あの雨のように

浅村 英字

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六時間目

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 パソコンを見ながらため息をつく担当医。その顔はいつもよりも厳しい状態なのだろう。

「辰矢くんさぁ、普通に過ごせて嬉しいのは分かるけど、無茶しすぎ。自主トレしてるでしょ?もう少しレベル下げてね」

 残りはいつも通り、そうなると思っていた。

「あと・・・、一つだけ。もし今後、状態がさらに悪化してると思ったら、友だちを一人でいいから連れてきてもらえる?」

 友だちと言われて思い出したのは、明日薫の顔だった。次に優真と響空。思いつく順番が今のこの時は重要なのかもしれない。

「別に無理にとは言わないよ。ただ、君により楽しい生活を送ってほしい。僕はそのための協力者が欲しいんだよ」

 高校生患者にも医者の心意を読まれちゃ、だらしなく感じるな・・・。

「分かりました。いずれ連れてきます」

 それ以降は、いつも通りだった。先生に礼を言い、扉を閉めて帰路に立つ。最後のガラスを抜ける直前、以前にも感じた視線を感じた。でも、あの時と同じく、見当たる人は見覚えのない人ばかり。

「何か感じたんだけどな・・・」

 頭を抱え、最後のガラスの扉を抜ける。

「辰矢!」

「おぉ、明日薫じゃん。部活は?」

 目の暖かみと風を感じると、直後に隣から聞こえた声はちょっとした運命を感じさせた。

「いや普通に、この前試合だったから、レギュラーは今日休み」

 ドヤッとする彼の態度から、褒めて欲しそうなのはすぐに分かった。けど、笑って流せば楽だと思ってると、明日薫の顔が変わった。

「それじゃあ、今日はメンテ的な感じなん?」

「まあ、そんなもんかな。辰矢は、いつもの?」

 頷く俺にホッとしているのが表にでる。彼に俺のことを知られたのが少し危険感じていたのがバカバカしく思える。

「今からは?」

「別に、家に帰るだけだけど?」

 肩を組まれ、バス停の方を指さす。俺の予感はさっきまでとは違う別の危険を感じた。

「いや、今日はやめとこうかな・・・」

「まだ何も言ってないし。いいじゃん、カラオケ行こ!」

 え、カラオケ?なら別に行っても危険はなさそうなのに。

「二人でか?」

「いや?一応、幸が来るから、辰矢が来るってなれば響空ちゃん呼ぶと思うぞ」

 響空が来る。先週までは、それを言われれば素直に行っただろう。

「いや、それならやめとこうかな」

 沈黙が今の空気を支配した。

「そっか、明日薫は知らなかったのか」

「何を?」

 認めたくない、でも仕方ない。

「俺さ、何か響空に避けられてるんだよね」

「は?何で?」

 理由は分からない。ただ心当たりがあるとするなら、先輩のせいだろう。でもそれが、先輩からの圧なのか、響空の自主性なのかは分からない。本人に聞く以外は。

「避けられてるって、どんな風に?!」

 明日薫は、俺とカップルのように思われてた響空に避けれてるのがそんなに不思議なのか。

「学校で話しかけても、無視するし。ワボでメッセージを送っても未読だし・・・」

「マジか。・・・何て言うか、女子って読めんな・・・」

 聞いた話の内容が想定よりしんどかったのか、頭を何度かかいて、セリフを捨てた。正直、笑うようにすることもできた。しかし、今の俺でも分かる今はその時じゃないことくらい。

「あぁ、本当にな。先週からしたら想像もできなかっただろ?」

「確かに。本当は林間学校で付き合って、浮気がバレたとかなら、こんな感じになるのかもな・・・」

「え・・・?」

 明日薫の言葉が心当たりに似ていて驚きの声が漏れた。その声に反応して、彼の目が見開いていた。

「え、本当に浮気したのか?」

「いや、浮気も何も、俺はまだ誰とも付き合ってないし」

「まぁ、浮気じゃないな。でも、木下先輩ともデートしたんだろ?」

 不慣れな人生に、ため息が漏れる。

「そうだけど・・・」

 言葉が出なかった。そして、彼女が俺を避け始めてからというもの、頭に浮かぶのは彼女とのことばかりだ。未来のことを考えない癖が、今こういう感覚に陥っている原因だろう。

