君の蒼に溺れたい

しろみ

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出会いの話

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「ねえ、……初めましてだよね」
「……何?」
「僕、高槻礼央っていうんだ。君は?」
「……、」

 僕の席の横に座る、顔の右を銀髪で隠した蒼眼の彼女は頑なに口を開こうとしなかった。
一言だけ発された、低く響く声は女性にしては低いなという印象を僕に与える。しかし、サファイアを閉じ込めた様な瞳を囲う上向きに伸びた睫毛、周囲を彩るグリッターは彼女の目の美しさをより際立たせてていた。筋の通った鼻、桜色の唇はグロスで艶めき、彼女の顔を構成するパーツはとても整っていたのだった。
一言で言うと、どこからどう見ても美しい女性。
僕は美しい蒼眼に惹かれ彼女に声を掛けたのだが、その顔立ちの美しさに更に惹かれたのだ。
この女性の事を知りたい、そう思ったのだが。
彼女は全く口を開いてくれない。
せめて名前だけでも、と思い、更に言葉を続けた。

「名前教えてよ、君のこと……知りたいから」
「何で……嫌よ、絶対」

桜色の唇を薄く開き、目線を逸らして僕に否定の意を伝える彼女の声はやはり女性にしては低い声だ。
もしかして、声を聞かれるのが嫌なのか。
人間誰しも何かしらのコンプレックスがあるとは思うが、もしかしたら彼女のコンプレックスは声なのかもしれない。そうだったら、何度も話し掛けて無理に喋らせるのも感じが悪い。
彼女に顔を近付けて声のトーンを落とし、ノートとペンを差し出した。

「えー……僕、君の目すっごく綺麗だと思って一目惚れしちゃったんだ、名前だけでも教えてよ」

彼女は僕の差し出したノートとペンを一瞥し、其れを手で押し退ける。気を悪くしてしまったか、と思い、押し退けられたノートとペンに目線を落としてしまう。
しかし、彼女はそのまま僕に自分の名前を名乗ったのだった。

「…………イリヤ、」
「……イリヤちゃん?漢字は……?」
「イリヤって呼んで、漢字とかない」
「あだ名?」
「そんな感じよ」

彼女は目線を此方に向けず、そう呟いた。変わった名前だな、と思ったが不思議と彼女の顔立ちや振る舞いを見ていたら違和感なく受け容れられた。
ハーフなのか、そういった名前なのか、想いを巡らせていたらふと彼女が此方に目線を向けた。
彼女はやっぱり、美しい瞳をしている。
この瞳を僕だけのものにしたい。
先程考えていたことも忘れ、僕はついこう口にしてしまっていた。

「イリヤちゃん……僕と付き合わない?」
「は?」

 彼女は急に目を見開き、言葉を失っていた。
僕自身も、初対面の人にこんなことを言うのはおかしいと思っている。だが、どうしても彼女の美しい瞳に惹かれてしまい、後戻りはできなかった。最初から後戻りするつもりも更々ないが。僕は更に言葉を続けた。

「一目惚れしたんだ、君の目に」
「は??意味わからない……」
「僕、君の目すごく好きなんだよ」
「目?目が好きって理由で付き合えって……アンタ自分が何言ってるか分かってる?」
「分かってるよ、君の目ずっと見ていたいんだ……本当に、綺麗だから」

自分でも恐ろしいくらい、彼女に捲し立てるように語っていた。彼女は眉間に皺を寄せ、僕を汚物でも見るかのような目で見ている。
自分でもおかしなことを言っている自覚はあるが、止められなかった。
僕は人の瞳、そして眼球に性的興奮を抱く性的趣向がある。
彼女の蒼眼は、僕が今まで見てきた人間の瞳の誰よりも美しかった。光を鋭く反射する眼球は硝子玉のような濡れた艶を帯び、瞳を構成する虹彩の蒼は、様々な蒼を絡ませて、絶妙な色合いを醸し出していた。彼女の長い睫毛に覆われるそれはとても淫靡で、僕はどうしても興奮を抑えきれなかった。
さすがに彼女にそれを悟られる訳には行かず、矢継ぎ早に告白をしてしまったが、想像通りの返答をされるのだった。

「……、キモい……」
「それはひどくない?別にキモくないよ、僕」
「発言がキモいのよ」
「うそぉ!?そうかなぁ……僕は好きなものを好きって言っただけだよ」

彼女の言っていることはごもっともだ。いきなり目が好きだから付き合えなんて言われたら気持ち悪いに決まっている。好きなものを好きって言っただけ、なんて誤魔化してはいるが、本当は彼女の瞳を見て僕は勃起している。そんなことを一言でも口に出してしまったら幻滅どころの騒ぎではない。きっと、とんでもない変態男として認知されてしまうだろう。
それだけは避けたい。
せめて、友達だけでもなってくれないか、なんて思いながら返答を待っていたら、予想だにしない答えが返ってきたのだった。

