってはいけない禁句のような気がする…
可愛い服?いいでしょ!おしゃれには気を付けているんだ!は、違う気がする…
どの言葉を選べばいいの?か、れなのかな?それとも、かの、じょ?なのかな?どちらにせよ、どの様に言葉を投げかければいいのかわからない…
喉から声が出ない代わりに、空気をごくりと飲み込み、何も言うことが出来ず、この場で立ち止まっているわけにもいかないので、あと少し、もう見えている扉に向かって前を向き手を引いて歩いていく…
ドアの前に到着したので、ゆっくりとドアを開いてユキさんを中に押し込み、そっと、ドアを閉める…
何時もだったら、先ほどまで罠を仕込みどの様に回避したのか次はどう攻めるのか考える為に現場に戻って反省会をするのに…ドアの前から体を動かすことが出来なかった。
街の代表だとか、王都を救ったとか、人類救済のためだとか偉そうなことを言っておきながら、私は一人の人に何を言えばいいのか直ぐに…ううん、今も答えが出せなかった。
寝言だと一笑するのは簡単だと思う、寝ぼけた感じで笑顔だったら面白い夢をみていたんだねって言えた…
でも、あんなにも…思い出すあの表情に簡単な軽口は言えない、この世全てに絶望したかのような切なげな表情をして涙を流している人に…年が近い人に何て声を掛けたらいいのか・・・
私は、知らない…
何時までも、ドアの前にじっとしていても何も始まらない…それに男の人の部屋の前に立ち尽くすというのは誰かに見られると変な噂を広められてしまうとユキさんたちに迷惑をかけてしまいかねない。
ゆっくりとその場から離れ、向かう先は、決まっている…何時もの流れとして、罠の片づけをしに広場に向かって歩いていく…
月夜の晩…世界は真っ暗に染まっている。道が見えない程に、真っ暗闇、私の心と同じ…
それは、そう。だって、今は新月だもの、神聖なる月は姿を隠されていらっしゃるから…
地球の知識がある私は知っている、月が見えないからと言って月が無くなったわけではない。
見ようと思えば見えるのだと知っているけれど、今の私では、空を見上げても闇しか見えそうにない。
真っ暗な地面を見つめながらゆっくりと足を前へ進めていく…
どうして、こんなにも私の心もえぐられたような気分になってしまったのか、理由はわからない。
涙を流す年下の女性に年上として正しい行動が出来なかったからだろうか?それとも、その悩みに共感を抱くことが出来なかったからだろうか?
普段の私ならこの程度だったら、毛ほどにも、気にしないのに、何故か、ユキさんに関しては気持ちの切り替えが直ぐにできなかった…
きっと、ユキさんを特別に感じてしまうのは、魅了の力に汚染されているから、それに、敵の先兵に体を自由に扱われてしまっているという部分に同情しているからだと
理由としては弱い気もする内容に納得できないかもしれないが、強引に納得させる。
歩いて行きながらも、心はざわついてしかたがない、平穏へと至ることが出来ない。
何故なら、歩きながらも永遠と、情けない自分を攻めようとしてくる…
わかってる、自分が同世代の人達と、どうやって会話したらいいのか、わからないことなんて、わかってるよ…
今までずっと、同世代の他の人達と親しくなったことなんて無いから、どう接すればいいのか、どう相手をすればいいのか、経験が無い、だから、正解を知らない…
広場に到着しても、前みたいに心を躍らせることが出来ず、淡々と黙々と、何も考えることなく、片づけをしていく。
設置した魔道具を回収して一度だけ広場を見渡し軽く反省会を開く。
罠の種類も殺傷能力が低く敵を捕縛することだけを考えて、前回も、今回も捕縛をメインとして仕掛けたけれど、何も得られることは無かった。
その現状から逃げたくなったのか、自然と自身の手が頭に伸び、撫でられた感覚を思い出していた…
暫くの間何も考えることなく、その場から動かないでいる。