「悪い、幸からだ」

 ポケットから携帯を取り出して、明日薫は彼女との会話を始めた。

「なあ、辰矢。やっぱり来ないか?幸が響空も誘ったって言ってるし」

 明日薫って意外としつこいな。

「いや、だから響空がいるなら・・・」

 電話をしながら俺の言葉を聞く明日薫は、急に俺の話を止めて彼の携帯を押し付けてきた。

「なんだよ」

「いいから。代われ」

 言い返す時間すらもらえず、彼の携帯を耳に当てる。

「・・・もしもし?」

『良いから来なさい!バカ!』

 携帯が切れた。たった一言で終わったせいで、二人が似ているような気がした。

「今の誰?」

「は?もう切ったの?あいつ・・・」

 携帯の画面に、写っていたのは明日薫の彼女の名前。

「んで?何だって?」

「『良いから来なさい、バカ』だとよ。お前の彼女、俺は苦手だな」

「おいおい・・・」

 今日はもうやることないし、別に行っても良いけど、響空に会うのは、どこか嫌な予感がする。
 再度聞かれた質問。本で見た言葉を思い出して答えが出た。行かないで後悔するよりは良いはず。

「おぉ、面倒臭がりなのに、明日はきっと嵐だな」

「そんなこと言うなら行かないぞ~」

 こう言う時は、大雪みたいな真夏にはありえない天気を言って欲しいものだ。嵐なんて、微妙にありそうなものを選ぶなよ。

 バス停で一本見た過ごして二本目のバスに乗って、カラオケに向かう。先に部屋に入っている女子に合流するのは、少し気が引ける。・・・って俺、なんだかんだカラオケに行くの初めてじゃね・・・?

「いらっしゃいませ」

 一人のスタッフに先に来ていた二人のことを伝えて、三階の奥にある部屋の前に足を運ぶ。扉の前に立つと、中の人の歌声がわずかに聞こえる。
 カラオケってこんなもんなのか。

「お待たせぇ」

 俺も中に入ると、空気が一変した。俺も彼女も口が動かない。荷物を下ろすと、腕が後ろに引っ張られて部屋の外に連れ出される。

「ちょっと。・・・あんた、響空に何したの!」

 扉の隣に押し付けられ、声が漏れる。
 何をしたのか。それは、俺が聞きたいくらいだ。でも、可能性の一つを彼女に伝える。

「俺じゃないと思うぞ?」

「は?!」

「そんな怒んなよ。会ったのは偶然だよ、連絡もしてない」

 彼女の目から俺に対する怒りが消えたような気がする。

「それに、態度が変わる直前、俺たちのについて聞かれたし」

「え、もちろんでしょ?」

 下から覗かれる感覚が、なんとなく可愛く見えた。明日薫もこの子が彼女だと大変だな。

「いや、俺たち別に関係わけじゃないし」

 また怒りが湧いてきた目をしている。

「でも俺は、響空のこと、他の人とは違うと思ってるよ?」

 無言で胸倉をつかまれ、また同じ声が出る。

「ふざけんじゃないわよ!」

 俺の顔が気に食わなかったのだろう。目に映っていた怒りが俺の胸にまで伝わってくる。

「意味わかんない。なんで響空も明日薫も、悠凛も華巳もみんな!何であんたなんかに」

「は?」

「あのねぇ、あんたのその感情を普通は『好き』っていうの!ってやつ、分かるでしょ!?」

 今のこの感情が、恋愛感情なのか。だとしたらちょっと気疲れな気がするな・・・。

「分かった!?」

「・・・はい」

「なら、分かるよね?響空に言うべき言葉」

 彼女の威圧感が俺の言葉の選択肢を限定する。

「辰矢。電話鳴ってるぞ」

 扉が開き、明日薫に渡された携帯に表示された名前がその人の本名でよかった。

「ごめん。悪いけど、電話出てくる」

 受け取って階段のあるところまで走る。さすがにそこまで行けば、周りの歌声少しは小さくなるだろう。

「もしもし。すいません、さっきは電話に出れず」

「いえ、こちらも先に連絡れてなかったので・・・」

 相手は、俺の担当編集者『内藤 哲也』さん。直接会ったことはないが、電話とメールでのやり取りを何度も重ねていた。

「それで、今回お電話させていただいたのは、一作目の『獣を喰らう桜』が円盤DVD化されるので、その後報告をと」

 いつも売り上げや重版の時はメールで来るのに。珍しい電話と思えば、すでにドラマ化された作品の円盤化か。興奮もあれば、気分を隠すために冷静でなければと考える。

「そうですか、それはよかったです」

「それで、また色々と契約について見直す必要があるんですけど、書類を送りますので、それにサインとかしてもらってもいいですか?」

「分かりました。明日には返信しておきますね」

 電話を切ると、後ろには申良が立っていた。まるでしつけの悪い動物を監視する飼育員に見えなくもない。

「何?」

「分かってるんでしょうね?響空に言うべき言葉」

「分かってる。けど悪い、用事できたから今日は帰る」

 鞄を取りに戻り、料金については明日薫に任せた。その時も響空の顔を見ることが出来なかった。きっと声も聞こえてない。帰りのバスでも、あの空間の景色がずっと頭の中に残っていた。
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