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不憫の王様
しおりを挟むこの世界の住人に悪魔の王様といえば誰かと尋ねたら、真っ先に思い浮かべるのは炎と氷の地獄をおさめる2人だろう。
獄炎王と獄氷王。
名前は人間たちには知られてないが、どういう存在かは知っている。
どちらとも冷酷無慈悲で残虐。
落ちてきた人間を容赦なく痛ぶる悪魔の王だと。
ノエルは「悪魔の王様」という言葉を聞いて真っ先に2人の悪魔を思い浮かべた。
どんな容姿かは知らないが、きっと大人でも泣き喚くくらい怖い顔なはずだと信じて疑わず、想像で悪魔の王を作り上げる。
想像だけでも怖くて心臓を鷲掴みにされたような感覚になる。
息が上手くできず倒れそうになったそのとき、ルネが目に入った。
ローズに「悪魔の王様」と呼ばれた手の平サイズの小さい黒い鳥が。
「……」
ルネを見た瞬間、急に馬鹿らしくなった。
上手く吸えなかった息も普通に吸えるようになった。
'はぁ。馬鹿馬鹿しい。こんなチビドリが悪魔の王なわけない。俺はいったい何を怖がっているんだ'
ノエルは眉間によった皺を伸ばしながら、数回頭を横に振る。
そんなノエルを見たルネは自分が馬鹿にされていることに気づき、こう言った。
「主人。あいつ燃やしていいか」
もちろん死なない程度に手加減はするつもりではある。
「絶対駄目」
私はルネの要求を笑顔で拒否する。
「……」
ルネは拒否されたのでノエルに対して何もできないため、苛立ちをぶつけるものがなくなり、短い手で頭を抱えながら声にならない叫びを上げながら怒りを和らげようと、その辺を飛び回った。
'悪魔の王の威厳も血に落ちたわね。あ、元悪魔の王か'
私は奇妙な行動をするルネを見て、これが私の命を守る1人なのかと思うと悲しくなり、額に手を添えながらため息を吐いた。
今度ルネには教育をしないといけないな、と思いながら先程のノエルの問いを無視するわけにはいかず答える。
今のルネの姿を見て本物の悪魔の王とは思わないだろう。
冗談と思うはずだ。
だが、万が一という可能性もある。
それに、今は大丈夫でも遠くない未来で「ん?」と思い始め、ルネを疑うかもしれない。
悪魔と契約した人間と言われるのは困るので、今のうちにしっかりとノエルは「ただの口だけ鳥」という印象を植え付けておかないといけない。
そう考えた私はノエルにこう言った。
「これが悪魔の王様に見えるか?」
親指でルネを指しながら、呆れた表情をして言う。
「見えない」
ノエルは即答する。
それにルネは血管がピキッとなり破裂しそうになる。
'あっ、怒った'
ルネの纏う雰囲気が変わったことにシオンが気づく。
'よくわかってるじゃない。そいつは元悪魔の王であって今は違うわ。見えなくて当然よ'
アイリーンはノエルの態度に気分が良くなり、何度も頷き、ルネは悪魔の王ではないと言う意見に賛同する。
「つまりはそういうことよ」
私はルネの纏う雰囲気が変わったことに気づいていたが、即答してくれてありがとうとノエルに心の中でお礼を言う。
'いや、どういうことだ?'
ノエルは「そういうこと」と言われても意味がわからず首を傾げる。
「何?わからないの?これだから馬鹿は……」
私は今日何度目かわからないため息を首を横に振りながらまた吐き、ノエルに近づき小さな声でこう言った。
「いい。あの子はね、将来、自分が悪魔の王様になれると思ってるのよ。だから、悪魔の王様って呼ばれたがるの。わかるでしょう。そういう時期なのよ」
「そういう時期か……」
ノエルはルネを見ながら呟く。
'そんな目で俺を見るな!'
ルネはノエルのなんとも言えない温かい目を向けられ、とうとう我慢の限界に達した。
自分は本当に悪魔の王なのに、それを毎日妄想するおかしな鳥にされ許せなかった。
高貴で誰もが恐れる存在であるのに、今では……
落ちぶれた自分の姿にルネは怒りを覚える。
「ふざけるな!俺様は獄炎の王、ルネだぞ!妄想でも何でもない、本物の悪魔の王だ!」
ルネは馬鹿にした2人に向かってそう叫び、悪魔の炎、黒い炎を喰らわせてやろうと魔法を発動させたかったが、ノエルの後ろから般若の顔した主人が「余計なことは言うな。わかってるよな」と顔で訴えかけられ、追い打ちをかけるように「け・い・や・く」と口パクで脅され、我慢するしかなかった。
怒りをどこにも向けることができなくなったルネは頭の中で、馬鹿にした2人を地獄の拷問で痛めつけた。
2人の泣き叫びながら助けを請う姿を想像すると、ほんの少しだけ怒りがおさまったが、それだけでは許せないので絶対に今日の屈辱を忘れるような仕返しをすると誓う。
「……ってことなので、もしまた悪魔の王様的なのを聞いても無視してくれると助かるわ」
私は「頼む。このまま騙されてくれ」と祈る。
「ああ。もちろんだ」
ノエルは今の話を信じたのか「心配するな。俺は大人だからな。そういう対応をしよう」という顔をする。
その表情を見た私は「うん。こいつが馬鹿で助かったわ」と安堵のため息を吐く。
これで、もしまた失言したとしても誤魔化せる、と。
「ご理解感謝します」
普通なら「悪魔に憧れるなんて不吉だ」という反応が起こってもおかしくないのに、ノエルが馬鹿だからか、騙されてくれて本当に助かった。
'ああ。理解するとも。悪魔のような人間に仕えるなら、悪魔の王を目指すのは部下として当然のことだからな'
ノエルはルネがなぜ悪魔の王になりたいのか考えられる理由は一つしか無いと思い至り、なんて健気で可哀想なのだと同情、尊敬、憐れみ、主君に対する忠誠心に感動したような、いろんな感情がごちゃ混ぜになった目で見つめた。
自分にもいつかそんな存在に出会えたらいいなと思うも「この女だけは絶対に嫌だ」とそれ以外の人がいいと思う。
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