ふとした弾みで、頭を振り、作業再開しないといけないと己を奮い立たせる、じっとしているわけにもいかないので、心を無にして作業を開始する。
広場を綺麗にならし、今宵の夜は何も無かった…事件なんて何一つ無かったと、誰も広場に罠が設置されていて先兵と闘ったのだと気が付かない程度に整えたあと、備え付けてあるベンチに座って地面をぼんやりと眺めてしまう。
疲れているわけでもないのに、何も考えることなく、ただ、ただ、ベンチに座ってほうけてしまう…
呆けている間に何か閃きや気づきが得られることはなかった…
えられた部分は無いが、胸の奥底に渦巻く感情が一つの紐を複雑にぐしゃぐしゃに丸めていく、何度か解けないか思考を巡らせるが、こんがらって解けなくなってしまった紐を得ることはできた。
その現状に、溜息をつきながら、見つけてしまった感情の紐を胸の奥にしまい込み、忘れよう忘れるべきと言い聞かせながら、ベンチから立ち上がり自室へ戻るという選択肢を選ぶ…
自室に向かって歩いている時に、時間が解決してくれることもあると解けなかった答えを忘れるように自身に言い聞かせていく。
あれから数日間、解けない紐をほどくための時間を設けることはできず忙しい日々を送っていた。
幾ばくかの日を越えようともあの時に絡まってしまった紐が解けることが無かった…
そんなある日、医療班にいるお母さんに用事があったので、医療班に向かっている最中、何時もやりあっている広場にあるベンチに誰か座っていたので視線を向けると、ぼんやりと何をするわけも無く黄昏ている?ユキさんを見かけたので暫く観察してみるが、微動だにしない…
何とか顔が見える場所で観察を続けるが、顔色が悪そうというか辛そう?どうして?仇を取るために力を得る過程でしょ?それとも…
夜の一件が響いているの?
先兵が体の中にいるから?
一つの器に強引に二人の魂が宿っているから負担が強いのだろうか?
もしくは…魂と体の不一致によるストレス?それだとしたら、彼は彼女という事になる?
今にも消えてしまいそうな程、辛そうで悲しそうな表情をしている人物にどうやって、声を掛けようかと悩んだ、大いに悩んだけれど…
どうやって声を掛けたらいいのか、どうやって会話を繋げて行けばいいのか、わからない…そうなると、この場にいる意味が無い、何もできない、立ち去るという選択肢しか選べなかったという、状況によって私自身も心が良くない方向に向かうのを感じる…こんな精神状態でお母さんに会うわけにはいかない、あの人は勘が鋭い、言い訳が納得しないもので会ったら追及される。
踵を返して自室へ戻ろうと思ったときに、小さな声が聞こえたような気がした…
自室に戻る最中も、何度も何度も考える…自室に辿り着いたとしても、その言葉の意味がわからなかった…
『…いいなぁ』
…何が、良いのだろうか?私の財産?…そんなわけない、変な方向に思考を捻じ曲げて納得させない、考えたくなくても向き合わないといけないのでしょう?
あの言葉の意味するところとは?私だったら直ぐに気が付くことでしょ?
そう、あの言葉は、あの呟きは繋がってしまう…あの夜に涙を流し声に出していた部分に繋がる。
つまり、私ご自慢のコレクション、地球産のデザインを流用したフリルがついた可愛い服…それを着ているのが羨ましい?性別は男性なのに?…
やっぱり、女性なのでは?心は女性である可能性が捨てきれない、他に可能性が無いか考えてみよう…
この言葉の意味を絡まっている紐を解くきっかけになるのではと感じながら、思考を巡らせ、彼の境遇、産まれ、育ちなどのデータを思い出しながら何か答えに結びつかないか考えていると…
ふと、ユキさんの母親が服飾関係の仕事を生業としていることを思い出す。
もしかしたら、命がけの闘いよりもこういった服飾関係に興味があるのかもしれない?
医療班を志望していたのも戦いを避ける為?
