上 下
20 / 41

花冠との出会い

しおりを挟む


千年前、世界が魔族に支配されていた時代。

そして、紫苑がまだ九尾になる前のただの白い狐の妖だったとき。


「おい!逆らう奴は全員殺せ!逃げる奴もだ!」

魔王軍が全軍で千花国を攻めてきてから五年後、魔族は逃げた者を殺そうとまた襲いにきた。

紫苑の母親は五年前に殺されたため一人で何とか生きていた。

だけど、生きる意味も希望もなくただ魔族に怯える日々。

そんな生活に嫌気がさして殺されにいったが、人間が殺される場面を見てやっぱ嫌だと思い逃げていた。

それでも、ただの狐と魔族の差は圧倒的ですぐに捕まる。

もう駄目だ。

死ぬ、殺される。

剣が振り下ろされる瞬間、今までの人生を思い出し自分は何のために生まれてきたのかと虚しくなる。

ただ殺されるため、惨めに生きていたのかと。

もう二度この世になんか生まれたくない、そう思ったとき花冠が現れた。

紫苑を殺そうとしていた魔族を殺すと周りにいた魔族を次々と殺していった。

圧倒的な力の差だった。

あんなに恐ろしかった魔族が手も足も出ない光景に紫苑は開いた口が塞がらなかった。

「もう大丈夫よ」

全て倒すと花冠は紫苑に声をかけた。

「……」

紫苑はまるで夢のような出来事に何も言えなくなる。

お礼を言わなければと焦れば焦るほど上手く話せなくなる。

「……怪我してる。腕を出して治すから」

紫苑は花冠に言われるまま怪我をしている左手腕をだす。

花冠は治癒魔法を使いあっという間に治す。

「痛くない?」

花冠の問いに紫苑は首がもげるのではないかと心配になるくらい激しく振る。

「そう。ならよかった」

花冠は黄金の仮面をつけていたので顔は見えなかったが、優しく微笑んでいるように紫苑は感じた。

「あ、あの、助けてくれてありがとうございます」

「気にしないで。家まで送るよ」

「……」

紫苑の家は魔族に破壊された。

元々一人で暮らしていたし、また新しい住処を見つければいいが何故か家がなくなったことを言ってはいけない気がして黙り込む。

「……少年、花は好きか?」

花冠は紫苑が何も言わないので全てを察し何とかして励まそうと考え自分が一番好きな魔法を見せればいいと考えた。

「嫌いじゃないけど……」

好きでもない。

可でもなく不可でもなくというやつだ。

花を愛でる趣味はない。

「じゃあ、いいものを見せてあげる」

そう言うと花冠は見渡す限り紫苑の花を咲かせた。

「き、綺麗!」

目を輝かせて紫苑の花を見る。

花を好きになったわけでなく、大量の花を出した花冠の魔法に感動した。

「あの、これはなんて花ですか?」

「紫苑」

「紫苑か。素敵な花だな」

紫苑は暫く紫苑の花畑をうっとりとした目で眺め続けた。

「あの、どうしてこの花をだしたんですか?」

花は紫苑以外にもたくさんある。

その中で何故紫苑を選んだのか気になった。

紫苑はこれまで花には興味をなかったが色んな花を見たことがある。

紫苑の花よりも大きくて美しい花を名は知らないが知っている。

その花ではなく何故この花だったのか、どんな理由で選んだのか急に知りたくなった。

「君の瞳の色と同じだったから。ただそれだけ」

花冠のその言葉を聞いた瞬間、紫苑の中の何かが動き始めた。

花冠に助けられてから紫苑の世界は色を取り戻しつつあったが、今の言葉で色鮮やかな美しい世界になった。

「そっか、俺の瞳こんな色なんだ」

「嫌だった?」

「そんなことないです!すっごく気に入りました!」

「そう、ならよかった」

花冠は近くの花を何個かむしり何かし始めた。

何をしているのだろうかと覗き込むと花が冠になっていた。

「あげる」

紫苑の頭の上にのせる。

「ありがとうございます。大事にします」

人から何かを貰うのは生まれて初めて一生大事にしようと決める。

「あ、あの、よかったらお名前を教えてください」

命の恩人で世界に色を取り戻してくれた人。

名前くらい知っておきたい。

きっともう少しで別れることになるとわかっていた。

「……百合よ」

「……百合さん。素敵な名前です」

紫苑はすぐにそれが嘘の名だわかった。

それでも、紫苑にとってはこの瞬間から花冠の名は百合になった。

