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第11章
第209話 報酬とお願い
しおりを挟むオリヴィアに王城へ来るよう招集が掛かった。『英雄』が倒せなかった魔物を代わりに倒し、王都の危機を救ってくれたことを、国王自ら礼を言いたいとのことだ。報酬も出すと言う。
基本国王が会いたいと言ったら、何があろうと絶対に会いに行かねばならないのだが、人間のそう言った暗黙の了解など知ったことではないオリヴィアとリュウデリアは無視しようとした。人間からお礼を言われても別に嬉しくないし、金は持っているので報酬は要らないのだ。
しかしそれだと色々と問題があるということで、ギルドマスターの懇願により態々王城へ行くことになった。中央に聳える立派な王の住まう城。メインの城に繋がる形で4つの塔が建設されている。上を見上げて大きさに感嘆とし、入口に控える門番に招集を掛けられたオリヴィアであると言って通してもらう。
入口には案内人として控えていた執事服を着た初老の男性が居た。ついてきて欲しいと言われるので後をついて行く。レッドカーペットが廊下には敷かれ、壁には絵画などが飾ってある。少し歩くと両開きの豪勢な装飾がされた扉の前につれてこられ、中に入れば国王が居ると言って離れた。
扉をノックすれば、内側で控えている召使いが開けてくれるの。勝手に開けるのは不敬と取られてしまう。が、オリヴィアとリュウデリアにそういうことは通じないので、遠慮無く思い切り扉をこじ開けた。内側で控えていた召使いが驚いているのが視界の端に映ったが無視し、堂々と中へ入っていった。
レッドカーペットの上を通って進む。目線の先には少し驚いている様子のサークレットを被った40代くらいの国王が玉座に座ってこちらを見下ろしている。何段かの段差が設けられているので自然と視線が上を向くようになる。立場が上のものであるということを示すためだろう。傍には甲冑を着た騎士が控えていて、気配からオリヴィアに対して良い印象を抱いていないようだ。
「さて、招集に応じたぞ。疾くと用件を済ませてもらおうか」
「……国王様の御前であるぞ。頭を下げるなり敬意を見せ──────」
「言っておくが、私は事前に国王が相手であろうと畏まる事はしないと伝えた筈だ。それでもと言うから仕方なく来た。文句があるならこのまま帰っても良いんだぞ」
「貴様……ッ!!」
「──────やめんか。無理を言って来てもらったのは私だ。お前達は口出しするなと言っておいただろう。出しゃばった真似はするな」
「……はッ。申し訳ありません」
「仕える者の命令すら聞けんとは、使えない奴を傍に置いて何に安心していることやら」
「……チッ!」
オリヴィアから見て右側に居る騎士がこれ見よがしに舌打ちをする。面頬を被っているので顔は見えないが、苦々しい表情をしていることは確かだ。ギルドマスターから届いた文書を読んで畏まった態度は一切取らないということを国王は把握し、出しゃばった真似をしないように周りの者達にも話を通したのだろう。
だがやはり、言われたからと言って納得できるものではなかったらしい。国王とは、今居る王都どころか国の領地全てを治めている存在である。誰よりも偉いのは当然として、人格者でもある国王を心から慕う者達は多い。そんな相手に不敬な態度を取る者は基本赦せないだろう。ましてや傍に居る事を赦された騎士ともなれば尚更に。
手に持つ槍を強く握り震えている。オリヴィアの煽りの言葉が効いているようだ。しかし手を震わせて舌打ちをするだけで終わったのは、慕う国王からの直々の言葉を受けたからだろう。跪かず、頭を下げず、口調を改めない彼女へ特に反応をせず、国王は私の騎士がすまなかったと言いながら薄い笑みを浮かべた。友好的にいこうという姿勢が見て取れる。
「態々時間を割いてもらってすまない。どうしても礼を言いたくてな」
