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第8章

第116話  悪質

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「『スター・ヘイラー』をよろしくお願いしまーすっ!」

「今なら格安で泊まれますよーっ!」

「あ、真っ黒なローブのあなた、是非どうですか?」

「1泊したいのだが、良いか」

「部屋はまだ余っていますのでどうぞ!では、私が案内致しますね!1名様と使い魔様方のご案内でーすっ!」

「「「──────ありがとうございまーすっ!」」」



 通りに居るのは、呼び込みの為の『スター・ヘイラー』で雇っている従業員だ。執事服やメイド服を着用した、顔立ちの整った若い男性と若い女性が笑顔で道行く人に声を掛ける。

 見た目は完全に怪しいオリヴィアに対しても何のその。ニッコリとした可愛い笑みを浮かべて近寄り、呼び込みをしてきた。まあ、最初から泊まるつもりだったので、その事を伝えると、他の従業員と連携して掛け声を上げさせた。

 しっかりと揃った声に、こちらを見て笑みを浮かべながら礼を言ってくる。気持ちの良い掛け声に、小心者でない限りは気持ちの良い対応だろう。声を掛けてきた女性が先導して、オリヴィアを宿屋の中へと案内してくれる。扉を開けてもらい、案内されるがままに中へ入ると、右には4名の若い男性達が道端に並び、左には若い女性が4名同じように並んでいた。



「「「「ようこそいらっしゃいましたっ!」」」」

「「「「当宿屋をごゆるりとご堪能下さいっ!」」」」



「たかだか1柱……1人に対して大袈裟な歓迎だな」

「私達はお客様を全力でおもてなしさせていただいております。ご迷惑でしたか?」

「いや、(神界で慣れているから)気にしておらん」

「ふふっ。そうですか、ありがとうございますっ。では、1泊ということでしたので、初回特別サービスで料金は3000Gとなります。朝昼晩の食事はこちらで提供しておりますので、必要になられましたら食堂へおいで下さい。勿論無料です。その他にも体を動かしたい時のジム施設や、マッサージなどもやっております。お部屋には飲み物と軽食をご用意させていただいておりますので、ご自由にお取り下さい。無くなってしまった場合、私達に声を掛けて下されば補充致します」

「それらは全て無料なのか」

「はい!全て無料です!」

「初回は3000Gとのことだったが、次回からは幾らになるんだ?」

「5000Gとなります!お酒が飲めるバーでは、お金をいただくことになりますが、安さを売りにしていますのでそこまでのお金は頂戴致しません。良ければご利用下さい!」

「……そうか」



 ──────格安だな。1泊辺りの値段はあの小娘の宿屋と同じではあるが、付いてくるオプションが豊富だ。しかし、現時点ではそこまでリピーターが付くとは思えない。では何故、向かいにある宿屋に誰も来なくなる程、それこそ古参の利用者が使うのを辞める程人気だというのか……。



 案内してくれた女性がトレイを持ってくるので、金が入った袋から3000Gを取り出して上に置く。金額を確認してしっかりと払われたと分かると、受付カウンターに居る男性から部屋の鍵を貰い、再びオリヴィア達を先導して案内し始めた。

 この建物、『スターヘイラー』は1階だけでなく2階3階と複数階になっている大きな建物だ。なので客室も多く取り入れる事が出来、更には地下もある。因みに、地下は怪しいものが有るわけではなく、酒を飲むためのバーが設置されている。地下なので光が入って来ないので暗く、魔道具の光が部屋を照らすので雰囲気が良いのだ。

 絨毯が敷かれた廊下を歩き、階段を上っていく途中で、どの階にどの施設があるのかという細かい説明を受けた。その時も笑顔での対応は絶対で、終始和やかに接客していた。そしてオリヴィアが使う2階の部屋に着くと、鍵を入れてロックを外し、ドアを開けてもらう。

 部屋に入ってみると、大きめのベッドに高そうな木製の机と椅子。観葉植物が部屋の隅に置かれ、ベッドの脇には小さな棚があり、その上に先程言っていたお菓子等の軽食が籠に入っている。飲み物は冷える魔石が使われた小さな冷蔵庫のような箱の中に入っており、いつでも冷たいものを飲める。

 洗面所の洗面台は真っ白で水垢なんかあるわけもなく、蛇口は金色に輝いていた。大きな鏡も設置されており、風呂場には湯船に浸かれるように大きなバスタブが置いてあった。石鹸も新しいものが置かれていて、抜かりない。



「何かご不明な点はありますか?」

「いや、特にはない。飯の時には食堂に行かせてもらう。期待しておく」

「はい、お任せ下さい。腕に自信のある料理人達が丹精込めて作っておりますので、きっとご満足いただけると思います!それでは、私はこの辺りで失礼させていただきます。ごゆっくりどうぞ!」

「あぁ。ありがとう」



 丁寧に説明をしてくれた女性は、出て行く前に頭を下げていった。客を本当に客としてもてなしている。サービスの良い宿屋。いや、宿屋というよりも、これは最早旅館と言っても良いのだろう。一度訪れれば、今までにあまり見なかった物珍しさや心地良さから何度も来たいと思うだろう。

