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第7章

第99話  忍び寄る影

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 少しだけ目眩がする。太陽の光を取り入れられないダンジョン内では時間の感覚が分からない。時計は背負っていたバッグに入っていたので今は持っていない。体内時間は既に狂っている。なので今、先に進んでからどれだけ経ったか分からない。

 発生した魔物との戦闘で、偶然短剣を二振り手に入れる事ができたのは僥倖と言えるが、長く持つかは解らない。太腿に巻いた二振りの短剣を納める為の帯から抜剣して歩きながら眺める。少しだけ刃毀れがしているが、使えないことはない。まだ生きている。

 短剣を納めて前を見る。自身の先を歩いて適当な道を進むのはオリヴィアと、その使い魔。どちらも純黒の色をしていて、辺りの暗さも相まって混じっているように見える。

 大分前にやったように思える休憩を兼ねたお茶会以外、休憩は一切取っていない。ずっと歩き通しだ。足の裏が流石に痛くなってきている。無視して歩き続ければマメもできてしまうことだろう。歩くのに支障が出てしまうのでなるべく避けたいが、意見を言うわけにはいかない。



「……『砕けろ』」

「よし、今日は此処までにするか。75階層でキリがいいしな」

「はぁ……はぁ……ふぅ……わかった」

「私は一旦ミスラナ王国へ戻って宿に泊まる。お前はこのまま此処に居るがいい」

「……は?戻……る?何を言って……」

「朝の7時にまた此処に来る。それまでにお前が居なくても、私は先に進む。この場を離れたいならば勝手に離れるがいい」

「ちょっ──────」



 気付かれないように、75階層に降りて最初のフロアでリュウデリアが『言霊』を使って魔物を一掃し、オリヴィアはうんと体を伸ばして欠神した。キリの良い階層に来たので、今日は此処で終わりにするのだ。外の様子が分からないと思うが、ちょうど良い時間帯なのだ。

 だからティハネは置いていく。一緒に帰るという選択肢は無い。ついてきたいと言ったのは彼女なのだから、どんな状況になろうと文句は言えない。どうやって帰るつもりなのかと思いつつ、手を伸ばしたところでオリヴィアとリュウデリアは瞬間移動した。ミスラナ王国の人目がつかない外壁元へ。

 現在の時刻は18時を過ぎた辺り。何食わぬ顔で帰ってきたオリヴィア達は、宿に行く途中にあるギルドへ向かった。ダンジョンの攻略を報告しておく為だ。扉を開けて中に入れば、最早噂の渦中となっているオリヴィアが来たとなって少しザワついた。そしてこちらを見る目には、確かな期待が滲んでいるのが何となく解る。

 期待というのも、賭けをしているからだ。オリヴィアがダンジョンを攻略しようとしているのは把握しているので、今回は何階層攻略したかという題で賭けをしているのだ。他にも、攻略している最中に回収した武器防具が売りに出されるのにも期待しているのだ。

 しっかりとした競売の店に出さない限り、回収した物品は冒険者ギルドで競売に賭けることができる。ギルドが一旦品物を預かって競売に賭け、提示された金額を支払われると、それぞれを競売に出した者、買い取った者に渡す。そして利益の1割が仲介役としてギルドに回されるのだ。因みに、重さが変わった魔剣は200万で売れた。

 競売を仕切る店で魔剣を売れば、そういった物をコレクションする金持ちなどが参加し、更に高額の値段がつけられるのだ。当然魔剣などを手に入れた者達はそっちに売りに出す。だから冒険者が手を出す事が中々できないのだ。

 しかし、そこでオリヴィアの存在だ。金なんかに執着していない彼女は、持っていくのが面倒だからという理由で、ギルドの仲介による競売に出してくれる。つまり自分達の財布事情次第では魔剣を手に入れることすらもできるのだ。



「こんばんはオリヴィアさん。今日は何階層まで行って来たんですか?」

「75階層だ。そしてこれが、51階層から74階層まで全て記したマッピングの地図になる」

「はい!ありがとうございます!早速確認させていただきますね。回収された物などはありますか?」

「あぁ。また適当に競売に出しておいてくれ」

「わかりました」



 受付嬢に分厚くなったマッピングをしてある地図の束を渡し、回収していた物品をカウンターの上に並べた。首飾り。指輪。イヤリング。頑丈な革の手袋。鉄製の篭手。ブレスレット。腕輪。短剣。直剣。等といったものが異空間より出され、他の冒険者達の視線を釘付けにした。

