貢がせて、ハニー!

わこ

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235.がんばる日Ⅳ

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 バスタオル持って人の後ろをウロウロくっ付いてくる邪魔な男が一名。

「さっきからなんなんすか」
「一緒に風呂入ろう」
「嫌です」
「……イヤなのか」
「なんで驚くの」
「誕生日だぞ」
「瀬名さんももう三十四歳なんですから一人でちゃんと入れますよ」

 髪も洗える。顔も体も洗える。オバケも怖くない。完璧だ。

「いいからさっさと入っちゃってください」
「こんな冷たい仕打ちがあるか」
「一人で風呂入れっていうのは至ってまともなお勧めです」
「今日が誕生日の人間に対して言うセリフとは思えねえ」
「今朝まで自分の誕生日忘れてた人が何言ってんの」
「俺は忘れてたがお前は覚えてた。覚えてた上にお祝いまでしたからにはもっと俺に優しくするべきだと思う。それが今になってまさかこうも突き放されるとはびっくりしてる。寂しくて凍えそうだ。傷ついたから一緒に風呂入って俺をあっためろ。お前にはその義務がある」
「すぐ被害者ぶる奴にロクな人間はいねえって知ってますか」
「挙句クソ野郎呼ばわりされた。傷ついた。瀕死だ。川が見えてきた」
「死ぬ間際の人はゴチャゴチャと駄々なんかこねてられません」
「もうダメだ。知らねえババアが手を振ってくる」
「じゃあいっそそのババアと入ってこいよ今がベストですから。また一個ジジイになったあなたのために入浴剤も投入してあるんです」
「ジジイジジイ言いやがってクソが」
「リウマチとかに効きそうなやつですよ」
「度重なる年より扱いやめろ」

 お年を召した男の背をバンバンと押す。ドアから出て廊下を進んで脱衣所の戸を開けた。ドンッと押し込んだ。

「どうぞごゆっくり」
「……俺が知らねえババアに殺されたらお前のせいだからな」
「ババアとどうぞごゆっくり」
「…………」

 おやつもらえなくて不満そうな飼い猫みたいな顔をしたおじさんは脱衣所に置き去りにしてやった。
 風呂入らせるだけで一苦労だ。こんな三十四歳が一体どこにいる。




 そしてそこから数十分後。ブチブチ文句垂れていた割に入浴はしっかりする派の瀬名さん。

「遥希に冷たくされた」
「被害妄想も大概にしてください」

 ブチブチ文句垂れつつ風呂に行って風呂からトボトボ出てきた瀬名さんがとんでもなくご機嫌ななめだ。

「最愛の恋人に突き放された」
「はいはい」
「心理的に放置されてる。ないがしろにされた。心臓が寒い」
「はいはいはい」
「そのうえ適当に聞き流されてる」
「さっきから受動態が多いんですもん」
「そして責められた」
「誰に何をされたという言い回しをやたら多用する奴にロクな人間はいねえってご存じですか」
「挙句またしてもクソ野郎呼ばわりされた」
「全く……」

 鬱陶しい。

 ベッドの上で膝を抱えだす。完全に不貞腐れていた。不貞腐れてりゃ優しくしてもらえるとか思われても後々面倒だからこっちも完全にシカトを通す。するとまたもやボソッと呟いた。

「誕生日なのに風呂場では孤独だった」
「風呂場ではみんな孤独です」
「俺がウサギだったらどうするんだ。死んでるぞ」
「ウサギが寂しいと死ぬっていうあれ都市伝説ですよ」

 これ毎年同じやり取りしなきゃなんないのかな。俺達なんでこうも進化できないんだろう。
 ジトッと見てくる大人を尻目にタオルと着替えのシャツを手に取った。

「俺も風呂入ってきますね。瀬名さんはいい子にしててください」
「一緒に行く」
「二度手間が過ぎんだろ」
「見てるだけだ」
「見んじゃねえよ」
「一人で風呂なんか入ってて知らねえババアが出てきたらどうする」
「そのババアはあなたに憑いてるので俺は関係ありません。どうぞ一人で呪われてください」
「なんて奴だ。傷ついた」
「はいはい。川渡らないようにお気をつけて」

 ブスッとむくれた。一個年取って退化してねえかこの男。
 ドアから出ていく間際に足を止め、相変わらず不貞腐れているめんどくさい大人を振り返った。

「あと先に寝ないでね」
「俺を置いてくくせにそんな注文まで付けんのか」
「とにかく起きてて」
「断る。お前に置いてかれる俺はこれから一人寂しくフテ寝する予定なんでな」
「そうですか。それは残念です。大人しく起きて待ってたらとびきりいい事があったのに」
「あぁ?」
「いいことしてあげようかなって」
「……いいこと?」
「いいこと」
「というと?」
「俺の口からはちょっと」
「というと?」
「とても言えません」
「さわりだけ」
「まだ内緒」
「……いいこと?」
「いいことです」
「具体的に」
「ヒミツ」
「…………」

 頑なにいいことで押し通す俺を、半信半疑といったふうに見てくる。十数秒ほど迷ったのちに、この男が出した結論はこれ。

「……起きて待ってる」

 瀬名恭吾はとてもチョロい。







***







 あなたの好きなものを教えてください。リサーチに挫けて直球で尋ねても、瀬名さんからはどうせ遥希と返ってくるだけ。それはもう十分によく分かった。ならばあげよう。この男に俺を。
 さすがに自分の首にリボン巻いてプレゼントフォー・ユーとか言うのは俺が凍死してしまうから、単純に押し倒した。色気もクソもなく胸板を、ドンッと。

「積極的だな」
「誕生日ですから」

 ダブルベッドは可動範囲が広いのがいい。バフッと押し倒したその先で瀬名さんを真上から見下ろす。普段の体幹オバケであれば俺の強行ごときに押し倒されるほどヤワではないが、いいこと予告をしておいた効果かあっさりと倒されてくれた。むしろ歓迎されている。
 瀬名さんの機嫌はどうやらすっかり直った。俺も心底いい気分だ。この人のシャツに手をかけて、一番上のボタンをプチッと外した。二つ目と三つ目もゆっくり外す。はだけさせたその胸元に、ヒタリと、右手をすべり込ませた。

「今日は俺が頑張る日なんですよ」
「そんな素晴らしい日があったのか」
「教習はとっくに卒業したので」

 顔を伏せ、くっきりと浮き出た鎖骨にそっと唇を寄せた。チュッと触れて、皮膚越しにカリッとやわくかじれば、仕返しみたいに下からは腰に手が伸びてくる。
 スルッと撫でるようにくすぐられる、これがどういう触り方なのか知ってる。これはエロい気分のときの手つき。俺とそういうこと、したいときの仕草だ。

 一日の始まりからずっと決めていた。今夜は俺をこの人にあげる日。どうやってあげたら喜ぶか考えた。この人が喜ぶことだけしようと思って、だからその手に上からそっと触れ、撫でた。

「いいこといっぱいしてあげます」

 真上から見下ろすその顔の、口角が少しだけ上がったのを見た。きっと俺も同じような顔をしている。ダテに瀬名恭吾の恋人やってない。

 今日は俺が、がんばる日だ。
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