「まぁいいわよ、付き合ってあげる」
「え……ほんと!嬉しいなぁ」

彼女はふ、と口角を上げ、僕の目を見つめた。
目、だけではない。片目を隠してはいるが、彼女はやはり全てが美しい。そんな人間が、僕と交際してもいいと言ったのだ。嬉しさのあまり、彼女の無防備になっていた左手をつい握ってしまった。
ふと、握った左手に違和感を覚える。綺麗に整えられた爪は丁寧に手入れされており、彼女の瞳と同じ青色のネイルで飾られていた。しかし骨の浮き出る関節と筋張った手の甲を見る限り、まるで男性の手のようだ。
いきなり手を触ってしまったことに謝罪をし、彼女にどうしても知りたかったことを問い掛ける。

「じゃあイリヤちゃんの本名教えてよ」
「それは嫌よ」
「学生証に書いてあるでしょ?見せてよ」
「絶対に嫌!」

 彼女は頑なに本名を知られることを嫌がり、自分の手持ちの文房具やノートなどを手で覆った。そこまで嫌がられると逆に気になってしまう。
何か見られるものがないかと彼女の周囲を見渡すと、左側に置かれた鞄に吊り下げられたパスケースから学生証が見えていた。
彼女が目を離した隙にその中身を素早く出し、名前を確認する。

「ッ何してんのアンタ!返して!」

我ながら手癖の悪いことをしてしまったと思ったが、さすがに本名を知らないまま恋人になるのは釈然としない。どんな名前なんだろう、と期待を寄せ、学生証に書かれた文字を目で追っていたら、衝撃の事実が発覚したのだった。

「へぇ、入山……権三……、男性……え?イリヤちゃん男だったの?」

彼女、もとい彼は男性だったのだ。
声が女性にしては低いのと手に違和感を抱いた理由の全てに納得がいった。
今の彼の姿はどう考えても女性のそれでしかなかったから、彼は女装をしていたようだ。自分の同じ学部の女の子よりも綺麗にメイクをしており、胸の辺りまで伸びている銀髪も艶めき立っている。着ている服も、フリルとレースがふんだんにあしらわれたフランス人形の様で、思わず女性と勘違いしてしまいそうな容姿なのだ。
そんな彼は僕を一瞥して苦笑し、僕に対してこう呟く。

「いや、どう考えても男でしょ……」
「ごめん、あまりにも美人だったから……」
「何?今更付き合うのやめるとか言うかしら?いいわよ、別に……慣れてるから」

 彼は溜息を吐き、小さくそう呟いた。
確かに女性だと思っていたから、普通だったら僕も男だから付き合うのをやめる、って言うこともあるだろう。
ただ、それは恋愛対象が女性で性的趣向が普通だった場合だ。
僕は彼が男性だと知っても、瞳の美しさに惚れてしまった。現に、恥ずかしい話だが未だに勃起が収まっていない。ある意味どうにか収めたいのだが仕方がない。
僕は、彼に惹かれてしまったのだ。彼を抱きたい。彼のことを僕のものにしたい。
そう思ってしまったから今更引く訳にはいかない。
元々、初めから何があっても引くつもりはなかったのだが。

「え?やめないよ?」
「……そう、まぁ好きにして……あと学生証返して」

彼は僕の手から自分の学生証を奪い取ろうとする。本当に本名を知られるのが嫌なんだな、と思い彼の左手に学生証をすぐに渡した。

「ごめんね、はい……ありがとう」
「ほんとに……手癖悪いわね、アンタ」
「んー、そんなことないよ?」

学生証を返すと、すぐに彼は先程のパスケースにしまい、文房具を揃えて講義に耳を傾けていた。
講義の内容なんて頭にまったく入らなかった。そんな事より自分の下腹部のモノの勃起が未だに収まらないのが問題だ。講義が終わって席を立った瞬間フル勃起はさすがに恥ずかしい。
とにかく気を紛らわせるために資料を読んだりペンを回したりノートの隅に落書きをしたりしていた。ある程度収まったところで、彼に目をやり、持ってたシャーペンで彼の肩を小突く。彼の目線を此方に向けたところで、僕は彼に顔を近づけてこう言ったのだ。

「ところでさ、イリヤ」
「?」
「この授業サボってイイことしない?」
「…………キモい!!」
「ええ!?なんで!!」
「あんたね……いちいち発言がキモいのよ……」

呆れたように溜息を吐く彼はふいとそっぽを向いてしまった。やっぱり真面目に講義を聞かなきゃいけないか、なんて思っていたら、突然彼は文房具やノートを片付け始めた。
どうしたの、と一言声を掛ければ、彼は口角を吊り上げ、意地の悪そうな顔を見せる。こんな顔、するんだなと意外な一面に驚いていたら、彼は更に意外なことを言ったのだった。

「この授業サボって、イイコトするんでしょ?」

 僕は一瞬で、心の底から彼自身をめちゃくちゃに犯してやろうと思った。



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