 競売で出た金は後程取りに来ると行ってオリヴィア達が出ていった後、ギルドの中は大賑わいを見せていた。その騒がしい声を聞いて、あんな物のどこが良いんだかと呆れていた。まあ掘り出し物があるかも知れないので買い取り、質屋に出すのもまた楽しみの1つなのだろう。

 晩飯はパンにしようとその場の気分で適当に決め、サンドウィッチを売っている店に並んで5種類買うと、大通りにある広い場所に設けられたベンチに座り、2人で仲良く食べた。



「はい、あーん。美味しいか?」

「んむ、美味い。ほら、俺からもやろう」

「あー……んんっ。挟んである野菜が瑞々しくていい音が出るな」

「5種類を2つずつ買ったのだから、オリヴィアは全種類少しずつ食べていけばいい。残ったら俺が全部食べる」

「ふふ。ありがとう」

「うむ」



 明かりが灯る魔道具である電灯からの光を受けて、薄暗いベンチに腰掛けているのに、2人はとても楽しそうだ。人があまり居ないということで、使い魔サイズのままでベンチに普通に座って脚を投げ出し、今のサイズでは大きめのサンドウィッチをしっかりと両手で抱えながら食べていた。

 大きく口を開けて食べていっても、サンドウィッチはそこまで多く減ることはない。一生懸命抱えながら食べているリュウデリアの横で、オリヴィアは微笑ましそうに頬を緩ませながら同じように食べていった。

 美味しさからくる尻尾のゆらゆらとした揺れに、ちょっとしたイタズラ心から人差し指を向けてクルクルと巻き付ける。回して巻き込むスパゲッティとフォークのように。絡んだ尻尾をそのまま指に絡んで遊んでいると、ギュッと固定されてからすごい力で引き寄せられた。

 見た目は小さくても力は従来のものなのでオリヴィアの体を尻尾だけで引き寄せるのは造作もない。バランスを崩して近付いてくる彼女の口に自身の口を寄せ、舌でペロリとソースが付いた唇を舐めて綺麗にした。オリヴィアは突然のことにバッと元の位置に戻り、サンドウィッチを持っていない方の手で唇に触れ、頬をほんのりと赤くした。



「……っ!?」

「っぷ……ははッ。俺が食べているのにイタズラするからだぞ」

「…っ……もういっかいして」

「ダメだ。まだ食べているからな」

「うぐっ……」

「宿に帰ったらいくらでもしてやるから。今は我慢だ」

「……わかった」

「ふふ……愛してるぞ」

「うん。私も愛してる」



 本当は此処でキスしたいが、帰るまでの我慢だと言われてしまえば仕方ない。今日も沢山愛してもらおう。その事を想い、胸をドキドキと高鳴らせ、熱い吐息を1回だけ吐き出してから、早鐘を打つ心臓を、熱の集まった頬を誤魔化すようにサンドウィッチに齧り付いた。

 恥ずかしそうに黙々と食べるオリヴィアに愛おしさを感じながら、リュウデリアは静かに目を細めていた。
























「んっ……りゅ…でりあ……んん……すぅ……すぅ……」

「……おやすみ、オリヴィア」



 宿に帰り、風呂に入って清潔な体になったあと、リュウデリアはオリヴィアを愛を籠めて抱いた。艶やかな声を漏らし、訪れる快感と愛しさに美しい裸体をしならせながら果てた。もう無理だという言葉とは裏腹に、抱き付いて離れない四肢に笑って、リュウデリアは彼女が満足して眠るまで快楽と愛を贈った。

 やがて寝息が聞こえてきた頃になると、リュウデリアは魔法で2人の体液によって濡れたベッドのシーツを清潔な状態に戻し、高価な宝石を曇らせる、オリヴィアの至高の肉体に掛け布団を敷いてやった。

 ベッドに腰掛けながら、立ち上がれば腰まで届く長い純白の髪に指を入れて梳いていく。一度も引っ掛からず、さらりとした最高の髪質。自身の純黒とは対を為している純白の髪に鼻先を寄せて匂いを肺一杯に吸い込む。少しの汗と女の何とも言えない芳しい香りに目を閉じて余韻に浸る。