だとしても、その願いを叶えてあげるべきなのだろうか?いや、出来ない、理由が弱すぎる…
医療班を志望しているってだけでは、この街に住む全員がお父様のポジションを継ぐべき存在だと誰しもが願っているこの現状。
シヨウさんの息子である彼こそが戦士長の座に座ることをこの街に古くからいる人達、幹部連中全てが望んでいる…
それだけだと戦士長という誰も継がなかった椅子に易々と座れるわけではない、困ったことに、訓練を続けていくば行くほど、ユキさんは成長していき、戦士としての頭角をメキメキと現していっているとお聞きしている。
あのベテランさんが、数多くの人を鍛え続けたあの人が太鼓判を押すほどである。
反射神経も良く、腕前も何処かで鍛えられたのか各種武具の取り扱いが非常に巧みで新兵の中では誰も敵わない、寧ろ、対人戦においては中堅どころでも手を焼くほど。
当然、周りの人からも次々と期待されて行っている。
彼こそが新たな戦士長へと、戦士諸君が憧れる、武という極みに辿り着くのは彼だと…
周りの評価に、幹部連中からの期待を考えれば、早くて3年もすれば彼は戦士長へと至るだろうと噂されている。
戦士長への道のりが約束されてしまっている状況、そんな状況で、彼の志望って理由だけで、彼を医療班へと配属させるのは、彼の願いを聞き届けるわけにはいかないの…
いや違うわ、違う可能性もあるでしょ?純粋にプレッシャーに負けている可能性もあるんじゃないの?
もしかしたら、その期待が重圧となってストレスになっているのかもしれない。その辺りのケアはお母さんがしているはずだから、問題はないと思っていたいけれど…
思っていたいのだけれど、夜の出来事を思い出してしまう…
もし、彼が彼女であって戦いが心の底から苦手で女性として生きたいと願っていたら?
この街に来たときは細い体で女性的な雰囲気があった
だけど、今は違う。
戦士達に囲まれて徹底的に鍛え上げられている、それだけじゃない、栄養面でも筋肉が付きやすい環境となっている。
何故なら、マリンさんが戦士長の息子さんだからって理由でひっきりなしにお肉の差し入れをしてくれている、トレーニングがある日は毎晩、マリンさんが大量の肉を持ち込んでバーベキューパーティーが開催される…新兵達からすればお腹いっぱい食べれて最高だと思っていたけれど…彼女からしたら大先輩からの親切心だから断れない?
栄養面も、トレーニング面、完璧な肉体づくりの影響もあって、どんどん男らしい体つきへと成長していってる。
心が女性で、自分の体に違和感を持って育ってきた。
僅かな抵抗として筋肉というか肉付を女性らしく保とうと長年努力してきたのであったら?
私達はその努力を泡として消そうとしているのでは?
私は、私達は、もしかしたら取り返しのつかないことをしてしまっているのではなかろうか?
「そろそろ、懲りてくれてもいいんじゃないかな?レディはそんなにも話を聞くという選択肢が選べない子供なのかな?」
ぽんぽんっと頭を撫でてくるのを遺憾の意を示していてもお構いなしに、何時もの様にふっと意識が抜けると、寝ぼけているユキさんに意識が変わり、何時もの様に寝ぼけているユキさんに現状を誤魔化しながら、手を引いて部屋に連れていく。
懸念点というか、気になる部分として、ユキさんはこの状況を覚えているのかという疑問があったのでそれとなく、昼間に話しかけてみると、夢で外を歩いている夢なら見てるけど?っという認識だった…どうやら、覚えていない様子なので、私と夜の間に行ったやり取りを気にする必要は無さそう。
話を詳しく聞いてみても知らない様子だったので、どうやら、彼の中では夜中に外に出ているという意識は完全に?ないみたい。
っということは、先ほどの出来事は、ユキさんにとって夢の中っという事になる。
前回に、先ほどと同じように寝ぼけている状態のユキサンに試しで話しかけてみたのだけれど、夢の中っというのはあながち間違いではなく要領を得ない受け答えだった。
なら、今回もどうなのだろうか?こういう好奇心を抑えるのは苦手、綱渡りをするような気分で会話を試みてみる
「ユキさんは、どうしてこの街にきたの?」
一発目は当然!軽いジャブのような有り触れた話題
手を引きながら少しだけ後ろを振り向き声を掛けるが一瞬だけ見えたユキさんは薄っすらと目を開いて俯きながらゆらゆらと左右に揺れていた。
「・・・ほし・・・から」
小さな声で聞き取りづらかったけれど、どうやら、欲しいモノがあるからっと聞こえた気がする。聴覚を向上させるために術式を組み上げ自身の耳に施し
「何が欲しいの?」
更に問いかけてみると、反応が返ってこない、ちらりとユキさんの状態がどうなっているのか見てみると目を閉じてゆらゆらとしている。
どうやら、夢の中に入ってしまったみたい…これ以上の会話は出来そうも無いと判断し、黙々と歩いて帰るために、ゆっくりと手を引いて歩いていく
「おとうさん・・・かた・・・おかあさん・・・」
少し歩くと、寝言のような声が聞こえてきた。
術式で強化している聴覚だからこそ聞き取れた…そうだよね、愛する家族が殺されたんだから復讐したいよね。恨みを晴らしたいよね…
その気持ちを抱いていない人間はこの大陸に居ないよ、大なり小なり、死の大地に恨みを持っている人は多い。
私だって、あいつ等への恨みを忘れたことなんて一度だってない。
ってことは、言葉の通りに受け取っていいんだったら、敵に復讐するための力が欲しいってことかな?
