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夏の始まり

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「ゼン。すまないが俺はそろそろ行く。一人で大丈夫か?」

先程部下がアジュガが戻ってきたので団に来て欲しいと報告しに来た。

元々、昨日と今日は休みだったので行く予定はなかったがわざわざ呼びにきたということは、大変なことが起こったのか、今から起こるかのどちらかだろう。

嫌な予感がする。

王から命令された件ですら大変なのに、これ以上は手が回らないかもしれない。

「ああ、問題ない。この辺りを散歩する。私よりレオンの方こそ大丈夫か?顔色が悪い」

「大丈夫だ。心配ない」

力こぶを作って元気だと。

「もし何かあったら団のところまで来てくれ。場所は覚えているか?」

一人にするのは心配で何かあったらすぐに自分のところに来るように、と。

「ああ、覚えている。だが、大丈夫だ。ありがとう」

誰かに心配してもらえるのはいいものだな、と心が温かくなるのを感じる。

ゼインはこれまで誰にも心配されたことはなかった。

四季の神だからそれは仕方のないことだが、そんなやり取りを見るたびに羨ましく感じていた。

「ほら、早く行かないと。皆んなが待っているのだろう」

「そうだな。では、行ってくる。何かあったら遠慮せず来てくれ。約束だからな」

馬に跨ってもう一度念を押す。

「ああ、約束する」

「行ってくる」

そう言うと物凄い速さで団に向かっていく。

ゼインはレオンの背中が見えなくなってからも暫くその方向を眺めていた。

「さて、私もそろそろ己の仕事をするとしようか」

そう呟くと一瞬で人間界にある自分の屋敷が建ててある黄金の森と呼ばれている森に移動する。

本来なら六月一日に夏の季節を呼び起こしていたが、今回は三日遅れの六月四日に夏を呼び起こすことになってしまった。

まぁ、一週間以内に呼び起こせばいいので三日くらい大したことではないが、ゼインは一度も遅れたことがないので、天界にいる神々は何事だと不審に思っていた。

ゼインは本来の姿に戻り神力を体中に纏う。

腕を横に振り神力を世界中におくる。

この瞬間、たった数秒で世界中に夏の季節が始まる。

場所によって夏が訪れるのに差はあるが、春のピンクの世界が終わり夏の緑の世界が始まる。

ゼインを中心に大地、風、空、海、木、花、草、にも神気が流れ始める。

夏の王がいる国から夏が始まる。

この国は夏の王が近くに住んでいるため、その影響で十ヶ月ほど夏の季節。

冬の季節と呼ばれる時だけ春に近い季節へと変わる。



「ゼインのやつ漸く夏を呼び起こしたな。これまでなら必ずその日の内に呼び起こしていたのに。一体どんな心境の変化があったのだろうか。次会ったときに聞いてみるか」

天界からゼインの神気を感じとった、秋の王シグレが酒を飲みながら楽しそうに言う。




「皆、おはよう」

元気よく挨拶する。

昨日団会議したばかりだというのに、次の日も集まることになるとは。

「おはよう、団長」

「おはようございます、団長」

アジュガ以外、全員集合していた。

誰一人顔には出していないが不安に思っていた。

「アジュガは今どこにいる?」

姿が見当たらず尋ねる。

「アジュガさんは今医務室にいます。ネムが体に異常がないか調べています。終わり次第ここにくるようには言ってあります」

「わかった。アジュガから報告は受けたか?」

「ああ、聞いてある」

「話してくれ」

レオンは自分の顔が強張っているのがわかる。

心臓が速くなっているのを感じる。

「結論から言うと今回も大した収穫はなかったが、これを見つけたと。もしかしたら関係ないかもしれないが、何か関係あるような気がして持ち帰ったと」

リヒトがアジュガから預かっていた物を机の上に置く。

妖しく光石。

魔法石に似た何かだろうか。

「不気味だな」

嫌な気配がする。

何匹の蛇が体を這うようにして纏わり付くような気持ち悪さに襲われる。

「ああ。団長はこれどう思う?」

これ、を強調するようにリヒトが尋ねる。

レオンが思ったことと同じ事を思っているだろう。

「俺は関係あると思うが、今はこれを調べるのは早いと思う」

この石?みたいなものの取り扱い方を間違えれば死は免れない。

そう直感した。

いや、それ以上に最悪なことが起きるかもしれない。

「俺も同意見だ。何もわかっていないのに、これに関わるべきではない」

二人の会話を黙って聞く。

皆同意見だった。

「詳しい話は後でアジュガから聞こう。わかっていると思うがこのことは内緒にしてくれ」

全員頷く。

もし、このことがバレたらこれの持ち主やあの日の真相を暴こうとする者が出るかもしれない。

自分達ですら手に余るものなのに、勝手に動かれ最悪死人が出たら困る。

「また何かわかれば報告する。仕事に戻ってくれ」

リヒト以外部屋から出て行く。

「団長。団長は誰が敵だと思う?」

人の気配がない事を確認してから尋ねる。

「リヒトはどう思っているんだ?」

「質問を質問で返さないでくれ。先に尋ねたのは俺だ」

「ハハッ。すまん、すまん」

大して悪いと思ってない形だけの謝罪をする。

「俺は王族が関わっていると思っている」

先程のふざけた雰囲気から一変し無の顔になる。

まさか、レオンが言い切るとは思っておらず驚きを隠せない。

リヒト自身も王族が怪しいと疑っていたのでその発言には驚かなかった。

「確証があるのか」

リヒトは自分の声が震えているのに気付いた。

いつの間にか握っていた拳はびっしょりと汗をかいていた。

「ない。だが、俺は確信している。間違いなく王族の誰かが関わっている、と」

目を閉じあの日の出来事を思い出し、言葉を続ける。

「タイミングが良すぎた。まるで、この町が復興するのを嫌がっているような感じだった。あれは、間違いなく人為的に行われたもの。そして、これはその証拠の一部だろう」

石を指で弾く。

「それに王族達なら、俺達のような人間でなく敵対している国を自国にして権力を手に入れようとするだろう。この町は土地は広いが人は少ない。敵国の人間をここにこさせ奴隷として働かせるには最適の場所とは思わないか」

ここは、王都から最も離れた場所にある。

もし、王都に向かうとしても魔法石を使えなければ三ヶ月以上はかかる。

「ああ、そうだな。レオンは誰が一番怪しいと思っているんだ」

「王」

はっきりと言う。

「だが、証拠がない。それに他の者も怪しい」

「俺も王が一番怪しいと思うが、証拠がな」

二人して振り出しに戻り項垂れる。

王族が関わっていると確信しているのはレオンとリヒトを含めた四人だけ。

他の団員達には知らせていない。

「焦らず確実に進もう。バレたら終わりだからな」

「ああ。そうだな」

王族と敵対すると決めたからには必ずどんな手を使ってでも真相を突き止める。

あの日、死んでいった者たちの無念を晴らす為にも立ち止まるわけにはいかない。
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