 髪の次は顔を覗き込む。あまりに美しすぎる造形美をした美貌は、何の警戒心も無く寝顔を晒している。手の甲で頬を擦ってやると、眠りながら自身の手を取って頬擦りをし、チュッと口付けをする。それには目を丸くして、ふっ……と笑うと、無防備な唇に口先をつけてキスをした。



「んっ……ぁ……もっ……と……んん」

「……眠っていても俺と交わっているのか?まったく。仕方のない、俺の女神様だな」



 呆れているような言葉とは裏腹に、彼の黄金の瞳には巨大な愛の影がチラついていた。逃げるつもりは絶対に無いだろうが、オリヴィアはもう彼の愛から逃れられることはないのだろう。それだけの、強くて大きい愛を、たった1柱の女神に抱いていた。

 最後に前髪を少しだけ避けて額に触れるだけのキスを送ると、頬に自身の頬を擦り付けて小さな唸り声を上げてから離れた。そして部屋に取り付けられている窓のカーテンを開き、月の光を浴び、窓を開けて手摺に足を掛けた。

 夜のそよ風が入り込み、カーテンをひらりと靡かせる。頬を撫でる風にんんっ……と反応して、起きないまま寝返りを打って眠りについているオリヴィアを見てから、背中の翼を大きく広げた。



「少し用事で出て来る。ゆっくり眠っているんだぞ。俺の女神よ──────」



 羽ばたく時に生じる筈の風も一切無く、窓辺にはリュウデリアの姿は既に無かった。窓も閉められ、カーテンも閉じられている。部屋に彼の姿がない事以外は、何も起きていなかったような光景だった。






















 夜の10時に建物の屋根を伝って移動する5つの影があった。向かっている場所は同じであり、不穏な気配を漂わせている。動きが早く、屋根から屋根へ飛び移る際に出る着地音は極めて小さく、殆ど無音に近い。

 夜の暗闇に紛れ込めるように黒い装束に身を包む彼等は、王命によりある目的のために動いていた。魔法で視覚を強化し、仲間達と手話でのやりとりをして意思疎通を行う、目的のものがある場所はとある宿屋。そこで今頃眠っている者の始末を仰せ付かっていた。

 夕方の6時辺りの大通りで見掛けているという情報は入ってきている。その情報から更に、泊まっているだろう宿の場所を聞いて、部屋の明かりが全て消えたのを見計らい動き出したのだから。失敗は許されない。失敗すれば、お前達を消すとまで言われているからだ。



「──────今宵は良い夜だ。そう思わんか?」



「「「──────ッ!!!!」」」



 声が聞こえた。明らかに自分達に向けて放たれた言葉だ。移動していた者達は一斉に進行を止めて陰になる場所で身を隠す。どこから聞こえてきたかまでは把握しきれなかったが、姿をそのまま晒しているよりかはマシだろう。

 今声を掛けてきたのは誰だ。何者だ。そう頭の中で疑問を抱いていると、ばさり、ばさりと何か羽ばたく音が聞こえる。翼を作り出す魔法?それとも翼を持った魔物が入り込んだ?色々な臆測が頭を駆け巡る間に、陰に身を潜める男の1人に向けて、何かが放られた。

 ごとりと音がして警戒心が跳ね上がり、腰に差していた短剣を抜いて構える。魔法による攻撃かと思われたそれは違った。魔法で視覚を強化してその全容を露わにする。そしてそれは、情報を集めて自分達に流すよう命令されていた筈の男の生首であった。



「気配が張り付いていてな、不快だったから殺した。お前達の仲間だろう?なァに、案ずることはない……



「……ッ!!~~~~~~~ッ!!!!殺──────」

「──────されるのはお前なんだがな?聞いていなかったのか?他者の話は良く聞くべきだぞ」



 仲間の1人が殺されていた。隠密に長けた奴だったのだが、あっさりと見つかって殺され、剰えその生首を仲間である相手に晒すという外道の行動。命令された事を忠実に実行しようとしている自分達の行動を棚に上げ、激昂して魔法による攻撃をしてやろうとした瞬間、何処からともなく現れた謎の存在に、その男は腹に腕を突き入れられ、心臓を握り潰されて死んだ。