その想いを聞いてしまったがゆえに、先ほどの雑な扱いをしてきた敵の事を思い出してしまう。
…そんな純粋な願いを宿した魂に、敵の先兵が宿っているなんて、ゆるせねぇよな?
絶対に、どうにかしてあんの!私を下に見て馬鹿にする先兵をユキさんの体から引きずり出して駆逐してやるんだからぁ!!
幾度となく燃え上がる苛立ちの元凶をどうやって下してやろうかと考えていると声が聞こえた
ユキさんの部屋が、あと少しっというときに寝言なのだと思う、夢の中の突拍子もない展開による会話だと思いたい、今までとは違う内容につい立ち止まって聞き耳を立てて真剣に聞いてしまった
「・・・かわいい服・・・いいなぁ、わたしも・・・着たいな・・・なんで、こんなにからだ・・・ごつくなっちゃったのかなぁ・・・」
ゆっくりと後ろを振り返ると、涙を流しながら立ち止まっているユキさんの表情が…どう見ても、何かに愁いを感じ、心の衝動が抑えようとして抑えきれていない、切なげな女性にしか見えなかった。
余りにも悲しそうな声に表情、絵画として描き残したいほどに美しくもあった、つい、生唾を飲み込んでしまう程に…
呆けていないで、涙を流す女性に声を掛けようと思ったけれど…踏みとどまってしまう。
断片的に思い浮かんだ言葉はあるのだけれど、全てにおいて、それが正しいのか投げかけていい言葉なのか、自信が無い…
女装の趣味があるの?は、違うか…
寝ぼけているの?は、違う気がする…
体はトレーニングの成果じゃん!やったね!は、違う気がする…
目にゴミでもはいった?は、違うか…
夢の中で女性にでもなっていたの?は、言ってはいけない禁句のような気がする…
可愛い服?いいでしょ!おしゃれには気を付けているんだ!は、違う気がする…
どの言葉を選べばいいの?か、れなのかな?それとも、かの、じょ?なのかな?どちらにせよ、どの様に言葉を投げかければいいのかわからない…
喉から声が出ない代わりに、空気をごくりと飲み込み、何も言うことが出来ず、この場で立ち止まっているわけにもいかないので、あと少し、もう見えている扉に向かって前を向き手を引いて歩いていく…
ドアの前に到着したので、ゆっくりとドアを開いてユキさんを中に押し込み、そっと、ドアを閉める…
何時もだったら、先ほどまで罠を仕込みどの様に回避したのか次はどう攻めるのか考える為に現場に戻って反省会をするのに…ドアの前から体を動かすことが出来なかった。
街の代表だとか、王都を救ったとか、人類救済のためだとか偉そうなことを言っておきながら、私は一人の人に何を言えばいいのか直ぐに…ううん、今も答えが出せなかった。
寝言だと一笑するのは簡単だと思う、寝ぼけた感じで笑顔だったら面白い夢をみていたんだねって言えた…
でも、あんなにも…思い出すあの表情に簡単な軽口は言えない、この世全てに絶望したかのような切なげな表情をして涙を流している人に…年が近い人に何て声を掛けたらいいのか・・・
私は、知らない…
何時までも、ドアの前にじっとしていても何も始まらない…それに男の人の部屋の前に立ち尽くすというのは誰かに見られると変な噂を広められてしまうとユキさんたちに迷惑をかけてしまいかねない。
ゆっくりとその場から離れ、向かう先は、決まっている…何時もの流れとして、罠の片づけをしに広場に向かって歩いていく…
月夜の晩…世界は真っ暗に染まっている。道が見えない程に、真っ暗闇、私の心と同じ…
それは、そう。だって、今は新月だもの、神聖なる月は姿を隠されていらっしゃるから…
地球の知識がある私は知っている、月が見えないからと言って月が無くなったわけではない。
見ようと思えば見えるのだと知っているけれど、今の私では、空を見上げても闇しか見えそうにない。
真っ暗な地面を見つめながらゆっくりと足を前へ進めていく…
どうして、こんなにも私の心もえぐられたような気分になってしまったのか、理由はわからない。
涙を流す年下の女性に年上として正しい行動が出来なかったからだろうか?それとも、その悩みに共感を抱くことが出来なかったからだろうか?