「通り掛かった時に邪魔だから排除しただけだ。『英雄』サマは既にその時には虫の息だったがな」
「方法はどうであれソフィー殿を診療所へ送り届けてくれたとも聞く。お陰で彼女は一命を取り留めることが出来た。昨日目が覚めたという報告も受けている。ソフィー殿の事に関しても礼を言いたい。彼女は人類の宝そのものなのだ。ありがとう」
「分かった分かった。礼を言われたくてやった事でも無いのだ、礼はもういい」
「……そうか。だが、私が頭を下げるくらいには感謝しているということは知っておいて欲しい。そして報酬についてなのだが……」
一国の国王ともあろう者が頭を下げた。住人登録をしている訳でもない一介の冒険者にだ。滅多に見られない光景である。それでもオリヴィア達には響かなかった。そもそもとして、お礼の言葉なんて要らないのだ。欲しくてやった訳でもないし、誰かを守りたくて手を出したという訳でもない。なので要らない。
国王が自ら深々と頭を下げるくらいには感謝していることを知って欲しいと言われ、手を振って適当に流す。それだけで感じる視線が強くなったが、何かを言ってくることはなかった。これで国王がお礼を言いたいという件は終わった。次に報酬についてだ。
緊急の依頼として冒険者に通達される前にオリヴィアが斃してしまったので、正規の報酬というものが設定されていない。それだけだとタダ働きになってしまうので、国王が報酬を用意したのだ。ゴーレムを斃してくれたオリヴィアのために。
国王が報酬を持ってきてくれと言うと、召使いが5人オリヴィアの元へやって来る。各々が手に袋を持っていて、歩く度にじゃらりと音がした。もうその時点でたんまりと金貨が入っているというのが判るのだ。普通に要らないと思った。浪費家ではないので金は未だ使い切れるか分からない額を持っている。そこにプラスして増やされたら、何に使えばいいのか分からなくなる。
召使いが前にずらりと並び、袋の中身を見せてくる。中はやはりというべきか、光を浴びて金色に輝く金貨がこれでもかと入っていた。もう見て分かるほどの大金に、常人ならば喜びを露わにするところで溜め息を吐く。
「それぞれの袋の中には金貨が200枚入っている。200万Gだ。全部で1000万Gになる。『英雄』ですら敵わなかった魔物の討伐と王都への襲撃を未然に防いでくれたことを考えての報酬だが、少なければ足そう。どうだろうか」
「足さんでいい。もう十分だ」
「そうか……?オリヴィア殿は控えめなのだな」
「単純にこれ以上は要らんだけだ」
いつも通り、異空間から取り出した財布袋を取り出して口を開き、中に金貨を注ぎ込ませる。驚いた様子の表情と視線はいい加減慣れっこだ。空間系の魔法が高難度の魔法であることは知っている。それを息をするように扱うリュウデリアの凄さを再確認し、フードの中で笑みを浮かべる。
じゃらじゃらと金貨を滝のようにして財布袋の中に流し込み、少しして作業は終わった。空になった袋を返して召使いを帰らせる。『英雄』で倒せなかった魔物を倒したという報告しか聞いていなかったので、その強さの片鱗を空間系の魔法を通して見て、国王はオリヴィアが歴とした強者なのだと感じた。
リュウデリアから武器術と体術を習い、修めているのでそういったものは確かに強いが、魔力が無いので魔法は使えない。鉄壁の防御力と攻撃力もローブが有ってこそだ。肩に乗って暇そうにあくびをしている使い魔が、南の大陸で恐怖されていた『殲滅龍』だとは夢にも思うまい。
「話は終わりか?」
「あ、あぁ……一応私の用は終わりだが」
「ならば帰らせてもらうぞ。私もここに他の用は無い」
「分かった。今回は本当にありがとう。助かった」
「うむ」
国王の言葉を聞き終えると同時に、踵を返してさっさと謁見の間を出て行ってしまった。両開きの扉を召使いが急いで開けたのでオリヴィアが自力で開けることはなかったが、間に合わなかったら彼女が開けて出て行ったことだろう。そのくらい足早に行ってしまった。