 ドアが閉められて女性が離れていくのを気配で感じ取ると、3匹の内誰がやったとのかは分からないが、内側の鍵が独りでにガチャリと鳴って掛かった。そして、両肩と腕の中に居たリュウデリア、バルガス、クレアが飛び立って空中で体のサイズを人間大にして着地した。

 ずっと同じ体勢を取っていたから体が凝っているのか、うんと背伸びをして体を伸ばしていた。翼もいっぱいに開いてばさりとする。しかし3匹の大きな翼を同時に広げると場所を取るので、少し重なってぶつかってしまっている。それにクスリと笑っていると、2匹で手を取り合って引っ張り合い、体操のような伸びをしていた。



「あ゙ーもう少し強く引っ張ってくれ……おぉ……良いぞ良いぞそんな感じだ」

「おまっ……オレはお前達と違ってそんなに力強くねェンだから加減しろ……っ!!」

「もう少し伸びたいからもう少し強く……」

「バルガスとやればいいだろーが!」

「バルガスとやったら余波で宿屋が粉々になってしまうだろう?」

「力加減下手クソかよ」

「次は……私と……だぞ……クレア」

「分かった。お前ら態とやってンな??」



「ふふっ。本当に仲良しだな。宿屋を壊すなよ?」



 体を伸ばす為に少し運動しているのに、その余波で粉々にするとは一体どういう事なのかと思いはすれど、元の体の大きさと膂力を考えれば、本来ならば小指で粉々にできるのであながち間違いじゃないかも知れない。

 もう被る必要はないのでフードを外してベッドに腰を下ろし、スプリングの効いた反発を体感する。そしてベッドの隣に置かれている小さな棚に見やる。上には自由に食べていいというお菓子が置いてあった。小さな一口サイズのマドレーヌのようなものに手を伸ばして指で摘まみ、口の方へ持っていく。



「──────そいつァ食わねェほうがいいぜ」

「──────やめておけ……オリヴィア」

「神の肉体についてはまだ良く解っていないのだ、食うな」

「んん……っ!?」



 先程までふざけながら体を伸ばしていた3匹がいつの間にか周りに居り、お菓子を持っている手の手首をクレアが掴み、リュウデリアが口に手を覆い被せて欠片すらも入らないようにし、安全が確保された後にバルガスがお菓子を手から取り上げた。

 籠の中に入っている他のお菓子の元へ戻し、籠ごと持ち上げる。リュウデリアとクレアに解放されたオリヴィアはどうしたのかと疑問に思い、首を傾げながらベッドから立ち上がった。そして籠を持ったバルガスの方へ確認の為に近寄ろうとすると、後ろからリュウデリアに抱き締められて動けなくなってしまった。



「リュウデリア……?」

「すん……すん……うむ、やはりお前は近付くな。アレはダメだ」

「何故だ?」

「俺達にとっては何ともないが、オリヴィアにはどう作用するか分からんから警戒しているだけだ。そのローブでは防げない代物だ」

「まさか……攻撃手段の1つ……?」

「攻撃というよりは……なァ?」

「あぁ……これは……この宿の……やり口の……ようだ」

「陰湿だなァ。えェ?おい。ましてやオリヴィアに作用してたと思うとクソイラつくぜ」

「……??」



 後からリュウデリアに抱き締められていて身動きが取れないオリヴィアをそっちのけで話しが進んでいく。だが良い方面の話ではないことは、話の節々で分かってくる。それにクレアとバルガスからグルル……と、唸り声が鳴っている。怒りと苛つきからくる唸り声だ。

 3匹の中で短気な方のクレアならば分かるが、バルガスも唸り声を上げるのだなと、感嘆とした。そして何かと殲滅しようとするリュウデリアは大丈夫なのかと思ったが、唸り声は上げていなかった。まあ、唸り声を上げていないだけで、激しい歯軋りがしている訳なのだが。あ、やっぱり唸り声上げた。

 バルガスの持っている籠の中のお菓子に、何か細工がしてあるというのが話から何となく分かる。しかし、それがどういったものなのかはまだ分かっていないので、リュウデリアに近付かないから話を聞かせて欲しいというと、抱擁は解かれてベッドに座るよう促された。

 素直に座ると、あれだけ近づくなとすら言っていたお菓子をバルガスが籠をひっくり返して全部口の中に入れて咀嚼し、飲み込んでしまった。恐らく有害であろうものを食べてもケロリとしていて、長い舌で口の周りを舐めるバルガスは何ともなさそうだ。



「答えから言ってしまえば、アレは催眠作用のある薬が練り込まれていた。食ったら最後、言われたことを肯定するイエスマンと化し、副次的な中毒症状でまたこの場に来たくなる」

「……っ!?バルガスは食ってしまったが大丈夫なのか!?」

「元の体の大きさを考えてみろ。あの量を食べても何もならん。例え相当な量を食ったとしても龍の胃酸で薬物性は無効化される。心配は要らん。だが、オリヴィアの場合はどうなるか分からんから近づくなと言ったんだ」