普段の私ならこの程度だったら、毛ほどにも、気にしないのに、何故か、ユキさんに関しては気持ちの切り替えが直ぐにできなかった…
きっと、ユキさんを特別に感じてしまうのは、魅了の力に汚染されているから、それに、敵の先兵に体を自由に扱われてしまっているという部分に同情しているからだと
理由としては弱い気もする内容に納得できないかもしれないが、強引に納得させる。
歩いて行きながらも、心はざわついてしかたがない、平穏へと至ることが出来ない。
何故なら、歩きながらも永遠と、情けない自分を攻めようとしてくる…
わかってる、自分が同世代の人達と、どうやって会話したらいいのか、わからないことなんて、わかってるよ…
今までずっと、同世代の他の人達と親しくなったことなんて無いから、どう接すればいいのか、どう相手をすればいいのか、経験が無い、だから、正解を知らない…
広場に到着しても、前みたいに心を躍らせることが出来ず、淡々と黙々と、何も考えることなく、片づけをしていく。
設置した魔道具を回収して一度だけ広場を見渡し軽く反省会を開く。
罠の種類も殺傷能力が低く敵を捕縛することだけを考えて、前回も、今回も捕縛をメインとして仕掛けたけれど、何も得られることは無かった。
その現状から逃げたくなったのか、自然と自身の手が頭に伸び、撫でられた感覚を思い出していた…
暫くの間何も考えることなく、その場から動かないでいる。
ふとした弾みで、頭を振り、作業再開しないといけないと己を奮い立たせる、じっとしているわけにもいかないので、心を無にして作業を開始する。
広場を綺麗にならし、今宵の夜は何も無かった…事件なんて何一つ無かったと、誰も広場に罠が設置されていて先兵と闘ったのだと気が付かない程度に整えたあと、備え付けてあるベンチに座って地面をぼんやりと眺めてしまう。
疲れているわけでもないのに、何も考えることなく、ただ、ただ、ベンチに座ってほうけてしまう…
呆けている間に何か閃きや気づきが得られることはなかった…
えられた部分は無いが、胸の奥底に渦巻く感情が一つの紐を複雑にぐしゃぐしゃに丸めていく、何度か解けないか思考を巡らせるが、こんがらって解けなくなってしまった紐を得ることはできた。
その現状に、溜息をつきながら、見つけてしまった感情の紐を胸の奥にしまい込み、忘れよう忘れるべきと言い聞かせながら、ベンチから立ち上がり自室へ戻るという選択肢を選ぶ…
自室に向かって歩いている時に、時間が解決してくれることもあると解けなかった答えを忘れるように自身に言い聞かせていく。
あれから数日間、解けない紐をほどくための時間を設けることはできず忙しい日々を送っていた。
幾ばくかの日を越えようともあの時に絡まってしまった紐が解けることが無かった…
そんなある日、医療班にいるお母さんに用事があったので、医療班に向かっている最中、何時もやりあっている広場にあるベンチに誰か座っていたので視線を向けると、ぼんやりと何をするわけも無く黄昏ている?ユキさんを見かけたので暫く観察してみるが、微動だにしない…
何とか顔が見える場所で観察を続けるが、顔色が悪そうというか辛そう?どうして?仇を取るために力を得る過程でしょ?それとも…
夜の一件が響いているの?
先兵が体の中にいるから?
一つの器に強引に二人の魂が宿っているから負担が強いのだろうか?
もしくは…魂と体の不一致によるストレス?それだとしたら、彼は彼女という事になる?