オリヴィアが居なくなった謁見の間には微妙な雰囲気が生まれる。未だ嘗てこんな対応をした者は居なかった。招かれた者達は皆が国王の前に片膝を付いて頭を下げた。敬語なんて前提だった。しかし今回の相手は神である。肩に居たのは最強種の龍である。人間如きに頭を下げる訳がなかった。
元から文書で畏まった対応は一切しないと聞かされていて、許可を出した国王は特に怒ってなどいない。必ずそうしろと無理に強制している事でもないのだ。したくないならば仕方ない。来てくれとお願いしている立場なのだから。しかし隣に控えていた騎士は違うようだ。どうしても不敬な態度が赦せないらしい。
「国王様……私はあのような者があなた様から礼の言葉を受け取るに値しないと思います。報酬についても、本当に渡す必要があったのでしょうか。見た限りだと要らないと感じていた様子。あんな者に渡すくらいならば民のために使った方が──────」
「──────それ以上のオリヴィア殿を貶す発言は私が赦さん。オリヴィア殿は通り掛かっただけだというのに魔物を倒し、王都を救った。ソフィー殿が敗北してしまうような魔物を、お前達は代わりに倒せるのか?国王の発言としては最悪だろうが、私は思わない。それだけSSS級というのは雲の上の存在であり強さを誇る。恩を受けたというのに礼も言わず、せめてもという形で報酬を出し払う。私に出来る精一杯のことだ。それ以外は望まれなかったからな。それをお前は、畏まらないからという理由で貶すのか。国王だから何もかもより偉いわけではないのだぞ。お前の忠誠心は心強いが、行きすぎた忠誠心は妄信と変わらんぞ」
「くッ……ですがッ!」
「それでも異を唱えるならば、騎士としてではなく、お前自身としてオリヴィア殿の話し決着をつけるが良い。私は勧めん。SSS級を無傷で屠るような冒険者を正面から倒そうとは思わん。そして、オリヴィア殿の機嫌を損ねた場合は、お前が責任を取れ。私は忠告したぞ。本当はこのような恩を仇で返すような行為、到底認めないがな。何を言っても心に残るならば仕方あるまい」
「…………………………。」
傍に居る騎士に語り掛ける国王の表情は真剣なものだった。それも当然の筈。自身を王として慕い付き従ってくれるこの騎士のことは信用も信頼もしているが、自身のことを信じすぎるきらいがあった。忠誠心が強いのは良いとしても、その心がちょっとしたことで暴発し、誰彼構わず噛み付くようなら野良犬と変わらない。だからやめろと言っているのだ。
確かに国王に対する接し方をしていなかったが、その事を国王自身が赦しているのだから咎める必要なんて無い。気に食わないからというのが大半であり、そこにこんな大して素性も知れない奴が本当にSSS級の魔物を倒したのかという懐疑的な思いが合わされば、オリヴィアの存在が面白くなくてより突っ掛かりやすくなるだろう。
王都を救った恩人に対して噛み付いて、無理矢理頭を下げさせようとするなど言語道断。そんなことはさせないと言う国王と、身分が何であれ王の前ならば膝を付いて頭を垂れるべきと言う騎士。どちらが正しいかなど人によって別れてしまう意見だ。だが今回の場合は、他でも無い国王の許可があるので噛み付いた騎士に非がある。
余計なことをするなと言われて下がざるをえなかった騎士は、面頬の中で悔しそうに口を噛み締めて歯軋りをさせた。そんなに気に食わないならば直接言ってこい。決闘でも何でもすれば良い。ただし全責任は自分で取れ。それを言われれば嬉々として向かうところを、彼は喜んで行く気にはなれない。何故なら、オリヴィアが本当に強いということを、戦う騎士として、生物の本能で理解してしまっていたから。
本当に倒したのか?と疑う心とは反対に、自身ではあの冒険者にはどう足掻いても勝てないと悟る頭。騎士は悔しがるしかない。挑めばどうなるかなんて、火を見るより明らかだから。