「そうだったのか……ありがとう、リュウデリア、バルガス、クレア」

「おう」

「気に……するな」

「食う前に気がつけてよかった」



 まさか食べていた物に薬物が使われていたとは思わなかったオリヴィアは、お菓子を掴んだ手をクレアが持ってきた濡らしたタオルで拭った。口に入れただけでもアウトな強力なものだった場合大変な事になってしまうからだ。神の肉体といえども試したことが無いので警戒するに越したことはない。

 それにしてもと思う。これで店が繁盛している理由が判明した。1つ1つの部屋に備え付けられているお菓子や、恐らく用意されている飲み物を口にすると薬物を摂取してしまい、従業員の言葉を完全に信用して首を縦にだけ振るようになり、中毒症状で宿屋を出た後もまた来たくなるのだ。

 悪質極まりない。グレー等と言ってはいられない、完全な黒だ。最初は客が少なくても、リピーターのように何度も出入りしている人を見ればそれだけ良い宿屋だと勘違いして利用する。するとその者もリピーターになるという悪辣な循環だ。店側がただ特をしていくだけのシステム。

 恐らく、地下に用意されている酒場も、その薬を使っているのだろう。というより、『スター・ヘイラー』が提供する物には全て薬物が使用されていると思って良いだろう。リュウデリア達のような強靭な免疫力や胃酸を持っている龍には通じない手だが、こと人間が相手ともなればどうとでもなる。



「顔の整っている従業員を配置しているのは、出来るだけ客を来させる為か」

「中に誘き寄せて食いもンでも飲みもンでも摂取させりゃあ勝ちって寸法よ。汚ェ手使いやがるわ。善と悪の区別がつきやすい。人間の特徴だな。ま、人間だけとは限らねェが」

「とてもでは……ないが……オリヴィアを……此処に……居させたくは……ないな」

「だとしても明日まで『ノーレイン』はやっていないだろう?ならば、今日は異空間に仕舞ってある物を適当に食べて、明日になったら出て行けばいい」

「何があるかと思えば薬物か。まったく……オリヴィアが食べて変なことになったらこの街ごと消すぞ」

「心配をしてくれてありがとう、リュウデリア。愛しているぞ」

「俺も愛している」

「はいはい熱い熱い。それよりもなんか食おうぜ。腹減った」

「デザートは……『龍の実』でも……いいか」

「まだあるから構わん。さて、先ずは肉から……」

「野菜も食べるんだぞ。肉好きの腹ぺこ龍達?」

「「「……了解」」」



 熱い視線を交わしているオリヴィアとリュウデリアを見て、呆れたように手を振って何か食べることを催促するクレアと、デザートに『龍の実』が食べたいというバルガス。確かに腹が減ったので、3匹の異空間に仕舞ってある物を持ち合わせで適当に食べた。

 眠くなるまで皆でお喋りをして過ごす。クレアとバルガスがしていたことや、スカイディアではどんな者達が集まるのかという推測。龍王の強さについて。神界に居る食べられる生物。それからヘイススに造ってもらった武器の手への馴染ませなどをして騒いだ。

 そうして時間を潰していき、オリヴィアがあくびをしたのを皮切りに眠る態勢に入る。オリヴィアとリュウデリアはベッドで抱き締め合って眠り、クレアとバルガスはカーペットの上で丸くなって眠る。





 オリヴィアが静かに眠った時、暗闇の中で6つの瞳が妖しく光り、視線を合わせてアイコンタクトを取った。何を伝え合ったのかは分からない。だが、その意味を知るときは近い。





 ──────────────────


『スター・ヘイラー』

 催眠作用と中毒性のある薬物を使っていた宿屋。普通の従業員はその事を知らない。偉い階級の者達と、何名かの料理人だけが知っている。

 薬物には記憶を混濁させる作用もあるので、酒を飲みに来たときに少し高めの値段をふっかけても気づかず、何の疑問も抱かずに払う。催眠作用があるのに「また来てね」と言われると来なくてはならないと刷り込ませられる。

 中毒性があるので、定期的に来て薬物を摂取しないと落ち着かなくなってくる。




 龍ズ

 オリヴィアがお菓子を食べようとした時、優れた嗅覚で薬物が混入していることを見抜き、食べさせないようにするために連携した。人間には無味無臭だが、龍には匂いも分かるし味も分かる。それに、例え食べたところで何の症状も出ない。肉体が強靭すぎるから。

 暗闇の中でアイコンタクトを取り、声を出さないです会話をしていた。その時オリヴィアは寝ていたので気が付かない。





 オリヴィア

 危なく薬物を摂取してしまうところだった。最初は何のことかと思っていたが、止めた理由を教えてもらったら、そりゃあ止めるかと納得する。

 あれだけ歓迎していたくせに、やっていることはクソだなと判断しているので、オリヴィアの中での『スター・ヘイラー』への評価はマントルに届く勢いだ。



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