 5人いる内の1人がやられた。今確実に殺された。どこに居るのか解らない状況で闇雲に攻撃しようとした奴が、一瞬の内に殺された。びちゃりと大量の血を吐き出す音が聞こえてきて、残る4人の中で一番小心の者は、陰に隠れながら膝を抱え、奥歯をガチガチと鳴らした。



「おいおい。俺の女に手を出そうと……暗殺しようとしておいて恐怖を抱くのか?当然の死だというのに?それは見当違いだろう。殺すと決めた以上、返り討ちで殺される可能性も考慮していたのだろう?ならば良いではないか。潔く死ねば。お前達自身?」

「……お前は一体何者だ……っ!!」

「最後の1匹になったら教えてやろう。特別だぞ?くくッ」

「……っ!!その前にテメェを殺して──────」

「──────無理だな」



 残り2人。1人は陰に隠れていたのに、その陰の向こう側から魔力の刃を貫通させ、心臓を一突きで斬り裂いた。もう一人は小心の者で、その場から逃げ出そうと立ち上がったところで、胸部に打撃が打ち込まれて内部に届いた衝撃によって心臓が止まった。

 ばたりと倒れる音で2人がやられたと察知し、任務の続行は不可能と判断して即座に撤退を開始する。しかしその内の1人が動き出した瞬間に、側頭部への謎の一撃で頭が100度以上回って首の骨がごきりと粉砕し、呆気なく絶命した。

 さて、残ったのは最後の1人だ。絶対に逃げ延びて、この謎の存在のことを国王に報告しなければならない。例えその国王に殺されるとしても、微かな情報だけでも届けなければいけないのだ。だがその為の動きができない。指先1つさえ動かない。それも屋根から屋根へ飛び移る途中の空中で止まった。

 ゆっくりと体が上に浮遊していく。体は大の字にされて、口も動かない。瞼も閉じられない。眼球だって動かない。その状態で空中へ持ち上げられていき、襲ってきたのだろう存在と対面した。夜の暗闇よりも黒く、深淵よりも黒く、黒よりも黒い完璧な純黒。そしてこちらを見つめる黄金の瞳。夜を照らす月を背後に、純黒の鱗に包まれた人型の何かの前に出されてしまった



「俺はリュウデリア。『殲滅龍』と言えば理解わかるか?」

「──────ッ!?」

「お前達のような塵芥を虐めの如く殺すのはつまらんからあまりやらないのだが……俺のオリヴィアを狙った以上は殺す。何の目的があってオリヴィアを狙うのかは知らんが、潔く死ね。死して悔い改めろ」

「……っ……っ!!………っ!!」

「あぁ、お前達の死体については気にしなくて良い。俺が見せしめとして

「──────ッ!!」



「ふ、ふふふ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!」



 宣言通り、最後の1人となった謎の集団の男は、ケタケタと嘲り嗤いながらゆっくりと、鋭く尖った指先を額に押し付けられ、じわじわと頭蓋を貫通し、脳を弄くられ、白目を剥いて全身を痙攣させながら死んでいった。






 夜の城下町にどこまでも見下す嘲りの嗤い声が響き渡る。狙うならば覚悟しなければならない。彼に慈悲なんてものは存在しないのだから。






 ──────────────────


 ティハネ

 ダンジョン内の第75階層目で放置されている。瞬間移動したところを目撃しているが、水分不足と空腹でそれどころではない。起きているとどうにかなりそうなので、再び発生した魔物に見つからない場所で寝ている。




 オリヴィア

 リュウデリアにいっぱい愛してもらったあと、彼の濃い匂いに包まれてぐっすりと眠っている。実は夢の中でまだ愛し合っているのだが、結局最後は気絶するまでやられる。時折ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。

 布団の中に潜り込んで帰ってきたリュウデリアを、しっかりと抱き締めて抱き枕にしている。




 リュウデリア

 張り付いてくる気配にはサンドウィッチを食べた時から気が付いていた。ずっと視線を感じて不快だったので窓から出てすぐに背後に回り込み、頭を掴んで引き千切った。

 謎の集団は国王の命により秘密裏に募られた暗殺集団で、目的はオリヴィアの暗殺。なので当然最強のセコムが発動して迎撃した。彼を出し抜いて近付ける訳がない。当然の結末。

 ちょっと良いこと考えている。元ネタは図書館で読んだ『人の手で行われた残虐な行為について』という本。

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