「──────1000万Gか……金は増える一方だな」
「欲しい物があったら遠慮無く買って良いんだぞ、オリヴィア」
「と言われてもだな……」
「──────あっ、オリヴィアっ」
城から出て来たオリヴィアは、肩に乗るリュウデリアと小声で話す。財布袋の中にはこれでもかと金貨が敷き詰められている。今回だけで1000枚追加されてしまった。普通の依頼を熟すだけで大金を稼ぐときもあるのに、そんなに使わないという彼等にとって使い道が良く分からない大金だった。
何に使おうかと悩みながら歩いていると、昨日ぶりの声を聞いた。オリヴィアが城から出て来るのを待っていたのは、ソフィーだった。いつもの格好ではなく、オリヴィアを真似てか顔が見えないようにフード付きの外套を羽織っている。手を振りながらチラリと顔を見せてきたので彼女だと分かった。
襟の下や腕には包帯が巻かれている。完治した様子は無い。小走りで寄ってくるが、大怪我を負う前と比べるとどこかぎこちなさがある。どこからどう見ても治療を受けていないとダメな人の典型なのだが、彼女は嬉しそうに駆け寄って来た。
「診療所に何故居ない。抜け出したのか」
「えへへ。ジッとしてるのは好きじゃなくてさ。それと、王都をボクに代わって救ってくれたお礼言ってなかったでしょ?だから言いたくてっ。んんっ……オリヴィア、リュウデ……リュウちゃん。本当にありがとう」
「邪魔だったから消しただけだ。今先程国王にも言ってきたが、礼の言葉は要らん」
「右に同じく」
「分かったよ。でもありがとうの言葉は受け取ってね!それと、少しお願いがあるんだけど……」
「なんだ」
「──────これからボクとデートしよっ♪オリヴィアとリュウちゃんとボクで!」
「……はぁ?」
「……………………。」
腰から生えている尻尾がふるりと揺れている。恥ずかしがっているのか動きが激しめだ。診療所から抜け出してお礼を言いに来たと思ったらデートをしようと誘われるオリヴィアとリュウデリア。何がしたいのか分からない彼等は首を傾げる。オリヴィアに至ってはフードの中で思い切り訝しげな表情をした。
断ってやろうかと思ったが、このあとの予定は特に無いので了承してやることにしたオリヴィアとリュウデリアは、機嫌が良さそうなソフィーと共に歩き出した。
──────────────────
ソフィー
診療所で暇していた。ジッとしてるのは落ち着かないので脱走した。そういえばオリヴィア達にお礼言ってないということも思い出したため。その後診療所が大騒ぎになっていることを知らない。
完治はしていないので包帯を巻いている。顔は皆に知られているので、オリヴィアを真似してフード付の外套を羽織っている。
オリヴィア
いきなりソフィーがデートに誘ってきたので断ってやろうかと思ったが、特にやることも無いので別に良いかと了承した。リュウデリアとはアイコンタクトで決めた。
もしデートに誘う相手がリュウデリアだけだった場合は、気絶させて診療所に叩き込んでやるところだった。
リュウデリア
特にやりたいことも無く、依頼を受けるくらいしかやることはなかったので、デートに応じるかどうかはオリヴィアに任せた。どっちでも良いから。
国王
40代くらいの男性。人格者であり、臣下に慕われている。オリヴィアが畏まらないと言っても快く了承した。恩人に頭を下げろとは決して言わない人。
頼りになる騎士を高く評価しているものの、何よりも国王である自身のこと優先させるきらいがあるので今回叱責した。
王直属近衛騎士
王都を救った者だろうと、王の前ならば跪いて頭を垂れるのが絶対であり当たり前だと信じて疑わない人。忠誠心が強いので、そこら辺の融通が利かない。
不審な行動をしたからという理由で相手にすぐさま武器を向け、一向に話を聞かないタイプの人。
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