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異世界

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「ああ~。疲れた。もう、風呂入る気力もないわ」

昼から当主達の息子の呪いを解き、ご飯を食べてから今の今まで鬼と戦い、死んだ人達の魂をあの世へと導き、山を浄化した。

半日でこれだけのことをしたのだ。

疲れないはずがない。

早くベットで寝たいと思うのに、テーブルの上にある見覚えのない陣が気になり足を止めてしまう。

「誰かがこの部屋に入ったのね。私とわかった上で……誰か知らないけど、よっぽど死にたいらしいわね」

初めて見る陣のせいでどんな役割があるのかはわからないが、紙から禍々しいオーラが発せられていて間違いなくこれを寄越した人物は敵だと判断できる。

早く寝たいのに得たいの知らない陣が書かれた紙を放っておくことはできないので、寝るのを諦める。

「さて、とりあえずこれをどうするべきか」

楓は紙を取ろうとしたが、そのとき紙で指をきってしまい血が出てしまう。

最悪。

そう思って血を拭こうと近くにあったティッシュを取ろうとしたが、指から一滴血が落ち紙の上に落ちたその瞬間、陣が光を発した。

「しまった!」

陣が光り、ようやく目が覚めた。

婚約破棄し、家族とも縁をきれた喜びからか、昼から力を使い過ぎて疲れていたせいか、そのどちらもかわからないが、得体の知れない人物からの陣の書かれた贈り物だというのに油断していた。

いつもなら絶対こんなことはあり得ないのに!

後悔しても遅い。

陣は発動してしまった。

楓は陣からの攻撃に備え、いつでも術を発動できるよう準備をする。

だが、それは無駄に終わった。

急に意識が遠くなっていった。

抗うことなどできず、ゆっくりと暗い闇の中へと落ちていく。

'まずい……'

そう思うのに、何もできず楓は意識を手放してしまう。



※※※



「……さま…………ひめ……」

'うるさいな。誰?さっきから'

暗闇の中にいる楓は急に聞こえだした知らない人達の声に顔を顰める。

だんだんと声が大きくなり、はっきり聞こえだすと、体がフワッと浮くような感じに襲われたあと暗闇から抜け出せた。

「ん……」

楓はゆっくりと目を開ける。

数回瞬きをしてから周囲を見渡すと知らない顔の人達が固まっていた。

'誰だ?この人達は?'

とりあえず誰か尋ねようとしたそのとき……

「姫さま。良かった。意識がお戻りになったのですね」

大勢の中の一人、老婆が今にも泣き出しそうな顔をしている。

'誰?いや、それより今なんて言った?私に向かって、姫さまって言った?'

楓は嫌な予感がした。

いや、そんなことはあり得ない。

今浮かんだ考えを墨で黒く塗り潰す。

これはきっと夢だ。

まだ悪い夢を見ているだけだ、とそう自分に言い聞かせる。

「姫さま。どこか体調は悪くないですか?」

老婆の問いかけに何と答えればいいか悩んで視線を彷徨わせていると、偶々目に入った鏡に映る自分の姿を見て目を見開く。

まさかーー

嘘だ!何かの見間違いだ!

楓はベットから飛び降り鏡に駆け寄る。

そのとき、周囲にいた人達が心配そうに「姫さま」と言っていたが全て無視した。

「うそ……嘘よ。これはきっと夢よ……」

楓は鏡に映る今の自分の顔を見て絶望する。

そこに映った顔は知らない女性の顔だった。

この悪夢から醒めようと、髪の毛や顔をどれだけ引っ張っても夢から覚めることはなかった。

一体これからどうすればいいのだろうか?



※※※



「姫さま。落ち着かれましたか?」

老婆は楓をベットまで運び、横に寝かせ、人払いをしてからそう尋ねる。

楓の異常な行動を見て、まだ体調が優れないのかと心配そうな目を向ける。

「……ええ。悪いけど何があったのか思い出せないの?教えてくれる?」

とりあえず、状況確認することにした。

見る限りここは元の世界ではない。

着用している衣服はTシャツやズボンではなく着物。

この状況で考えられるのは二つ。

タイムスリップして過去にきたか、異世界にきてしまったかのどちらかだ。

できれば前者がいい。

陰陽師の仕事を小さい頃からしているため、過去の出来事は全て把握している。

学校の授業では習わないことも知っている。

だから、前者の方がいろいろと都合がいい。

元の時代に戻るまでの間だけの時間さえ稼げればそれでよかった。

それに、元の体の持ち主ためにも早く体を返してあげたかった。

「姫さま。本当に何も覚えておられないのですか?」

老婆は目の前の女性を疑うような目で見る。

「ええ……」

そう言われても、中身が違うから知らなくて当然だから知っているとは言えない。

教えてもらわないと困るので、多少疑われても仕方ないと思いながら、もう一度教えて欲しいと頼む。

「……わかりました。姫さまの身に何が起きたのかお話しいたします」

老婆は暫く言うか悩んでいたが、結局言うべきだと思ったのかゆっくりと固く結んでいた口を開けて話しだした。

「姫さまは3日前、盗賊に襲われたのです。そのとき瀧に落とされ、助け出されるまでの数分間、姫さまは……」

老婆はそれ以上続きを言うのが辛くて言葉を詰まらす。

'水の中にいたというわけね……'

着物で水の中に落ちたら溺れるな、と思っていると突然頭の中にその日の光景が流れた。

「うっ……!」

あまりの痛さに楓は頭を抑える。

頭が割れそうなくらい痛かった。

「姫さま!」

老婆は急に頭を抑え、顔を歪める姫を見て、やっぱり言うべきではなかったと後悔する。

言ったことであの日の恐怖を思い出させてしまったのだと思う。

「はぁ、はぁ、はぁ……大丈夫よ。だから、そんな顔をしないで」

ようやく頭痛が治まりホッとしていると、たまたま視界に入った老婆の顔見て、自分のせいでこんな顔をしているのかと思うと申し訳なく感じる。

せめて、少しでもその後悔を和らげられるよう老婆に笑いかける。

「ですが……!」

「本当よ。私は大丈夫。教えてくれてありがとう」

何か言いかけていた老婆の言葉を遮る。

「もう少し寝るわ。まだ体調が優れないみたいだから」

さっき頭の中に流れた光景を整理したくて、遠回しに一人にしてくれと言う。

「わかりました。何かあれば声をおかけください。すぐに参りますので」

老婆は一人にするのは心配だったが、体調が優れないの事実だから寝かせるべきだと判断し部屋から出ていくことにした。

「うん。わかったわ」

老婆が出ていくと楓はさっき流れた光景を思い出す。

もしあれが事実なら、この体の持ち主は既に死んだことになる。
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