だから大したことではないと胸の痛みを無視して割り切ることにした。

「ありがとう。僕の名前は?」

「俺には名はありません」

両親は死んだし、そもそも名は与えられなかった。

「……」

「あの、もし迷惑でなければ俺に名を与えてくれませんか」

声が震える。

助けてもらって、花畑をだしてくれて、花冠までくれたのに名までつけてくれというのは図々しいと紫苑本人でも感じていたが花冠以外にはつけられたくないと思った。

もし、嫌だと言われたら死ぬまで名なしで生きる覚悟だった。

花冠は何も言わず時間だけが流れる。

紫苑は花冠が何か言うまでじっと耐えるようにして待った。

「……紫苑。君の名は今日から紫苑だ」

ようやく口を開いたと思ったら花の名を言う。

「同じ名前にした理由を聞いてもいいですか?」

別に気に入らなかったわけではない。

寧ろ気に入っている。

自分の瞳の色と同じだからと言って出してくれた花と同じ名前なのは嬉しい。

ただ、どうして同じ名前にしたのか何か意味が込められているのか気になっただけ。

「私は花が好きなんだ。だから、よく花を出す魔法を使う。色んな花を毎日だす。出す花はいつもそのときの気分だけどね。でも今日は紫苑をだした。君を見たから。君を見てすぐに紫苑の花のようだと思った。なんとなくだから理由とかはないけど、ただそう思った。君は紫苑の花みたいだと。瞳の色と花びらの色が一緒だから余計にそう思ったのかもね。だから、君に名をつけるなら紫苑しかないなって」

ずっと空を見上げていた花冠はゆっくりと紫苑の方を向き話しを続ける。

「あとは、この花を見かけるたび君のこと思い出せるなって思ったのもあるな」

これは今思ったことで名を決めたときには思っていなかった。

でも今はそう思っているからいいかと、さも最初からそうだったかのように話す。

「……」

「嫌だった?」

「そんなことないです。すごく嬉しいです」

この花を見るたびに自分のことを思い出してもらえると思うと嬉しくて幸せだ。

これまで自分のことを知っている人なんていなかった。

いたとしても白い狐の妖くらいにしか覚えられない。

それくらいの存在。

紫苑自身もそう思われて仕方ないと思っていたのに、それなのに花冠は狐の妖でも白い狐でもなく自分を思い出すと言ってくれた。

紫苑にはその言葉がこの世に存在するどの言葉より幸わせになる魔法の言葉だった。



「あの、また会えますか?」

花冠は暫くこの森で過ごしていたが、用が済んだのかこの地から去ろうとしていた。

このまま別れるなんて嫌でまた会えるという約束何欲しかった。

それさえあれば例え一人で生きていくことになっても耐えられる。

そんな希望が欲しかった。

「私にはやらねばならないことがある。それはとても危険で命の保証はないことなんだ。だから、その約束はできない。ごめんね」

そう告げると花冠は紫苑の元を去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

なろう370000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑
ファンタジー
〜 報酬は未定・リスクは不明? のんきな雇われ勇者は旅の日々を送る 〜 魔獣や魔物を討伐する専門のハンター『破邪』として遍歴修行の旅を続けていた青年、ライノ・クライスは、ある日ふたりの大精霊と出会った。 大精霊は、この世界を支える力の源泉であり、止まること無く世界を巡り続けている『魔力の奔流』が徐々に乱れつつあることを彼に教え、同時に、そのバランスを補正すべく『勇者』の役割を請け負うよう求める。 それも破邪の役目の延長と考え、気軽に『勇者の仕事』を引き受けたライノは、エルフの少女として顕現した大精霊の一人と共に魔力の乱れの原因を辿って旅を続けていくうちに、そこに思いも寄らぬ背景が潜んでいることに気づく・・・ ひょんなことから勇者になった青年の、ちょっと冒険っぽい旅の日々。 < 小説家になろう・カクヨム・エブリスタでも同名義、同タイトルで連載中です >

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

処理中です...