今にも消えてしまいそうな程、辛そうで悲しそうな表情をしている人物にどうやって、声を掛けようかと悩んだ、大いに悩んだけれど…
どうやって声を掛けたらいいのか、どうやって会話を繋げて行けばいいのか、わからない…そうなると、この場にいる意味が無い、何もできない、立ち去るという選択肢しか選べなかったという、状況によって私自身も心が良くない方向に向かうのを感じる…こんな精神状態でお母さんに会うわけにはいかない、あの人は勘が鋭い、言い訳が納得しないもので会ったら追及される。
踵を返して自室へ戻ろうと思ったときに、小さな声が聞こえたような気がした…
自室に戻る最中も、何度も何度も考える…自室に辿り着いたとしても、その言葉の意味がわからなかった…
『…いいなぁ』
…何が、良いのだろうか?私の財産?…そんなわけない、変な方向に思考を捻じ曲げて納得させない、考えたくなくても向き合わないといけないのでしょう?
あの言葉の意味するところとは?私だったら直ぐに気が付くことでしょ?
そう、あの言葉は、あの呟きは繋がってしまう…あの夜に涙を流し声に出していた部分に繋がる。
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やっぱり、女性なのでは?心は女性である可能性が捨てきれない、他に可能性が無いか考えてみよう…
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ふと、ユキさんの母親が服飾関係の仕事を生業としていることを思い出す。
もしかしたら、命がけの闘いよりもこういった服飾関係に興味があるのかもしれない?
医療班を志望していたのも戦いを避ける為?
だとしても、その願いを叶えてあげるべきなのだろうか?いや、出来ない、理由が弱すぎる…
医療班を志望しているってだけでは、この街に住む全員がお父様のポジションを継ぐべき存在だと誰しもが願っているこの現状。
シヨウさんの息子である彼こそが戦士長の座に座ることをこの街に古くからいる人達、幹部連中全てが望んでいる…
それだけだと戦士長という誰も継がなかった椅子に易々と座れるわけではない、困ったことに、訓練を続けていくば行くほど、ユキさんは成長していき、戦士としての頭角をメキメキと現していっているとお聞きしている。
あのベテランさんが、数多くの人を鍛え続けたあの人が太鼓判を押すほどである。
反射神経も良く、腕前も何処かで鍛えられたのか各種武具の取り扱いが非常に巧みで新兵の中では誰も敵わない、寧ろ、対人戦においては中堅どころでも手を焼くほど。
当然、周りの人からも次々と期待されて行っている。
彼こそが新たな戦士長へと、戦士諸君が憧れる、武という極みに辿り着くのは彼だと…
周りの評価に、幹部連中からの期待を考えれば、早くて3年もすれば彼は戦士長へと至るだろうと噂されている。
戦士長への道のりが約束されてしまっている状況、そんな状況で、彼の志望って理由だけで、彼を医療班へと配属させるのは、彼の願いを聞き届けるわけにはいかないの…
いや違うわ、違う可能性もあるでしょ?純粋にプレッシャーに負けている可能性もあるんじゃないの?
もしかしたら、その期待が重圧となってストレスになっているのかもしれない。その辺りのケアはお母さんがしているはずだから、問題はないと思っていたいけれど…
思っていたいのだけれど、夜の出来事を思い出してしまう…
もし、彼が彼女であって戦いが心の底から苦手で女性として生きたいと願っていたら?
この街に来たときは細い体で女性的な雰囲気があった
だけど、今は違う。
戦士達に囲まれて徹底的に鍛え上げられている、それだけじゃない、栄養面でも筋肉が付きやすい環境となっている。
何故なら、マリンさんが戦士長の息子さんだからって理由でひっきりなしにお肉の差し入れをしてくれている、トレーニングがある日は毎晩、マリンさんが大量の肉を持ち込んでバーベキューパーティーが開催される…新兵達からすればお腹いっぱい食べれて最高だと思っていたけれど…彼女からしたら大先輩からの親切心だから断れない?
栄養面も、トレーニング面、完璧な肉体づくりの影響もあって、どんどん男らしい体つきへと成長していってる。
心が女性で、自分の体に違和感を持って育ってきた。
僅かな抵抗として筋肉というか肉付を女性らしく保とうと長年努力してきたのであったら?
私達はその努力を泡として消そうとしているのでは?
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